第32話 冷ややかな目

 新しく描き直す? あと二週間で? そんなの、ムリに決まってる。

 私は、ふらふらと凛ちゃんのもとへ近づいた。


「凛ちゃん。今の聞いてた? どうすればいいと思う?」

「さあ。わからないわ」


 そっけない返事。


「菜月さんはいいじゃない。手直しをすれば、出品できるんだから」

「え?」


 よく見ると、凛ちゃんのキャンバスは真っ白だ。


「凛ちゃん? このあいだまで描いてた絵はどうしたの?」

「薄っぺらいんですって。さっき、日向先生からコンクールには出せないって言われたわ」

「そんな」

「次期部長は、あなたになるかもね」


 凛ちゃんの表情は、すごくかたい。


「でも、私は手直しなんかしたくなくて……」

「それは、神山くんと付き合ってるから?」

「おい、凛。いきなり何を言うんだ」


 見かねたように、辻先輩が凛ちゃんと私の間にはいってくれた。


「どうなの、菜月さん?」

「神山くんは、私なんて興味ないよ。私とじゃ、住む世界が違いすぎるっていうか」

「あたしは好きよ。小学生の頃から、ずっとあいつが好きだった」


 凛ちゃんは、はっきりと私に向かって言った。

 その声は力強くて、レッスンスタジオで演技をしていた神山くんみたいだ。

 でも、目の前にいる凛ちゃんは演技なんてしていない。正真正銘、凛ちゃんの本音。


「菜月さんも、神山くんのことが好きなんじゃないの?」


 辻先輩も、戸惑ったように私たちの顔を交互に見やる。


「ちがうよ」

「じゃあ、その絵はなに?」

「コンクールのテーマは『友だち』なんだよ? もしも神山くんのことが好きなら、『友だち』なんてテーマで描かないよ」

「でも」

「神山くんは、大事な友だち。それだけだよ」

「本当に?」


 こくりとうなずく。だけど、のどに砂が詰まったみたい。

 でも、それを無理やり飲み込むように、私はわざと明るい声を出した。


「私は、凛ちゃんと神山くんならお似合いだと思ってる」

「えっ?」

「凛ちゃんはすごくかわいいし、勉強もできるし。クラスでも一番の人気者でしょ? 私の友だちになってくれたのが不思議なくらいパーフェクトなんだもん。神山くんみたいなすごい人には、凛ちゃんがぴったりだよ」

「菜月さん」

「次の部長も、凛ちゃんに決まってるしね! 今回はたまたまだよ。私なんか、足元にも及ばないし! だから、友だちとして凛ちゃんのこと応援する! がんばって!」


 なんでだろう? 言葉が勝手にぼろぼろとこぼれていく。

 本当のことを言っているはずなのに、苦しくてたまらない。

 凛ちゃんは、私の大切な友だちだから、絵も恋愛も、全部うまくいってほしい。

 その気持ちはうそじゃないのに。

 どうして、こんなにひきさかれそうな気持ちになるの?


「それが、菜月さんの本心なの?」

「もちろん」

「そう。よくわかったわ」


 凛ちゃんの目は、ぞくっとするほど冷ややかだった。

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