第13話 やめた理由

「画家やマンガ家を目指したりとかは?」

「それは上手な子だけだよ」


 私なんて、どこにでもいるフツーの子だもん。

 きっと亜衣ぐらい上手だったら、絵の道を目指したんだろうけど。


「ふうん。でも、絵が好きになった理由(ワケ)ぐらいあるだろ?」

「私は、みんなに絵を見てもらうのが好きなだけだよ」


 お父さんや友だちから褒められるうちに、だんだん描くことが好きになっていったんだ。

 誰よりも「上手だね」って言ってもらいたくて。

 それだけが、私の取り柄だったから。


「それなのに、なんでやめたんだよ?」


 ぎくっ。体がこわばる。

 でも、神山くんは目をそらさない。

 前の中学校で、私がしたことをしゃべったら、どう思われるだろう?

 きっと、イヤなヤツって軽蔑されるに決まってるよね。

 私がだまりこんだままでいると、神山くんは気まずそうに自分のほっぺたをかいた。


「悪い。オレも詮索してるわ」

「そんなことは」

「菜月、ちょっと手ェ貸して」


 神山くんはさらりと私の手をにぎる。あたたかい手のぬくもりが伝わってきて、ドキッと心臓が飛び上がった。しかも、いま菜月って名前で呼ばれなかった!? 

 ドキドキしっぱなしの私とは対称的に、神山くんはクールなまま。

 神山くんはカバンからマジックを取り出して、私の手のひらへ『ヒカリ・スクール』という字を小さく書いた。


「これは?」

「さっき言った、オレが主演のドラマ。機会があったら、観ろよ」

「私が観ちゃってもいいの?」

「ただ、今はDVDもプレミアがついてて、なかなか手に入らないだろうけど」

「そうなんだ……。……スクールってことは、学校が舞台なの?」

「ああ。オレらの星野中学校がロケ地なんだぜ」


 やっぱり先輩が言ってたこと、ウソじゃなかったんだ!

 あ、でも。神山くんはこのドラマのなかで共演者さんをケガさせたんじゃ?

 そんな大変なことになったドラマを、私が観てもいいのかな?

 もんもんとしている私にかまわず、神山くんはすこし照れたようにほほえむ。


「でも、演技力は今のほうが上達してるけどな」

「神山くんが演技してるとこ、かっこいいんだろうね」

「当たり前だろ。今度、目の前で演(や)ってもいいぜ?」

「いいの!?」

「その代わり、あんたが描いた絵も見せてくれよな」

「えっ! だ、だから、私は描かないってば」

「美術部に入部したのに、今さらなに言ってんだか。約束したからな」


 凛ちゃんも神山くんも、どうして私に絵を描かせようとするんだろう?

 でも、いつか本当に目の前で神山くんの演技を見れたらいいな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る