#08 1000万ドル分の財宝、食べてみた

 ミイラになったオレは、まさかの空腹を感じていた。

 死や欠損の心配は無用と聞いていたはずだが、まるでエネルギーが切れたかのように力が入らず、いまはこうして座る体勢を維持するのが精一杯だ。


「どういうことなんだよこりゃあ……」


「霊力切れじゃのう。魂が、死した肉体という鎧を動かすために必要な力じゃな」


「科学的じゃねえなぁ」


「それを言ったらダンジョンなんて非科学の塊だよね」


「うげっ」


 ミティの言う通りだ。すっかり忘れていたが、ミイラもダンジョンも現代科学では証明できない要素のオンパレードじゃないか。


「んで、霊力ってのはどうやってチャージできるんだよ」


「祭事や呪詩じゅしにて、神官や冥官より賜る方法が一般的じゃが……数千年も経てばその文化も廃れておるか」


「神官しか意味がわかんねえ……」


「冥府に仕える官僚、みたいなニュアンスじゃない?」


 そもそも古の技術である呪詩が、各個人のみが使える特殊なタレントスキル扱いになっている以上、既に人々の記憶から消えている可能性が高いだろう。


「であらば食事しかあるまい。生物であった頃より本能的に備えられた、神の、そして大地の恵みを賜るための手段。無論それはミイラとなった後も同じことよ」


「そもそも腹減ってるって話だしな」


「はいはい。そう言うと思って作っておいたよ」


 呆れ気味ながらもミティが部屋の道具箱アイテムボックスから取り出したのは、ヒンデガルト名産のパンだった。

 ライ麦で焼かれた黒いソレは平たい形をしており、また外側が分厚く硬いため、中をくり抜けば様々な具材を入れられる。


「おぉっ、黒パンじゃねえか!」


「昔っから好きでしょ、これ。それに院の子供たちにも人気だしね」


「この平焼きで間に何かを挟める形。懐かしいのう、メフィの民も食ろうておったわ」


「へぇ〜、時代は変われど故郷の味ってのは変わらないんだなぁ! いただくよ!」


「ふふ、食えれば良いのじゃがのう?」


 女王の含みのある言い方は少し気になったが、いまはとにかく腹を満たしたい。

 一心不乱にパンへとかぶりつくが。


「どう?」


「……粘土みたいな味する」


「え?」


「やっぱ粘土だこれ! 少し柔らかいレンガ噛んでる感じ……まさか」


 味覚が、人間の時とは変わっている。

 すぐさまオレはネフェタルの方を睨む、が。


「何じゃ。食事の邪魔をするでない」


「おまえ、おま、おまええーーっ!?」


 彼女は彼女で、凄く見覚えのある『アストロラーべと砂時計が一体化したような形状の秘宝』へ、バリバリと齧り付いていた。


「何してんの、いやマジで何してんの!?」


「ああ、貴様の道具箱アイテムボックスとやらから拝借しておるぞー」


「じゃねえよ、それ『星の砂時計』じゃねえか!!」


「ふむ、やはり名のある逸品じゃったか。道理で霊力が滾ると思ったわ」


「ざけんな、返せぇ!?」


「無茶言うな! 覆った盃は元に戻らぬ!」


 呆れた。この顔とスタイルだけの女には常識が通じないようだ。


「ともかく、これがミイラの食事じゃ。秘宝、宝石、そういった人々の畏敬を集める物品にこそ霊力は宿るというもの。故に極上の食材となる」


「マジかよ……これ幾らすると思ってんだ……」


「まあ良いではないか、これを食らえば1週間は飲まず食わずでもやっていけるぞ?」


「……」


 確かに、ミイラの女王が言うのではあれば間違いはないのだろう。

 ただ、コスパが悪すぎる。現代人は何かと金がかかりまくるんだよ。


「でも、やるしか、ないよな」


 こういうのは思い切りが大切だ。というか、思い切らないときっと踏みとどまる。

 すぐさま院の道具箱を漁り、あまり使い道の無さそうな秘宝……バスケットボールほどの大きさをした禍々しい種を取り出した。


「それ、私も見たことないんだけど」


「秘宝『裏世界樹の種』。地中に向かって枝葉を伸ばし、大気に根を張る植物の種だ」


「ふむ、使い道が考えられぬな」


「セットスキルも意味ないしな。でも庭に植えたがる物好きや成金の材木家のせいで相場750万ドルは下らないらしいぜ」


「え、凄っ」


「ドル……高いのか?」


「4、5人なら一生遊んで暮らせるな」


「手に入れたのが2ヶ月前だったから、まだ換金できてないだけだ」


 そりゃ数百万ドルもポンと出せる富豪なんて、そうそう現れるはずもないからな。


「……でも逆に買い手がつけば、院の運営がかなり楽になる。凄いよアリヴァ、これ売って金塊にしよう。それで老朽化している設備も結構あるし、余った金で本格的なリフォーム計画を」


「この種をペースト状にすり潰します」


「え、待ってアリヴァ」


「もう破れてしまった『怪盗の地図』を黒パン代わりにしてペーストをサンドします」


「怪盗の地図、破れちゃったの!?」


「そして出来上がったものがこちらです」


「お義兄ちゃん、ちょっとお話ししようか」


 まずい、勢いがつきすぎて魔女を呼び起こしてしまった。


「なにこれ。なに作ったのこれ。展開が早すぎてついていけなかったんだけど」


「何って……合計1000万ドル分の秘宝を使ったサンドだが?」


「最悪だよね? エン換算だと15億エン、ポンド換算だと約820万ポンドだよ?」


 言わんとすることはわかる。オレもヤケクソ気味だし。


「しかもどう見ても食べ物じゃないでしょこれ。ヤバ種のペーストを古紙で包んだ何かって」


「仕方ないだろ、ミイラは普通の食べ物受け付けないらしいし。それに、これ食えば1週間は生きられるみたいだからな」


「ミイラの時点で生きてないし、それだと1年の食費が国家予算並みになるよね。一国の王様にでもなる気?」


「オレは王になる気なんてねえよ」


「全くもってその通り。妾こそメフィストが王、ネフェタル・メフィ」


「やかましいよ」


 ネフェたんもノリが良くなってきたじゃん。


「けど……バズると思うんだよね、秘宝を食べてみたなんて動画出したらさ」


「食材じゃない秘宝を無理やり食べても、成金の道楽だって大炎上するだけだから絶対禁止だからね」


「ちぇー」


「……まあとにかく作ってしまったものは仕方ないんだから、食べてみれば?」


 義妹が溜息混じりに突き放す。

 まあそうだよな、せっかく作ってくれたパンを「粘土」と言ってしまったのだから。


「じゃあ、いただくよ」


 こうして1000万ドルの秘宝メシを口へと運び、噛むと。


「んっ、めぇええええええ!?」


「そうじゃろうな」


「……」


「何だこれ、今までの常識がひっくり返る美味さだ!! 地図ってこんなにパリパリだったのか、しかもヤバ種ペーストのこの旨味!!」


「かかっ、表現できぬか! ちなみに妾の食ったガラクタは、塩の代わりに砂糖を溶かした大海原を固めて食ろうておるような極上の味であったぞ。妾の勝ちじゃな!!」


「それ本当に美味しいの?」


 あまりの美味しさに、気が付いたら手からサンドが消えていた。

 残っているのは満腹感のみだ、1000万ドルが溶けるのは一瞬だった。


「しかし豪快に行ったのぅ。こんなガラクタよりも価値があったろうに」


「さっきネフェたんが食っちまった『星の砂時計』だって、あれ売ったら1000万ドルはする秘宝なんだぜ?」


「何じゃとぉ……」


「周囲の時間を早めたり、戻したりできるチートアイテムだからな」


「なら妾の呪詩を受ける前に使えば良かったではないか。それが出来ぬ時点で使いこなせてはおらぬ、食われて終わる運命だったということよ」


「いや結構使ってたし、ポチ倒すのにも一役買ってたんだぞ!」


「ぬ、なら食ってよかったわ。ポチの仇じゃ」


「こいっつ!」


「あ、よせ――」


 ド オ ン !


「――は?」


「……お義兄、ちゃん?」


「あーあ、やってしまったのう」


 オレは理解していなかった。

 腹の満たされた魔物モンスターの凶暴性を。

 少しキレて床を叩いただけで修道院を吹き飛ばし、周辺にクレーターを作ってしまう、その理外チートの力を。


「……お説教のお時間だね?」


「ごめんなさい自腹で修繕しますーーっ!!」


 自分ミイラのことについて、もっと深く知る必要がありそうだ。

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