第33話 黒いキャンバス

 手直しをするか、コンクールをあきらめるか。

 結局、答えを出すことができないまま、帰りのバスに乗る時間になっちゃった。

 いつの間にか、美術室には私と凛ちゃんの二人きり。

 凛ちゃんは、ずっと白いキャンバスの前に座ったまま動かない。


「凛ちゃんは帰らないの?」

「あたしは、まだいいわ」

「そう。じゃあ、先に帰るね」


 そそくさと荷物をまとめて、逃げるように教室から出る。

 ……凛ちゃん、大丈夫かな?

 もんもんとした気持ちのまま、駅までの道をとぼとぼ歩くけど、途中で足が止まる。

 私は凛ちゃんの友だちなのに、このまま帰っていいのかな。

 コンクールのことだって、すごく落ち込んでたのに。

 ……。うん、やっぱりこのままじゃだめな気がする。

 ちゃんと、話をしなくっちゃ。

 くるりときびすを返して、私はもと来た道を引き返した。

 


 学校に戻ってうすぐらい廊下を進む。美術室からもれる明かりに、ほっとした。

 よかった、まだ帰ってなかったんだ。

 そっと教室をのぞきこむと、なぜか私のキャンバスの前に、凛ちゃんが立っていた。

 あれ? 何してるんだろう?


「凛ちゃ……」


 声をかけようとした直後。凛ちゃんが、絵筆をふりあげた。

 グチャッ。

 神山くんの顔が、真っ黒な絵の具にぬりつぶされた。

 なに? なにが起きたの?


「……凛ちゃん?」


 声に気づいた凛ちゃんが、おどろいたように私をふり返る。

 でも、すぐに怖い顔になって、キッと睨みつけてくる。


「うそつき」

「……え?」

「菜月さんは、神山くんのことも好きだし、絵だって本気で上を目指しているくせに!」


 凛ちゃんが、叫びながら絵筆を床にたたきつけた。


「ずるいわよ。とつぜん転入してきたかと思ったら、あたしの大事なものを全部よこ取りしていくんだから」

「そんなつもりは」

「あたしのほうが、絵の勉強をたくさんしていたわ。あなたが来るまで、辻先輩の次にあたしが一番上手だった。神山くんだって、あたしのほうが先に好きだったの!」

「……」

「それなのに、あたしはあなたに何もかも負けた! なんであたしの絵は、出品させてもらえないの? なんで、あなたが神山くんと仲良くしてるのよ!」

「だから私の絵を、こんなふうにしたの?」


 泣きたいのは私のほうなのに、凛ちゃんのほうがぼろぼろと涙を流している。

 ――おなじだ。亜衣の絵をめちゃくちゃにした、あのときの私と。

 心のなかがめちゃくちゃ。だめ、こらえきれない。


「菜月さん!」


 私は凛ちゃんの声をふり切って、廊下を駆け出していた。

 そのまま転がるように駅まで走って、発車直前のバスに飛び乗った。

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