第34話 叫び
バスの一番うしろの席には、意外にも神山くんが乗っていた。
「びっくりした。あんたも、いま帰りなのか?」
そっか……神山くんは、いつもこんなに遅くまでレッスンしていたんだ。
息を整えながら、神山くんのとなりに座る。
やだな、こんなに息切れしてたら、何かあったのかって心配されちゃいそう。
「バスが発車します」
運転手さんのアナウンスで、バスが走り出す。バスのなかは、いつもより人が多い。
ふだんと違う時間に乗っているだけなのに、なんだか知らないバスみたい。
それとも……夕方なのに、となりに神山くんがいるからかな?
「なんかヤなことあった?」
いきなり神山くんが切り出してきた。
「べつになにも」
「涙のあとがついてるじゃん。うそが下手すぎだ」
「……うそか」
凛ちゃんから「うそつき」って言われたばっかりなのに。
家までガマンしようとしてたけど、涙があふれてきそうになる。
「話してみろよ」
「じつは……」
私は美術室で起きたことを、神山くんに話した。
コンクールに出品する予定の絵が、神山くんを描いたものだっていうことは、はずかしくて言えなかったけど。
凛ちゃんを責めたいわけじゃない。私だって亜衣に同じようなことをしたんだから。
でも、二度と神山くんの絵が戻ってこないという現実が、すごく悲しい。
私の話が終わると、神山くんはうーんとうなる。
「凛は、昔から画家になるってがんばってたからなあ」
「え?」
「理由もなくそういうことをするヤツじゃねえし。ちゃんと話をしてみたらどうだ?」
「次は吉野入口です」
運転手さんのアナウンスが聞こえて、神山くんは私の代わりに降車ボタンを押した。
「何の話をしろっていうの? 凛ちゃんは、私のことがきらいなんだよ?」
「そう決めつけるなよ。あんただって、前の学校で似たようなことをしたんだろ?」
カァッと体が熱くなる。
そんなの、自分が一番よくわかってる。だから、これはきっと因果応報なんだ。
私が凛ちゃんに腹を立てるのは、きっとまちがってる。
それでも。私にとって、あの絵はとても大切な作品だった。
「神山くんは、私の味方になってくれないの?」
「敵とか味方とか、そんな話じゃないだろ」
「吉野入口に到着です」
車体を揺らしながらバスが停まって、ドアがゆっくり開いた。
私は何も言わないまま、しずかに席を立つ。
「菜月。凛とちゃんと話をしろよ」
「もういい」
「は?」
「やっぱり、絵なんて描かなければよかった!」
神山くんが、目を見開く。
私はそのままバスから飛び降りると、無我夢中で家に走った。
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