第23話 昔のこと
レッスンが終わると、神山くんはタオルで汗を拭きながら私のとなりに座った。
「ふう。やっと終わった」
「神山くんの演技、すごかった!」
「そりゃ、一応プロだったし? もう過去のことだけど」
「ううん、『ヒカリ・スクール』よりも、今のほうが上手だったよ!」
「サンキュ。でも、もっと上手くなんないとな。世界一の役者を目指してるから」
「神山くんならきっとなれるよ!」
「――それはどうかな」
えっ? と顔をあげると、そこには天地さんが立っていた。
「世界一の役者を目指すなら、先にやるべきことがあるんじゃないのかい?」
神山くんは、決まり悪そうに視線をそらす。
「どういうことですか? 天地さんだって、神山くんを本物だって褒めていたのに」
天地さんは目をほそめて、神山くんをじろりと見すえた。
「……キミ、いつになったら学校に行くつもり?」
びくっと、神山くんの肩がはねる。
「今度のオーディション、きっとキミの実力なら主役を勝ち取れると思う。でも、いざ撮影になったらどうするんだい?」
「それは」
「神山くんが学校に行かないからって、なにか問題あるんですか?」
「あれ? 彼女なのに、あのこと言ってないの?」
「彼女じゃねえって言ってんだろ。ったく」
神山くんは、そっと自分の前髪をかきあげた。
やっぱり見間違いじゃない。そこには痛々しい傷あと。
「『ヒカリ・スクール』の撮影中に、事故ってケガしたんだ」
「えっ?」
うわさでは、共演者をケガさせたってことになっていたけど……。
天地さんは重々しいため息をついた。
「アクションシーンの撮影中にね。神山くんは俺を道連れにして、学校の三階から落ちたんだ」
「三階!?」
しかも、共演者って天地さんのことだったの!?
「幸い、校庭の木に引っかかったから、ふたりとも命にかかわるようなケガはなかったんだけどね。神山クンは、額の傷より、やっかいなトラウマを負っちゃってさ」
神山くんは、そっぽを向く。
「オレ、いざ学校に行こうとすると、事故のことを思い出して足が震えて動けなくなるんだ。そのせいで、撮影は中止。ドラマもオレのせいで打ち切りになっちまった」
「自分を責めすぎるなって言ってるじゃないか」
天地さんの声は力強い。
「どんなに演技を極めたところで、現場で使い物にならなきゃ芸能界でやっていけないよ」
「仕方ねえだろ。また事故るんじゃないかって……怖いんだ」
「その思い込みをやめろって言ってるのに。記憶を塗り替えるためにも、オーディションまでにはちゃんと学校に行きな」
神山くんの顔は、いつのまにか青ざめている。
「なあ、天地サン。やっぱり次のオーディション、辞退できねえかな?」
「またそんなこと言って!」
「だけど」
「俺は言い訳をするキミなんて見たくないよ。あとは自分でなんとかすることだね」
天地さんはそれだけ言い残して、他の生徒さんのもとへ戻っていってしまった。
「……神山くん、大丈夫?」
「いつものことだし。でも、かっこ悪いとこを見せたな」
「そんな大変な目に遭ったんだから、撮影が怖くなって当然だよ」
私には、どうしたら神山くんのトラウマが消えるのか見当がつかない。
だけど……。
「神山くんにはオーディションに出てほしいな」
「なんで?」
「わ、私がうれしいから」
「ははっ。なにその理由。ま、やれることはやるつもりだよ」
よかった、笑ってくれた!
「じゃ、今度はあんたが約束を果たす番だな?」
「約束?」
はっ! そういえば、少し前にバスの中で……。
――『今度、目の前で演(や)ってもいいぜ?』
――『その代わり、あんたが描いた絵も見せてくれよな』
「……覚えてたの?」
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