第35話 退部届

 ――『やっぱり、絵なんて描かなければよかった!』


 ……なんてことを言っちゃったんだろう。

 いくら落ち込んでいたからって、言っていいことと悪いことがある。

 神山くんは、あんなに私のことを応援してくれていたのに。


 きっと、がっかりしただろうな。きらわれちゃったかもしれない。


 合わせる顔がなくて、今朝の私はいつもより二本早いバスに乗った。

 当然だけど、一番うしろの席はぽっかりと空いている。

 神山くんがいないだけなのに、すごくさみしい気持ちになる。

 駅に着くまでの一時間って、こんなに長かったっけ?

 ほんとうなら、これがフツーなのに。


 いつの間にか、神山くんがとなりにいることが当たり前になっていたんだ。


 × × ×


 始業時間が過ぎても、凛ちゃんは学校に来なかった。

 風邪を引いてお休みだって担任の先生が言っていたけど、なんとなく、仮病なんじゃないかなって思う。


 凛ちゃんが学校を休んだのは、はじめてのことだったから。

 クラスのみんなは凛ちゃんを心配していたけど、私は心のどっかでほっとしていた。


 昨日のことを、許せばいいのか、怒ればいいのかわからなかったから。


 同時に、もうあの絵を出品できないって考えると、ずんと心が重たくなる。

 神山くんも、凛ちゃんも、そして絵も……すごく遠くにいってしまったような気がする。


 × × ×


 放課後になって美術室に行くと、すぐに日向先生から呼び出された。

 日向先生はすごく言いにくそうに、


「白金さんがね。昨日、美術部を退部するって言ってきたの」

「え!?」

「あなたの絵をダメにしてしまったから、責任を取るって」


 びっくりしすぎて、声が出ない。

 凛ちゃんが、そんなことを?

 あんなに美術部が大好きだったのに!?


「ねえ、あなたたちのあいだに何があったのか、先生に教えてくれない?」


 日向先生のやさしい言葉に、ぎゅっと心がしめつけられる。


 ――『うそつき』


 私のせいだ。

 私さえ絵を描かなければ、凛ちゃんを追いつめることもなかったのに。

 やっぱり、私には絵を描く資格なんてなかったんだ!


「……それなら、私がやめます」

「西野さん?」

「もういいんです。あの絵は、捨ててください。いままで、ありがとうございました」


 私は、先生に深く頭を下げた。

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