06.顔面加工のテンプレート
僕は女性の加工された顔写真が嫌いだ。
なぜかって?
生理的に無理だからだ。
妙に白い肌、顔の大きさに比べてアンバランスな大きさの両目、とんがった顎などなど……。
思い出しただけでも虫唾が走る。
どうして女性は――というとすべての女性にあてはめているように思われるため訂正する。
どうして一部の女性たちは顔を加工するのか。
世の女性は今のままで十分に美しい。
瞳を過剰に輝かせなくても、顔全体に白の斑点を散らす必要はないのに!
だが一度ふと考えることがある。
僕のこの嫌悪感は僕が男だから抱くものなのだろうか。
もしも僕が女性ならば嫌悪感を抱かず、僕自身も顔を加工してSNSにアップするのだろうか。
……我ながら恐ろしいことを考えてしまった。
もうこのことについて考えることをやめよう。
うん?
ポケットのスマホが震えた。
取り出して見てみると画面に妹からのメッセージのプレビューが表示されている。
『お兄ちゃん! 大変! これを見て!』
切羽詰まったような文面だがこういうときに限ってくだらない内容に決まっている。
そしてメッセージを開けてみると。
「うっ、うわああああああああっ!」
そこには顔面加工された僕の姿があった!
「いい加減にしろ!」
妹は僕が加工アプリが嫌いだと知っているのに何度も僕の顔を加工しては送ってくる!
今すぐに文句を言わないと気がすまない!
僕は電話をかけた。
でも妹は出ない。
「こうなれば直接言うしかない!」
僕は家に向かって走る。
そして着くとリビングへ続く扉を壊れてしまうのではないかと思えるぐらいの勢いで開けた!
「おい! 梨沙!」
リビングのソファーに座っている梨沙の後頭部が見えた。梨沙はゆっくり振り返り……。
「う、うわあああああっ!」
梨沙の顔が変わっていた。妙に白い肌、顔の大きさに比べてアンバランスな大きさの両目、とんがった顎などなど……。まるで加工アプリで加工したかのような顔だ!
「ちょっとお兄ちゃんビックリしすぎ」
化け物は梨沙の声で話しかけて来る。
僕は使ったまま廊下に放置されていたフローリングモップを手にすると剣のように構える。
さぁ、来るなら来い。妹の皮を被った化け物め!
「もう、お兄ちゃん大袈裟すぎ。ごめんって。アプリ解除するからそれおろして」
化け物はそう言ってスマホを操作し始めた。
すると化け物の顔が梨沙の顔になった。
「化け物め! 今度は可愛い妹の顔になりおって!」
「もう! いい加減にして!」
梨沙が投げたクッションが僕の顔に当たり、星が踊る。
「加工アプリで現実の顔を変えたの」
「どういうことだ?」
「昨日配信されたばかりの加工アプリなんだけど、これで写真の中の顔を加工すれば現実の顔も変えることができるの」
「そんなことありえないだろ」
「でもお兄ちゃんさっき自分の目で見たでしょ」
それは確かにそうだ。
「それにね、このアプリは加工具合をテンプレート化できるの。そしてそれを共有できて、共有された数によってお金を貰えるんだ」
「お前、まさかそれで食って行こうなんて思っていないだろうな」
「思ってないよ。私みたいなノーインフルエンサーがテンプレを公開しても誰も見てくれないって。『のんのちゃん』みたいなインフルエンサーじゃないと」
「誰だよ、それ」
「知らないの!? トップインフルエンサーだよ。さっき私がお兄ちゃんに見せた加工ものんのちゃんのテンプレなんだよ」
「あれがトップインフルエンサーが作ったテンプレ!?」
センスを疑う。
肌を白くすればするほどいいと思っているのだろうか。
目は大きければ大きいと思っているのか。
顎は細ければ細い方がいいと思っているのか。
「とにかくやめてくれ」
「なんで。別に犯罪を犯しているわけでもないのに。嫌なら見なければいいじゃん」
それはそのとおりなのだが日常生活で完全に見ないように努めるのは難しいだろう。SNSならばアプリを起動しなければいいだけの話だが……。
話し合いの末、梨沙は僕の前ではアプリを使わないことを約束してくれた。
妹だけではなくみんながそうしてくれたら助かるのに……。
そんな僕の思いは通じないどころか、逆の結果となった。
若い女性を中心にあの加工アプリを使い、さらにのんのちゃんのテンプレを使い始めたのだ。その結果、街中を……いや日本中を同じ顔が歩き始めた!
僕は世界の終わりを感じた。
しかし流れは緩やかに変わってゆく。皆が同じ顔に加工した結果、今度は加工しない、ありのままの顔でいることが流行り始めたのだ。そのきっかけもまたのんのちゃんである。
そんな世界になった結果、僕は何にも臆することなく外を歩いたり、SNSを利用したりできるようになった。
だがこのとき僕は忘れていたんだ。
流行りは廻り巡って以前のことが流行るということを……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます