100『質量のダイエットと体積のダイエットは、別の話題である』
「おはようございます」
静かに教室のドアを開け、なるべくトゲが出ない声色で、誰に言うでもなく挨拶を口にすれば、いつもの通りにざわざわしていたはずの教室が静かになった。
これは、いつものことである。
秋水は中学生らしからぬ身長と体格と、そして厳ついその顔のせいでクラスメイトから怖がられているのは、いつものことである。
がらがらと後ろ手でドアを閉める。
教室の雰囲気が一瞬で悪くなる。それはいつものこと、だった。
だった。
「あ、秋水!」
最近はどうも、いつものこと、が大分崩れてきてしまっているのを、はっきりと肌で感じる。
登校してきた秋水を見て、ぱっと顔を明るくしたのは1人の少女。
げ、と秋水は思わず顔を顰めてしまう。
「へいこっち! こっち来て! 質問あるよ秋水大先生!」
賑やかと言うか、明るいと言うか、1人で騒々しいと言うか。
女子3人で固まってなにか喋っているにも関わらず、その女子生徒はデカい声で秋水を呼んでいる。
行きたくねぇ。
顰めた表情を無に戻しつつ、内心で秋水は思いっきり渋っている。
デカい声で秋水を呼ぶのは、クラスのマスコットである紗綾音、ではない。
ミカちゃんさんである。
フルネームは御器所 蜜柑。秋水からは困ったクラスメイトの2号と心の中で認定していた。1号は紗綾音だ。
そのミカちゃんさんと喋っていた2名の女子の中、1名も同じく待ってましたという顔をしている。誰だっけこの子。
もう1人は、うげ、みたいな顔になっているのを見るに、秋水が近寄ってくるのは嫌がっている様子だ。
そのまま是非拒絶してくれ。そして2人に提案してくれ。
「あー……はい、おはようございます」
「おはよう! ちょっとこの記事見て!」
「遠くて見えません」
「こっち来てってば!」
「鞄を置かせて下さい」
大きく手招きするミカちゃんさんに、秋水は小さくため息を1つ吐きながら自分の机に鞄を置き、行きたくねぇ、と心の中で再度思いつつ、のそのそと姦しい女子3名へと足を進める。
「これを詳しく教えて先生!」
そうして嫌々ながら3人の下へと辿り着けば、ミカちゃんさんが己のスマホの画面をぐいっと秋水に近づけてきた。近い近い。顔面殴られるかと思った。
思わず上体を仰け反らせながら、差し出されたスマホの画面を見れば、左側に小さく走っている画面の亀裂が目についた。画面というか、保護フィルムの亀裂である。
スマホのケースは手帳型に買い換えた方が良いだろうか。
差し出されたミカちゃんさんのスマホを見て、秋水は全然関係ないことを考える。
秋水もスマホは画面の保護フィルムを貼っているが、ケースは画面部分を防御出来る手帳型ではなく、画面以外を覆うタイプの単純なケースである。秋水の大きな手に馴染むようにゴツいものではあるが、画面に強い衝撃が加わればミカちゃんさんのスマホの画面と同じく割れる可能性は十分にある。
ダンジョンの戦闘時には持ち込まないでリュックサックには入れているものの、地下3階以降も通路と戦闘部屋に別れているとは限らないし、何より色々と物を詰めているリュックに入れている以上、スマホには相応の負荷が掛かっているはずだ。
画面が割れたら、普通に悲しいしなぁ。
「秋水さんや?」
思い切り別件を考えていた秋水にミカちゃんさんは不思議そうな顔をする。
「あ、いえ、申し訳ありません。画面の罅が気になってしまいまして」
「うっさいなぁ!」
「理不尽……」
意外とミカちゃんさんは当たりのキツいタイプである。
保護フィルムが割れていることを指摘したら何故か怒られた秋水は肩を竦めつつ、改めて差し出されていたスマホの画面に目をやった。
まあ、どうせダイエットの話題だろう。
そんな予想をしながら記事に目を通せば、やはりと言うか何と言うか、ダイエットに関する記事であった。
ミカちゃんさんはダイエットに熱心な女子である。
バスケットボール部だったか何だったかの部活を引退した途端、運動量が減ったせいで本人曰く 「プニプニしてきた」 と焦っているとのことである。秋水としては、ふーん、としか言いようがない。
別に秋水はダイエットに詳しいわけではないし、正直なところあまり興味がない。
むしろ秋水は現在進行形で脂肪をつけようと増量に励んでいる最中であり、ダイエットとは正反対の道を爆走中なのだ。それに体質的と言うか筋肉量の問題で、秋水の場合は気を抜くと脂肪が減ってしまうのである。
太ってしまう。羨ましいじゃないか。
それを言ったら殺されるかもしれんので、口には出さないが。
「えーっと……危険な痩せ方に注意、ですか?」
ミカちゃんさんのことを少々羨みつつ、秋水は記事のタイトルを読み上げる。
うんうん、とミカちゃんさん、の隣の女子が大きく頷いている。もう1名は明らかに秋水から距離を取っているのだが、それでも興味があるのだろうか、場を離れては居ない。
なんだこの状況、と思いつつ、秋水は記事の最初を軽く黙読する。
「ああ、運動しないで痩せるのは問題ある、という話題ですか」
「痩せたら同じだよね!? 意味分かんないよね!?」
「待って下さい、落ち着いて下さい、まだ読み終わってな」
「運動しないと痩せられないのかな? 筋トレとかキツいの私嫌なんだけど……」
「えーっと……」
まだ記事の最初しか読んでいないのにも関わらず迂闊に発言してしまった秋水に、何故か憤慨しているミカちゃんさんが良く分からない同意を求めてきた。なんで若干キレ気味なんだろうこの人。
そして宥めようとした秋水の言葉に食い気味で質問を重ねてきたのは、ミカちゃんさんではなく、興味津々とこちらを見ていた女子である。
名前なんだっけ。
本当に名前なんだっけ。
マジで誰だっけこの人。
クラスメイトとは全然関わらずに1学期2学期と過ごしてきた秋水は、クラスメイトの顔と名前がほとんど一致していないのである。ミカちゃんさんのお友達であろうことは分かるのだが、ぶっちゃけあまり見覚えのない顔なのだ。
ヤバい。
冗談抜きで、知らない顔の子 is 誰。
ついでに筋トレ否定派の言葉で、秋水はちょっと傷ついた。
「前提なのですが、御器所さん」
「そんな硬くならんで、蜜柑ちゃんで構わんぞー」
「みかん絵日記さん」
「なんか所々で発言ぶっ飛んでるよね秋水」
「御器所さんは、痩せる、という言葉の意味を説明出来ますか?」
「軽くなること!」
「お見事。50点です」
質問に対して脊髄反射的な速度で切り返してきたミカちゃんさんに、秋水は若干半眼になりながら拍手を送る。
やったぜ赤点回避、と喜ぶミカちゃんさん。友達を見ろ、白い目をしているぞ。
「あなたは如何思われますか?」
「え?」
そのまま流れるように秋水は興味津々な顔も知らない女子の方へと話題を振った。
急に矛先が向いたことでその女子は一度驚いた表情になったものの、うーん、と律儀に腕を組んで考え込む。ああ、猫背だ。腕を組むと良く分かる。運動嫌いを絵に描いたような姿勢である。
「か、軽くなること」
そして、その子が絞り出した答えは、お見事、50点である。ミカちゃんさんと全く同じじゃないか。
思わず秋水は苦笑した。これが類は友を呼ぶと言うやつなのか。
「細くなることだよ……」
「おっと」
「ひぅっ」
しかし、ツッコミは違うところから上がった。
3人組みの中で1人秋水にビビって引いていた女子からである。
良い意見に反射的に秋水はその女子の方へと顔を向けるのだが、ヤクザ顔を向けられた側であるその子は、びくりと怯えたように身を竦めてしまった。申し訳ない。
困ったように秋水は一度視線を彷徨わせた後、怯えて硬直してしまった女子の顔ではなく足の爪先へと視線を落とす。
「申し訳ありません。驚かせてしまいました」
「う、あ……い、いいえ……」
「おーよしよし、秋水は顔怖いもんねー」
「声檄低だもんねー」
「丸刈りだもんねー」
「目つきアレだもんねー」
「言葉の暴力というのをご存じですか?」
とりあえずその子に謝れば、他2名もすかさずにその子を安心させるようにフォローを入れていくものの、何故かどれも秋水の悪口である。目の前で言うとか良い度胸だ。
「話を戻しますが」
硬直してしまっていた女子が、すすっとミカちゃんさんの背後に隠れるように移動してしまったのを確認してから、秋水はすぐに話題を切り替えた。と言うよりも戻した。
とりあえず、こちらの方には間違っても話題は振らないようにしよう。
「ダイエットと一口に言われてしまいがちですが、基本的にその内容は、体重を減らす質量のダイエットと、体を引き締めて細くする体積のダイエット、この2種類に分けられます」
「急に数学みたいな話だ……」
「よろしければ、体重と筋肉量と脂肪量の関係から体脂肪率を割り出して数字で説明をいたしますが」
「数学は、数学だけはちょっと……」
「数学以外もだよねあんた」
数学にアレルギー症状みたいな反応を示すミカちゃんさんに、友人は白い目を向ける。そうなのかキミ。
「ちなみにですが、筋肉と脂肪は同じ大きさであるならば、筋肉の方が重いのです」
「あ、それ知ってる」
「私も私も」
「これは逆に言えば、同じ重さならば、筋肉の方が小さいのです」
「?」
「?」
2人揃って同じような表情をされてしまった。キミも言うほど数学得意じゃないのだな。
困った。難しいことは言っていないはずなのに、この段階で躓いてやがる。
えーっと、と秋水は他に例えがないか少し考え。
「1㎏の鉄と1㎏の発泡スチロールだったら、同じ重さでも鉄の方が小さくなるでしょ?」
「あ、そっか」
しかし、そこで助け船を出してくれたのは、ミカちゃんさんの後ろに隠れていた子であった。
なるほど、極端な例を出した方が分かり易いのか。助かる。
思わず秋水はその子の方へと目を向けようとしたが、また怯えさせてしまうと思い、すぐに足の方へと視線を向けてから、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります」
「い……いえ……はい」
「そうですね、筋肉と脂肪の差は、流石に鉄と発泡スチロール程の差はございませんが、それでも脂肪は同じ重さならば筋肉より2割程大きくなってしまいます」
一度礼を口にしてから、さっとミカちゃんさんの方へと視線を戻して話を続ける。
お礼を言われた側である女子は、口をもごもごさせて居心地が悪そうなのは、ちゃんと見えていた。
「なので、同じ体重でも、筋肉が多い方が見た目は引き締まって、細く見えるのです」
「え? え? なんで? どゆこと?」
「同じ体重でも、ですよ。筋肉の割合が多いと言うことは、脂肪の割合が少なくなりますから。そして同じ重さならば筋肉の方が小さいので、体のシルエットが細くなるのです」
「……な、なんとなく理解!」
「だから運動をしましょう、という内容が、恐らく先程の記事の結論だと思われるのですが……」
え、とミカちゃんさんは呟いてから、慌てて自分のスマホへ目をやって、急いで記事を下に下にとスクロールしていく。隣で友人が興味深そうに同じくそのスマホを覗き込み、後ろの子は若干引いている。なんだこれ。
記事の結論のところに辿り着いたのか、指を止めたミカちゃんさんはふんふんと記事を一読。
こてん、と首を傾げた。
おい。
「これ、そんな感じの話?」
「えーっと……うん、そんな感じそんな感じ」
「雛菜は?」
「え? うん、そうだよ?」
「よし先生、そういう結論っぽいね!」
大丈夫かこいつら。ちゃんと記事の内容を理解していたのは後ろの子だけじゃないか。
「恐らくタイトルになっている、危険な痩せ方、というのは、体重のみにフォーカスを当てた痩せ方のことですね。運動をせずに食事での摂取カロリーをとにかく抑えるだけのダイエットは、脂肪と一緒に筋肉も落ちてしまうので、体重はともかくとして、思ったよりも細くなりませんよ、という話なのでしょう」
「凄い……全然読んでないのに当たってる……」
「それと、筋肉が落ちると基礎代謝が下がるので、リバウンドしやすい体になってしまいます。そして引き締める筋肉も少なくなるので、全体的に弛んだ体型になりがちです。だから運動もちゃんと取り入れましょう、という話ですね」
「ほら靖奈、結論同じだよ」
なるほどー、と感心してくれているミカちゃんさんには大変申し訳ないのだが、ミカちゃんさんの後ろに隠れている子が1番話題を理解してくれている気がしてならない。
そして、ミカちゃんさんの隣で絶望した表情になっている、靖奈、とか呼ばれた女子。
どうしよう、ウチのクラスに靖奈とかいう名前の人居たっけ、と秋水は内心で焦る。本気で思い出せない。せめて名字で呼んで欲しかったのだが、いや、靖奈というのは名前なのか名字なのか判別がそもそも出来ない。
ミカちゃんさんから記事の内容を確認するときに、雛菜、と呼ばれたミカちゃんさんの後ろに隠れている女子の方は、うっすらと思い出せる。
しかし、靖奈とかいう女子、全く記憶に引っ掛からない。
「うえー、つまり運動しろってこと-!?」
その靖奈とかいう誰か分からない女子がブー垂れた。
いや、別に運動なしでも痩せられると言えば痩せられる。
摂取カロリーが消費カロリーをひたすらに下回り続ければ良いだけなのだ。もしくは大量に汗をかいて脱水すれば、抜けた水分の量は軽くなるし細くなる。そうすれば、運動なしでも数字上と名目上はダイエット成功なのだろう。
それが健康的かと言われたら疑問だが。
そもそも、『やせる』 と 『やつれる』 は全くの別物だ。
「そうですね、運動は必要ですよ」
「運動、運動……ヤなんだけど疲れるの……」
「そうは言われましても」
「筋肉維持ってあれでしょ? 筋トレとか? うへぇ……」
すっかり萎れてしまった誰か分からない女子の背中を、ミカちゃんさんが、筋トレ嫌だよねー、としみじみ言いながらよしよしと擦る。
筋トレ悪くないのに。
趣味が筋トレである秋水は、反対派っぽい2人の反応にしょんぼりとしてしまう。ちょっと悲しい。
そうして肩を落としていると、ぱんっ、と誰かが秋水の背中を叩いた。
「よう、おはよう!」
良く通る、大きい声。
クラスメイトの覚王山 未来である。
月曜日、昼食を一緒に食べることとなった一件以来、こうして朝の挨拶をしてくれるようになっていた。何故か時々睨まれることがあるのだが、割りと気さくな性格なのは、やはり陽キャ組といったところであろうか。
挨拶の度に肩やら背中やらを軽く叩かれるのだが、これが彼なりの挨拶なのだろうが、最初にされたときは普通に驚いて、それ以上に周囲のクラスメイトが驚いていたのは記憶に新しい。
「おはようございます、覚王山さん」
「おう。また絡まれてんのかお前」
「そうですね。助けて下さい」
「イヤだよ、女子の前でダイエットの話題出す奴が悪い」
「私からダイエットの話題を切り出したことは一度もないのですが……」
だよな、と覚王山からは同情の目を向けられた。
クラスメイトに喋りかけられる経験は少ないが、その少ない経験を思い返しても、秋水からダイエットの話題を振ったことはないはずである。逆に太り方の話題を振ったことはあるのだが。
ああ、アレがそもそもの原因なのか。
いつぞのバイクショップで、紗綾音と沙夜に遭遇してしまったときのことを思い返し、あそこで変なことを質問してしまったからダイエットの専門家みたいな扱いを受けているのだと気がついて、秋水はげんなりとした表情を浮かべてしまう。
その顔を見た覚王山は、あー、と小さく声を上げつつ、ばりばりと後ろ頭を掻いてから大きく溜息をつき。
「おい御器所、あんま棟区に絡んでやるなよお前。普通に困ってんじゃねぇか」
なんか、助け船を出してくれた。
おや、ありがたい。
若干ながら乱暴な言動がある覚王山ではあるが、こういう所があるのから友人が多いのだろうか。
「おはよう生臭糞坊主、今日は袈裟着てないの?」
「着ねぇよ! 何で今まで着てきたことあるみたいに言うんだよ!? そもそも持ってもいねぇし制服じゃねぇだろうが! あと誰が坊主だ柑橘系が!!」
「はぁ!? あんた人の名前にいちゃもんつける気かー!?」
「柑橘系はいちゃもんじゃねぇだろうが!!」
しかしながら、今度は秋水そっちのけで喧嘩が始まってしまった。どうなってんだコレ。
生粋のツッコミ役なのか、売り言葉に買い言葉でツッコんだ言葉が、ミカちゃんさんの導火線に火を付けてしまった様子である。どこが逆鱗か分からない。
みかんは今が旬だから! 意味分かんねぇよ! とお互いがお互いにデカい声同士なので、言い合い、らしき良く分からない口喧嘩が段々とヒートアップしていく。
何故だか急に始まったそれを秋水はぽかんと眺め、ちらっとミカちゃんさんの傍に居た友人2人を確認したら、口喧嘩のそれを止めることもせずにそそくさと撤退しているところであった。
なるほど、賢い。
秋水もそれに倣い、そそくさとその場を後にし、自分の席へと退散することとした。
「や、おはよう棟区さん」
席へと辿り着くと、今度は別のクラスメイトから挨拶を受ける。
そちらに目をやれば、爽やか系イケメン、日比野 道。
彼もまた同じく、月曜日に昼食を共にしていこう、こうして話しかけてくれるようになっていた。
「ああ、おはようございます、日比野さん」
「朝からご苦労様」
見てたなら助けてくれとは思ったが、逆の立場なら普通に見捨てていただろうという自覚があるので何も言えない。
なんと言ったものか、と少し苦笑すると、続け様に教室に明るい声が響く。
「はいみんな、おっはよー!」
渡巻 紗綾音である。
クラスのマスコットは本日も朝からテンションが高く、その挨拶にクラスメイト達の雰囲気が目に見えて明るくなった。
おはよう、おはよう、と紗綾音に向けて教室の様々なところから朝の挨拶が飛んでいく。
その挨拶に、紗綾音も次々と挨拶を返しつつ、そして一言ずつ話題を振りつつ自分の席へと歩いて行く。正にクラスの人気者といった光景で、秋水にはとてもではないが真似しようがない愛嬌だ。
「今日も渡巻さんは元気だねぇ……」
のほほん、とした感じで日比野が漏らした感想は、秋水としても完全に同意である。
教室の入口から自分の席に辿り着くまでに、近くのクラスメイトへ次々に言葉を掛け、喋り、笑い、本当に彼女が登校しただけでクラスの空気が一変する。
愛嬌があると言うべきか、お調子者だと言うべきか。
どちらにせよ、朝でも元気なのが紗綾音という少女である。
そんな紗綾音の傍に、とてとてと1人の女子が小走りに近寄っていく。
靖奈、とかいった、ミカちゃんさんと一緒に居た、秋水が未だに良く思い出せない女子である。
「やほやほ紗綾音、おひさおひさ」
「あれ、せーにゃん久しぶり! 余所のクラスにくるの珍しいね!」
「いやー、蜜柑に呼ばれて来たんだけど、なんか喧嘩が始まっちゃって」
「え、喧嘩?」
靖奈とかいう女子が指さしたのは、まだ喧嘩しているミカちゃんさんと覚王山である。
お経以外言えなくしたろかこの口が! と、覚王山の両頬をミカちゃんさんが全力で引っ張っており、覚王山も流石に女子に対して実力行使は躊躇っているのか、止めろ止めろと引っ張ってくるミカちゃんさんの両腕を掴んで抵抗していた。
口喧嘩が普通の喧嘩になっているみたいである。
と言うか、靖奈とかいう女子、クラスが違うのか。
そうか、良かった。顔と名前が一致していないのはともかく、顔すら覚えていないクラスメイトがこの時期にいるとかは流石にマズいと思っていた秋水は、ミカちゃんさんと覚王山の喧嘩を尻目にして、ほっと胸をなで下ろしていた。
「あれ、喧嘩なのかな?」
「イチャついてるだけでしょ」
そのミカちゃんさんと覚王山の喧嘩を確認した紗綾音は、首を傾げながら靖奈とかいう女子に尋ねるも、彼女も肩を竦めて半笑いであり、まるで心配している様子はない。
イチャついていると言うか、じゃれ合っているだけと言うか、あの2人のコミュニケーション方法なのだろう。酷い喧嘩にはなりそうには見えないのである。
だよねー、と紗綾音もあまり心配した様子を見せなかったが、はっ、とすぐに何かに気がついた表情へと切り替わった。
「あっ、それは別の意味でマズいね! とりあえずミッチにはおへそ曲げないでもら、うわー、手遅れ!」
紗綾音がばっと振り向けば、たったったっ、と教室を走り始めた女子が1名。
鶴舞 美々。紗綾音からミッチと呼ばれている女子である。
通学用の鞄を片手に彼女が走り出した先は、ミカちゃんさんと覚王山が絶賛喧嘩しているその渦中。
走り出したミッチを見て、あー! と紗綾音が頭を抱えたのと、彼女が鞄を振り上げたのは同時であり。
「もーっ!」
ばしんっ、とその鞄で覚王山の背中をぶっ叩いた。何故だ。
頬を抓られ抵抗しているところ、まさかの背後から奇襲を受けた覚王山が短い悲鳴とともに体勢を思いっきり崩し、頬を引っ張っていた張本人であるミカちゃんさんを巻き込んで揃って転倒する。
「最近、クラスが随分と明るくなったよね」
なかなかにカオスな状況が繰り広げられている状況下、その渦中から離れている日比野が、感慨深そうに呟いた。
明るい、と言って良いのだろうか。
引っ付きすぎー! と良く分からないことを口走りつつ、ばしんっばしんっ、と鞄で覚王山に追撃をかけるミッチ。
巻き込まれてる! 私巻き込まれてる! と覚王山の下敷きになって暴れているミカちゃんさん。
いてぇ! なに!? え、なんで俺殴られてんの!? と突然の暴力に目を白黒させている覚王山。
これは明るいというか、ただの無法地帯なのでは。
いや、まあ、クラスメイト全員が秋水に怯え、縮こまってしまっていたときに比べれば、明るくなったのは間違いないか。
「そうですね」
「ま、渡巻さんのおかげかな」
「皆さんが明るくなったのは、皆さんのおかげですよ」
すっかり騒々しくなった教室で、秋水は小さくため息を吐くのであった。
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「体重が減ること = ダイエット」 なら、脱水症でぶっ倒れるのもダイエット方法の1つになってしまう(;´・ω・`)
クラスに馴染んではいないけど、クラスで腫れ物扱いなのはちょっとマシになったかな?
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