117『A:あなた以外の何者でもない』
「あなたは、誰ですか?」
大事な質問は、たったこれだけであった。
涙目のまま、美寧がきょとんとしてしまった。
馬鹿みたいな質問だと思うだろうか。
だけれども、本当に大事なことである。
「え?」
トレーニングベンチから立ち上がって、つい先程まで秋水を睨み下ろしてキレ散らかしていた美寧の間が抜けた声に、秋水は再び小さく笑った。
「あなたは、ベンチプレスを100㎏達成していた人ですか? その40㎏くらいのバーベルを持ち上げていた小学生の子ですか? はたまた、ベントオーバーロウを100㎏引き上げられた人ですか? もしくはスクワットを100連続出来る人ですか?」
小さく笑いつつ、片膝立ちで美寧をしっかりと見上げながら、秋水はつらつらと聞き並べてみた。
ベンチプレス100㎏は、ある意味分かりやすい1つの指標だろう。
女子小学生が40㎏のベンチプレスなんて、筋トレ界じゃ上澄み小学生だろう。
ベントオーバーロウを100㎏は、背中の筋肉が使えなかったら出来やしないだろう。
スクワット100回連続なんて、自重であってもやれたら凄いことだろう。
だがそれは、どれも美寧が出来ることじゃない。
美寧のことじゃ、ないのだ。
急に意味の分からない質問をされたことに対して、え? え? と戸惑ってしまった美寧を真っ直ぐ見上げながら、秋水はもう1つ畳み掛けてみた。
「それとも、あなたは棟区 秋水ですか?」
「ち、違います」
即座に返答である。
まあ、こんな筋肉ブサイクヤクザと一緒にされたら、拒絶反応出るよな、普通。
しかし、美寧のそれは、良い答えである。
美寧は、秋水ではない。
当たり前だが、良い答えだ。
だが、もう一声、欲しいかな、と。
「そうですね。それでは美寧さん、あなたは、誰ですか?」
改めて尋ねる。
大事な質問だ。
あなたは誰だ。
当たり前すぎて誰もが忘れそうな、そんな馬鹿みたいな質問である。
ぐ、と美寧は少しだけ言葉に詰まった。
なんて返すべきなのか、なんて答えるべきなのか、躊躇しているような迷い方だ。
それはそうだろう。
こんな質問、普通はされない。
「……錦地、美寧です」
戸惑いながらも、どうにか絞り出した美寧の言葉に、秋水は大きく頷いた。
美寧は、美寧である。
錦地 美寧だ。
最高の答えじゃないか。
もうこれで全ての答えが出揃うくらい、完璧な答えだ。
「そうですね。あなたは錦地 美寧さんですね。そして、それが、全部の答えですよ」
「は?」
は? ではない。
美寧は美寧だ。
ベンチプレス100㎏が出来ない美寧だ。
ベントオーバーロウを100㎏出来ない美寧だ。
スクワット100回連続なんて出来ない美寧だ。
秋水ではなく、美寧は美寧なのだ。
「あなたは美寧さんです。そして筋トレにおいて、美寧さんが競う相手は、美寧さん自身をおいて他にはいないのです。他の誰も、美寧さんの代わりにはなれないのです」
これは本当に、本当の本当に、大切なことである。
筋トレは、己との戦いだ。
他の誰でもない、自分自身との争いだ。
筋トレで他人と競うほど、無駄なことはない。
他人は所詮どこまでいっても他人であり、決して自分自身にはなれないのだ。
「私の、かわり?」
「ええ、そうです。隣でベンチプレスを100㎏持ち上げたから何だというのです。美寧さんが25㎏で自己ベストを更新したのなら、美寧さんにとってはそれが一番素晴らしいことなのです。25㎏が軽いだなんて気に病む必要はどこにもありません。トレーニング重量のマウント合戦に、意味などこれっぽっちもありませんよ」
女子小学生が40㎏くらいのベンチプレスをしてたのは、確かにそれは凄いことだ。
しかし、それを見た美寧が気に病む必要はない。これっぽっちもない。
隣で40㎏を持ち上げようが、50㎏を持ち上げようが、100㎏を持ち上げようが、200㎏を持ち上げようが、それこそ人類の到達点とも言える500㎏をベンチプレスで持ち上げられようが、凄いね、以上の感想など必要ない。
他人がどれくらいの重量でトレーニングしようが、自分の筋肉とは何も関係ないのだ。
500㎏持ち上げられたら、それは凄い。
見たら感動はするだろう。感嘆もするだろう。触発されてやる気も出るだろう。
だが、それを見ただけで自分の筋力は向上しない。
するわけがない。
当たり前だ。他人は他人であり、自分じゃない。他人の筋肉は、自分の筋肉じゃないのだ。
「で、でも、そんくらいじゃ、全然ダメだし……全然軽いし……」
「100㎏に勝ちたいのなら、25㎏を30㎏に、30㎏を35㎏に、そうやって扱える重量を増やす他にありません。それはつまり、過去の自分を打ち破り、自己ベストを更新し続けた先にしかないのです。隣の誰かと比べたところで、美寧さんが競う相手は、常に自分自身なんですよ」
自分のライバルは、常に自分だ。
筋トレを始めるとき、父からそう言われたことがある。
小学生も低学年だった当時は、なに言ってんだ、としか思わなかったが、今は父の言葉の意味が良く分かる。
他人との勝負は、最終的には結果の見せ合いっこでしかない。
その結果を少しでも良くするためには、それまでの日々が重要なのだ。
少しずつでも、1歩ずつでも、過去の自分を打ち破り続け、自己ベストを更新し続け、そういう努力の日々が結果となるのだ。
そこに他人は介在しない。
立ち塞がるライバルは、常に過去の自分しかいないのだ。
「でも、でも……」
「筋トレは自分自身との対話です。筋トレは自分自身との競争です。自分の壁を、自分で打ち破るのが筋トレです」
ぐちぐち続けようとする美寧の言葉を遮るように、秋水はゆっくりと立ち上がった。
今度は、秋水が美寧を見下ろす。
秋水が言いたいのは、ここからだ。
なんとか言えと言われたから、言わせて貰うのだ。
「だから、自分をちゃんと見てください」
叱らないと言ったが、もしも叱るとするならば、この1点のみである。
自分自身をちゃんと見ないで、筋トレなど出来るものか。
他人と比べただけで、筋肉が成長などするものか。
「自分をちゃんと認めてください。美寧さんは、美寧さんです。他の誰でもなく、あなたは錦地 美寧さんなんですよ」
40㎏のベンチプレス、そりゃ結構。
それを目標にする、そりゃ結構。
上の重量を目指して挑戦する、そりゃ大いに結構。
だが、それが自分自身の実力を省みず、他人がやってたのが悔しくて、なんて理由で挑戦するのなら、ふざけんな、としか言えない。
自分を見ろ。
自分の力を確かめろ。
それを認めろ。
筋トレは、それが出来て初めて、自分に合った重量が分かるんだよ。
「それでも、全然、重量とか、増えてないし……」
「ボリュームは上がってるじゃないですか」
「え?」
「筋トレボリュームですよ」
言ってから、しまった、と秋水は思った。
きょとんとした美寧の表情。初めて聞いた単語、といった感じである。
ああ、そうか。
筋トレボリュームについて、美寧に教えていない。そして美寧も、それを学んでいない。
だとすれば、今回の無茶、秋水にもその責任の一端はあるということだろうか。
いや、別に自分は。
反射的に心の中で反論をしかけてから、秋水は小さく首を横に振る。
いいや、そうだ。
今回は、自分も悪い。
「重量に、回数とセット数を掛け算した数値です。筋トレの強度を増やすとは、このボリューム数を上げると言うことです。つまり筋トレにおいて重量なんて、ただ目に見えて分かり易いというだけの、評価指標の1つに過ぎません」
口調はあくまで穏やかに、優しく、秋水は早口にならないように意識しながら口にする。
筋トレのボリューム計算なんて、少し調べればすぐに分かるだろう。
それをなんでわざわざ自分が教えなきゃいけないのだろう。
自分はただの一般人で、トレーナーでも何でもないのに。
筋トレは自分の好きにやるべきで、そこに自分は責任なんて持てやしないのに。
たぶん、今まではそう考えていた。いや、正直なところ、今でもちょっと思っている。反射的に心の中で反論しかけてしまった。
だけど、今回の無茶は、そうやってズルズル逃げ続けた自分も悪かった。
「前々回のベンチプレスは20㎏を10回5セット、ボリュームが1000だったのに、前回は20㎏を12回の5セットで1200になったじゃないですか。」
美寧は初心者だ。
継続1ヶ月程度の、まだまだ初心者なのだ。
前提知識も何もなく、本当にまっさらな状態で独りでジムに来た、正真正銘の初心者だ。
そんな彼女が、教えて、と頼ってきた先は、秋水なのである。
秋水のことを、先生、と呼ぶのである。
そんな自分が、一番大事なことを、最初に教えなきゃいけないことを、なにも口にしないのは、流石に卑怯じゃないか。
ここはもう、腹を決めなきゃ、いけないだろう。
「後半ではブレブレだったフォームも、前回より安定してきていましたよ。筋トレにおいて最重要項目はフォームで、最重要指数はボリュームです。その両方において美寧さんは過去の美寧さんを打ち負かしています。圧勝です。素晴らしい。プルスウルトラです。美寧さんは確実に一歩進んだんですよ」
秋水は褒めた。
それは今じゃなく、前回、その場で言うべき台詞だったのかもしれない。
いや、言うべき台詞だった。
美寧は着実に進歩している。
ちゃんと成長している。
それをきちんと、秋水は説明して褒めるべきだった。
筋トレで大事なのは、重量だけじゃない。回数も大事だし、セット数も大事だ。端的には、筋トレボリュームが大事なのだ。
それが理解出来ていなかったから、美寧は今まで、重量が、負荷が、と躍起になっていたのだろう。だから40㎏のベンチプレスという無茶な挑戦をしたのだろう。
美寧は今まで、どんな筋トレ種目であろうとも、高重量を行いたがっていたと言うのは、前々から秋水は気がついてはいたのだ。
そこを止めていなかったのは、トレーナーじゃないしな、とか、筋トレは自分の好きにやるのが一番だしな、とか思って無視してきたからである。
ここは、腹を決めよう。
彼女から先生と呼ばれる限り、最低限の責任は持とう。
「そ、そう?」
「それを、美寧さん自身が見ていないだなんて、何事ですか」
急に褒められ、照れるというよりも戸惑いの方が大きい美寧を真っ直ぐ見下ろして、秋水ははっきりと口にする。
責任を持って、美寧を叱るとしよう。
まあ、叱る内容は、どちらにせよ1点しかないのだ。
筋トレにおいて、一番大事な、たった1つ。
全部の答えの、ただ1つ。
「他の誰かと比べてばかりで、自分自身のことを蔑ろにして見ていないだなんて言語道断です。何度でも同じ事を繰り返して言わせて頂きます。美寧さんは美寧さんです。どんな目標があろうと、どんな成果を欲しようと、それは美寧さんが過去の美寧さんを乗り越え続けた先にしか成し得ないことなのです」
あ、と美寧の声が僅かに漏れた。
いけない、語調が強かっただろうか。
怒らない。
感情的にならない。
叱るとは、駄目な点を指摘して教えることだ。
しかし悲しいかな、秋水にはあまり人を叱るという経験がなかった。
妹や母からは怒られてばかりだったし、父からは叱られてばかりだった。
おっと、もしかして実際に人を叱るというのはかなり難しいのではなかろうか。
叱り文句を口に出してしまってから秋水はそのことに気がついた。時すでに遅し。覆水盆に返らず。ヤバい。
「私、は……」
「いつか、私は美寧さんのことを褒め殺ししていると仰いましたが、私はそんな大層なことを口にしたつもりは一切ありません。あれは本来、美寧さんが美寧さん自身にかけ続けるべき言葉です。頑張っている美寧さんが、頑張り続けている美寧さん自身を褒め続けるべきことなんです」
怖がらせないように、怯えさせないように、威圧しないように。
あくまでも優しく、やわらかく、穏やかな口調で。
自分の言葉遣いに細心の注意を払って喋る秋水は、美寧が何かを言おうとしたのを完全に聞き逃していた。
「美寧さんが、他の誰にもなれないように、他の誰も美寧さんにはなれません。だから、美寧さんは、美寧さんをちゃんと見て下さい。こんなに努力家で、勤勉で、誠実で、順調に成長している、素敵な人じゃないですか」
叱る。
確か父は、自分を叱るときはこんな感じだったように思う。
最後に父に叱られたのは、何だっただろうか。彼女できないのは父さんちょっとどうかと思う、だったか。思い出すんじゃなかった、凄い気が散る。
「あなたは、錦地 美寧さんですよ。とても良く、頑張っていますよ」
「……ぁ」
「えらいですね、美寧さん」
そして、ぽん、と美寧の頭に手を置いた。
置いてしまった。
1秒。
少しの間を置いてから、さあ、と秋水の顔から血の気が全力撤退を開始する。
なんで、美寧の頭を、撫でた?
叱る言葉と口調に全ての注意を向けていたせいだろうか、ほとんど無意識で美寧の頭に右手を置いてしまった。
何やってるのか自分。
この女子高生は、秋水の妹でもなければクラスのマスコットチワワでもないんだぞ。
なんの意図もなく頭を撫でるとかいう変態みたいな行為をしでかした自分に、秋水は戦慄した。
ほら見てみろ。ヤクザみたいな糞野郎に急に頭を触られた美寧の反応は。
反応、は。
ほろり、と涙の粒が、頬に流れていた。
泣いている。
ヤバい。
泣かせちゃった。
秋水を見上げる美寧の目からは、はっきりと涙が流れている。
それを見て、ぴりし、と秋水は固まってしまった。
あ、セクハラですね。分かります。
こんな奴に叱られて嫌でしたよね。分かります。
頭の中でパトカーのサイレンと手錠を持った警察官がちらつき、秋水はゆっくりと美寧の頭から右手を離す。油の切れた機械のような動きであった。
「わたし」
はらり、と涙を流し、ぽつり、と美寧が一言零した。
中途半端に美寧の頭から上げた右手が、その中途半端な状態でぴたりと固まる。
110番だろうか。文句が言えない。このまま両手を挙げて抵抗の意思がないのを示すべきだろうか。
流石にウザいと怒られるか。
「わたし、頑張った」
しかし、美寧の言葉は、怒った様子はなかった。
どこか気が抜けたように、ぽつっと零したのは、純粋に自分を褒めるような言葉であった。
ああ、そうだね、と秋水は小さく頷く。
「ずっとずっと、がんばってた」
頷く。
美寧が頑張っていたのは、秋水はよく知っている。
もちろん、全てを知っているわけではないが、美寧が筋トレに励んで努力していることを、秋水は知っている。
美寧は、頑張り屋なんだろう。
「でも、姉さんには、いつだって負けてた」
と、そこで秋水は思わず首を傾げかけた。
かけただけで、そこは堪え、涙をハラハラと流し続ける美寧をしっかりと見ながら、頷いて返す。
「いっつも姉さんの方が勉強できてた。いっつも姉さんの方が運動できてた。姉さんの方が美人だし、姉さんの方が人当たり良いし、姉さんの方が友達多いし、姉さんの方がモテてたし」
姉さん。
なんの話だ。
姉さんに負けてた。
どういう話題だ。
急に美寧の姉の話が出てきたことに、秋水は話について行けずに目を白黒させてしまった。
「いっつも姉さんを見習えって言われてたし、いっつも姉さんはもっとがんばってたって言われてたし、いっつも姉さんの方が優秀だったって言われてたし」
美寧の表情が動いた。
いつものように、にへら、と笑うように。
しかし、それは上手くいかず、不器用に、ぎこちない作り笑い。
涙の筋は、まるで絶えない。
「同じ年には学年首席だったとか、同じ年には吹奏楽部でソロパート担当してたとか、知ってるけど、知ったことじゃないじゃんね」
今まさに、秋水の知ったことじゃない話題になっている。
明らかに筋トレの話題ではない。
なんと言ったらいいのだろうか。頷いてもいいのだろうか。
妹が癇癪を起こしたようにブチギレ、全然関係のない話にまで飛び火しているときのことを思い出す。
あ、これは口を挟まず、静かに聴きに徹した方が良いパターンだ。
美寧の目から視線を逸らさず、秋水は小さく頷いた。
ぼろっと、美寧の涙の量が、増えた。
頷くのも駄目だったのだろうか。
本格的に涙を流し始めた美寧を見て秋水は慌てかけるが、その美寧は、す、と顔を伏せてしまった。
どうやら、自分は美寧の何らかの地雷を、思いっきり踏んでしまったようだ。
腹を決めて責任を持とうじゃないか、とか生意気考えてすみませんでした。
秋水は誰に言うでもなく、天に向かって謝罪した。
少し前に固めたはずの決意はすっかり萎れていた。
「もうちょっとで姉さんと同じ年になっちゃうけど、もういないヤツと比べてゴミ扱いされても、困るじゃん……どーしようもないじゃん……」
ぼろぼろと泣きながら、美寧は愚痴のように零していく。
たぶんこれは、美寧の本音の部分なのだろう。
そしてこれは、自分が聞いても良い話題なのだろうか、と秋水は心の中で苦い顔をする。
「わたし、頑張った」
先程聞いたばかりの言葉は、すっかり意味が変わっていた。
変わってはいたが。
「……がんばってた?」
「はい」
意味は変わっていようとも、その言葉に対して秋水が返す意見に変わりはない。
「美寧さんは頑張りました。とてもよく、頑張っていましたよ。努力しました。結果も出ています。素敵ですよ、美寧さん」
美寧は頑張っている。
今、美寧が話していた話題が何のことやら全く分かりはしないのだが、それでも秋水は、美寧が頑張り屋さんなのだということを知っている。
そうじゃない人が、ジムに来るものか。
そうじゃない人が、筋トレを続けるものか。
美寧の姉の話なんて、秋水にとってはどうでもいい。知らん。
美寧の姉がどんなに凄かろうとも、それは美寧の筋肉には何の関係もないのだ。
「ほんと?」
「ええ、もちろんです」
見えていないと分かっていながらも、秋水は大きく頷いた。
すると、ぽす、と美寧が顔を伏せたまま、秋水の胸に頭をつけてきた。
すわ頭突きか、と思わず大胸筋に力を入れるが、そんなに勢いよく突っ込んできたわけではない。
もたれ掛かるように、すり、と美寧は頭を擦りつける。
「えらい?」
「えらいですよ。えらいですね、美寧さん」
「……ふへへ」
小さく笑い声を漏らしてから、ずび、と鼻を啜る音。
中途半端に上げたままの右手の位置が定まらず、秋水はその右手をしばらくウロウロとさせてから、再びぽすりと美寧の頭へと置いた。
これで良いのか?
嫌がられないか?
セクハラじゃないか?
後で通報されないか?
そう内心でビクビクしながらも、秋水は力を入れないように、ガラス細工を触るように、優しく、ゆっくりと泣いている美寧の髪を撫でた。
「ごめん、先生」
はいセクハラでしたゴメンなさい調子に乗りました女性の髪を触るのは駄目ですねはい。
秋水は青い顔のまま、右手の動きをぴたりと止める。
「ちょっと、このまま」
このままって?
頭突きされているようなこの姿勢のままってこと?
ちょっとって?
思いっきり髪を触っている右手はどうすれば良いんですかね?
これ、ジムに誰か入ってきたらこちらの人生一発アウトだからね?
助けて?
状況が全く分からずに混乱している秋水の胸に、ぐりっと美寧が一際強く頭を擦りつける。
「ふぇ……ふ、ぅぁ……」
涙どころかついには嗚咽まで零し始めた美寧を見下ろし、秋水は軽く絶望した。
ここから美寧が泣き止むまでの10分程、秋水は棒立ちのまま死んだような表情になっていた。
美寧を胸で泣かせたまま。
美寧の頭を、優しく撫で続けていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
祈織「……」(嘘泣きをあやされて頭を撫でられていた変態)
紗綾音「……」(かなりの頻度で頭を撫で繰り回されているのに罪悪感の欠片も抱かれないチワワ)
秋水くんはふざけているわけじゃないんです(;´Д`)
美寧ちゃんの家庭事情とかトラウマとかを全く知らず、徹頭徹尾筋トレについての話しかしてないんですコイツ。そして女の子に泣かれて普通に混乱してるんですコイツ(;´Д`)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます