#02 キスした瞬間、終わったわ

「死んだ、って。それに、奴隷って」


 目の前でクスクスと妖艶な笑みを浮かべる美女に、オレは戸惑い、首を振るしかなかった。

 神の存在はどうした。死んだら極楽に行けるんじゃなかったのか。


(でもぶっちゃけ、こんなドストライクな美女とお近づきになれるなら……いやでも飼われるのは無しだ!!)


 同じ轍は踏まんとばかりに喝を入れ直し、改めて女王の姿を拝見する。

 切れ長の目に、真珠のような肌。

 それと真っ直ぐ腰まで伸びた黒髪を、ウン千年前の社交界で流行っていたであろう金の装飾で飾り付けていた。


「ふふ、貴様も男じゃろう。妾の美貌に酔いしれおったか?」


「そうじゃなきゃキスなんてしてねえよ」


「かかか! こうも素直に答えるとは、余程の正直者か……それとも、うつけか」


「どっちでも良いけどよ。ミイラになったって、どういうことか」


 説明を要求しようとしたが、奴が逆にオレの身体を見回してくる。

 まるで、獲物を丸呑みする前の蛇のように。


「その粘土板の如き肌と白銅の髪、さらには薄手の白い絹布の衣装。貴様、アッカラムの戦士か?」


「は、何処だよソレ。ここはヒンデガルトで、アッカラムなんて国は教科書でも見たことない」


「キョーカショ? 戯言を出すな俗物、貴様は妾の所有物であることを忘れてはいまい?」


「教科書を知らないのかよ!? あぁいや、教育制度が行き届いてない国ってこともある得るよな……何より、古代って可能性も」


「古代じゃと?」


「アンタ、見たところ永い間眠ってたんだろ。その間に、色々と時代が変わり過ぎて忘れ去られてしまったんじゃねえの?」


「戯言を! ……と言いたいが、嘘吐きの目には見えぬな」


「そんで、オレがキスしちまったことで目が覚めた」


「接吻だけでは復活には及ばぬ。水分、栄養、そして生命力を要するからのう」


「それを奪う呪文が、あの歌ってことか」


「まさか『呪詩じゅし』も知らぬとは。やはりうつけか」


「今の時代は『スキル』って世界共通技能があんだよ」


「世界、共通ぅ?」


「身体能力とかを強化する『パッシブ』や道具の力を引き出す『セット』、あと一部の人しか使えねえが超強力な『タレント』に」


「もうよい、バカバカしい!」


 確かに昔は戦争ばかりだったって聞いた。

 そりゃ技術や技能も国ごとに違ったのだろう。


「今は国同士が手を取り合う時代なんだよ。だからアンタのことも、王座に座ってた国の名前も全くサッパリなんだ」


「……妾は、常識外の遙か未来に復活した、というのか」


「そうなるな」


 彼女は少し唸るように考え込んだ後、小さく口を開ける。


「……ネフェタル・メフィ・アスラー・エヌ・オ。妾は、偉大なるメフィスト王国の、13代国王である」


 やはり聞いたことない国だ。敵国だったのだろうアッカラムも同じく記憶にない。

 それに苗字何個あるんだよ。どこがミドルネームで、どこがラストネームだ。


「長いから『ネフェたん』でいい?」


「ガキが、舐めてると潰すぞ」


 やめろ。2度も念入りに潰すんじゃないよ。


「ところで貴様、ポチはどうした? まさか手懐けたとは言うまい」


「ポチって、あのキメラの名前か?」


「キメラとな!? まさか神獣スフィンクスを雑種と称する不届者が居るとは!」


 そんな名前だったのか、あの人面キメラ。


「ぶっ倒したよ。そんで壁の仕掛けを解かせてもらった」


「――」


 ネフェタルの表情が驚愕で凍てつく。

 無理もない、ペットのような存在だったのだろう。それを倒されたとあれば、誰だって怨恨を抱く。


「……そう、か。貴様、神獣を、殺したと、いうのか」


「謝罪なら求めんな。オレもアンタも互いの文化はサッパリだろ、それに」


「それに?」


「既に、オレはネフェたんに殺されて、ミイラの奴隷にされちまってる。復讐としちゃ上出来だろ」


 原因はオレがキスしちまったことだが、こんな初見殺しのトラップ、いずれ誰かしら引っ掛かっていただろう。


「……まあ良い」


「マジ?」


「ただし。その蛇鶏コカトリスにも劣る頭でも分かるような、単純な恩赦の条件をくれてやる」


「一言余計だっての」


 あと一回バカ呼ばわりしたらキレるからな。


「妾の願望……メフィスト王国を再興し、冠を賜ること。これを奴隷たる貴様が叶えよ」


「無茶苦茶すぎだな」


「無理とは言うまい? 叶えた暁には、妾の支配からも解放してやろう」


「マジで!?」


「かかっ、やる気になったようだな」


「拒否権も無さそうだし、何より美女の頼みは断れねえからな」


 ただ、至難を極めるだろう。メフィスト王国の歴史が残っていない以上、調査の手段から限られる。

 オレに出来る事といったら、古王国に纏わるダンジョンへ潜り、宝を回収して想いを馳せることくらいだろう。それか視聴者に聞いてみるかだ。


「けど流石に釣り合っていないから、追加の交換条件を提示させてもらう」


「ふむ。申してみよ」


 男が不可能を可能にする契約といったら、コレしか無い。


「お前を妻に貰う。自由の身になったら、オレの好きにさせてもらうぜ」


「なっ、おま、正気か!?」


「嫌ならここでミイラとして干からびるだけだ。オレが居ないとネフェたんも困るだろ?」


「神王の血を引く妾を気安く呼びよってからに……!」


 怒りで赤くなった顔も美しい。

 だからこそ、やり甲斐があるってもんだ。


「まあ、よいわ。やれるものならやってみせよ! 貴様の腕は、スフィンクスを討ち取った事実が証明しておるしな!!」


「契約、成立だな」


 思わずニィと口角が上がり、真っ直ぐに拳を差し出す。


「アリヴァ・イズラーイール。文字通り最強のダンジョン探索者だ、よろしく!」


 そして心臓が興奮のビートを刻み、熱くなった血を身体中に巡らせ……

 いやそもそも、血が巡っている感覚ないぞ?


「ん、なんか身体腐りかけてきてね!?」


「ミイラに興奮は御法度じゃぞー。妾のような王族ならともかく、貴様のような低級ミイラは体温の上がり過ぎでも腐るからのう」


「何じゃそりゃあ! 頼む、止めてくれ!」


「全く、もっとマシな者を奴隷にすべきだったわ」


 たぶん世界初のミイラ配信者ライフが、前途多難ながらも幕を開けたのだった。


〜〜〜〜〜〜


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