第9話 神山くんの過去

 今まで遠くの席でマンガを読んでいた二年生の先輩が、とうとつに口を挟んできた。

 美術部のみんなも手を止めて、私たちをふり返る。


「芸能界でやらかして、表に出てこられないだけなんだから」

「げいのうかい?」

「神山は元子役じゃん。うちの学校を舞台にしたドラマにも出てたでしょ?」


 子役……ってことは神山くんって役者さんだったの!? 

 言われてみれば、『神山慧』って名前に聞き覚えがあったのも、それが理由かもしれない。


 しかも、『うちの学校を舞台にしたドラマ』って?

 たしかに、うちの中学はよくロケ地に使われているって聞いたけど、本当にドラマの撮影をしてたんだ。


 っていうか、一気にいろんなことを言われて、頭がこんがらがりそう。


「やらかしたって、どういうこと?」


 部員のひとりが、おずおずと先輩に尋ねる。


「神山は共演してたヤツをケガさせたの」


 ――え?


「それがバレてドラマは打ち切り。あれ以来、ずっと干されてんだよ」


 それって大変なことなんじゃ……。

 今朝、私を応援してくれた神山くんの顔が目に浮かぶ。

 誰かをケガさせるような人には見えなかったのに。


「神山くんはそんな人じゃないわよ」


 たまりかねたように、凛ちゃんが大声を出した。

 先輩は凛ちゃんの迫力に圧されてたじたじだ。


「な、なに怒ってんだよ。事実だから、神山も気まずくて学校に来られないんだろ?」

「なんですって!?」

「なんだよ!」

「君たち、うるさい。絵のジャマ」


 辻先輩の冷ややかな言葉で、二人ははっとしたようにだまりこんだ。


「すみませんでした」

「ちっ」


 先輩の舌打ちに、凛ちゃんは不満げ。絵筆をにぎる手がふるえている。

 でも二人を一喝してだまらせちゃうなんて、辻先輩ってやっぱり怖い。

 しばらく凛ちゃんはだまって絵を描いていたけど、機嫌は直らないみたい。

 絵を描く手つきが荒くて、こっちまでヒヤヒヤしちゃう。


「ね、ねえ、凛。気晴らしに写生でも行かない?」


 機嫌をうかがうように、部員のひとりが凛ちゃんに声をかけた。

 すると凛ちゃんは、ころっと表情を変える。


「いいわね、行きましょう。菜月さんはどうする?」

「私!?」


 誘ってもらえるのはうれしいけど、どうせ絵を描けるわけじゃない。


「私は、えんりょしておくよ」

「そう。気が向いたら来るといいわ」


 凛ちゃんが美術室を出ていくと、つられたように他の部員たちも凛ちゃんを追いかけていった。凛ちゃんの人気、おそるべし!

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