05.バベルの塔
全知全能の神と言っても一を見て百を知るわけではない。神もまた人間と同じように勉強しているのだ。
そのことを知らずに神ならばなんでもかんでもすぐに、好きなようにできると考えてしまっているのが人間だ。
そんな人間たちはある日、神がいる天界に行こうと考えた。なぜなら我々人間でも神の世界に行き、神と同じ物を食べ、着て、寝れば全知全能になることができると信じているからである。
だが先に述べたように神は全知全能ではない。一から学び、他分野同士を組み合わせることで数々の奇跡を起こしてきたのだ。
人間たちは天界に行くために塔を建てることにした。とてつもない高い塔を。冷静に考えれば天に届くほどの塔など作れるはずがないと分かるはずだ。しかし当時の人々は誰しもが全知全能の神になることを夢に見ていた。それ故愚行を成し遂げてやろうと躍起になっていた。
さて人間たちが塔を建造している間、天界はというと。
「神様! 神様! 大変です!」
神の部下が神住まう神殿に飛び込んだ。
「どうした、そんなに慌てて」
「に、人間たちがこの天界に来るために塔を作っています!」
「なんだそんなことか。大丈夫だ。そんなことできるはずがない」
「そうですか」
「考えてみろ。お前は地上に行ったことがあるか?」
「はい、新婚旅行で一度……」
「行きは落ちるだけだから楽だったが、帰りは昇る必要があったため大変だっただろう?」
「はい、とても遠くて……」
「空を飛ぶことができる我々でも苦労するというのに翼を持たぬ者たちが地上と天界の距離を行き来できると思うか?」
「それは……とても難しいと思います」
「そうだろう? それに塔の建設がスムーズに進むわけがない。建設中に雨風や地震などに見舞われたら崩れるだろう。そして崩れると一から建て直さなければならない」
神の言葉に部下はなるほど、と頷いた。
「だからそんなに慌てる必要はないのだ。お前たちはどのくらいの高さまで建てることができるか、いつ諦めるのか賭けて楽しんでおくがいい」
部下は再度頷くと神に頭を下げて神殿を後にした。
「やれやれ」
肩をすくめた神は葡萄酒を一口。
そしてそれからどれくらい経っただろうか。
神が寝ているとあの部下が再び神殿に駆け込んで来た。
「神様! 神様! 大変です!」
「むぅ……何事か」
眠たい目をこすりながら上体を起こす神に部下は人間たちがとてつもなく高い塔を建てていると報告した。
「まさかそんなこと……」
神は神殿が立てられている雲の縁まで移動すると地上を見下ろした。
するとそこには確かに高くて太い立派な塔が建設されていた。まだまだ完成には遠いがこのままならいずれ天界に届くだろう。
「ど、どういうことだ!? 人間にあんな立派な塔を作れるはずがない! 全知全能の私ならまだしも人間が……」
「それが人間たちは一人一人の知恵が少ない分互いに知恵を出し合って塔を建てていたようです」
「むぅ……」
「どうしましょう……天の軍を派遣しますか? それとも地の神にお願いして今すぐにでも大地を揺らしてもらいますか?」
「そんな乱暴なことをしてはならない。だからそうだな……彼らの言語を乱そう。それに百種類以上の言語に」
「そんなことで建設が止まるでしょうか」
「まぁ見ておれ」
そう言い、神は地上の全人類の言語を百種類以上に乱した。数と種類はさらに古代の神が作った『言語を分ける際の参考例一覧』からランダムに選出された。
すると人々は意思疎通ができなくなり、さらに設計図の文字も読めなくなってしまった。当然建設は中止。神と部下はホッと胸をなでおろした。
「どうだ?」
「さすがです、神様。乱暴なことをせず見事に建設を中止させましたね!」
喜ぶ部下。
神は満足そうにまた葡萄酒を一口。
だが数日が経つと建設が再会されてしまった。
今度は神が部下を呼び出し、建設再開の理由を尋ねる。
「言葉でコミュニケーションが取れなくなった人間たちはボディランゲージで意思疎通を取り始めたんです」
「まさかそんなことが……」
「それが本当なんです。いかがなさいましょう。……地の神にお願いしてみますか?」
「前にも言ったが暴力的なことはやはり駄目だ。仕方ない、私が直接天界への塔を建てることをやめるよう言おう」
そのように言うと神は地上に降り、人々に建設をやめるよう訴えた。
人々は突然現れた神にひれ伏していた。そして何度も頷き、そんな人々の態度に神は満足して天界に帰った。
だがしかしそれでも人々は建設を続けた。
「な、なぜだ……人間はそれほどまでに天界に来たいのか」
「神様。先ほど人間界に潜り込ませていた間者が帰って来ました。そして報告によるとこの前のお言葉は人間たちに届いていなかったようです」
「どういうことなのだ?」
「どうやら言葉を乱したことで神様の言葉を理解できなかったようです」
「うおおっ……マジか……」
頭を抱えた神だったがすぐに新たな策を思いつく。
「ならば百に分かれた言語それぞれの言葉で警告すればいいのだ」
そう言って神は『言語を分ける際の参考例一覧』を広げるとそれぞれの言葉を一から学び始めるはめになってしまった。
神といえど初めから全知全能というわけではないのだ。
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