93『もっと早く友達になれたら、もっと楽しい毎日だっただろうね』
「ミッチに返事したらなら私にも返事したっていーじゃんかー」
20時にはまだ届いていない、そんな夜はまだまだこれからだという時間。
渡巻 紗綾音はスマホに向かってニコニコ顔のまま口だけで軽くブー垂れていた。
暖かい自室の中、部屋着、と言うよりも寝間着姿の紗綾音はベッドの上でごろりと転がり、うつぶせで上機嫌に足をぱたぱたとさせている。
『……何故、彼女に返事をしたことを知っているので?』
スマホ越しの通話相手、その声は見事なるバスボイス。ちょっとどころかかなり怖い感じの声色である。
だが、その声を耳元で食らっている紗綾音はけろりとしたもので、通話越しだと悪役っぽさにバフ掛かるなぁ、と暢気な感想すら抱いていた。
通話相手は棟区 秋水という。
最近友達になったばかりのクラスメイトである。
「え? 今の今までグループでお喋りしてたからだけど?」
『なるほど』
しれっと返せば、ちょっと心臓がきゅっとなるような雑味のない低い声。
あー、意外と良い声してるじゃん、怖いけど。その手の性癖の人にはぶっ刺さりそうな声をしていらっしゃる。
そんなことを内心で思いつつ、紗綾音はにやにや顔である。
今月に入る今の今まで、全く仲良くなかったクラスメイトの良いところを早速知れてしまってご満悦だ。
紗綾音はつい先程まで友達を10人程誘い、グループで通話をしていた。流石に10人全員が参加、とはならなかったものの、7人グループでわいわいと他愛もない会話を楽しんでいたのだ。
それに参加していたミッチこと鶴舞 美々が 『あ、棟区のヤクザからメッセージだー』 と呟いたことにより、それじゃあ今から棟区くんに電話してくるね、と今回の突撃通話に繋がってしまっている。
ちなみに、そのグループ通話で紗綾音が誘った友達というのは、あくまでも紗綾音視点からの友達であり、クラスメイト限定だとかではない点に注意である。紗綾音が抜けた後のグループは、紗綾音の同級生、下級生、他校の生徒、挙げ句に社会人まで紛れ込んでいるというカオスなラインナップであった。
まあ、初対面の人と喋ることが得意な面子をそもそも集めているので、紗綾音が抜けても大丈夫なはずではある。オンラインゲームの突発パーティー的なのと同じだ。それくらいは紗綾音とて配慮している。
『それは申し訳ございませんでした。実はまだメッセージを読んですらいないのです』
「うん、そりゃ既読つかないから知ってるけどさ」
『面倒事かなと思いまして』
「何となく予想してたけどさ!?」
ぶっちゃけたなコイツ!
ベットからがばりと体を起こして紗綾音は吠えた。
紗綾音の姉である渡巻 律歌が隣の部屋にいたならば、「ちょっとうるさいよー」 と小声で注意してくるレベルの声を出してしまい、反射的に紗綾音はぱっと自室のドアへと目を向ける。
いや、律歌はまだコンビニのバイトから帰ってきていない。
セーフだ。
今日は遅くなると言っていた父もまだ仕事から帰ってきていないし、母は1階のリビングで映画を見始めている。ちなみに紗綾音の自室は2階である。
よし、やはりセーフだ。
今日は騒げるぜ。
『ときに渡巻さん、なにか用事でもございましたか?』
「うんにゃ?」
紗綾音のテンションにも特に動じる感じのない秋水の質問を、紗綾音はけろっとした表情で否定した。
用事。
いや、なくはないのだが。
『……えっと』
「これって用事はないよ? 仲良くなったんだからたまにはお喋りしよーぜー、って感じ☆」
『切りますね』
「対応の塩分濃度が高くて高血圧になっちゃうー!」
困惑したような秋水に大した用事などないのを告げると、随分としょっぱい対応に切り替えてきた。
待って待ってと紗綾音は騒ぎつつ、学校で会話している感じから全く変わりのない秋水の様子に小さくほっとしていた。
まあ、そんな気はしていた。
確信ではないが、秋水ならばいつもと変わらず人を気軽に雑にあしらうように、そんな会話をしてくれる、と思っていた。
うん、良かった。
明らかに迷惑そうな感じではない。
そして、明らかに舞い上がった感じでも、緊張した感じでも、ない。
彼は、この時間に電話をしても大丈夫な男子だ。
私は川魚だから塩水に浸けられると死んじゃうの、とおちゃらけたことを口にしつつ、紗綾音は心の中で秋水に対してそんなチェックを付けていた。
紗綾音とて、そこまで馬鹿ではない。
夜に電話をしても大丈夫そうな男子と、ヤバそうな男子の区別くらいは、ちゃんとついている。
「あ、棟区くん、今って時間大丈夫? 家族団欒の真っ最中だったらゴメンなさいな感じだけど」
馬鹿ではない、が。
なのだが、知らないものは、注意しようがない。
特に何も考えることなく、いや、お喋りする時間ない感じだったら流石に引き留めるのもなー、と軽く考えながらそんな質問が紗綾音の口からついて出た。
何故か、一瞬だけ虚を衝かれたように、秋水からの返答がつまる。
『……いえ』
しかし、それは少しだけの間であり、なにか確認したのかな、程度にしか紗綾音は気にならなかった。
『まあ、独りですよ。トレーニングをしておりました』
トレーニング、筋トレか。
めちゃくちゃにガタイの良い、あのムキムキボディを思い浮かべながら紗綾音は納得してしまう。
今日の昼休み、流れで秋水の腕に抱きついてみたのだが、その感想としては、うひゃぁ、といった感じの筋肉であったのだ。力を入れていないからかカチカチに硬いわけではなかったが、それでも脂肪とはまるで感触が違っていた。
紗綾音の父もかなりマッシブな体型なのだが、そのマッチョさで比べるならば明らかに秋水の方が上である。
これはお父さん負けたね、なんて下らないことを考えていたら親友の沙夜に引き剥がされてしまい、ちょっと残念であった。なんと言うか、秋水のあの腕は、と言うよりも秋水自身のあの巨体は、盾とするには問答無用で安心出来る感じが半端じゃないのであった。
なるほどなるほど、そんな山盛り筋肉は地道な筋トレで育ってきたのか。納得である。
いや育ち過ぎじゃないかな?
「おっと、それじゃあお喋りする時間ありそうだね☆」
『渡巻さんもご家族の団欒を楽しまれては?』
「遠回しの拒否!」
秋水の辛口な切り返しにもめげず、むしろ笑顔を浮かべつつ紗綾音はツッコミを入れつつ、よいしょとベッドから立ち上がった。
学校でも秋水は紗綾音が話しかけると基本的には、めんどくさ、みたいな対応をしてくるのではあるが、紗綾音からの視点であれば、秋水は決して他者との交流を本気で拒んでいるようには見えない。
どちらかと言えば、戸惑っているように見える。
なんで話しかけられているのだろう。そんなことを考えているように見える。
そして、相手が怖がっていないか、周りは怖がっていないか、そんな風に常に周囲に気を配っている。
喋り掛けられることそのものが、本気で鬱陶しい、と思ってはいない、ように見える。
そんなことを思いつつ、紗綾音はがちゃりと自室のドアを開けて廊下へと出る。スマホを持ったのと反対の手には、姉とお揃いにしている愛用のコップ。
喉が渇いたから何か飲み物でも。
「いやお父さんお仕事頑張り中だし、お母さん映画見始めちゃってるし、お姉ちゃんバイトから帰ってこないしで、暇なんだよねぶっちゃけ」
『そうでしたか。暇と言うことは、宿題は終わらせてあるのですね』
「うぐ……っ」
軽い足取りでとんとんと階段を降りている最中、秋水から遠慮のない言葉のナイフで思いっきりぶっ刺されてしまった。刺された箇所は図星と呼ばれている。
宿題。
宿題か。
そんなものもあったな、うん。
「ちなみにー……棟区くんは宿題きっちり終わらせてる系かなぁ?」
『それはもちろん』
「それを教えてくれたりなんかしちゃったりする御慈悲なんぞはないでしょうかねぇ?」
『今日の授業を理解出来ていたら普通に解ける問題ばかりでしたよ?』
「わぁん! サヨチに言われたのと同系統のありがたいお言葉!」
ついぞ30分前にもグループ通話にて親友から頂いたありがたい注意を思い出し、紗綾音はめそめそと嘘泣きを始める。
数学とか意味分かんない。AIに任せようよそういうことは。将来なんの役にも立たないってこんちくしょー。
「高校受験が近いっていうのは分かってるし、学年末テストも近いのは分かるけど、3学期入ってから授業内容エグいよね。追い込みの総復習って意味分かんないっていうか忘れてるってもー!」
『忘れては困るから復習するのですよ』
「ザ正論! はい先生! 正論は時に人を傷つけると思います!」
『今はその時ではないですね』
世間話のように軽い愚痴を口にしつつ、紗綾音はリビングのドアを開く。
そこでは紗綾音の母がソファーに座ってくつろいでおり、テレビには映画が映っていた。
ゾンビ映画である。
テレビの画面を一瞬視界に入れてしまった紗綾音は、うっ、と軽く言葉に詰まって慌てて視線をぐるりと逸らす。
いや別に、趣味なんて人それぞれとは思うよ? まして血の繋がった大好きなお母さんの趣味をどうのこうのといちゃもんつける気は全くさらさらこれっぽっちもないよ?
でもちょっと、ゾンビ系は、そっち系は、ちょっと、うん。
映画はまだ序盤であり、テレビ画面に映っているのはそんなヤバいシーンではないのだが、どうせそのうちそういった系のナニかが出てきてパニックホラーこんにちはになるのだろう、知ってる。
紗綾音がリビングには行ってきたことに気がついた母が、どうしたの、と紗綾音の方を向くも、若干顔を引き攣らせながら紗綾音はコップを持った手を向けて気にしないでと制止する。
母と一緒に映画を見るのはやぶさかではないのだが、ゾンビは、ちょっと、はい。
明確に拒否すると 「ゾンビものって言っても全部が全部グロじゃないもん!」 とか 「主役はあくまで極限状態に陥った人間の生々しさが醍醐味だもん!」 とかなんとか力説され面倒になるので、やんわりと拒否である。
コップを見せられた紗綾音の母は、なんだ飲み物か、と再びテレビの方へと顔を向ける。
「そう言えば棟区くんって映画とか見るの? ヤクザものとか?」
『話が飛びますね』
冷蔵庫のドアを開きながら、紗綾音は思いついたことを聞いてみた。
なんだか呆れたような秋水の声がスマホ越しから聞こえる。
え!? くん!? こんな時間に男の子!? と紗綾音の母が慌ててソファーから体を跳ね起こしていた。
母の様子に気がつくことなく、紗綾音はジュースに手を伸ばしかけ、昨日今日と秋水から聞かされてしまったカロリーがなんたら、という話を不意に思い出し、慌てて作り置きのお茶を手に取った。カフェインついでにカロリーなしのルイボスティーである。
「今までこうやってお話全然してなかったからね。お喋りしたいことはいっぱい溜まってるよ、うん」
『債務整理は可能ですか?』
「うん、なんで棟区くんは人の会話デッキを借金みたいに捉えたのかな?」
お茶をコップに注ぎ入れ、残りを冷蔵庫に戻してから振り返る。
え? 誰? くん付けって男の子だよね? こんな時間に電話なの? と母から何とも言えぬ視線が突き刺さる。
心配そうにオロオロしている母の様子に、どうしたんだろ、と紗綾音は首を傾げてから、映画お楽しみに、とコップを持った手を軽くゆっくりと振る。
「ちなみに私は甘めの恋愛物好きだよ! アクションシーンあると燃えるね!」
『取り合わせ悪くないですか?』
「そうでもないんだなー。ラブとアクションのメリハリが上手くハマると良い感じなんだなー」
紗綾音はうんうんと頷きながらリビングをあとにした。
え、えぇ? どんな関係の子なのぉ? と後ろで紗綾音の母が何か言っていたのだが、秋水との会話に注意を向けていた紗綾音は気がつくことなくスルーしてしまった。悪気はない。
紗綾音にとっては他愛のないお喋りをしつつ、とんとんと階段を上って自室へと辿り着く。ドアは行儀悪く足で開けた。
うん、やはり。
やはり、だ。
秋水と喋るのは、なんと言うか、楽しい。
楽しいと言うか、楽と言うか。どちらも漢字が同じだ。なるほど、楽しいと楽は両立するのか。
クラスの男子とは、明らかに毛色が違う対応なのが、落ち着いて心地よい。
本当になんて言えば良いのだろうか、もっと大人の、紗綾音を子供扱いしてくる大人と喋っている感じがして、なんとも気楽だ。
あれ、別に学校の男子と喋ってて構えてるわけじゃないんだけどなぁ。
なんとも不思議な感じである。
「やー、棟区くんとはもっと早くお友達になりたかったなー」
コップをサイドテーブルに置いてから、ぼすっとベッドに座った紗綾音は軽い感じで漏らした。
中学3年生。
1月は、もう3週間も過ぎる。
卒業までは、間もないのだ。
それを考えると、柄にもなく紗綾音はしんみりとしてしまうのである。
「あー……あのさ棟区くん」
『はい、なんでしょうか』
「いや、メッセージでも送った内容なんだけどね」
『はい、まだ見てもいませんが』
「見てね? ちゃんと見てね? 華麗にスルーしないでね?」
未読のまま流しそうな秋水に釘を刺しつつ、紗綾音は話を切り替える。
なくはない用事、の内容である。
ある意味、本題だ。
まあ、その内容はすでにメッセージとして送信しているので、言う必要はないかもしれないのではある、が。
直接口で伝えるのが、一番良い気がする。
「……今までゴメンね!」
努めて明るく、カラッとした感じでの、謝罪であった。
ただ、その内容はここのところずっと、紗綾音の中で引っ掛かり続けている事柄であった。
『はい、謝罪を承りました』
間を置くこともなく、秋水から丁寧な返事。
何に対して謝っているのか理解しているのだろうか。彼はそういうところあるよな、と紗綾音は思わず半眼になってしまう。
「ちなみにだけど、お昼ごはんに誘い続けたこととかじゃないからね」
『……そうなのですね』
「なんだと思ったんだこのやろー!」
うがー、と紗綾音が吠える。
ごっ、と自室のドアになにかがぶつかったような音がしたのだが、丁度吠えたのとタイミングが被ってしまったせいで紗綾音は気がつかなかった。ここで耳を澄ませていたら、はわー、喧嘩ー、と母の声が何故か聞こえていただろう。
「いや今まで、今までずっとのこと!」
『はて?』
「はて、じゃないんだが?」
どうにも素で分かっていない秋水に、思わず紗綾音はツッコミを入れる。
「ほら、今までずっと、棟区くんのことビビってたじゃん、私」
『……あー』
その説明で、ようやく何についての謝罪か見当が付いたのだろう、秋水が小さく声を上げたのがスピーカーから聞こえてくる。
『はい、その謝罪につきましては、先日承っていますよ』
「や、そーだけど、そーじゃないって言うか……」
まあ、ごめんなさい自体は、確かに先週した。
去年まで怖がっててゴメンなさいと言った。
そのゴメンなさいと謝るのに教室で盛大に騒いでしまったせいで、まさかの担任教師降臨からの生徒指導室にドナドナされて楽しくランチまでした。
だから、謝罪自体はしているのだが、どうにもこうにも紗綾音の中ではずっと引っ掛かっていたのである。
考えれば考えるだけ、本当に自分が悪かったのだと、改めて思ってしまうからである。
秋水は怖い。
顔が怖い。
声が怖い。
目つきが怖い。
巨体が怖い。
威圧されて怖い。
噂が、怖い。
最初の頃は、なんでこんなのがいるのっ!? と絶望した。
だって怖いし。
本当に怖いし。
見た目が怖いし。
紗綾音は自分自身が割りとフレンドリーな性格していると思っていた。誰にでも気兼ねなく喋り掛けられる性格だと思っていた。
しかし、秋水は無理だ。
いや怖い。
体格凄いし、絶対プロレス技とか繰り出せそうだし、喋りかけたらウルセェとか言われて殴られそうだし。
そうやって怯えていたら、変な噂まで聞こえてきた。
噂は噂だからね。その人のことは、噂だけで知った気になったらダメだよ。
それは昔、姉から言われた言葉である。
噂は所詮、噂でしかない。
その噂が真実とは限らないのだ。
それは正しい。紗綾音も納得である。
だから、紗綾音は基本的に噂話というのを話半分で聞くようにすることを心掛けていた。その人の為人なんて言うのは、喋ってみなければ分からないもの、という実体験にも基づいている。
しかし、秋水の噂は普通に信じてしまった。
その噂は、怖い見た目に違わぬ悪い噂ばかりであった。
暴力、犯罪、それ系の噂だ。
秋水とは喋ったこともないというのに、違和感のまるでないそんな噂を、信じてしまった。
だからこそ、さらに怯えた。
ヤバい人だ。
この人、本当にヤバい人だ。
そう思った。
喋ってみれば、こんなんなのに。
喋ってみれば、こんなにおもしろい人だったのに。
ずっと怖がっていて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。そこに嘘はない。
ずっと怖がられていた秋水の気持ちを考えると、本当に、しゅん、とした気持ちになってしまう。それも嘘じゃない。
ただ、それ以上に、ずっと怖がっていた時間が、もったいない。
「棟区くんとは、もっと早く友達になりたかったなー、って」
ぼふりとベットに寝転びながら、紗綾音は先程と同じ言葉を繰り返す。
これは紛れもない本心である。
せっかく仲良くなれたけど、中学生活の残り時間は、少ない。
秋水と楽しくしていられる時間は、少ない。
彼には長い間悲しい時間だけを押しつけて、楽しい時間を共に出来るのは、僅かしかないのだ。
紗綾音からすると、それが本当に悔しくて、心に引っ掛かり続けていたのである。
「なれなかったのは、私のせいなんだよね。ごめんね」
思わず、そして思っていた以上に、しんみりとした声になってしまった。
あ、雰囲気が重くなっちゃう。
紗綾音としても暗い話題にしたくないので、なるべく明るく言おうと思っていたのだが、スベった。
「いやまあ、ね! だからこれからはもっと仲良くしようぜっていう、ね!」
『渡巻さん』
「あ、暗い感じの話じゃないから、うん! 前向き前向き前向き駐車! 過ぎた時間を嘆くより、これからの時間を考えようぜ!」
『渡巻さん』
「……はーい」
慌てて明るく茶化してみても、対する秋水は落ち着いたものである。冷静沈着とはこのことか。クールだ。
文句の1つくらい、あるかもしれない。
まあ、人を見た目で判断して勝手にビビっていたのは自分である。受け入れるしかないだろう。
少しだけしょんぼりしつつ、紗綾音は秋水からの言葉を待った。
『その謝罪を、承りました』
しかしながら、秋水はあくまでも落ち着き払ったいつもの調子で、返す言葉はそれだけだった。
それはつい先程も、そして先週も、ごめんねと謝ったときのお決まりの返しのようである。
ああ、おもしろい返しをする人だな。
言外にその話は終わりだと言わんばかりの返し文句に、紗綾音は思わず小さく笑う。
「…………私も今度から真似してみようかな、それ!」
『渡巻さんが謝られる側なのですか?』
「情け容赦ないディス!?」
たまにツッコミが強烈なのは、ある程度心を許してくれているからだと思おう。
ビビっていた時間はもったいなかったが、それは確かに後悔しかないのだが、だとしたら、これからはちゃんと仲良くしよう。
仲良く出来る残りの時間が少ないのなら、もっと色濃く、仲良くしよう。
せっかく友達になれたなら。
『それから、私達は友達でしたか?』
「それ真っ正面から聞くとかどんな鋼の心臓なのかな!? いいじゃん、私、棟区くんのこと普通に好きだよ!?」
ひょえぇっ!? とドアの向こうから素っ頓狂な声がして、ばっと紗綾音はドアを見た。
聞き間違いではなければ、母の声である。
なんだろう、とベッドから立ち上がってドアに向かい、がちゃりとそれを開いてみれば、硬直している母が居た。
「え?」
なんでいるの、と同じく固まってしまった紗綾音とは対照的に、自らのこのこと姿を現した娘を見た母の再起動は素早いものであった。
戸惑っている紗綾音の手から、鬼気迫る表情で紗綾音の母がスマホを奪い取る。
素早い。
突然スマホをひったくられた紗綾音は、それでも事態が飲み込めず、は? え? と狼狽えており、その間に母は娘のスマホを耳に当て。
「もしもし! 紗綾音の母です!」
「え? ちょ、え? ちょっとお母さん!?」
『おや? はい、こんばんは、棟区 秋水と申します』
「まさかの年上!? 大人の檄渋ヴォイス!? ウチの紗綾音とどういうご関係!?」
「同級生のお友達だよお母さん!?」
『いえ、友達ではないかと』
「お友達の間柄じゃない!? それ以上ってことですか!?」
「はあぁっ!? ちょ!? なんて!?」
『……ああ、なるほど、これは確かに渡巻さんのご家族ですね』
まさかの地獄の展開に流れ込んでしまった。
その地獄は、姉が帰ってくるまで続いた。
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なんて母親だよ!?
同級生の男子へ夜に電凸して仲良さげな感じを目の前で漂わせる娘が悪いって?
だとしてもだよ(;´Д`)
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