第29話 雨のなか

 翌日。今日は朝から土砂ぶり。

 バスが水しぶきをあげながら、ぬかるんだ山道をぐんぐん走っていく。


「最近、楽しそうだな」


 となりに座る神山くんは、窓わくに肘を乗せたままつぶやいた。


「うん。絵も順調だし、凛ちゃんとも、どんどん仲良くなれてるから」

「へえ、よかったじゃん」


 神山くんは、もう帽子をかぶっていない。

 だから神山くんが前髪を何気なくかきあげるたびに、ドキッとしちゃう。


「そういや、コンクールに出品する絵の題材って、なににしたの?」

「えっ!? それは言えないよ!」

「はあ? なんで?」


 だって、神山くん本人なんだもん。


「スケッチブックにラフぐらい描いてあるだろ? 見せてくれよ」


 ぎゃあ! そうだけど! 

 先生や美術部のみんなに見られるのは平気でも、さすがに本人に見られたら、はずかしくて倒れちゃうよ!

 私はとっさにカバンを抱きしめ、距離をとった。


「学校に来たら、見せてあげるよ!」


 その瞬間、神山くんの顔が引きつる。


「あ。そう。じゃいいわ」


 しまった! いくらはずかしいからって、こんなことを言うなんてサイテーだ。


「ごめんなさい。……つい」

「いいよ。……そこまでいやがるとは思ってなかったけど」


 しーん。気まずい沈黙。もう、私のバカ。このまま雨に打たれたいぐらいだよ。

 しばらくだまったままでいると、


「あんたはさ、オレに学校来て欲しいの?」

「も、もちろん!」


 だって、神山くんと一緒に学校へ通えれば、きっと毎日がもっと楽しくなる。

 不登校はけっして悪いことじゃない。

 学校に行くのがつらいなら、ムリすることはないって思う。

 でも、神山くんは事故のトラウマのせいで学校に来られないだけ。

 しかも、それが役者さんとしての道をとざす、大きな障害になっているんだ。

 そんなの、悲しいよ。


「いいかげん、オレもちゃんと考えねえとな」


 神山くんの透きとおった目とぶつかる。


 その黒い瞳は、まるでガラス玉のよう。見つめられると視線がそらせなくなる。

 ――神山くんの目って、こんなにきれいだったんだ。

 吸い込まれてしまいそう……。

 そのとき、バスが揺れながら停まった。

 ドアが開いて、停留所でバスを待っていた人がたくさん乗り混んでくる。

 私たちのとなりにも大人が座った。奥につめようとすると神山くんの肩にぶつかってしまった。

 ふれたところが、熱を持ったみたいにじんじんする。

 ちらっと神山くんを見ると、すこしだけ耳が赤くなっていた。


 もしかして、神山くんもドキドキしてる……?


 バスの走行音と車体をたたく雨の音。そして、神山くんのかすかな息づかい。

 私の心臓の音も……聞こえちゃいそう。

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