112『生活必需饅頭』
「さーて、こいつぁ困ったなぁ」
デカい水饅頭などと言うふざけた姿のモンスターに文字通り為す術なく、これまた文字通りヘルメットと巨大バールを失いながらもダンジョンの地下3階からセーフエリアまで一直線に逃げてきた秋水は、適当な場所にリュックサックを投げ捨てた後、どさりと畳に置かれた座布団へと腰を下ろした。
困ったと口にしている割りに、秋水の表情は明るく、むしろニヤニヤと極悪人染みた笑みすら浮かべていた。
いや、困ったのは事実だ。嘘じゃない。
何なんだあのデカくてつるつるしてポヨポヨしたトンデモ水饅頭は。
移動は遅いし、襲いかかってこないし、近づいても無視してくるし、数の優位を活かした集団リンチをしてくる気配すらもない。
だが、一発ブチかました感じ、あの防御能力はあまりにも厄介だ。
巨大バールで殴りつけた衝撃を、ぷにぷにボディで見事に吸収してノーダメージに抑え込む。
さらには巨大バールを体の中に取り込んで、じゅわじゅわと溶かしてしまうという融解能力まで兼ね備えている。
しかも、超至近距離まで接近した物に触手を伸ばしてキャッチし、体の中に引きずり込むというカウンター能力まであるときた。
どうすんだこれ。
無敵かよ。
「はー……こりゃ全然違うアプローチを考えなきゃだな。鉈とかでぶった斬れば、また違うのか?」
ごそごそジャケットを脱ぎながら、口では愚痴のようなものを零す。
しかし、変わらず秋水は楽しそうにニヤニヤしていた。
何人か人を殺してきたヤクザのような顔をしている秋水が独りで笑っていると、傍から見ればホラーの光景である。
なぜ笑っているのか。
答えは簡単、楽しいからだ。
ボスウサギを今度こそぶち殺し、その勝利の余韻が醒める間もなく次のモンスターだ。
しかも、どうやって殺して良いかも分からない難敵だ。
正直なところ、あまり命の危険はない。なにせ襲いかかってこないのだ。殺る気はないのか。
その点に関しては、ぶっちゃけ残念である。
しかし、新しいモンスターを発見したことによる興奮は、その残念な気持ちを軽く上回っていた。
どう攻略する。
どう殺す。
どんな攻撃手段が有効なのか。
向こうからは襲いかかってこないが、それは常になのか、それとも何かがトリガーとなって襲いかかってきたりしないのか。
あの捕食してくる触手はどれくらいの射程があるのか。何かの拍子で2mとか3mとか伸ばしてきやしないだろうか。
それに体内で消化するような融解能力は、どれくらいの物が、どれくらいの速度で溶かされてしまうのだろうか。
バールやヘルメットは溶かされたが、人間の体のような有機物も問答無用で溶かしてしまうのだろうか。
そもそも本当に殺せるのか。
移動もゆっくりなので、そのまま無視して出口に辿り着くのが正解じゃなかろうか。
そして殺せるとしたら、ドロップアイテムは何かあるのだろうか。
それが装飾品なら、売れるのだろうか。
等々。
色々なことを考えてしまい、思わず笑いが込み上げる。
これは明日から、デカい水饅頭相手にトライ&エラー、工夫を凝らして検証実験祭りだ。
楽しいじゃないか。
「あー、やっぱプロテクターぶっ壊れてやがるな」
笑みを浮かべつつ、インナーアーマーも脱いでみれば、胸のプレートが綺麗に割れ、背中のプレートもやや変形してしまっている。
これは、もう取り替えだな。
使えなくなったプレートを取り外し、予備のプレートが家の方にあることを思い出す。
セーフエリア自体は別に狭いわけではないのだが、布団を敷き、小さな棚や衣装ケースを置き、ローテーブルや姿見の鏡まで設置してしまうと、流石に予備のヘルメットやアーマーのプレートをストックとして山積みにしておく余裕はない。
いや、空間自体は余っているのだ。
余っているのだが、それは壁にねじ込まれた短いホースから、天然掛け流しのポーションがじょぼじょぼと垂れ流されているスペースなのである。
不思議とセーフエリアの気温や湿度は一定で、ポーションという謎の液体が垂れ流しになっている半密室空間に布団を敷いていようとも、湿気った感じはまるでない。実際にプロテインや青汁・シナモン・イヌリン・すりゴマといった栄養補給用の粉末を持ち込んではいるものの、湿気ることなく使えているし、悪くもなっていない。
とは言え、それはポーションが流れている場所とは反対側であり、いくらスペースが空いているからといって出っぱなしのポーションの近くに物は置きたくない。いざ使おうと思って取り出したヘルメットの内側がカビていたら、流石に嫌すぎる。
「取りに行くか」
ふむ、と鼻を鳴らしながら秋水は梯子を見て、それから棚の上に置いた時計を確認する。
まだ夜の11時にもなっていない。。
ボスウサギと戦い、デカい水饅頭にちょっかいを出したくらいなので、そんなに時間は経っていない。ああ、リセットボタンの影響でショートカットコースがなくなり、2階を1周はしたか。
ダンジョンアタックの前に食べているので、そんなに腹は空いていないが、なにか軽く腹に入れて置いた方が良いかもしれない。
その前にざっとで良いからシャワーを浴びたい。外は真冬だが、ダンジョンの中は春か秋といった感じであり、正直インナーアーマーにジャケットというフル装備はちょっと暑くて汗が凄いのだ。
それから予備のプレートと、ヘルメットを持って来て。
「あ、そうだヘルメット」
家に戻ってからの行動を少し考えてから、秋水は思い出したように頭に左手を当てた。
しっかりチェックしていなかったが、ボスウサギとの戦闘で壁に後頭部を打ち付け、たぶん壊れているだろう。
それを確認しようとしたのだが。
「あれ?」
短く刈り取っている丸刈りの頭に、ライディンググローブのゴツリとした感触。
何度か自分の頭を撫でるように短い髪をざりざりしてから、ああ、そうか、と思い出す。
そもそもヘルメットは、すでにデカい水饅頭に食われていた。
いや、喰わせた、が正解か。
巨大バールをしゅわしゅわと消化していたデカい水饅頭とは別の個体に、ヘルメットを放り投げて食わせてしまっていた。
あのヘルメットで触手が打撃や貫通の攻撃ではなく、捕食するために対象をキャッチする部分だというのが分かったんじゃないか。何をボケていたのか、と撫でていたその手で頭をボリボリと掻く。
まあ、ヘルメットは後頭部部分は割れていたし、どちらにせよ破棄には違いなかった。
不燃ゴミとして出す手間が省けたと考えておこう。
「…………うん?」
ふと、そこで思考が引っ掛かる。
掻いていた手を止め、意味もなく思わず上を向く。
巨大バールは、食われた。
ヘルメットも、食われた。
お金的な意味として、決して痛くも痒くもないとは言わないが、それでも巨大バールの方はボスウサギの蹴りによって曲がってしまっていたし、ヘルメットは壁に叩きつけられた反動で後ろが割れていた。
つまり、あれ以上使い続けられる状態ではなかった。
要は、ゴミだった。
巨大バールは粗大ゴミ、ヘルメットは不燃ゴミとして処理すべき、ゴミだった。
す、と視線を下ろす。
右手には、インナーアーマーに装着されていた、チタンのプレート。
割れてしまったチタンプレート。
これもまた、レッツゴー不燃ゴミ、である。
続いて振り返り、階段の方を見る。
地下2階、そこのボス部屋には、記念品として大きく曲がった巨大バールと、鉈と片手斧のつかの部分だけが安置されている。
正直なところ、あれもゴミである。
そして地上へと続く梯子を見る。
家には、ゴミがある。
普通にゴミがある。
普通のゴミがある。
角ウサギを狩りまくっていたときに破損してしまったライディンググローブや安全靴。それ以外にも生活をしている以上は出てくる一般ゴミ。それから、まだ片付けられていない、諸々の。
「…………まさか、な」
「いや、まさかねぇ」
そして秋水は、再びダンジョンの地下3階に降り立っていた。
ボスウサギへのリベンジは無事成功し、今日はもうダンジョンアタックをするつもりはない。
実際、現在の秋水の装備はかなりの軽装備である。
ライディングジャケットやパンツこそ着ているものの、インナーアーマーはなし。作業ベルトにはバールが4本刺さっているが、巨大バールや鉈や片手斧は予備がないので当然持っていない。ヘルメットに至っては、予備を下ろしてもいないので被ってすらおらず、頭部丸出しである。
角ウサギ相手ならば全く問題ないのだが、殺す手段すら見つかってもいないデカい水饅頭相手には、なんとも寂しい装備だ。
そこ格好で、秋水は地下3階、デカい水饅頭がわちゃわちゃと7体も闊歩している魔境へと足を踏み入れていた。
「やっぱ襲ってこねぇのな」
遠慮なく地下3階の入口から最初の部屋に入り、一番近くのデカい水饅頭まで歩いていくが、やはり向こうから攻撃を仕掛けてくる気配はまるでない。
一応は用心のために身体強化を施し、いつでも部分強化を重ね掛けしたブーストで逃げられるように残りの魔力も両足に集めて用心はしているが、そんなの知らないもんねと言わんばかりに目の前のデカい水饅頭は秋水に見向きもせずにぷるぷるしていやがった。いや、どこを見ているか分からないし、どこを向いているかも分からないけれど。
デカい水饅頭との距離は1mと少し。
コレよりさらに近づくと、もしかしたら秋水を捕まえようと触手を伸ばしてくるかもしれない。
触手に捕まったときの拘束力がどれほどのものかは未だ不明だが、巨大バールを叩き込んで水饅頭の体に埋まったとき、全く引き抜けなかったことを考えると触手にキャッチされる、イコールで脱出不可能、となってしまう可能性もある。
まあ、埋まったのと張り付かれたので、その拘束力が同じではないだろうが、そこはこれから追々検証していく予定である。
今日のところは、全く別の検証実験だ。
巨大バールすら持っていない秋水だが、その両手には別の物を持っていた。
それをがさりと床へと下ろす。
ビニール袋である。
具体的には、45リットルの、基本透明のビニール袋である。
平たく言って、ゴミ袋である。
秋水が住んでいる地域の、極々一般的な、何の変哲もない家庭用のゴミ袋だ。
左手には「もやせるゴミ」とある可燃ゴミが1袋、左手には「もやせないゴミ」とある不燃ゴミが2袋。その合計3袋を地面に下ろしてから、さて、と秋水は気を取り直す。
「食事の時間だオラァ!!」
そして、唐突に不燃ゴミの1つをデカい水饅頭に向けて思いっきりぶん投げた。
中身を取り出すこともせず、袋のまま、直接だ。
その中には壊れたライディンググローブや安全靴、割れたチタンプレートに、装備を買い換える前まで防具として使用していたライディング装備が色々詰め込まれていた。
正真正銘、本物のゴミである。
不法侵入してきた不審者にゴミを投げつけられる羽目となったデカい水饅頭は、即座にゴミ袋側の体の表面を波打たせた。
触手を生やす前動作だ。
その予想は正しく、次の瞬間にはつるつるボディから淡い水色の触手を生やし、ゴミ袋に向けて一気に伸ばす。
がさっ、と音を鳴らしながら、その触手は見事にゴミ袋をキャッチした。
破裂させていない。
貫通してもいない。
そこそこに嵩張るものを入れている薄いビニール袋を、破ることなくキャッチした。
予想通り、あの触手は獲物を捕獲するためのもので、攻撃用ではない。
やはりカメレオンやカエルの舌みたいなもの、と思えばいいだろう。
しかも器用だ。
投球技術に秀でているわけではないが、仮にも筋肉ムキムキのマッチョである秋水が身体強化を使って全力でぶん投げたのを、正確に捉えたのだ。
捕捉能力に反応速度、そして衝撃でビニール袋を破らずにソフトにキャッチするという繊細さ、どれをとっても敵ながら天晴れである。
そして、捕まえたビニール袋を取り落とさないよう、しかし素早く触手を引っ込める。
がさりと音を鳴らしながら触手に引っ張られたビニール袋が、デカい水饅頭の体に張り付いた。
「さて、と」
ビニール袋をデカい水饅頭が捕食対象として捕らえたことを確認し、秋水はすぐに次のゴミ袋へと手を伸ばす。
もう一度不燃ゴミだ。
それを手に取った秋水は、すぐに次の目標へと目星を付ける。
目の前のデカい水饅頭ではない。そちらは今し方叩きつけた不燃ゴミの袋に夢中だ。
次に近い水饅頭。
そう思って視線を動かし、いた。
距離3mくらい。
さらにその奥、7m先にもう1体いる。
ナイス配置だ。
「お前もお腹すいただろ、なあ!?」
手にした不燃ゴミのビニール袋を再びぶん投げる。
目標は2番目に近いデカい水饅頭。
そして袋を投げたフォームから流れるようにして最後の1袋、可燃ゴミのビニール袋を掴み取る。
本番、と言うか大本命は、この可燃ゴミだ。
中身は、普通にゴミだ。
普通の燃えるゴミだ。
ティッシュやキッチンペーパー、排水溝のゴミ取りネット、バナナの皮をはじめとした生ゴミなど。秋水の住む地域では発泡スチロールだって可燃ゴミ扱いである。
それらをごちゃ混ぜに突っ込んだゴミ袋。
それを手にした秋水は助走を付けるように地面を蹴って、3体目の水饅頭へ向かって大きくビニール袋を振りかぶった。
「見せてもらおうか、お前の消化能力とやらをなぁっ!!」
そして容赦なく可燃ゴミも投擲した。
大きく弧を描く先には、問題なく3体目のデカい水饅頭がいる。意外とコントロールセンスがあるじゃないか、と思わず秋水は自分を褒めた。
2袋目に投げた不燃ゴミの袋は問題なく2体目のデカい水饅頭にキャッチされ、ビニール袋ごと取り込まれた。
そして3袋目も着弾、する前にデカい水饅頭から伸びた触手に捕らえられ、これもまたその体へと引きずり込まれた。
「……よしっ」
3袋ともデカい水饅頭に食われたことを確認し、秋水は小さくガッツポーズをしてからゆっくりと後ろに下がる。
それからゴミ袋を取り込ませた3体がまとめて見える、そして背後を獲られない位置へと移動した。
軽く一息。
さて、ここからが本番だ。
秋水はゴミ袋を体内へと取り込んでいる3体をざっと見る。
それぞれ、取り込んだ先からゆっくりとビニール袋を溶かしているのが、半透明な体越しによく見える。
溶かす速度は早くない。
むしろ遅い。
遅いという評価は、思考速度まで高速化されてしまう身体強化の体感時間を加味しても、だ。
ちょっとじれったい感じがしてしまい、身体強化切ろうかな、とも一瞬だけ考えたが、どんな動きをするのかも全然分かっていない相手を前にしているのだから警戒するに越したことはないか、とすぐに却下する。警戒するならヘルメットくらい被るべきである。
じわじわとゴミ袋を溶かすデカい水饅頭。
最初に溶かしているのはビニール袋。
そのビニール袋など実に薄く、しばらくしたら袋が破け、中のゴミがデカい水饅頭の中にふわりと広がり始めた。
注目すべきは、可燃ゴミを食わせた水饅頭だ。
わりと表面の方へと寄せていたバナナの皮が、デカい水饅頭の体に浸食される。
その様子を、じっと見る。
10秒か、もう少し掛かったか。
バナナの皮に、異変が見られた。
溶け始めていた。
そうか。
お前は有機物も容赦なく溶かすのか。
となると、巨大バールやヘルメットなどと同じく、サラダチキンなども消化してしまうということか。
なるほど。
つまり、殴ったら腕を取り込まれて溶かされる、蹴ったら足を取り込まれて溶かされる、というわけだ。
肉弾戦は死を意味する、と。
なるほどな。
溶けていくバナナの皮を観察しながら、秋水はうんうんと頷く。
近接戦闘主体の秋水にとって、実に厄介な相手だ。
これは困った。
困ったのは、本当だ。
本当なのだが。
それ以上に、秋水の頭では1つの可能性が盛大なダンスを踊っていた。
「お前が居たら、ゴミの処分し放題じゃね?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ゴミ収集スライム、爆誕。
ポーション、睡眠時間短縮、魔法(身体強化)、それに続く4番目にヤベェ代物を発見しました(;´Д`)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます