09.雨宮さんは出たがらない

 ある日、インターフォンが鳴り玄関の扉を開けるとそこには一人の男子生徒が立っていた。


 彼は自分を私と同じクラスの生徒だと言ったが私は彼の顔に覚えはない。学校にはたまにしか行っていないからクラスメイトの顔と名前が完全に一致しているのかと言われると胸を張って頷けないが、彼の名前――空野太陽という名前と顔の生徒がいないことは断言できる。


「あっ、先に言えばよかったな。俺は先日転入してきたばっかりなんだ」


 指摘すれば空野太陽は満面の笑みで言った。


「転入生、か。それなら覚えがなくて当然ね。それで? 私に何の用?」


「プリントを届けに来たんだ」


「転入したての貴方が?」


「だってみんな行きたくないって顔してたし、誰も雨宮さんの連絡先知らなかったから」


「でしょうね。私だって私みたいなヤツにプリント届けたくないわ。ああ、それで押し付けられたのね。ご愁傷様」


「ううん、違うよ。俺が行きたいって言ったんだ。クラスメイトを知るいい機会だと思って」


「変な人。私が言うのもなんだけど」


「よく言われる。それで持って来たプリントの中に臨海学校の案内があるんだ。ほらこれ。七月に行われるやつ。生徒は基本的に参加みたいなんだけど一応出欠票を出すことになっているんだ。だから来週の金曜までに――」


「行かないわ」


「どうして? みんなと仲良くなれるいい機会なのに」


「面倒くさいし、誰とも仲良くなりたくないから」


「もしかして雨宮さんって」


「なに?」


「周りと波長を合わせないことがカッコいいって思うタイプ?」


「違うわよ! そんなわけないでしょ!」


「じゃあ、どうして昔から運動会とか修学旅行とか学校行事に参加しないのさ」


「それは……」


 言いたくない。


 言えるわけがない。


 だって信じてもらえないだろうから。


「それは?」


「なんでもない。とにかく行かないから」


「心配なんだろ?」


「…………何が?」


「雨が降ることが。いや、『雨を降らせてしまう』ことが」


「なっ――」


 この人、どうして私のことを……。


「雨宮さんが学校行事に参加しないのは自分の『体質』でみんなを悲しませたくないからなんでろ? 優しいな」


「違うわよ! 本当に面倒なの! というか何? 私が雨を降らせることができるみたいに言ってるけど、そんなことできるはずないじゃない!」


「いや、雨宮さんならできるはずだ。外に出れば。いや、正確に言えば『屋根という概念の下から外れたら』かな」


「……」


「その顔からして自力で気づいたんだね、凄い。俺は天気やオカルトを研究している姉さんに教えてもらって初めて知ったのに」


 空野太陽は笑った。


 何者なんだ、この人は。私が雨を降らせてしまう人間であることだけじゃなくて、その条件まで知っている。


「ウェザー・シンドローム――【空色症候群】」


「なにそれ」


「天気を変えることができる人たちを指す言葉。雨宮さんはこういう言葉ができるくらいに人がいる中の一人なんだ」


「そんな言葉聞いたことないわ」


「最近できた言葉だし、人が天気を変えることができるって信じられていないから浸透していないんだ」


「そんなこと」


「ありえない? 雨宮さん自体ありえない存在なのに?」


 何も言い返せなかった。


 そう、確かに私は雨を降らせることができる雨女だ。


 今雲一つない青空だが私が玄関から出れば数十秒で曇り始め、すぐに雨が降るだろう。


「……とにかく話を戻すと私は臨海学校は行かないから」


「もしかして雨宮さんってさ、自分が参加することで雨を降らせてしまって申し訳ないから行きたくないんじゃないのか?」


「なっ――勝手なこと言わないで!」


「根拠はある。雨宮さん、たまに学校に行っているけどその日は前日の天気予報で一日中雨だって予報されていた日でろ? 先生に無理言って見せてもらった出席簿とここ数カ月の天気一覧を比較したから確かだよ」


「……」


「朝から雨が降っているなら自分が外に出たって関係ない。だから――」


「違うわよ! そんなことない!」


 彼を睨みつける。


 でもそんなこと気にしていないようで話し続ける。


「確かに自分のせいでみんなが悲しむと自分自身も悲しくなるよな」


「だから私はそんなこと考えていないって言っているでしょ」


「でももしも……もしも雨宮さんが外に出ても雨が降らなかったら?」


「何を言っているの? 貴方、私の体質を知っているでしょう?」


「それを知った上で聞いているんだ」


 彼のまっすぐな目を見てつい笑ってしまった。


「いいわ、もしも雨が降らなければ臨海学校行ってあげる」


「言ったからな」


 そう言うと空野太陽は私の手首を掴むと引っ張り、玄関から外へ引き摺り出した。


 太陽が私を照らす。


 だが数秒も経てばどこからともなく雲が現れ……。


「晴れた、まま……」


 そう、晴れたままなのだ。


 雲一つない青空。


 どこまでもどこまでも続いていそうな青。


 澄み渡る、青。


 雨は降らない。


「よかったー、実は晴れたままかどうか賭けだったんだよね」


「あ、貴方何したの!?」


「別に何も。強いて言うなら僕の体質と雨宮さんの体質が互いにぶつかり合って、相殺されたと思う」


「相殺って……貴方、まさか」


「うん。俺も【空色症候群】。晴男なんだ」

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