未登録人型ダンジョン 略称A

#03 女性問題で大炎上している最強の配信者について

「何とか身体は戻ったけどよ……」


 ダンジョンから故郷の町『ガンガ』へ転移した帰り道。

 腐敗しかけた肉を元に戻してもらったオレは、主人にされてしまったネフェタルに疑問を投げかけていた。


「ミイラの取り柄って何なんだよ。生きてるときより不便になってんだけど」


「まず死や欠損の心配は無用じゃな。妾の許す限りであらば何度でも復活できるし、なによりパワーは段違いじゃ」


「え、復活の度にあの地味ぃなうた聞かされんの?」


「地味とは何じゃ。そも、うたとは王宮や貴族、神学者のみが見聞できる有難ぁい特権であってな」


「それに、熱とか聖なる力に弱いだろ」


「何じゃ文句ばっかり。今ここで冥土に送っても良いのじゃぞ」


「出来る事と出来ない事を知っとかなきゃ、いざってときに困るだろ」


「むぅ」


 厄介だと思われるかもしれないが、これは大切な事なんだ。

 とくにオレは職業柄、如何なる事態にも即刻対処できるようにしなければならない。

 魔物モンスタートラップの情報が無い未登録ダンジョンでは、一つのミスが死に直結しかねないため、不安要素や不明点は早めに明らかにしておきたいのだ。


(それに、女王ネフェタルがいざってときに奴隷オレが守れないとあっちゃ、面目が立たないからな)


「ふむ、妾や未来を考えての選択か。大義大義」


「んなっ」


 コイツ、オレの思考読んでやがった……!


「思考だけでは無い。貴様も妾の言葉が理解できておるだろう」


「なるほど、主の持つ知識が、配下のミイラにも共有されるってわけか」


「左様。と言いたいが、無意識下でも想起できる知識、例えば料理や母国語くらいであるがな」


「まあそっか、あんまし実感なかったしな」


「しかし経験は良い線を見ておるな。学ぶ意思さえあれば、上流階級しか体得できぬ呪詩じゅしも、多少扱えるはずじゃぞ?」


「あ、それはいいや」


「何じゃとお!?」


「もっとバイブス上がる曲じゃねえと」


「さっきから不敬にも程があるぞ!?」


 ただまあ、自分で腐敗をどうにか出来る程度は学んでおくか。


「それと水とかどうすんだよ。血液とか、流れてる感じしねえんだけど」


「昔から変わらぬ一面のゴミ砂漠じゃぞ? この気候で水を要する術を開発すると思っておるのか、むしろ腐敗が進むわ」


「必要ないのね……」


 しかし、そうなると困る。


「如何したか、そげな形相を浮かべて」


「少しマズいって思ってさ。探索者を管轄しているWDO世界ダンジョン機構は、バイタルチェックに煩いんだよ」


 ダンジョンは危険な場所だ。

 管理方法さえ確立しているなら誰でも入れる最低ランク以外は、基本的にWDOへの事前申請が無いと入れない。

 オレのような未登録ダンジョンにも潜れる探索者は申請こそ免除されているものの、それでも月一の健康診断は義務化されている。

 これに引っかかったり、サボったら一発で探索者資格を剥奪となってしまうのだ。

 生命に関わるから仕方ないことなのだが、血液や身体の検査で既に死んでいるとバレてしまったら即資格剥奪なんてこともある。それはマジで洒落にならない。


「かなり面倒になっておるのだな、未来なる時代は」


「そうなっちゃ配信者人生はオシマイだ。高額納税者から一転、明日の飯にも困っちまう」


「そうだなぁ。お前さん、ただいま絶賛炎上中だもんなぁ」


「そうそう……え?」


 豆鉄砲を喰らったようなオレの肩を、顔馴染みのグラサンをかけた警官が小突いてくる。


「よぉ女たらし。スキャンダルには欠かないねぇ」


「アブドゥールさん、いま何つった?」


「そのままの意味よ。配信中に美人の遺体にキスするとか、炎上系でも目指してんのかええーっ?」


 そう茶化しながら、スマートフォンの画面を見せてくる。

 そこには見事にオレのキスシーンの切り抜きと共に、女性問題について有る事無い事書かれまくっていた。


「ゲェーッ!?」


「おぉ、ほかにも輩が紛れ込んでおったのか」


「これで炎上何回目だぁ?」


「SNS漁りなんて昼間っから警官がやることじゃねえだろ!」


「特権階級なんだよ。そんでどうすんだよ」


「クソ、やっぱ死体損壊罪案件はマズかったか……!」


「いきなり接吻のほうが非常識じゃろう!」


「それでしょっ引くつもりだったん、だが」


 アブドゥールさんはグラサンをデコにズラして、ネフェたんの御姿を舐め回すように凝視し出した。

 もとよりヒンデガルトで白い肌は極めて珍しく、また宝石マシマシ金箔カタメな身なりをしているため非常に悪目立ちしてしまう。

 そこで今は地味な布で姿を覆わせているのだが、犯人より女のケツを追っかけ回すようなヘッポコ警官の目は誤魔化せなかったらしい。


「不敬。メフィストの法では死罪であるぞ」


「コイツ生きてるじゃねえか。こんな別嬪と何処で知り合った、アレやっぱドッキリの演出だったのか?」


「あー、えーっと……まあ、うん、最後だけ」


「うぅわ、やってんなぁ。固有レアがヤラセと知れたら更に燃えんぞ」


 それでもミイラだとバレるよりはマシだ。申し訳ないが誤魔化すしかない。


「さっきから何の話をしておる。配信がヤラセなわけ」


「少し黙っててくれませんかね女王サマ?」


 そしてコイツは喋らなければ絶世の美女なんだけどな。


「ともかく、あんまミティアちゃんに迷惑かけんなよ。絶対ブチ切れてるだろうからなぁ」


「だよなー……なんか菓子でも買ってくわ」


 妹分にドヤされるのは幾つになっても慣れないんだよ。

 そんな憂鬱なオレの気も知らないで、アブドゥールさんは手をヒラヒラと振りながらパトロールに戻っていった。


「はぁあ、やっぱ炎上してっかぁ」


「ふむ。この時代では不貞を働いた程度で、火あぶりの刑に処されるとな?」


「そんな物騒じゃねえよ……でも、まあうん、社会的ダメージは火あぶりクラスかもしれねえわ」


「ちなみにメフィストでは去勢の刑じゃな」


「そっちのが余程物騒だわ!!」


 まだ現代に生まれて良かったのかもしれない。


〜〜〜〜〜〜


 だが、この時代に蔓延る巨大な闇に、まだ俺たちは気が付いていなかった。


「キミ、底無しの欲望抱えてるね」


「あ? お前怪しい格好してるな。ちょっと職業でも聞かせて」


。とでも言っておこうかな」


「う、ぐぉ、ぉおお!?」


 みるみる数を増すダンジョン、それを作っている者たちの存在に。

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