107『切り札』
刃物をメインに取り扱っているヤバい店、『刃物屋』 で購入したは良いものの、どうにもこうにも角ウサギ相手にはいまいち活躍の機会がなかった武装がある。
鉈と斧だ。
現実的に購入出来る武器と言ったら、まあ、ウチの地域なら刃物だよな、と実際に使ってはみたものの、使い勝手がバールに劣っていて、なんだかなぁ、という印象に留まっていた武器である。
確かに角ウサギは体長が90センチくらいと、普通のウサギと比べたら随分と大柄であるのは間違いない。
が、秋水だって大柄だ。身長は180を超し、四捨五入すれば190である。
流石に倍も身長が離れてしまうと、リーチの短い武器を振り回したところで、そもそも当たりづらいのだ。
さらに言えば、秋水には剣術などの心得がまるでない。
角ウサギ相手にどうにか刃の部分を当てたとしても、斬れる場合と斬れない場合がある。
刃の当て方か、角度か、力の入れ具合か。正直なところ、何が悪いのかすら分からないという状況だ。
当たりにくく、斬りにくい。
これならば、適当にぶん回しても安定して威力を出せる打撃武器、バールの方が良いよな、となってしまい、いまいち活躍しなかった。
その鉈が、ボスウサギを斬り裂いた。
「い、っつー……」
至近距離から繰り出された角突きタックルを直感だけで回避して、ついでに鉈でカウンターをお見舞いした秋水は、勢い良く後方に転がされる。
勘と言えば聞こえは良いかもしれないが、かなり適当にぶん回した鉈が角ウサギの何処かに引っ掛かり、その何処かしらを叩き斬ったは良いものの、代わりに腕がもげるかと思った。
転がった衝撃を逃がすようにごろりと後転して、秋水はすぐに自身の肩を確かめる。
良かった、外れてない。肘も変な方向に曲がってない。
ただ、ちょっとだけ肩を痛めたが、これくらいなら許容範囲。至近距離の角突きタックルが直撃していたら、そもそもこんなダメージ所の話じゃなかっただろう。
そして、手にした鉈も見る。
折れてない。
ぎらりと鈍い光が、なんとも狂気を駆り立てる。
「やるじゃんお前。あの店員さんには感謝だな」
ぶんっ、と鉈を振り、秋水は即座に立ち上がる。
軽く右肩が痛む。
ボスウサギは、今し方着地したばかりといったところか。距離はかなり遠め。壁着地ではないから、速攻仕掛けてはこない、だろう。
ふぅ、と小さく息を吐き出しながら、秋水は右腕の小さなポケットから、ポーションの小瓶を左手で取り出し、押込式のキャップを親指で弾いて開ける。
のそのそと、ボスウサギが振り向いた。
角突きタックルを仕掛けてくる様子は、まだない。
その動きから目を離さないように注意しつつ、ジェットヘルメットのバイザーを右手の甲で少しだけ押し上げ、ポーションを一口。
小瓶は丁度一口分で丁度良い。
のそり、とボスウサギが動いた。
「おっと」
すぐにポーションを飲み込んで、バイザーを下ろしてから小瓶を投げ捨てる。
角突きタックルか。
この距離なら十分に回避出来るだろう。
今握っている鉈もそうだが、残りのバールもリーチ的にはボスウサギの角よりも短い。カウンターを狙うのはリスキーだ。
左右どちらにでも跳べるように秋水は腰を僅かに落として構える。
「おっしゃぁ……来い来い、美味しいウサギ鍋にしてやるよ。お前の肉食えないけどさ」
鉈を構える。
右肩の痛みが、ゆっくりと消えていくのが実感出来る。ポーション様々だ。
僅かにボスウサギの姿勢が沈む。
来るか。
その動きを少しも見過ごさないように、身構えたまままじまじとボスウサギを見て。
ぴょん、とボスウサギが跳んだ。
やや左側。咄嗟に秋水は右へ跳ぶ。
ああ、最悪だ。かつ最高だ。
来るであろう角突きタックルを避けるために右に跳んだ直後、思わずそんな感想を抱かずにはいられない。
ボスウサギは、確かに地面を蹴った。
確かに跳んだ。
少しだけ前に、軽く、ぴょん、と跳んだ。
いきなり普通のウサギみたいな跳び方しやがった。
位置調整か。
いいや、フェイントだ。
軽く前方に跳んで、すぐに着地したボスウサギの姿勢は、ぐっと体勢を低く取り、後ろ足に力を入れているのが見て分かる。
一方で、秋水は思いっきり横跳びをして、着地はまだだ。
してやられた。
「最高かよお前はっ!!」
そして、嬉しいじゃないか。
秋水の右足が着地する。
ボスウサギが地面を蹴り飛ばす。
知らず知らずに獰猛なる笑みを浮かべながら、着地した右足で踏ん張って、それ以上横へと体が流れないように強引に体勢を作る。
超高速の角突きタックルが迫り来るのが、はっきりと視認出来る。
体勢はぎりぎり立て直せたが、これ以上は踏ん張れない。いっそ転がった方が良かったか。いいや、それは愚策。
壁蹴り三角跳びの角突きタックルで着地した地点から、ボスウサギは1歩前に出たのだ。
ならば、この角突きタックルは再び連撃で来ると想定しておくべきだろう。だったら1撃目を転がるようにして避けては駄目だ。
なんて考えている間もない。
白い毛並みの化け物は、目前。
「づんっ!」
無理矢理体を捻って、直撃すれば即死であろう角の先端は避ける。
しかし、当然ながら角を避けても頭突きが襲う2段構えの角突きタックル。体を捻った程度ではデカい頭からは逃げられない。
1回目はしっかり踏ん張りを利かせた体勢だったので受け流せたが、2回目は空中でのアクシデント、そして今回はフェイントを掛けられて踏ん張りが利かない。
本日3度目。本当に厄介だ。
ボスウサギの頭突きが、直撃する。
寸前に、左脇腹を掠めようとしたそのご自慢の角を、左脇で締め付ける。
もちろん、それで頭突きを食い止められるわけがない。踏ん張りが利かない体勢だ。質量差を考えろ。
だが、別に受け止めるつもりはない。無理なのは鼻から承知だ。
ヘッドロックを仕掛けるかのように角を掴まえたのと同時、秋水は抗うことなく、むしろ足で踏ん張ることを諦める。
頭突きは喰らった。
しかし、衝撃の多くは受け流し、ダメージは最小限に。痛いものは痛いが。
そして、ボスウサギの角突きタックルと共にランデブーである。
「……っ」
雷の如く勢いでかっ跳ぶボスウサギの角にしがみつき、なんとも楽しい空中散歩。
風景を楽しむ余裕もなく、次の瞬間には壁に叩きつけられる。
ダメージは、空中で吹っ飛ばされたときよりも少ない。
これが普通の頭突きであったならば、壁とボスウサギに挟まれて圧死だっただろう。
だがこれは角突きタックル。
ボスウサギの角は壁に激突して多少刺さりはしたものの、壁とボスウサギの頭との間には十分な空間がある。その長い突撃槍を脇で挟んでしがみついていたお陰で助かった。まあ、壁に叩きつけられて普通に痛いが。
フェイントからの1撃は、どうにかセーフ。
だが、急場はまだ凌ぎきれていない。
「ぬわ!?」
息をつく暇も与えてはくれない様子。壁に叩きつけられた次の瞬間、しがみついていた角が勢い良く横凪ぎにぶん回された。
壁に背中を打ち付けた衝撃で角を締めていた腕の力が緩んだのと、突進してくる方向に対してのみに力を入れていた所に横向きに薙ぎ払われたせいで、秋水の体が再び空中に投げ出された。
多少と言えども壁にめり込んだハズの角を、強引に振り抜きやがった。
これが普通の角ウサギならば、壁に刺さって動けずにジタバタしているところなのだが、ボスウサギは格が違う。壁に刺さろうと力業で解決してくるのか。
振り払われて投げ飛ばされた秋水の目には、器用にも壁から角を引き抜いたボスウサギが、そのまま壁に張り付いている姿。
だろうと思った。
壁蹴り3角跳びの、連続角突きタックル。
先程のフェイントのような1歩分の前跳びは、このための位置調整だろうことは予想出来ていただけに、慌てることはない。
むしろ、壁蹴りの体勢を取るために頭を横振りしたついでに振り払われ、こうして距離を離せているのは予想外のラッキーだ。
まあ、吹っ飛ばされて、絶賛飛行中なのはアンラッキーだが。
いいや、これが錐揉み回転するように吹っ飛ばされていたらボスウサギの様子も確認出来なかったので、空中とは言えどもまだ姿勢は安定している方であろうか。ポジティブに行こう。
「お?」
壁に張り付き、今まさにその壁を蹴ろうとしているボスウサギを見て、秋水は少しだけ目を見開いた。
ボスウサギの左脚に、傷口がある。
いや、傷口そのものは白い毛並みのせいでよく見えないのだが、ボスウサギの左脚からキラキラとした光の粒子が漏れているのが少しだけ見えた。
魔素である。
ああ、そうか、鉈でカウンターを叩き込んだときに、何処かを斬りつけた感覚はあったが、あれは左脚だったのか。
どれだけ深く斬ったかは分からないが、ちゃんと鉈で斬りつけることは出来たようだ。
ちゃんとダメージを負わせているようだ。
出力60%の身体強化 『のみ』 で、ダメージを出せているようだ。
なるほど。
だったら、この勝負、勝ったも同然だ。
左腕に魔力を掻き集めながら、秋水は勢い良くその左腕を前に突き出す。
同じタイミングで、ボスウサギが壁を蹴った。
角を突き出し、ボスウサギが迫り来る。
相変わらず速い。
だが遅い。
身体強化が施されているその腕に、魔力が集まる方が僅かに早い。
秋水の体はまだ空中。
しかしボスウサギを真っ正面に見据えることが出来る程度には安定した飛行中。
踏み込めないし逃げられないし、向こうからすれば絶好のタイミングなのかもしれないが、それは違う。
絶好のタイミングなのは、秋水の方である。
「ブーストッ!」
目前に迫った角の、その先端を、左手で、べしりと叩く。
次の瞬間、秋水の体がさらに上へと吹っ飛んだ。
角突きタックルは直撃していない。
角だけ避けて頭突きを喰らったわけでもない。
迫り来た角の上を、高速でべしっと叩いただけである。
その衝撃だけで、秋水の体は高く舞い上がっていた。
そして、ボスウサギが一直線に突っ込んできていた角突きタックルの軌道が、下へと急激にルート変更。
してやったぜ。
上下逆さま、逆立ちのような格好で上空へと飛びながら、ボスウサギを確認した秋水の口元がにやりとなった。悪人面のせいで凶悪な笑みである。
左手だけで角をはたき落とされたボスウサギは、角突きタックルの勢いはそのままの地面に激突、盛大に前転を1度決め、さらにゴロゴロと勢い良く転がっていく。突進技は全重量が乗っている分、いなされたら自爆である。
ざまぁ。
その様子にさらに笑みを深めていると、上昇する圧迫感が徐々になくなり、無重力に近い感覚。
足下、いや天井の方をちらりと確認する。
流石に届かない。
体育館並に高いボス部屋の天井は、だいたい目測で10m程だろうか。
片腕でボスウサギの角を叩き、結構空は飛べたものの、やはり天井には届かなかった。これで届いていたら、格好良く天井に着地して、そのまま天井蹴ってボスウサギへと追撃を仕掛けてやったのに、残念だ。
上昇するエネルギーが重力で完全に相殺され、一瞬だけ静止して、ふわりとした浮遊感。
その間、鉈を握ったまま右手でポーションの入った小瓶を胸ポケットから素早く引き抜いた。
ボスウサギへ視線を移せば、その巨体はようやく転がり終えていた。
重力に引っ張られて落下が始まり、秋水は器用に重心を動かして逆さまの状態からくるりと反転し、続いて着地する場所を確認。
「……今日はツいてんなぁ」
思わずそんな感想を漏らしながら落下して、衝撃を逃がすように綺麗に着地する。
完璧。ノーダメージだ。
秋水は即座に立ち上がり、右手に持っていたポーションの小瓶をぐいっと呷って飲む。
ちなみに、おおよそ7mくらいの高さから降ってきて、着地と同時にしゃがみ込むようにして衝撃を吸収したとしても、ノーダメージの時点でかなり人間を卒業している。3階のベランダから飛び降りているのと同じなのだ。しかも、パルクールやフリーランのように、着地の後に前転を入れたりしていないときている。
「よし!」
飲み終わった小瓶を勢い良く投げ捨てて、秋水はすぐに地面を蹴った。
ボスウサギは、のそりと立ち上がっているところだ。
しかし、秋水はそちらには向かわず、まったく違う方向へと走り、地面に落ちていた物を素早く左手で拾い上げる。
斧だ。
挨拶代わりに初手でぶん投げ、角突きタックルに呆気なく弾かれてしまった片手斧である。
近場にあってラッキーだ。今日はツいてる。女神の祝福を感じると言えばいいのか。
片手斧を拾い上げた秋水は、そのまま足を止めることなく大きく弧を描くようにして進路を変える。
もちろん、ボスウサギに向かってだ。
右手には鉈。
左手には斧。
今までぱっとしないとか使い勝手が悪いだとか思ってて悪かった。
変わりと言ってはなんなのだが、今日はバールではなく、このまま刃物で決着を付けようじゃないか。
起き上がったボスウサギを視界に捉え、秋水は獰猛な笑みを浮かべながら突っ込む。
角突きタックルで突進ばかりされていては味気ない。
今度は、いいや、最後はこちらから突進だ。
両腕に再び魔力を集める。
60%の出力で使用している身体強化。それに使用していない分の魔力を、身体強化の上に纏わせる。
その魔力をどうするか。
それはもちろん、決まっている。
そもそも、秋水は現状、身体強化と魔素の回収、その2種類だけしか魔法を使えないのだから、選択肢なんてないに等しい。
魔力に色を付ける。
意味を与える。
身体強化の上から纏った魔力に与える意味は、当然ながら1つしかない。
身体強化だ。
身体強化の、2重掛けである。
「ブーストッ!」
掛け声と共に魔法が発動する。
身体強化の上に、身体強化の魔法が発動する。
これが現時点に置いて、秋水の奥の手。切り札。とっておき。
出力100%の身体強化とは方向性がまるで違う、出力60%と40%の身体強化重ね掛け。
両腕に力が漲る頃にはすでに、ボスウサギは目の前である。
普通の身体強化は発動までに時間が掛かるが、『こちら』 の身体強化の発動は一瞬だ。
思いっきり踏み込む。
右足。
突進してきたエネルギーが右足に乗り、その勢いを殺さないように体を捻り、振り上げた腕へと伝える。
右腕。
目前には、突っ込んできたこちらから慌てて跳び退こうとしているかのようなボスウサギ。
だが遅い。
すでに射程圏内。
武術の心得なんてないし、刃の立て方なんて初歩中の初歩も知らない秋水は、右手に持った鉈の刃をボスウサギに向け、思いっきり、全力で振り下ろす。
「ずおらぁぁぁぁあぁぁっ!!!」
肉を叩く強烈な打撃音と共に、ボスウサギの顔面を、振り下ろした鉈が強引に抉り斬る。
綺麗な斬り方ではない。
すぱっと斬る、と言うよりも、切れ味の悪い包丁で力任せに無理矢理肉を切断する感じ。
だが知るか。
今この場に置いては、斬れることが重要で、斬り方は問題ではない。
抉り斬ったボスウサギの顔面から、血飛沫の如く魔素が飛び散る。
見た目だけならば綺麗な光景だが、今はただ鬱陶しい。
左手に力を込める。
体全体を捻るようにして、流れるように続いて左腕を振るう。
手にしているのは片手斧。
「おかわりは、いかがかだよっ!!!」
斧の刃を、ボスウサギの目玉に叩き込む。
斬るのではない。
叩き込む。
その分厚い刃は、柔らかい粘土を相手にしていたかのように、深々と突き刺さった。
そして、勢い良くボスウサギの巨体を、その斧で殴り飛ばした。
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そもそも鉈と斧が使い難かった最大の理由は、相手にしていた角ウサギがそもそも秋水くんの半分くらいしか体長がなかったから。
では、秋水くんの身長よりデカいボスウサギ相手では?
ちょっと中途半端になっちゃった(;´Д`)
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