第24話 菜月の罪

「記憶力には自信があるって言ったじゃん」


 うっ、そうでした。


「でも……私は守れそうにないかも」

「あんた、本当は絵を描きたいんだろ? なのに、なんで自分にうそつくの?」


 神山くんには全部お見通しだ。


 ずっと、誰にも言えなかった私の過去。

 これを言ったら引かれちゃうかもしれない。

 だけど、神山くんは私を信じて秘密を打ち明けてくれたんだよね。

 だったら、私も信じてみよう……。

 大きく深呼吸をして、


「私、親友の絵を台無しにしたことがあるの」

「へえ?」


 ――小学生の頃から、大の仲良しだった亜衣。

 私たちは、毎日一緒に絵を描いていた。

 亜衣は、学校で一番絵が上手だったから、私はあこがれていたんだ。

 ずっと亜衣みたいな絵を描きたくて、手が痛くなるぐらい練習をした。

 でも、私はいつでも二番目。どんなにがんばっても、亜衣に追いつけない。

 仲良しだったはずなのに。いつの間にか、亜衣のことを避けるようになっていった。

 そんなある日……。


「美術コンクールで、亜衣の絵が受賞したの。私の絵は、最終選考落ちだったのに」


 すごく、くやしかった。


「亜衣にはおめでとうって言ったの。でも、なんでいつも亜衣ばっかり……って、心がひりひりして」


 亜衣が受賞した絵が美術室に飾られることになった。

 額縁に入れるために机に置いてあった亜衣の絵を見ていたら、むかむかが止まらなくて。


「……自分でも、なんであんなことをしたのかわからないの。気がついたら、亜衣の絵に水をかけて、台無しにしちゃってた」


「ずいぶん、えげつないことをしたな」


 神山くんは苦笑いをする。

 やっぱり引かれちゃったかな。でも、当然だよね。それだけのことをしたんだから。


「それから亜衣と顔を合わせられなくて、お母さんに相談して転校させてもらったんだ」

 あの日から、一度も絵は描いてない。

「その親友が、あんたに絵を描く資格がないって言ったのか?」

「亜衣は」


 ――『いいの。やっと菜月の気持ちがわかって、ほっとしたから』

 ――『えっ、なんで? やめちゃだめだよ、菜月』


「亜衣は、やめないでって言ってた」


 どうして亜衣がそんなことを言ったのか、いまでもわからないけど。


「じゃあ、描いたらいいじゃん」

「だけど」

「描きたい絵、あるんじゃねえの?」


 神山くんの言葉に、のどの奥がつかえたようになる。

 描きたいものなら、いくらでもある。

 でも、亜衣の本心も聞かないまま、鉛筆をにぎっていいのかな?

 何も言わない私に、神山くんはうーんとうなる。


「あのコンクールさ、たしか受賞者は美術館で表彰されるんだろ?」

「そんな細かいところまで読んでたの?」


「ついクセで。で、そんなに上手い親友なら、受賞して授賞式に来るんじゃねえ?」


 たしかに、あれは全国の中学生を対象にしたコンクールだ。

 亜衣が出品していてもおかしくない。いや、亜衣ならきっと出品するはず。


「とりあえず親友に会うっていう口実で、描いてみたら?」


 はっとする。

 もう一度、亜衣に会うため……。それなら、描いてもいい?


「神山くんは。どうして、そこまで私を応援してくれるの?」

「は?」

「だ、だって。私は神山くんとちがって、フツーだし……」

「友だちの夢を応援するのはトーゼンだろ?」


 いま、友だちって言った?


「神山くん、私の友だちになってくれるの?」

「はあ? 友だちじゃなかったら、こんなところ連れてこねえだろ」


 亜衣から逃げるように転校してきた。ずっとこれで正解だったのかわからなかった。

 でも、神山くんと会えてよかった。それだけで、私はすこし救われた。

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