07.値札だらけの町

 僕は今、海外のとある田舎町にいる。


 家も主要の道も煉瓦で作られているこの美しい町には一つだけ残念なところがある。


 それはいたる所に値札が貼られていることだ。


 道沿いのベンチや植木はもちろん、民家にも貼られている。


 そしてなんと人にも。


 価格は僕の国の相場と変わらない。


 いや、道路や人の相場は知らないが。例えば公園のベンチや街灯は多少無理をすれば購入できる価格だった。しかし道路や役場などの公共機関は無理をしても買えない価格だった。人の価格については……こちらは多少無理をすれば買える。貼られている人によるが。


 さてこんな値札だらけの町だがいったい誰が価格を定めているのだろうか。


 そう考えた僕は今、町の片隅にある小さな博物館に来ている。ガイドにここならば町の歴史について学べると聞いたからだ。ちなみに事前にネットで町中に値札を貼っている理由を調べてはいない。こういうのは現地に行き、人から教えてもらうことに価値があるからだ。


「すみません、この町について学びたいのですが。特に値札関係をメインに」


 館内を巡回している学芸員の女性に話しかけた。若くて綺麗だ。


「分かりました。私でよければご案内します」

「ありがとうございます」


 僕が礼を言うと「ではこちらへ」と言って学芸員は歩き始めた。


 僕は彼女の横に並んで歩く。


「まずありとあらゆるモノに値札を貼っている理由ですが、それは価値を分かりやすくするためです」

「と、言いますと?」


 僕が首を傾げると女性は立ち止まり、左手に持っていたバインダーからボールペンを外す。


「例えばこのボールペン。どの文具店にも売っている物です。これの価値はだいたい想像できますよね」

「ええ、まあ」

「では貴方も歩いたであろう町の入り口からここまでに続く道。この道について価値は想像したり説明したりできますか? 具体的に」

「うーん、町の人々の生活を支えているわけだから大事だとは思いますが、具体的に説明しろと言われても、うーん」

「困りますよね。だから値札を貼ることにしたのです」


 学芸員はまた歩き始めた。


「公式に価格が設定されていると人は『なるほど、これにはこれくらいの価値があるんだな』と考えます。しかも誰かに価値の大きさを説明する時に価格を言えばそれだけで相手にどれだけ価値があるか伝えることができます」

「なるほど……?」

「先ほど例に出した道で言いますと貴方は道そのものの価値を説明することに戸惑っていましたが……」


 女性はバインダーに挟んでいる白紙に何かを書くと僕に見せた。


「あの道にはこれくらいの価格が設けてあります、と説明すると重要度が分かりやすくなりますよね」


 学芸員が見せてくれた用紙に書かれた価格はとんでもない価格だった。


「言いたいことはなんとなく分かりました。でも価格を設定して値札を貼っている以上買うことが可能なんですよね? そしたら誰かが道を購入して独占してしまうのでは? 道だけに限りませんが」

「それを防ぐために公共物や公共機関には誰も手を出すことができないくらいの価格を設定しているんです」

「なるほど……。では人は? この町に来てすれ違った人全員に値札が貼られていました。もちろん貴方にも。買えるんですか? 人を」


 僕の問いに女性は頷いた。


「両方の合意によりますが。それも役場で書類を提出したり、二度多くて三度役場の人間と面談をする必要があります」

「徹底していますね」

「非合法な人身売買はやっていけませんからね」


 非合法な人身売買。


 聞き慣れない言葉に思わず笑ってしまう。


「さて、誰が価値を設定しているのか? それはこの機械です」


 そう言って立ち止まった僕たちの目の前にアンティーク調の大きな箱。僕よりも大きい。様々な装飾品が施されているが欠けていたり塗料が剥げていたりと年季を感じさせる。だが不釣り合いなカメラやキーボードが設置されていた。


「外側だけは昔のままなんです。中身はAIが組み込まれたパソコンになります。このカメラで対象を撮影し、分析することで価格が設定されます。カメラの前に持って来ることができない物についてはキーボードで詳細な情報を打ち込みます」

「これで町中のモノに価値を……」

「貴方の価値も調べてみますか?」

「いいんですか? それはぜひ」


 僕は箱のカメラに近づいた。


 カメラはジッと僕を見つめている。


 しかしこれは大変なことになったぞ。とんでもない価格が設けられるに違いない。僕の家は金持ちだし、僕は世界一有名な大学の生徒。それも高身長でルックスも良い。成績も申し分ない。これほどまでに完璧な人間が他にいるだろうか。いないはずだ。


「あっ、出ましたよ」


 女性がそう言うとカメラの下にある横長の穴から値札が出てきた。


 僕はそれを手に取り、価格を見てみる。


「な、なにっ!?」


 そこに印字されていた価格は僕が想像していた価格よりもかなり低い価格だった!


「ま、間違っている! この機械は間違っている! 僕がこれだけの価値しかないなんて!」


 僕はたまらず箱を蹴った。


「ちょ、ちょっとやめてください!」

「うるさい! 離せ! そうだ、お前の値札を見せてみろ!」


 僕は彼女の服の首元を掴むと先ほどからチラチラと見えていた値札を見てみた。


 僕よりも高い!


「こんな小国の田舎女よりも僕が価値が無いだと!? そんなわけあるかー!」


 僕はもう一度カメラの前に立つ。するとまた値札が出てきた。だが先ほどの価格よりも低くなっていた。


 頭にきた僕はまた蹴ろうとした。


 するとどこからともなくやって来た警備員に拘束されてしまった。


「離せ離せ! この僕を誰だと思っているんだ!」

「知りませんよ……というかそういう言動をするから安値になるんですよ」

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