第17話 ふたりの約束

 朝になるのが、こんなに待ち遠しかったのははじめて。

 いつものバスに乗り込むなり、私はいそいで神山くんのとなりに座った。


「おはよ、菜月。そんなに急いでどうし……」

「ドラマ観たよ!」


 あいさつより先に言うと、神山くんはおどろいたように目を丸くする。


「はやっ! つか、よくDVD手に入ったな?」

「えへへ、貸してもらったの」

「マジか。もの好きなやつもいるんだな」

「それより、ドラマすっごく面白かったよ! 神山くん、本当に役者さんみたいだった!」

「みたいじゃなくて、役者だったの」

「あ、そうだった。でも、あんなに長いセリフを覚えられるなんてすごいよ」

「台本覚えるのは役者の基本だし」

「私にはできないよ。神山くんは、頭がいいんだね」

「ま、まあ……毎日徹夜はしてたけど」


「それに、アクションもすごかったね。三話で神山くんが壁を伝って、プールへ飛び込むシーンはかっこよくてドキドキしちゃった! 五話で先生を助けたときは、本物のヒーローみたいだったし……それから」

「ストップ、もういい」

「えっ?」


 神山くんは帽子を深くかぶりなおして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 うわあ、私ったら朝からうるさくしすぎちゃった。

 いきなりこんな話されたら、神山くんも困っちゃうよね。


「ごめんなさい。どうしても感想を伝えたくて」

「べつに。怒ってるわけじゃない」

 よく見ると、神山くんの耳は赤くなっていた。

「もしかして照れてる?」

「う、うるせえな」


 いつもクールな神山くんの意外な一面。


「そこまで褒めてくれたやつ、あんたがはじめてだ」


 ぼそりと呟いた神山くんに、なぜかドキッと胸が高鳴る。


「か、神山くんなら、きっとオーディションも合格できるよ。あんなに上手なんだもん」

「当然だろ。このあいだも言ったけど、今のオレの演技のほうが上手いし」

「うんうん。でも、あれ以上に上手ってどんな感じなの? 想像もできないや」


 すると、神山くんはすこし考え込むような仕草をしたあと、


「あんた、土曜日ってヒマ?」

「うん? 予定はないけど」

「じゃ、ちょっと付き合え。オレの演技、見せてやるよ」


 ええええ!? 神山くんの演技が見られるの!? うれしい! 

 あれ? でもそれって一緒に出かけるってこと?

 男の子と二人きりで出かけることを、デートっていうんじゃ……。

 いや、神山くんはそんなつもりで言ったんじゃないはず!


 でも、『デート』って言葉を思い浮かべたとたん、ほっぺたがカァッと熱くなっていく。


「一応言っておくけど、べつにデートってわけじゃねえからな」


 ドキッ! 頭のなかを読まれた!?


「う、うん。わかってるよ!」


 だけど、私を見る神山くんも、なぜかすこし赤くなっている。


「なんだよ?」

「神山くん、また照れてる?」

「べ、べつに照れることなんか言ってねえし」


 神山くんはそう言って、また顔をそむけてしまう。

 そんな神山くんに、私はバスを降りるまでニヤニヤをこらえるのが精一杯だった。

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