第14話 たからもの

 放課後。今日も美術室は静かな熱気に包まれている。

 部員のみんなが、いっしょうけんめいコンクール用の作品に向き合っているから。

 そんななかでも、凛ちゃんは誰よりも熱心だ。


 美術室に来てから、一度も手を止めることなく絵を描いている。

 となりに座っているだけで気迫が伝わってきて、声もかけづらい。


 凛ちゃんが描くキャンバスのなかの神山くんは、今と髪型がちがっていた。

 きっと、凛ちゃんの記憶のなかの神山くんなんだろうな。


 幼なじみって言ってたけど、最初に神山くんを描くってことは、それだけ仲良しだったのかな?


 きっと凛ちゃんの絵はコンクールに出品されるはず。だって、すごく上手だもん。


 それにくらべて。


 私はみんなが使うデッサン用の鉛筆をえんえんと削っているだけ。

 うう、なんだか悲しくなってきた。


「あら、どうしよう」


 ぽつりと、となりで凛ちゃんがつぶやいた。


「どうしたの、凛」


 すかさず、部員のひとりが凛ちゃんに声をかける。


「絵の具を切らしちゃったの」

「ありゃ。油絵の具使うの、凛ぐらいだもんね」

「せっかくノッてきたのに」


 油絵の具かあ。

 私はカバンをまさぐって、絵の具セットを取り出した。


「凛ちゃん。これ使っていいよ」

「え? でも、菜月さんのぶんは?」

「私はもう描かないから、大丈夫」

「それなのに、絵の具は持ち歩いていたの?」

「それは……ついクセで」


 画材は引っ越してくるときにほとんど捨てた。

 だけど、絵の具だけはなかなか手放せずにいたんだ。

 凛ちゃんはさみしげな顔をする。


「ありがとう、菜月さん。絵の具は土曜日に買って返すわね」

「う、ううん! むしろ、使い切っちゃって!」


 そのほうが、未練も消えるから。


「さすがにそれは悪いわ」

「ほんとにいいのに……」


 そんな私たちのうしろを、部員のひとりが通りかかった。そして、


「うわ、すご。白金の絵、まるで写真みたいじゃん」


 そう言いながら、凛ちゃんのキャンバスに手を触れようとした。


「だめ!」


 凛ちゃんがするどい声を放つ。


「さわらないで。キャンバスは、あたしの宝物なんだから」


 はっとする。


「な、なんだよ。そんなに怒ることないじゃん!」

「怒るわよ。デリカシーなさすぎ!」


 私が怒られたわけじゃないけど、胸をわしづかみにされたみたい。

 宝物、かあ。

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