03.カップMEN

「夏休みまでに絶対彼氏を作る!」


 大学生になってから五月になり、宣言するとマイコはため息をついた。


「アンタ、年始も言ってたじゃん」


 マイコが私を指さした。


「言ったっけ?」


「神様に願ってたじゃん」


「えっ、声に出てた!?」


「出てたよ。というか気づいてなかったの? やばいじゃん」


 まさか声に出ていたとは……。


「こ、声に出ちゃうくらい欲しいんですう! マイコには分からないでしょ! 高校時代の夏三回を恋人なしで終わってしまいそうなこの私の必死さ!」


「うん、分からん。彼氏いるし」


 さらりと言うマイコを私は睨みつける。


 このマイコという女は悔しいがモテる。男女問わず誰からも。今は野球部の先輩と付き合っているが、一か月前は女子と付き合っていた。


「ねぇ、どうやったらマイコみたいにホイホイ恋人を作ることができるの?」


「そうだな……欲を持ち過ぎないことかな。恋人ができたら儲けもんくらいの気持ちでいること」


「おい、それだと私は強欲の女みたいじゃないか」


「さっきと年始に願ったこと言ってみ」


「……世界平和」


「嘘を吐く子には何も教えてあげません」


 私はすぐさま訂正した。


 するとマイコは肩をすくめると明日の土曜日、鹿京サービスエリアに行こうと提案してきた。どうしてと尋ねてもマイコは答えず、講義に行ってしまった。


 そして次の日。


 私は駅前でマイコを拾うと鹿京サービスエリアに向かった。


 その間にどうして行くのか何度か尋ねたが、マイコは「いいから、いいから」と言うだけで教えてくれなかった。


 サービスエリアに着くとマイコはずんずんと進んでゆく。


「ここの奥だよ」


 そう言ってマイコが立ち止まった所は自販機コーナーだった。


 そこには飲み物だけではなく、うどんやアイス、スナック菓子など様々な商品を売っていた。


 けれどマイコはそれらに見向きもせず、自販機コーナーの奥の部屋に続く扉を開けて入った。


 そこは入っていいのだろうか。関係者以外立ち入り禁止なのでは。


 そんなことを考えているとマイコは早く来なよと言わんばかり手招いた。


 意を決して入るとそこには二つの自販機があった。


 一見普通の自販機のように見えるがよーく見てみると並んでいるのはカップ麵だ。しかも側面や蓋には様々な男性の写真がプリントされていた。もう一個の自販機に並ぶカップ麺には女性の顔写真。どの男女も種類は違えどイケメンや可愛い子ばかりだった。


「マイコ、これは何?」


「カップMENとカップWOMAN。好みの人を買うことができるの」


 ……この人は何を言っているんだろう。


「この人は何を言っているんだろうって顔してるじゃん」


「いや、だって急にそんなこと言われてもさぁ」


「じゃあ実践してみよう。アンタの好みの男を選んで」


 マイコに急かされ、私はカップMENが並ぶ自販機を見つめる。


 そして有名俳優に似ている男の人を買うことにした。


 お金を入れてボタンを押す。


 すると普通の自販機と同じように商品が落ちてきた。


 取り出して、持ち上げていろんな角度から見てみるがやはり普通のカップ麺と変わりはない。


 ……蓋や側面に顔写真やプロフィールが印字されている以外には。


「じゃあ、あとはお湯を入れて三分待つだけだよ」


 そのようにマイコに言われた私は蓋を開けて悲鳴を上げた。


 なぜならそこに入っていたのは親指ほどの大きさの人間のミイラだったからだ!


「マイコ! なにこれ!」


 私はマイコに詰め寄るが彼女はニヤニヤしたまま何も教えてくれない。ただただ「お湯を注いでみて」と言うだけ。


 私は乾燥したキャベツのようなシャツを着ているミイラを数秒見つめてから自販機に備え付けてある蛇口からお湯を注いだ。


 それから待つこと三分。


 なんと容器はみるみるうちに大きくなっていき、三分経つ頃には勉強机くらいの大きさになった。


 そして蓋が開けると中から出てきたのはびしょ濡れのイケメン。容器に印字されていたあの人だった。


「やぁ、こんにちは。君が僕を買ってくれた女の子だね。僕の名前は伏見院ハルト。よろしくね」


「マママ、マイコ! これどういうこと!?」


 現れたイケメンを無視して私はマイコに詰め寄った。


「原理は分からないけど、今みたいにいつでもイケメンを買うことができるの」


「それじゃあ、マイコが別れてもまた恋人ができていたのは……」


「察しがいいじゃん。まぁ、でも今の彼氏は合コンで出会った人だけどね」


 マイコはニヤリと笑った。


 私は改めてハルト君と向かいあった。


「よろしくね」


 ハルト君は笑い、手を差し出した。


 爽やかな笑顔だった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 彼の手をとった。


 温かい手だった。


 それから私とハルト君の同棲生活が始まった。


 彼のおかげでどんな些細なことも楽しく、有意義なものに感じることができるようになった。


 朝食を食べることも、お散歩をすることも何もかもが楽しい……!


「それで? 最近どうよ」


 数か月経ってある日、マイコと大学の食堂で昼食を食べているときのこと。

 ニヤニヤしながらマイコが聞いてきた。


「別に。普通だよ」


「嘘じゃん。だってアンタめっちゃにやけてるよ」


 私は今マイコを睨んでいるつもりだが多分迫力は一切ないだろう。


 話をそらすために私はマイコの彼氏について聞いてみた。


「実はプロ野球になれそうなんだよね! この間は大学野球の日本代表にも選ばれてたし!」


「そ、そうなんだ」


 すごいな……。


 それに比べて私の彼氏はどうだろうか。


 特にこれといった名誉はない。


 もちろんいい人だ。


 毎日家事をしてくれるし、添い寝だってしてくれる。


 けれどそれだけ。


 特に肩書は、ない。


「……ねぇ、マイコ。マイコは恋人をあの自販機でとっかえひっかえしてたけど、変える前の恋人はどうしたの?」


「うん? ああ、そのときは別れたいことを伝えると荷物をまとめてすぐに出ていくよ」


「そっか」


 その日の夜、私は考えた。


 ハルト君でも別に満足している。


 でもさらに上の恋人を作れるなら……。


 そうだとしてもこっちの都合で付き合ったのにこっちの都合で別れていいのだろうか。


 でも……。


 寝ずに考えに考えて、私は朝にハルト君に別れを告げた。


 すると彼は「分かった」と言い、出て行ってしまった。


 ズキリと胸が痛んだが私はそれでもアクセルを踏んだ。


 そして鹿京サービスエリアに着き、あの自販機がある部屋に向かう。


 並んでいる商品の中からイケメンかつモデルの肩書を持つカップMENを買った。


 お湯を注ぎ、三分待つ。


 そのとき昨晩寝ていなかったからなのか睡魔が急に襲ってきた。


 それに負けて私は寝てしまう……。


 × × ×


 ど、どれくらい寝ていただろう。


 起きた頃にはすでに容器は大きくなっていた。


 私は慌てて蓋を開ける。


 するとそこにはぶよぶよに伸びたMENが……。

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