第8話 神山くんのウワサ

 美術室に戻ると、日向先生はもう職員室に戻っていた。


 私は凛ちゃんのとなりの席に座って、まじまじと美術室を見渡した。

 部員のみんなは、それぞれ絵を描き始めている。


 なかにはマンガを読んでいるだけの人もいたけど、ほとんどの人が絵に向かっていた。


 その中でも一番目を引いたのは、辻先輩の作品。

 すごく大きいキャンバスに、独特なタッチで犬の絵が描かれていた。

 コンクールのテーマは『友だち』だったから、きっと辻先輩がとても大切にしている子なんだろうな。


 ――カリカリ、バシャバシャ、シャッシャ。


 バケツで絵筆を洗ったり、鉛筆で下絵を描いたり。

 耳を澄ますといろいろな音が聞こえてくる。

 みんな、一生懸命自分の絵と向き合っている。

 うらやましいな。

 私も描きたいなあ。


 ――だめ。


 心の中で、もうひとりの私がささやく。

 ――あなたは絵を描いちゃだめ。

 ……入部したのは、ちょっと失敗だったかもしれない。


 みんなが絵を描いてるのに、自分だけ描けないなんて、思っていたよりつらい。


「ねえ、凛ちゃん。私、やっぱり……」


 おずおずと凛ちゃんに向きなおる。

 すると、凛ちゃんの絵がぱっと目に飛び込んできた。

 キャンバスには、二十人くらいの人物が手をつないでいる姿が描かれている。

 全員が凛ちゃんの『友だち』なんだろう。

 その中でもひときわ、ていねいに描かれている男の子――。


 まちがいない。


「それって、神山くん?」


 凛ちゃんはびっくりしたように私をふり返る。


「菜月さん、彼を知ってるの?」


 やっぱり!


「毎朝、私と同じバスに乗ってるんだ。凛ちゃんこそ、神山くんと知り合いなの?」

「あいつはとなりのクラスで、あたしの幼なじみよ」


 えええええ!?


「でも、ずっと学校に来てないの。入学式すらバックレたんだから。理由、聞いてる?」

「ぜ、ぜんぜん。今日、初めてしゃべったばかりだし」

「なんだ、そっか」


 凛ちゃんは、ちょっとさみしそう。


「学校にも来ないで、毎朝どこに行ってるのかしら」


 たしかにそうだ。

 私たちの中学校は制服なのに、神山くんはいつも私服。


「明日、きいてみようか?」

「あら、ほんと?」


 うれしそうな凛ちゃん。幼なじみって言ってたし、二人は仲良しだったりするのかな?


「それ以上、神山に関わらないほうがいいんじゃない?」

「え?」

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