第18話 友だち

 休み時間。

 私は教室で凛ちゃんが一人になったところを見計らってDVDボックスを手渡した。


「DVDありがとう!」

「菜月さん、もう全部観たの?」

「うん! 止まらなくって」


 凛ちゃんは、うれしそうに口元をほころばせる。


「やっぱりそうよね。あたしも、何十回見返したことか」

「そんなに!?」


 私のつっこみに、凛ちゃんがはずかしそうに咳払いをする。


「……みんなにはだまっていてね」

「もちろん。それより凛ちゃんは何話が好きだった?」


 凛ちゃんの瞳がギラリと光る。


「もちろん最終話よ! 神山くん、回を重ねるごとにどんどん演技が上達していって、知らない人みたいな顔をするんだもん。あんなの、一瞬たりとも目が離せるわけがないわ。特に見どころとなるのは……」


 凛ちゃんは、朝の私よりも熱く語りはじめる。

 こんなふうに神山くんの話で盛り上がれるなんて。

 神山くんが知ったら、きっとものすごくはずかしがるだろうけど。


「あいつ、幼稚園のころから役者になりたいって言ってたのよ。ムリに決まってるってみんなからバカにされても、ぜんぜん引かなくて」

「神山くんらしいね」

「ほんとよね。あたしだけは応援してあげてたんだから、連絡ぐらいしてほしいわ」


 神山くんの話をするときの凛ちゃんは、表情がころころ変わる。

 神山くんも、凛ちゃんにくらいオーディションのことを教えてあげてもいいのに。


「それにしても、この学校がロケ地なんてすごいよね。私までドラマのなかに入った感じがするよ」

「ふふ。あたしも初めてこの学校に登校したときは、感動したわ。ほら、ちょうどあの花壇は、オープニングのシーンに使われていたところよ」


 凛ちゃんは教室の窓から、そっと校庭をのぞきこんだ。


「あ、見て、菜月さん。あそこで雑誌の撮影をしているみたいよ」

「ほんとだ!」


 身を乗り出してみると、私たちと同じくらいの年の女の子がカメラマンに囲まれているのが見えた。ここからでも、すごい美少女ってことがわかる。

 神山くんは芸能人だし、きっといつもあんな可愛い人たちに囲まれていたんだろうな。

 もしかして、今でも仲のいい人がいたりして。

 そう考えただけなのに、なぜか胸がチクッとする。


「有名なモデルさんかなあ? 凛ちゃん知ってる?」


 顔をあげると、いつの間にか、凛ちゃんはとなりでスケッチブックを開いていた。


「なにしてるの?」

「きれいなものは、スケッチして残しておかなくちゃ」


 そう言って、凛ちゃんは鉛筆をすばやく動かす。

 神山くんと凛ちゃんは、自分の好きなことにまっすぐ。二人って、似てるのかも。


「菜月さんも、なにか描く?」


 鉛筆を手渡してくれる凛ちゃんに、首を横に振る。


「菜月さんは、どうしてそんなに絵から遠ざかろうとするの? 前の学校で、なにかあった?」


 ぎくり。


「あたしでよければ、聞くわよ?」


 ごめん、凛ちゃん。でも、それだけは誰にも知られたくないの。

 特に、絵を描くことが大好きな凛ちゃんには。


「ありがとう。でも、大したことじゃないの」


 うそをついているからか、ほっぺたがぴくぴくする。

 凛ちゃんは、がっかりしたように小さくため息をついた。


「そっか」


 ちくっと、また胸が痛む。本当のことを言えたら楽なのに。

 きらわれるかもしれないって考えただけで、声が出なくなる。


「でもあたしは、菜月さんの絵が見てみたいな。いつか絵が描けるようになったら、そのときはあたしにも見せてね」

「ありがとう。凛ちゃんはやさしいね」

「だって、あたしたちお友だちじゃない」


 思わず凛ちゃんの顔をじっと見つめてしまった。


「私、凛ちゃんの友だちでいいの?」

「イヤだった?」

「ぜんぜん! す、すごくうれしい!」

「よかった。これからもよろしくね」


 凛ちゃんはにこりとほほえんでくれる。

 そっか……いつのまにか、私たちは友だちになっていたんだ。

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