108『完全踏破』
魔力という謎のエネルギーを認識するようになってから、再習得した身体強化は以前の身体強化と使い勝手が大きく変わっていた。
変わっていた点は大きく分けて2つある。
1つは、出力調整が可能になったことだ。
以前の身体強化は0か100か、ONにするかOFFにするかしか選べなかった。
しかし、再び習得した身体強化は違う。
強化倍率を選択出来るようになったのだ。
もちろん、最大強化倍率以上には出来ないのだが、それの半分や25%のように調整が出来るようになったのである。
100%で身体強化を行ってしまうと、『他の魔法』 を発動する余力も無くなってしまうため、現状では60%の出力で身体強化を行うのが秋水としては色々と都合が良い感じである。
そしてもう1つは、部分的な強化が可能になったことだ。
以前の身体強化では筋力から視力、反射、思考速度、皮膚の硬さから血管や心臓などの強さに至るまで、全てまとめて一括強化、という大雑把な身体強化しか行えなかった。
それが再び習得した身体強化の方では、事細かい設定が出来るようになったのだ。
腕だけ。
脚だけ。
筋力だけ。
堅さだけ。
動体視力だけ。
それぞれの強化調整が可能となったのは、今までオートで行えていた操作が、マニュアルで細かく操作出来るようになった気分である。
ただ、現状において、60%の出力で行っている身体強化は、以前の身体強化と同じく全身一括強化で実行している。
何故か。
もちろん、都合が良いからだ。
と言うか、部分強化は出来るようになった、のは良いのだが、使い勝手が非常に悪いという大きな欠点を抱えていた。
腕だけ強化する。
パンチと共に肩関節が外れた。
脚だけ強化する。
走った瞬間に強化を施していない腰から激痛が走る。
筋力だけ強化する。
強化していない骨が、筋力だけで砕ける。
堅さだけ強化する。
血管まで硬くなったせいか、心臓が暴れて血圧が跳ね上がる。
動体視力だけ強化する。
強化していない頭ではその情報が処理しきれるわけもなく、頭痛で悶え苦しむ。
あちらが立てばこちらが立たぬ。両方立てれば身が立たぬ。全身一括強化というのは、大雑把ではあるものの、確かに理に適った強化方法であった。
故に、現在でもメインに使っている身体強化は、全身一括の身体強化だ。その方が都合が良いからだ。
しかしながら、この一部分だけの身体強化が全く使い道がないかと言えば、そうではない。
むしろ現状、部分的な身体強化は、秋水にとっての切り札と言っても過言ではない。
何故ならば、全身に満遍なく強化を分散させるより、一部分に強化を集中させた方が、そもそもの強化倍率が跳ね上がるからである。
「へっ、逃がすかよっ!!」
眼球に片手斧の刃を叩き込み、勢い余ってボスウサギをホームランしてしまった秋水は、即座に右足を一歩踏み込んだ。
身体強化の出力は60%。
秋水自身が意識して動かすことができ、そのまま使用出来る魔力の60%を身体強化に回している、という意味である。
そして、残っている40%の魔力を、踏み込んだ右脚に集中させる。
元より身体強化で体中を走り回らせている魔力だ。集めること事態は一瞬で終わる。
その魔力に、色を付けた。
身体強化だ。
全身一括の身体強化を施している、その上から、右脚だけに身体強化を発動させる。
身体強化の、重ね掛け。
「ブースト!」
その掛け声がトリガーとなり、踏み込んだ右足が一気に強化される。
60%の全身強化、プラス、40%の部分強化。
踏み込んだ地面を、蹴る。
巨漢が、跳んだ。
それこそ角ウサギの角突きタックルのような勢いで跳び出した秋水は、片手斧で弾き飛ばしてしまったボスウサギにたったの1足で追いついてしまう。
地面を蹴った右足の部分強化が解ける。
この部分的な身体強化は、1つの動作を行うだけで強化が終了してしまう。
しかし、それで全く問題ない。
むしろ、1つの動作だけしか強化がもたないという方が、秋水としては助かっているまである。
地面を踏み込んだ右足の裏が、ちょっと痛い。
だろうな。
無視だ。
「寝てろやっ!!」
吹き飛んでいるボスウサギに追いついて、再び振り上げた片手斧を真上から叩き込む。
また顔面。
連続で頭突きを喰らったことに恨みがあるわけじゃないのだが、ボスウサギの顔面に再び片手斧が炸裂する。
ドッ、と肉を叩く鈍い音が響き、吹き飛んでいる最中だったボスウサギを強引に地面に叩き落とす。
斬れない、のは斬り方が悪かったのか、それとも刃が欠けてしまったのか歪んでしまったのか。まあいい。鈍器として優秀なのは変わりなし。
頭から地面に着地したボスウサギが、なかなかのエビ反りを披露した。
その隣に降り立った秋水の目の前には、ボスウサギの天を向いてる後ろ足。
即座に鉈の刃を切り返し、右腕に魔力を集中。
「ブーストッ! もも肉!」
魔力に色を付けて瞬時に部分強化を発動し、目の前にあったボスウサギの左後ろ足を鉈で一気に叩き斬る。
片手斧と同じく、肉を叩く重低音。
純白の毛並みを掻き分けて、刃が肉に食い込むも、刀身が埋まったところで中途半端に止まってしまう。
「それ、がっ、どぉぉしたっ!!」
そこから強引に、鉈で肉を引き千切るようにして無理矢理振り抜いた。
ボスウサギご自慢の後ろ足を、斬り裂いた。
ぶわっ、と血飛沫かのように魔素が飛び散る。
にぃ、と秋水の口元が歪む。
右腕を振り抜いたところで部分強化が解けた。ついでに微妙に右肩が痛い。
骨か。
皮膚か。
筋繊維そのものか。
まあ、よし。
次は左腕に魔力を集中し、片手斧を振り上げる。
鉈を叩き込まれた衝撃で、ただでさえ天地逆転のエビ反りになっていたボスウサギは、後転するように無理矢理転がされたところ。
可愛い腹が、よく見える。
「ハラワタにおかわりだっ! ブーストッ!!」
5回目の部分強化。
左腕に至っては3回目。
60%の全身一括の身体強化のその上に、40%の出力で左腕のみに部分強化である。
100%の身体強化とは、全く違う。
強化倍率が、まるで違う。
腕1本に身体強化を集中すると、おおよそ強化倍率が3倍くらいに跳ね上がる。
現状、全身一括の身体強化を全力で行ったときの強化倍率は、だいたい110%。
それを60%の出力で発動すれば、強化倍率は66%くらい。
そして、残りの40%で左腕のみを部分強化したとしても、その強化倍率は132%程となる。
合算すれば、強化倍率、198%。
その一撃を、容赦なく土手っ腹に叩き込む。
鈍い音を響かせて、片手斧の刃が丸ごとボスウサギの腹へとめり込んだ。
「このまま……ちぃっ!?」
力任せに、そして勢いに任せ、そのまま斧で腹を豪快に掻っ捌こうとした瞬間、ボスウサギの後ろ足が目に入った。
斬り裂いた方ではなく、無事な方の後ろ足。
仰向けのまま、蹴りの体勢だ。
瞬時にそう判断した秋水は、舌打ちしながらバックステップ。
直後、秋水が斧を振り下ろしていたその位置に、鋭い蹴りが炸裂した。
「良いじゃねぇか、そうこなくちゃな」
顔面を叩き斬り、片脚を斬り捨て、腹に片手斧をぶち込んで、それでもなお殺意を込めている蹴りの一撃を見て、秋水は笑う。
そうそう。
これだよ。
勝ち筋が見えたと油断した次の一瞬には命を獲られるような、この感じ。
今のはすんでのところで避けれはしたが、判断が遅ければ蹴りの一撃を喰らっていただろう。こちらと一撃もらっただけで死ぬかもしれない脆弱な人間様だ。危ない危ない。このまま畳み掛けようかと思ったが、そう易々とは殺らせてはくれないようだ。
良いね。
心が躍る。
ワクワクする。
回避のために距離を取った秋水は、すぐに腰を落として追撃の態勢を取る。
笑みが深まる。悪人面の凄惨な笑みである。
右肩に続いて左肩もやや痛いが、これは仕方がない。無視だ。
全身一括強化と、部分強化。
身体強化の重ね掛け。
爆発的な力を僅かな間に叩き出せる、現状に置いては秋水の切り札的な戦法。
デメリットは、もちろん、ある。
単純に、部分的に強化されていない体の箇所への負担が、半端じゃないのだ。
100%で部分強化を腕に施し殴りでもすれば、強化されていない肩からこちらは反動で自壊する。
下手をすれば生身でロケットパンチが放てるかもしれない。肩から先が千切れて、という意味で。
なので、部分強化の出力は40%にまで抑え、その反動を出力60%の全身一括強化で無理矢理抑え込む。色々と出力を調整して実験を繰り返し、1番バランスが取れているのはこの配分だった
まあ、多少は反動で筋肉や骨が痛んでしまうが、許容範囲内、だとは思う。
ただ、部分強化の連続使用で足と両肩をやや痛めてしまった現状を省みるに、1度の戦闘でぽんぽんと使用するのはあまりよろしくない様子。
ごろりと反転し、起き上がったボスウサギを見ながら、秋水はぺろりと唇を舐めた。
さて、どうする。
肩がジンジンする。
動くにはまだ問題はないが、次に腕の部分強化で一撃をお見舞いしたら、たぶんそろそろイかれる気がする。
ポーションで回復を図るか。
もしくは、次、で決めてしまうか。
ぐっ、とボスウサギの体が沈み込む。
体は結構ズタズタになっているにも関わらず、その体勢は見覚えがある。
普通の角ウサギを含めて、何度も何度も見てきた構えだ。
角突きタックルだ。
片脚を綺麗にぶった斬ったはずなのに、残ったもう片脚でやる気だ。
顔面や腹から、光の粒子が漏れ出ている。
なるほど。
なるほどな。
最期の最後まで、角突きタックルでやる気か。
「おもしれぇ」
付き合ってやろうじゃないか。
腰を落とした姿勢のまま、秋水は鉈と片手斧を構え、その両腕に残りの魔力を掻き集める。
ダンジョンを見つけ、角ウサギを見つけ、その最初の洗礼は角突きタックルだった。
だったら、最後をそれで締めるのも、おもしろい。
「……ブースト」
呟いたのが先だろうか。
それとも、ボスウサギが地面を蹴ったのが先だろうか。
満身創痍になっても力強い一撃が、一瞬で秋水の目の前にまで迫ってきていた。
何度も見た光景だ。
そして、最後だろう。
秋水の顔面を目掛けて襲い掛かってきた巨大な角。
それを避けず、逃げず、真っ正面に見据えたまま、秋水は左腕を一閃した。
左手には片手斧。
狙うは、角。
その側面。
右から左へと薙ぎ払うようにして振るわれた斧は、襲いかかる角へと吸い込まれるようにして。
タイミングは、ドンピシャ。
片手斧の刃が、ボスウサギの角を横から強打する。
角の先端が、秋水の顔から逸れて、狙いが外れた。
自慢であろうその角に、刃が僅かにめり込む。
同時に、柄が折れた。
ついでに肩から嫌な音。
だが十分だ。
角の先端が逸れた。
それで御の字。
角が逸れたと言うことは、当然ながら、ボスウサギの頭が首から曲げられたと言うことなのだから。
ガラ空きになった太い首へと目掛け、鉈を。
最初に角ウサギを見つけたとき、その角に違和感がなく、むしろ似合いすぎていて気がつくのに遅れてしまった。ジャッカロープでも見つけたのかと思った。
角突きタックルで襲われて、普通に死ぬかと思った。
身体強化なし。
バールなし。
バイク装備なし。
ジャージに軍手という、今考えてみれば巫山戯てんのかお前は、という格好だった。いや、草むしりの最中だったから仕方ないのだが。
あれを退治出来たのは、いや殺し返すことが出来たのは、本当に偶然だったんだろう。
殺されるより前に殺す。
殺される前に殺る。
あの時の興奮は、今でもはっきりと覚えている。
胸が高鳴る瞬間だった。
1週間ぶりに、感情が激しく動いた瞬間だった。
父が死んだ。
母が死んだ。
妹が死んだ。
誰からも好かれないような自分なんかがのうのうと生き残り、独りぼっちになってしまった。
叔母のように泣き叫ぶようなことすら出来ず、ただ呆然として過ごすことになってしまったモノクロのような日々が、急激に色を取り戻したような瞬間だ。
ああ、興奮する。
死ぬかと思って、ドキドキした。
ぶっ殺したその感触に、気持ちの悪い笑いが止められなかった。
殺しにかかる、殺しにかかってくる。
死なせるつもり、死ぬかもしれない。
殺すか、殺されるか。
そこにルールもなく躊躇もない、単純なそのやりとりが、秋水にとって、最高に気持ちが良かった。
なるほどな。
自分は、こんな奴だったのか。
こんな性癖があったのか。
危ない野郎だな。
頭がおかしいんじゃないのか。
だが納得だ。
親兄妹が死んだのに、涙1つも流さないような人でなしなのだ。
頭がおかしいに、決まっている。
殺して興奮して、殺されそうになって興奮するような、そんな狂人の方が、お似合いだ。
はやく殺されて、死ねばいいのに。
もしかしたら3人とも、待っていてくれているかも、しれないじゃないか。
鉈も折れた。
しかしその寸前には、確かな手応え。
持ち手だけになってしまった鉈と片手斧を手放せば、からん、と乾いた音が岩肌から遅れて響く。
秋水の真っ正面には、色とりどりの光の粒子、魔素を噴き出すボスウサギ。
心地良い。
気持ち良い。
僅かに震える手で、ジェットヘルメットのバイザーを押し上げる。
震えているのは興奮なのか、それとも骨がやられたからなのかは分からない。
ボスウサギの首には、大きく切り裂かれた傷跡。鉈での一撃。
そこから魔素を噴き出しながら、どざっ、と遅れてボスウサギの体が、崩れ落ちた。
ああ、死んだか。
殺せたのか。
すぅ、と秋水は息を大きく吸い込んだ。
鉈も斧も手放した両手を、思わず強く握り締める。
「ぃよ、しゃあああああああああああああああああああぁあぁぁぁぁぁっ!!!」
第2層侵攻開始、1月1日。
階層主討伐、1月19日。
階層主再討伐、1月25日。
棟区 秋水、第2層、完全踏破。
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これにてダンジョン地下2階攻略完了!
だがこの少年、家に戻って祝賀会なんてやる気は全くないぞ!
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