第26話 いやな予感

「西野さん、すてきな絵ね」


 放課後の美術室。

 教室の片すみでスケッチブックに絵を描いていたら、日向先生からとつぜん声をかけられた。


「この絵の子はお友だち? コンクールに出品するのかしら?」


 日向先生が指をさしたのは、土曜日のらくがき。

 バスの窓からさしこむ朝日に照らされた、神山くんの姿。

 絵のなかだから、帽子はかぶっていない。はじめて知った、神山くんの素顔。


「いい絵になりそうね。締め切りまで一ヶ月半だけれど、やってみる?」


 日向先生は、見込みがない作品にはようしゃなくボツを出す。ってことは……。


「もしかして、このまま進めてもいいってことですか?」

「ええ。あなたが描くつもりなら、応援するわ」

「描きます!」

「ふふ。いいお友だちの絵ね。完成が楽しみだわ」

「ありがとうございます!」


 絵を褒められたのは、すごく久しぶり。うれしさで、胸がぎゅーってなる。

 どんな色を使おう? 風景はどうしよう? あ、神山くんの瞳の色、何色だっけ?

 神山くんの観察眼を見習わなきゃ……なんて考えていると、


「西野さんも、出品するのか?」


 顔をあげると、すぐそばに辻先輩が立っていた。


「ぼくも負けられないな」

「そんな。辻先輩の作品にはかないませんよ」

「おせじはいらないよ。そうだろう、凛?」


 ぎくっ。


 すこし遠い席に座っていた凛ちゃんが、辻先輩の呼びかけに応えてふり向く。

 土曜日に画材店で別れてから、凛ちゃんとはぎくしゃくしている。

 じつは、今日一日凛ちゃんに話しかけることができなかったんだ。

 気まずくなると、その人を避けちゃうのは私の悪いクセ。

 凛ちゃんの顔が一瞬だけ、亜衣とかぶる。

 どうしよう。いまさらだけど、あれは誤解だったんだよって説明しなくちゃ。


「凛ちゃん、あの」


 でも、凛ちゃんは目をほそめてフッと笑う。


「あたしだって負けないわ。これは真剣勝負なんだから」


 あ……よかった、いつもの凛ちゃんに戻ってるみたい。

 でも、その直後。


「もし西野さんが入賞したら、次の部長はわからなくなるな」


 辻先輩がぽつりとこぼす。


「え? 副部長は凛ちゃんなのに、ですか?」

「うちの部は実力主義だからね」


 部長、かあ。前の学校では亜衣が副部長をしていたから、ぜったいなれないと思ってた。

 でも、この学校でなら……もしかして?

 って、なに期待してるの! 凛ちゃんに失礼すぎるよね。

 それに、絵を描くのは亜衣に会うためなんだから。


「菜月さん。コンクール用のキャンバスが必要でしょう? 準備室、行きましょ」


 凛ちゃんが、すくっと席を立った。


「え? 私ひとりでもわかるよ?」

「いいから」


 凛ちゃんからただよう、有無を言わせない圧。

 すごくイヤな予感がする……。

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