84『周りから怯えられ続けて育った』

「その、カロリー以前の問題としまして、いや、カロリーの問題と言えばカロリーの問題なのですが」


「……はい」


「えっと、まあ、流石にその、健啖が過ぎるかな、とは思います」


「……はい」


「その、ええ、食べるのは決して悪いことではありません。ありませんが、限度、というのがありましてですね」


「……はい」


「……あれの半分くらいが、ちょうど良いのではないでしょうか」


「……………………………………」


「いえ、食べることが出来るというのは素晴らしいことです。拒食症は命に危険が及びます。食べないか食べるかと言ったら食べるべきです。それは間違いありません。ただ食べ過ぎも良くないのです。そこはご理解を頂いて、ああ、押さえて下さい、押さえて下さい、料理を作ることが楽しくて、それでお腹いっぱい食べるのがお好きなのですね。そこは十分に理解しています。ですが過ぎたるは及ばざるが如しなのです。毒が転じて薬となるのと同様に、薬も過ぎれば毒なのです。食べ過ぎる、は体に毒なのです。そこはご理解頂いて、そこだけはせめてご理解して頂ければと、はい」


「わはは、棟区くん必死すぎ、ウケる」


 うるせぇシバくぞチワワ。

 朝っぱらからどんより暗い顔で沈んでしまっている沙夜に対し、秋水は必死になって言葉を掛けているものの、沙夜の表情は全く冴えない。どーせ私は食べ過ぎだよ、と遠い目になっていらっしゃる。

 まあ、事実として沙夜は食べ過ぎである。

 1合ライスにおかずてんこ盛り。登校してきてすぐに写真を見せられたときは、アスリートの食事量かな、と思うレベルだったのだ。

 そして、食べ過ぎですよね、と遠回しに伝えてみれば、何故か凄く落ち込んでしまっていた。

 あれか。やはりラグビー選手ではなく、プロレス選手並みですね、くらいにするべきだったか。

 すっかり凹みきっている沙夜を前にして秋水はオロオロしているだけなのだが、その沙夜の親友は何故かケラケラ笑っていて。


「まぁまぁ、サヨチがいっぱい食べるのは昔からじゃん。その分いっぱい自転車乗り回してるから大丈夫だって」


 女性のデリケートな話題を笑い飛ばすとかクソみたいなことをしつつ、それとは裏腹に紗綾音は沙夜の背中を優しく撫でて慰めていた。それで喋っている内容が中和されるわけではないけれど。

 そうだね、もう10㎞くらい追加しようかな、と虚ろな目をしながら沙夜がぼそりと零す。

 なるほど、運動していると言っていたが、自転車だったのか。

 人間の筋肉の大半は下半身に集中しており、それを酷使する長距離サイクリングはダイエットに適していると言えば、まあ、そこそこ適してはいる。

 しかし、プラス10㎞と言うことは、すでに長距離をコンスタントに走っているのであろう。

 なら、その考え方はあまり良くないな。

 一瞬だけそう口走ろうとしたものの、ここは教室である。クラスメイトがなんだどうしたと注目している環境だ。余計なお世話は口にしない方が吉であろう。


「でもごはん減らした方が良いのは確かだけどあぷぷぷぷぷっ」


 その余計なお世話を口走り続けている紗綾音が、無言で下あごをたぷたぷとシバかれているのを見ながら、やはり沈黙は金であると秋水は悟る。


「で、実際は、どうなの?」


「……はい?」


 しかし、沙夜がそれを許してくれそうもない。

 どんよりした目を向けられて、秋水は思わずのけぞってしまう。

 しまった。ここは教室、逃げ場がない。


「棟区の言ってるそれって、運動して何とかなるレベルの話なの? それともヤバいの?」


「あー……今のところは大丈夫そうですね、はい」


「今のところは?」


「……えーっと」


 自分まで余計なことを口走ってしまったようである。やぶ蛇だ。

 いや、今のところは大丈夫だろう。

 これは本当だ。

 だって、実際問題として、沙夜は現状十分にスリムである。ダイエットは必要ないと思われる。

 摂取しているカロリーと、消費しているカロリーが十分に釣り合っている状態なのであろう。

 今のところは。

 それはつまり。


「将来デブるってこぷにゅにゅにゅにゅにゅにゅ」


「え? ヤバいの? 将来ダメってことなの? どうなの?」


 またもや余計な台詞を吐いた紗綾音の頬を高速で突き回しながら、沙夜がぐいっと顔を近づけてきて問い詰めてきた。

 いやこの子、ほんと怖い。

 目力が強い。


「いえ、今すぐどうのこうのと言うレベルではないと思います。将来的に摂取カロリーを意識して頂けれ」


「回りくどい。分かり易く」


「……消費カロリーは、将来必ず減少しますよ」


 ふわふわした言葉でどうにか煙に巻こうとするも、失敗。

 顔を近づけられた分だけ上体を反らしながらも、秋水はついに観念してゲロることにした。

 は? みたいな表情をされたので、堪らず目線を横に逸らす。

 自分は散々いらないことを喋りまくっていたにも関わらず、秋水が余計なお世話を口にすると悟った瞬間に、紗綾音が慌てて両手で×のマークをつくって警告を飛ばしてくるも、これはもう手遅れな気がする。怖いから逃げられないって。


「高校生になれば原付の免許が取得出来ます。大学生になれば自動車の免許が取得出来ます。バイクや車を運転するかどうかは横に置くとしても、バイトをして給料を得れば、交通機関の利用にお金を十分使うことが可能になります。平均的、という話をするならば、大半の方の移動で消費するカロリーは、中学生の今がピークです」


「し、進学しても、運動続けるし…………」


「それにバイトをするとなれば自分自身の持ち時間が減ります。使える時間が減れば、運動に充てる時間も自ずと減少します。今日は疲れたと言い訳もたち易くなってしまいます。それに大学では体育の授業なんていう強制的に全員運動させるカリキュラムは、基本的にありません」


「うぐ……」


「まして社会人になれば運動量はさらに減ります。そして運動量が減れば基礎代謝も落ちるのです。竜泉寺さんが将来どういう生活を送るのかは分からないので確実な将来図を言うことは出来ませんが、いつかは必ず消費カロリーが落ち込むはずです」


 無心になってつらつらと言葉を並べた後、ちらっ、と沙夜の方を確認した。

 なんか、凄い歯ぎしりされていらっしゃる。

 いやだって、仕方がないだろ。スポーツを専攻する道に進むか、かなり肉体を酷使する仕事に就職でもしない限り、運動と消費カロリーの観点で言えば中学生の今か、もしくは高校生くらいがピークであるのだ。

 そのピークから落ちるのを、どれだけ後ろへ伸ばせるか、そしてどれだけ下落率を抑えることが出来るか、それはどれだけ意識して運動に取り組むかによって決まるのだ。そして、取り組んだとしてもその大半は、結局のところはピークから落ちていく、という事実自体が変わることはないのだ。

 人間が1日に使える時間というのは、24時間という有限で、運動に使える時間は限られているのだから。

 それに、運動すれば大丈夫、という考え方はおすすめできるものではない。

 そもそもなのだが、運動そのもので消費できるカロリーというのは思っているほど大きくなく、食事で摂れてしまうカロリーは思っている以上に大きいのだ。ジョギング1時間で消費するカロリーは、ごはん茶碗1杯の白米で打ち消しどころかオーバーするのである。

 1日の内の4%以上の時間を使い走ったところで、ごはん1杯だ。


 そして、運動というのは長時間行えば良いというものではない。

 運動で消費するエネルギーというのは大まかに順番が決まっており、まずは糖を使ってスタートを切り、徐々に脂肪を燃焼させて、最後に筋肉を分解してエネギーを確保しようとするのである。

 長時間の運動というのは、脂肪どころか筋肉まで痩せるのだ。

 筋肉が痩せれば、当然ながら基礎代謝が落ちる。

 基礎代謝が落ちれば、1日の消費カロリーが落ちる。


 つまり、長時間の運動はむしろ、痩せにくい体、を作るのだ。


 ダイエットに対して運動オンリーで立ち向かおうと化している沙夜は、将来的にそうなるリスクが高い。

 そして痩せにくい体が出来上がってしまった上で、社会人になって運動量そのものが減ったとしたら、それはもう悲惨であろう。

 なにせ、食べる量をコントロール出来ていないのだからだ。


「そして、竜泉寺さんの口ぶりからするに、竜泉寺さんは運動したからたくさん食べる、ではなく、たくさん食べるから運動する、という食べ方をされているように見受けられます。たくさん食べる、が先にありきの食生活は、意識しなければ運動量が減少しても食事量は減りません」


「う……うぅぅ……」


「摂取カロリーが変わらず消費カロリーが落ち込めば、どうなるか、はご存じのはずです。そうなるのです。体重管理は原則として食事と運動の両輪決まります、摂取と消費のバランスです。その原則を無視して、食事だけ、運動だけ、は推奨出来ません。いつか何かしらの形で竜泉寺さん自身にしわ寄せがこないかが心配です」


 もう一度目を逸らせば、秋水と沙夜を見比べるように視線を行ったり来たりさせてオロオロとしている紗綾音の姿。

 昨日と今日の連日で絡まれ、とりあえず沙夜に対して察しているのは、迂遠な言い方を沙夜が好んでいないであろうということ。厳しいようだが、はっきりと言っておいた方が今後絡まれずに済むだろうな、と思ったのだが、ちょっと言い過ぎだろうか。

 再びちらりと沙夜の顔を盗み見る。

 めっちゃ暗い表情になっていた。

 なんか微妙に泣きそうである。

 あ、ヤバい。


「ま、まあ、ですから、将来的に消費カロリーが減るのですから、そろそろ運動だけでカロリーを消費するだけではなく、摂取カロリーの方も見直すことをお勧めしますよ、くらいの意味でして……」


「棟区くん、オーバーキル、そろそろオーバーキルだから。サヨチがもう面舵取舵いっぱいいっぱいのあっぷっぷだから」


 どうやら言い過ぎたっぽいので透かさずフォローを入れてみたのだが、時すでに遅し、といったところであった。心配そう、と言うよりも若干呆れも入ったような表情で、紗綾音がドクターストップをかけてくる始末である。

 いや、食べるのが悪いと言っているわけではないのだ。食べ過ぎるのが問題なだけなのだ。それさえどうにかして欲しいだけなのだ。

 しかし失敗した。

 はっきり言った方が良いな、と思って出来るだけはっきり説明してみたのだが、なんだか理論でボコボコに殴っただけみたいになってしまった。なるべく怖がらせないように丁寧な言葉遣いは意識していたが、発言内容のパンチ力までは正直何も考えていなかった。

 マズい、沙夜が下唇を噛んでぷるぷるしている。

 これは見覚えがある。

 近所に住んでいる少年が、泣き出す直前の光景だ。

 華の女子中学生を推定年齢4歳か5歳くらいの子供と重ね合わせるのも失礼な話なのだが、マズいことを口走ってしまった自覚があるだけに秋水の背中に冷や汗が流れてしまう。


「……あ」


「はい」


 微妙にぷるぷる震えながらも、沙夜が口を開く。

 炙り殺してやる、だろうか、あんたなんか死ねばいいのに、だろうか。罵倒の言葉なら歓迎である。泣きさえしなければ。

 まるで推しでも死んだかのような表情をしている沙夜の言葉を、文字通り秋水は座して待つ。


「ありがとうございました……」


 しかしながら、沙夜は文句の1つも秋水に零すことなく、むしろお礼をぼそりと口にしてから、暗い表情のまま秋水の席から退散していった。

 いや、でも随分と心理的なダメージを与えてしまったのは確かである。

 紗綾音と2人で揃って心配そうに見送れば、ふらふらとゾンビみたいな足取りで沙夜は自身の席へと歩いた後、その椅子へとどさりと崩れ落ちるかのように座って、ふて寝を決め込むかのように机へと突っ伏してしまった。

 これ、マジで泣いてないだろうか。

 沙夜の席の近くに居るクラスメイトは、こちらの会話が聞こえていなかったのだろう、秋水が何かしたんじゃないかとかなり心配そうな様子である。秋水が何かした、というのは大正解だろう。

 大丈夫? なに言われたの? 先生呼ぼうか? などなど、クラスメイトは明らかに落ち込んでしまっている沙夜をほかっておくことなく、心配そうにわらわらと集まってきていた。

 これは、本当に言い過ぎてしまったな。

 完全に自分が悪手を切ってしまったことを自覚して、困ったように秋水は頭を掻いた。

 そんな秋水に、沙夜を同じく見送っていた紗綾音が呆れたような顔を向けてくる。


「棟区くん、人の心って言うか、言って良いことと悪いことの区別って言うか……」


「申し訳ありませんでした。はっきり言い過ぎてしまいましたね」


「もうちょっとオブラートをさぁ……いやまあ、今回はサヨチのフードファイターっぷりが1番悪いんだけどね」


「重ね重ね申し訳ありませんでした」


 あーりゃりゃ、とか言いながら、紗綾音は軽く溜息を1つ。

 わりと紗綾音自身もオブラートに包んでいない言葉を何回か言っていた気もするのだが、それは単純に信頼と好感度の差なのであろう。親友からの直接的な表現と、嫌いな奴からの直接的な表現では、どう考えたって後者からの方が受け入れられないに決まっている。

 女子に向かってダイエットとか言うデリケートな話題を、それを意識しながら遠回し的な表現なしではっきり喋る。難易度が高すぎやしないだろうか。

 いや、それは言い訳か。

 他人のメンタルをボコったのは事実だ。

 これはボコられたメンタルに対してのフォローが必要だろう。


「あー……渡巻さん、お願いしたいことが」


 弱ったな、と自分の首をさすりつつ、秋水はちらりと紗綾音を見た。

 沙夜のメンタルフォローは、どう考えたって紗綾音が適任である。

 少なくとも、明らかに怖がられて苦手意識を持たれている、クラスの腫れ物代表格な秋水には向いていないのは確かだ。

 それに対しての助力を願おうと紗綾音を見れば、彼女はいつもの人当たりが良い笑顔をにぱっと向けてきた。


「おっと、それじゃあ今日こそお昼ごはんを一緒に食べる、で手を打ちましょうじゃーないの」


「足下を……」


 思わず本音が漏れそうになった。

 いやいや、用件なんて一言も口にしていないのに、それでも何かを察してくれたのはありがたい。フォローもしてくれそうである。

 そうは思うも、昼食か。

 3学期が始まってから、ことある毎に紗綾音は秋水と一緒に食べようと何度も誘ってきていたのだが、何だかんだと今までは秋水がはっきりと拒否の姿勢を示し続けていたために1度も実現してはいなかった。いや、生徒指導室で担任の教師を交えてなら1度はあったが。

 正直なところ、あまり紗綾音と昼食を共にしたくない気持ちはある。

 マスコット的な扱いではあるものの一応分類的には美少女である紗綾音と、大人より背が高い全身筋肉の極悪フェイスである秋水が一緒に食事とか、絵面が悪い。向こうもこんな奴を相手にしてびくびくとしながら食事はしたくないだろうし、秋水とて相手に気を遣いながら食事をしたくないのだ。面白い話題で盛り上がるわけはないし、そういう風には喋れないし、周りの雰囲気も悪くなるだろうし、ただただ単純に紗綾音が可哀想な昼飯となってしまう。

 基本的に、誰からも怖がられて嫌われているしなぁ、と秋水はそう考えて少し悩んで。




 いや、紗綾音からは、怖がられてはいない、か。




 ああ、そうか。


 そう言えば、紗綾音は秋水に、怯えて、ない。


 いつも他人から怖がられてばかりで合った秋水は、極々自然に 『自分と食事をするのは相手が可哀想』 と思っていたが、少なくとも紗綾音は秋水に怯えてはいない。

 怖いとは、思われている。本人の口から、顔が怖い、声が怖い、とはっきり告げられている。

 嫌われている、かどうかは分からない。紗綾音のフレンドリーかつ軽いノリは誰に対してもそうなので何とも判断しづらいが、嫌われてはいない様子ではある。好かれてはない、くらいじゃなかろうか。それは高望みしすぎか。嫌いではないがゴミみたいな赤の他人、くらいには思われているかもしれない。

 それに秋水自身も、紗綾音相手には若干雑な対応をしてしまうときがある。注意深く気を遣っていない証拠だ。

 そうか。

 そうだな。


 他人という他人の全員から怯えられていて当たり前、みたいな考えをナチュラルにしていたが、流石にそれはそれで変な話だよな。


 なんの脈絡もなく、ふと、唐突に、いきなり、不意に、そんなことを思いついてしまった秋水は、ぽかん、と一瞬だけなってしまった。

 ああ、いや、そうじゃない。

 今は沙夜のフォローに対しての交換条件の話だ。

 紗綾音と一緒に昼食だったか。

 今まで断り続けてきた案件ではあるが、紗綾音が相手であるならば、別にそこまで気を遣う必要もない、のだろうか。

 それに、どちらにせよ沙夜のフォローに対しての交換条件であるのならば、こちらとしては断れる話でもない。

 つまり、受けざるを得ない話なのだから。


「いえ、そうですね、分かりました」


 1度頭を振ってから秋水が承諾すれば、紗綾音は得意げな顔で右手の親指をぐっと立て、サムズアップを向けてきた。


「OK。それじゃ、私はサヨチでも慰めてくるんだよ」


「申し訳ありません。よろしくお願い致します」


「約束忘れちゃヤだよー?」


 それじゃ、と軽く手を振ってから、紗綾音はぱたぱたと沙夜の席へと小走りで走っていく。

 未だ机に突っ伏してガチ凹みをしている沙夜の背中をパンと叩いてから、ぎゅぅ、と抱きついていった紗綾音を見てから、秋水は自分の口元を手で隠しながら、周りに気がつかれないように安堵の溜息をゆっくりと吐き出す。


 怯えられていない。


 そうか。

 怯えられていないのか、自分は。

 考えてみれば、確かにそうだな。

 だって、実際には秋水のことを怯えていない他人は、何人かいるのだ。

 それは警察官だったり、ジムにいる屈強な男達だったり、そういう人達ではあるが、全員から全員に怯えられているわけがない。

 ないのだ。

 なのだが。

 ただ、同年代の人から、怯えられないというのは、あまりにも新鮮すぎた。

 いや、気がついていないだけで、他にも居るのか。

 居るな。

 最近喋る機会の多かったコンビニの店員だって、秋水と喋っているときはどことなく緊張しているのが見え隠れしていているものの、秋水に対する怯えそのものは随分と薄くなってきている。

 深夜のジムで会う美寧だって、距離感がおかしく馴れ馴れしい面はあるせいか、こちらも秋水に対する怯えはあまり見られない。

 そして紗綾音は、ぶっちぎりでフレンドリーである。

 秋水を怖がってはいるらしいが、怯えている様子はまるでない。

 今までは紗綾音のことを正直に、なんだコイツは、と未確認生命体を見るような感じで思っていたのだが、なるほど。

 怯えていないからか。

 怯えられていないからか。

 だから、紗綾音は生来のフレンドリーさを遺憾なく発揮してきて、こちらに絡んできているのか。

 なるほど。

 なるほど、なるほど。

 そう考えると、秋水は自分の中にとある感情が湧き上がってきたのを自覚してしまい、口元を隠していた手で顔を1度覆ってから、机の上に置きっ放しにしていた空手の本を持ち上げ、顔を隠すようにしてパサリと当てる。

 湧き上がった感情のせいで、自分が変な表情をしてしまっているのを自覚しているからである。

 ふー、と静かに深呼吸をして、その感情を抑え込もうとしてみるが、なかなかに落ち着かない。

 落ち着かない。

 湧き上がる感情は、酷く複雑だが、とてもシンプルなものである。

 シンプルだからこそ、制御の効きにくい感情でもある。

 今の秋水の心情を表現するなら、それは一言で終わる。




 ああ、気持ちが悪い。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 怯えられない同年代の中に含まれていない質屋の店長、祈織さん。

 いや、同年代ではないですし……(´゚ω゚`)


 秋水くんは、ゆがんでしまっている、さいこぱす。

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