第31話 あと二週間

 放課後の美術室で、私はキャンバスのなかの神山くんと向かい合う。

 クールでミステリアス。だけど、誰よりもやさしい私の友だち。

 今朝、バスのなかで見つめた神山くんの目を思い出しながら、ていねいに絵筆で色をつけていく。


 たとえ空を緑で塗る私でも、この絵にかぎっては、本物の色がいいって決めていた。

 透きとおるような、黒。なににも染まらなくて、誰よりもはっきりとした色。

 神山くんの瞳に色がはいると、まるで命がこもったような感じがする。

 私は大きく息をついて、パレットを机の上に置いた。


 今日は十月十四日。締め切りまで、二週間ちょっと。


 まだ完成とはいえないけど、この調子でいけばなんとか間に合いそう。


 ちらっと、美術部をみわたす。

 日向先生から、コンクール用の絵にNGを出されてしまった人は、いまはもう、ちがうコンクールに向けて一から新しい絵を描き始めていた。

 私と辻先輩、そして凛ちゃんの三人だけが、一応、校内審査を通過している(らしい)。


 でも、凛ちゃんの絵を最後に見たのはいつだったっけ。


 美術室のすみっこで、キャンバスをじっと見つめている凛ちゃん。

 ぜんぜん手が動いてない。もしかして、スランプ? 大丈夫かなあ……。


「そろそろ仕上げか?」


 背後からの声にふり返ると、辻先輩と日向先生が立っていた。


「は、はい! 締め切りにはなんとか間に合いそうです」

「いい絵になってきたな」


 辻先輩は、あごに手をあてながら私の絵をまじまじと観察する。


「ありがとうございます」

「これは、ライバル出現って感じかな。日向先生、どうですか?」


 だけど、先生はなぜか難しい顔をしてる。


「うーん。これは『友だち』というコンクールのテーマから外れるかもしれないわね」


 え?


「構図を見せてくれた段階では、出品させられると思ったのよ。でもね」


 ドクン。


「あなたの中で、気持ちが変わったんじゃない?」

「どういう意味ですか?」

「ただの友だちにしては、細かいところまで描き込まれすぎているのよね。特にこの瞳はとても印象的。あなた、この子のことよく観察しているのね」


 自分の描いた絵を見つめる。神山くんに対する気持ちが変化した……?


「たしかに、友だちには見えないかもしれないな」


 辻先輩にまでそんなことを言われて、くらくらとめまいがする。


「……じゃあ、この絵は出品できないんですか?」

「コンクールに出すなら、手直しが必要ね。テーマに寄せることも、受賞には大切な要素だから」

「そんな」

「でも、コンクールがすべてではないわ。手を加えるかどうかは、あなたが選びなさい」


 日向先生は、それだけ言って美術室から出て行ってしまった。

 手直しをするか、コンクールをあきらめるか。……私が選ぶ?

 まさかここまで来て、コンクールに出品できないなんて考えもしなかった。

 出品して受賞できなきゃ、亜衣に会えない。

 でも、この絵を直すなんてイヤだ。

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