#06 人型ダンジョン攻略RTA 2/2

 オレとネフェたんは豆粒ほどの大きさまで縮み、ダンジョン化したアブドゥールさんの口内へ突撃した。


「〈セット:消臭パワー(カモミール)〉」


 オッサンの口内だ、絶対に臭い。

 だからドブ川臭だろうと花の香りへ変えてくれるアイテムを使い、対処する。


「口内の虫共も無視できないからな」


“審議拒否”

“は?”

“女王様冷えっ冷えで草”


「だから的確に殺虫しなきゃな。〈セット:ギンチョール〉」


 すかさず殺虫スプレーを取り出し、歯に隠れつつ侵入者を刈り取らんとする虫型魔物モンスターたちに向けて発射する。

 やはりホーネット並の雑魚しかいない、ならオレの攻撃は避けられない。

 弾丸状になって放たれた殺虫成分は的確に羽虫共を駆逐し、その光景を見届けながらオレ達は食道へと落ちてゆく。


「道具しか使っておらんではないか! その腰に下げとる道具箱アイテムボックスに収まる量じゃ無かろう!」


「まあな、内容量は実質無限だし。さっきまではスーパーで買える物ばかりだったけど、これから使うのはダンジョンで手に入れた秘宝だぜ!」


 そう宣言してオレが取り出したのは、白い翼の生えた靴。

 これをネフェたんにも投げ渡し、その権能を発動するためセットスキルを発動する。


「〈セット:天馬の蹄靴〉」


「む、ぉお……! 空中でも走れるぞ!」


「そして〈セット:怪盗の地図〉。これでおおよその魔物と宝箱の位置を把握する」


 宝箱は肺部に1つ、そして腰部に1つ。

 魔物は肺と腎臓、そして腰に溜まっている。

 トラップの心配も無さそうだが、胃酸などに注意した方がいいか。


「何にせよ血管や脳に居なくてよかった、まずは気管支から肺を攻略して、そっから下半身を……」


「おい、その草紙パピルス破けたぞ」


「げぇ!?」


“草”

“ここガバ”


 ダンジョン調査に便利なため酷使しすぎた。セットスキルは物の寿命を縮めてしまうため限界が来たのだろう。

 とはいえ怪盗の地図は便利なクセにストックも無いため、いつも以上に視聴者からの煽りが心に来る。


「けど位置は掴んだ。行くぞ!」


 タイムアタックって言ったんだ、さっさとケリをつける。

 まずは肺部、イガグリみたいなウイルス型が3体。コイツらもD級程度の雑魚だ。


『ギゲ?』


「水鉄砲に毒消し薬を詰めて撃つ。〈セット:水鉄砲〉!」


『ゲゲェ!?』


「オモチャと市販薬で良いから安上がりだ!」


 すかさずドロップした銅色に輝く宝箱を奪取し、胃のあたりに置いてきてしまったネフェたんのもとへ戻るが。


「貴様ぁああっ! 妾を置いて行くとはそれでも奴隷かぁ!!」


 コメント欄を見るに、ずっと胃液を避けようと必死にダンスしていたらしい。


「なるほど、胃液に触れてもアウトなのか」


「感心しとる場合か!!」


“この間、わずか6秒”

“理不尽過ぎて草”


「出戻りがあったからな。次は腎臓だ、今度はしっかり案内する!」


「後で覚えとれよ……」


 視聴者の中にはネフェたんの実力を怪しむ者も出てきた。まずい、このままでは嘘バレした上でオレがミイラになったことも知られてしまう。


「そろそろ働いてみてはどうですかねぇ?」


「妾の呪詩じゅしは使い時を選ぶ。何より下劣な化生に聴かせたくはない」


「あぁはいそうです、かっ!」


 腎臓に到着。ウイルス型と虫型、上半身の奴らよりランクは上か。

 でも問題ない。カットラスで辻斬りして解決だ。


「ぉおぅ、一瞬でカタがついた……」


「あとは腰部のみだな。恐らくボスモンスターが居る」


「もう貴様1人で良いのではないか?」


「カメラマンは頼むぜ。何より、そっちのチャンネルだし」


「ぬぅ」


 コメントも「アリヴァしか見えない」「美人映せ」と不評気味だ。

 本当にコイツがオレの命を奪ったのか?

 オレ自身も、段々その事実が信じられなくなってきている。


「腰部に到着……やっぱりな。ボス部屋だ」


「肉の扉とな。趣味の悪い」


「この扉を開かない限りボスは出てこない。神域、テリトリーみたいなもんだからな」


「ふむ」


「だから慎重に開けたら、すぐに突撃するぞ。アブドゥールさんの身体を傷つけるわけには」


「そぉい!」


「言ってる側から何やっとんじゃテメェはぁ!?」


 蹴り破りやがったよ女王サマ。


「さあ姿を見せるが良い。悪の親玉!」


「お前もっと慎重に……ッ、危ねえ!」


 紅色の触手がネフェたんへ襲い来る。

 何とか間に入って防げたものの、その主、天井に張り付いた巨躯を見て少し冷や汗が出てしまう。


「マジか。よりによってコイツかよ」


 タイラントヒル。A級以上のダンジョンに出没し、沼系の罠にかかった探索者に襲いかかってくる虫型の魔物だ。

 一般的に、罠にさえ気をつければ出会うことはない。しかしその分A級のボス並に強力で、まさしく初見殺しといった生態をしている。

 さらに人間を丸呑みして身体を乗っ取り街に出没する恐れがあるため、見つけ次第通報の義務を課す法律まで制定されているのだ。


「あの化生、そこまで強いと申すか?」


「いや、単純に戦った経験が殆ど無いだけだ。そもそも沼系のトラップにはかからないし、人を丸呑みした後の形態の対処しかしたことない」


 おそらく全力を出せれば難なく倒せるのだろうが、アブドゥールさんの内臓を傷つける訳にもいかないため着地は不可能。

 何が起こるか分からない以上、慎重すぎるくらいが丁度いい……のだが、それでも急がなければ後遺症が残る危険性もある。


「ヒルじゃろ、ならば塩漬けにせよ!」


「無理だ、食塩くらいしか持ってねえ。物量が足りない!」


 小型化しているオレらより数十倍もデカいソレが、壁や天井に張り付けた触手の一部をムチやトゲのように飛ばしてきた。

 速い。しかも数が多い。切り落としても、すぐにまた新たな腕が生えてくる。

 オレだけなら防御できる。しかし、後ろの女王を守りながらとなると別だ。


『キチチチ!!』


「っ!?」


「ネフェタル!」


 しまった、弾いた触手が上からネフェタルを狙ってきやがった!

 右手に握るカットラスは間に合わない、なら左腕を間に入れる!


“ああああああ”

“アリヴァ終了のお知らせ”

“これマジ?”

“全力でやれよ”


 視聴者の悲鳴。オレも重傷を覚悟した。


 だがヒルの触手は、オレの腕を貫くことなく逆に弾け飛んだ。


「んん!?」


『キシェ!?』


“は?”

“え?”


 意味がわからない。パッシブスキルも使っていないのに、A級の魔物が逆に弾け飛ぶなんて。

 街に出たら、戦車や銃兵部隊を使ってようやく撃破できるレベルなんだぞ?


「ふむ。想像以上ではあるが、当然の帰結じゃな」


 この中で唯一困惑していないのは、守られていたはずのネフェタルだけだった。

 ただ、この結果を理解していたかのような余裕の表情を浮かべている。


「貴様は妾の許可なく死なず、また妾の許可なく死ねない。肉体朽ちようとも、魂の安寧は妾の許可なく訪れぬ。それが妾と隷属の契りを結ぶ者の特権であるからのう」


「何じゃそらぁ……」


「まあ、貴様の言う『ぱっしぶすきる』なるものに近いな。制約こそあれど、能力を大幅に強化に強化しておるからのう」


「な、なるほど……?」


「しかし貴様自身の身体能力、そして戦闘経験は目を見張るものがある。メフィに居た精鋭の戦士も敵わぬほどの、な」


 つまり、オレはミイラになったことで人外の力を得たというわけか。

 カメラの前だから濁しているが、きっとそういうことなのだろう。

 現に弾け飛んだタイラントヒルの腕から噴射された体液が身体にかかって……。


「つマりは、おレがツヨかっタっテことカ」


 あれ、身体の感覚と声がおかしいような。


“ぎゃああああああ”

“顔と身体が溶けてるーー!!”

“グロ注意! グロ注意!!”

“タイラントヒルの体液は強酸性ってマジだったんだ……”


「水分はダメと言うたろうが! すぐ腐ってしまうぞ!!」


「うワ、まヂかぁ」


「ひぇ、もう脳味噌が出てきておる、戻せ戻せ!!」


 よくわかんないから、言われた通りにするしかない。


「しかし、なぜ庇った。これでは生き地獄も良いところじゃぞ!!」


 もう死んでるけどね。


「ハッ。そリャ、かバうにきまテる」


「……っ?」


「ねフェたンかわいイ。だカらだヨー」


「……」


“締まらねえw”

“ドン引きしてるじゃん”

“ダサすぎて腐”

“脳味噌腐るとこうなるんだ”


 あ、ダメだもう何も考えられない。

 身体どんどん腐ってくし、これからは水分に気をつけなきゃな……


 ………………


 …………


 ……


【ポンダ ディッタン ロロララ フィリラ

 ポンダ ディッタン ロロララ フィリラ】


 うたが聞こえる。

 弦を鳴らし、鼓を叩き、管の音に合わせた舞踏と共に。


【骨から解かれし魂魄は総て 我の御許へ還りゆく

 再び肉付きニャル川を渡り 我に忠義を果たすべく】


 まるで眠れる戦士を呼び覚ますかのような。

 冥府に堕ちた死者を呼び覚ますかのような。


【さあ覚醒めざめよ戦士よ 故郷メフィの詩だ

 さあ覚醒めざめよ戦士よ 故郷メフィの踊だ

 ポンダ ディッタン ロロララ フィリラ】


 メフィスト王国から幾千年、国土の名がヒンデガルトと改められようとも変わらない、遺伝子に刻まれた魂を震わす詩声。


「傷が、治ってく……!」


「興が乗った。その誉高き精神ココロを讃えるべく、アリヴァ・イズラーイールの英雄譚をうたってやろう」


「すげぇ。確かにどんなパッシブスキルよりも強力だこりゃ!」


 力が漲る。溢れ出る。


“こんなタレントスキル持ってたの?”

“最初からやれ”

“↑この女王キャラが最初からやるわけないだろ”

“いけーっ、アリヴァー!!”


 間違いなく言える。


 いまのオレは、最強を超えた最強だと!


「じゃあ、英雄の詩に恥じぬ働きを見せなきゃなッ!!」


 ボスモンスターの動きが手に取るようにわかる。

 数倍速した動きからスローモーションに切り替えたかのように、ハッキリと。


「ハァッ!」


“触手を全部斬った!”

“オレの目でも見逃しちゃうね”


「まだだ!」


 握り潰すようにして奴の身体を掴み。


『ギィイイ!?』


「強制執行だぜ、この寄生害虫ヒキニートが!!」


 そのまま数十倍もデカい怪物をガシリと掴んで空を蹴る。


【さあ征け、ハヤブサの如く】


「テメェみたいなクソ野郎は……」


 これくらいは許してくれよと祈りを捧げ、至る所に茶黒い穢れの溜まった壁をチクリと刺激する。


「文字通り、クソとして出ていくのがお似合いだッ!!」


“げえええええ”

“臭”

“ネフェたん歌いながら凄い顔してて笑う”

“でも顔が良い”


 生温かく激臭の爆風を追い風に、清々しく新鮮な大気へと脱出し。


【天上にも歓喜の詩が響かんことを!】


「終わりだッ!!」


 太陽のもとへ超巨大ヒルをブン投げ、それよりも速く、一閃。

 そして肉片すら残さず、ジュース状になるまでバラバラに引き裂いてやった。


地獄で逢おうぜアリヴェデルチ


 着地と共に銀の宝箱をキャッチし、カメラに向かって決め台詞を放つ。


「信じられぬ……普通、そこから脱出しようなど思うわけがなかろう」


 どうやらネフェたんは口から脱出したようだ。

 すぐさまネズミの小槌で叩き直し、サイズを元に戻してやる。


「タイムは4分57秒13ってところか。完走した感想としては、走者が現れないことを祈るばかりだな」


「走者……あぁ成程、確かに今後このようなダンジョンが現れぬと良いな」


「あと、そろそろ消臭パワーの効果切れるぞ」


「コ゜ッ!!」


 おぉ、すっげえ声でえづいたな。

 こびりついたオッサンの地獄臭は女王には悶絶モノだろう。


「さて、と。これでダンジョン完全攻略なわけだが」


“@カムナ $500.0 この赤スパをアリヴァ様に捧げます!!!!!!”

“すげええええ”

“ダンジョン完全攻略おめでとー!!”

“やっぱりアリヴァがナンバーワン!”


 視聴者からの歓声。


「アリヴァ、やってくれたなぁ!」


「もう大丈夫なんだね?」


「助けてくれてありがとー!!」


 そして町の皆からの感謝。


 ダンジョンの攻略、知人の救出、町の危機の排除。

 ミイラになろうとも、この脳を満たす達成感と恍惚感こうこつかんは変わらない。最高の気分だ。


「良いってことよ。っしゃ、皆見ろ。サボり魔が元に戻ってくぞ!」


 酷い色の風船みたいになっていたアブドゥールさんが、シュルシュルと元へ戻ってゆく。

 魔物モンスターと宝箱を全て取り除いたことで完全攻略オールクリアとなったわけだ。


「ぁ、アリヴァ?」


「貸しだかんな。今度なんかやらかしたとき見逃してくれよ?」


「待て、何の話だ?」


「惚けるでない。貴様は怪物と化し、民を脅かした。妾が身体を張らなければどうなっていたかのう?」


「マジで!? いやぁ照れちゃうなぁ〜」


「殆ど倒したのオレなんだけどね」


 コメントも女王サマにグンと傾き、オレを擁護する声はチラリとしか見えなかった。

 オレも顔には自信がある方なんだけどな。ズルくない?


「ってか何だよその宝箱。もしかして、いま撮影中か?」


「お察しの通りだよ。じゃあ、お待ちかねの『開封の儀』を始めちゃいますか!」


「待ってましたっ!」


「生で見られるなんて!!」


「急にコメントも喝采一色になったぞ、儀式なる名の祭りでも始めるのか!?」


「まあ祭りみたいなもんだな。ダンジョン攻略後のお楽しみ、苦難を乗り越え手にした秘宝のご開帳配信だ!」


 今回は銀と銅だけだが、宝箱ってのはロマンがあるため老若男女問わず大人気だ。

 これだけを目当てに来る視聴者や、宝箱自体に惹かれてダンジョンへ潜る人も居るほどなのだから。


「さて、と。まずはいつも通り、銅箱から……っと!」


「小指ほどの結晶じゃな。宝石というには濁りすぎておるが」


「まあでも磨けば価値あるっしょ。もしかすると何らかの素材に使えるかもしれないし」


「あぁ、それ多分俺の尿路結石だわ」


「うぇ、きったねぇ!」


「一気に価値無うなったわ!!」


「スッゲェすっきりしたんだよなぁ。後ろも前も」


「知らねえよ!!」


“でも捨てないw”

“それを捨てるなんてとんでもない!”

“ゴミにすらならないのかな?”


 肺から結石ってどういうことだよと突っ込みたいが、人型ダンジョンの良いデータになる。

 仕方ない、これは何重もの隔離措置をとった上で道具箱に保管しておこう。


「さて、気を取り直して銀箱の開封といくぞ!」


「今度はゴミでは無いのだろうな?」


「まあ銀箱からはグンと期待値も高くなってくるし、そこそこ値打ちのあるモノも……」


 輝く箱から出てきたものは、男の劣情を誘う形状をした大量の布だった。

 少なくとも、宝箱の中に入っていてはいけないもの。女性の大切な部分の最終防衛ライン、つまり。


「……最近、下着泥棒が出没しているって言ってたよな?」


「な、なんの話だ」


「お主やったな?」


 数万人の視聴者と街の野次馬、そして犯人を助けたオレたちの冷え切った視線。

 これを向けられて、流石の不真面目な警官もジリジリと後ろに下がってゆく。


「テメェかぁ、ワタシの下着盗みやがったのはぁ!!」


「ぶっ飛ばしたる、そこになおれ!!」


「ひぃいいいー、ごめんなさぁあい!!」


「いいぞやれ、ぶっ飛ばせ!」

“そんなクズ警官逮捕しろ!!”


 とんでもない天罰が下ったアブドゥールさんは、怒り狂った女たちから逃げるべく全速力で去ってゆく。

 そして野次馬もコメ欄も、まるで闘技場の牛を応援するような空気でヒートアップしている。


「と、とはいえ。これにてダンジョン完全攻略オールクリアってことで。フォローといいね、よろしくな!」


「お主のチャンネルでは無かろう」


「まあいつもの挨拶ってやつだな。それじゃ皆、また逢おアリヴェデ


「アリヴァ」


「ヒッ」


 締めに入ろうとしたとき、後ろから聞き覚えのありすぎる恐怖が耳を貫いてきた。

 声の主――ミティア・リオネク。オレの妹分にして、マネージャー。


「ちょっと話があるんだけど、良いよね?」


「アブドゥールさーん! オレも一緒に逃げさせてぇーー!!」


 これはきっと鬼詰めがヤバい。

 オレは生き残ることができるか。


〜〜〜〜〜〜


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 もし面白いと思われたら、フォローと★、いいねなどの評価をよろしくお願いします!!


 しばらく毎朝7、8時に投稿します。

 お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る