4章:変わりゆく、変わりゆく

83『食べ過ぎだよ(直訳)』

 がらり、とドアを開けば、話し声でざわざわしていた教室が急に、しぃん、と静まりかえった。

 まあ、いつものことである。


「おはようございます」


 別に誰からも返事をされるわけはないと分かってはいるものの、それでも自分のような輩が無言でずかずかと教室に入っていけばガラが悪すぎて笑えないので、誰に言うでもなく挨拶だけは口にする。

 うわ、来たよ、みたいないつもの視線をひしひしと感じつつ、秋水は静かに教室に入り、自分の席へと腰を下ろす。

 今日は楽しい月曜日。

 秋水のテンションはすっかりと下がっていた。

 それもそのはず、どこぞのチワワが地獄のような空気を作り出してくれたのが金曜日。登校したら針のむしろであろうことは、とっくに予想出来ていたことである。

 下手人はまだ登校してきていない。

 はぁ、と周りに聞こえないように小さく溜息を吐いてから、秋水は気を遣うような周りからの視線を無視しつつ、鞄から1冊の本を取り出した。

 クラスの雰囲気は、微妙だ。


「…………」


 静かになった教室が、再びがやがやと、されど秋水が教室に入る前よりは確実に小さくなった声量での会話が始まる。

 別にうるさい程度でキレやしないって。そんなことを考えつつ、秋水は取り出した本を開いた。

 空手の本である。

 徒手空拳での格闘を行う、その勉強だ。

 ちなみに、空手にしたのには特に理由はない。

 最近よく使うようになったコンビニの本棚に1冊だけあったので、そう言えば格闘技の勉強をしようしようとか思いながら結局全然していなかったなと考えて買っただけである。丁度探していたジャンルの本で良かったと感謝するべきなのか、何でコンビニに置いてあったのだろうと疑問に思うべきだったのか。

 レジをしてくれた店員は、最近お世話になっている渡巻さんではなく、店長のおじさんであった。ああ、この人がチョコレート風味のプロテインドリンクをバレンタインデー商品として入荷した店長さんか、と思い、なるほど本棚の書籍がコンビニにしては謎のラインナップなのはこの人の感性なのか、と微妙に納得してしまった。秋水としては大助かりなのでありがたい。

 空手の本へと目を落とせば、攻撃技の極意、とか書かれている。

 いや、極意の前に基本が知りたいのだが。

 殴るも蹴るもずぶの素人が、そんな極意だなんて大層な技を習得出来るだろうか、と若干の不安を覚える一文である。

 別に初心者向けの本というわけでもないから仕方がないか、と秋水はページをめくって目を通し始めた。


「ねえ、ちょっと棟区」


 と、めくったページを読み始めるよりも先に、ふいに名前を呼ばれた。

 3学期に入ってから急に絡んでくるようになった、あのチワワの声ではない。

 珍しい。

 教室に入ってから、いや、教室に入るよりも前から人が寄りつかない秋水の席までわざわざ来て、こんな喋り掛けづらい野郎を相手に話しかけてくるとか。

 罰ゲームだろうか。

 おいちょっとあのマフィアに挨拶してこい、みたいな。

 呼ばれた声に反応して、秋水は顔を上げると、見覚えのある1人の女子生徒。

 少し表情を強張らせているそのクラスメイトは、あの小型犬ほどではないにしろ、最近は縁のある人物であった。


「ああ、おはようございます、竜泉寺さん」


「う……お、おはよう……」


 竜泉寺 沙夜(りゅうせんじ さよ)。

 秋水のクラスメイトである。ぶっちゃけ、それ以上でもなければそれ以下でもない。

 ただ、最近秋水に絡んでくる困った子の親友なようであり、その子をいつも引きはがしに来てくれるので、秋水としては非常に助かってはいる。クラスメイトの中では一番好きかもしれない。

 しかし、沙夜が単独で秋水に話しかけてきたことは初めてである。

 罰ゲームだろうか。

 おいちょっとあのヤクザにちょっかい出してこい、みたいな。

 無難に挨拶をしてみれば、微妙に喋りづらそうな沙夜を見てから、ちらりとクラスの様子を確認してみる。

 どうしたんだろう、大丈夫かな、みたいな雰囲気がちらほら。ちゃんと心配されているみたいだ。罰ゲームではないようである。

 一安心だと視線を戻せば、沙夜は何か言いたそうにもごもごしていて、戻したその視線と合ったことに一瞬だけビクリと肩を震わせた。別に睨んだわけじゃないのだ、ごめん。


「……棟区、は、その…………」


「はい」


「う……」


 言葉に詰まった様子。

 慌てさせてはいけないな、と秋水は本をぱたりと閉じ、しっかり話を聞くように姿勢を正した。

 あれ、ヤバくない? と心配そうな声がぼそりと聞こえる。別に脅してませんて。

 沙夜は言葉に詰まった後、うー、と小さく唸ってから、手に持っていたスマホをゆっくりと秋水へと向けてきた。


「あの、これ……」


 言い辛そうにしながら、スマホの画面を見せてくる。

 見ろ、と言うことだよな。

 向けられたスマホの画面をちらりと見れば、撮影された写真が写っていた。


 なんか、とても美味しそうな、ごはんの写真である。


 白いごはん。

 何かのスープ。

 肉と野菜の黒っぽい炒め物。

 何かの揚げ団子的なもの。

 だし巻き卵みたいなもの。

 きゅうりの浅漬けみたいなもの。

 きんぴらゴボウ。


 それらが写った食卓の写真である。

 凄い凝っている、とか、盛り付けが豪華、という感じではなく、あくまでも家庭料理の写真である。

 うん、美味そう。

 えっと。

 いきなり飯テロの写真で精神攻撃でもされているのだろうか、と秋水は困惑しつつ、その写真から沙夜の方へと視線を戻す。


「ど……どう?」


 何故か、顔を赤くしている沙夜がか細い声で聞いてきた。

 いや、なにが?

 何が、どう、なのか。

 いきなり疑問符をぶつけられても、こちらが疑問符である。

 まあ、正直な感想として、美味しそう、というのは決して嘘でない。秋水から見れば良い食事だと思う。ケチがつくような料理ではないとは思う。

 あえて言うなら、白米が山盛りで多いなぁ、くらいだろうか。アスリート並である。


「……美味しそうですね。品数も多くバランスが良いかと」


 反応に途轍もなく困ったものの、一応写真を見た感想だけは答えておいた。

 いや、これ以外何を答えろと。

 なんと返答するのが正解なのだろうかと思いつつ、咄嗟に返したその言葉に、何故か沙夜の表情が少し明るくなった。


「あ、ならさ、えっと」


 スマホの画面を1度沙夜自身の方に向け、素早く操作してから、沙夜は再び画面を秋水の方へと向けてきた。

 今度は勢い良く、机に手を突いてきて顔の前までスマホの画面をずいっと近づけて。

 なんだ。

 どうした。


「これはどう?」


 再び返答に困る問いである。

 再度差し出された画面へと目をやれば、メモ帳だろう、ずらりと文字が並んでいる。

 白米、1合。

 豚バラ肉、200g。

 キャベツ、1/8。

 などなど、食材と量がずらりと並ぶ。

 なるほど、分からん。

 何かのレシピ、おそらくは先程見せてきた料理の写真の食材メモなのだろうとは思うのだが、これを見せられた挙げ句に、どう、とか聞かれる理由が分からない。

 そもそも、秋水はそんなに料理に詳しいわけではない。

 レシピを見せられても反応に困ると言うものだ。


「えっと……どう、とは?」


 流石に困って、質問に質問で返してしまう。

 いや、仕方がないだろう。

 急に料理の写真を見せられ、次に使用食材のメモを見せられ、何を聞かれているかも分からないまま質問されてるのだ。意味が分からない。

 質問を質問で返すというアホの極みみたいなことをして申し訳ないが、根本的に何を聞かれているのか分からない秋水は困りながら聞き返してみると、う、と沙夜が言葉に詰まった。

 ちら、ちら、と沙夜が何かを確認するように左右を見る。

 クラスにいる顔面凶器の筋肉男に怖ず怖ずと話しかけている沙夜を心配しているのだろう、何人かのクラスメイトはこちらの方を見守っているようである。

 それに、先週は余計なお節介の塊みたいな奴が秋水を庇い立てるかのようないらない大演説をかましてくれたものだから、登校した時点でクラスの雰囲気は秋水の様子を観察するような微妙なものであったのだ。

 平たく言って、注目されている。

 注目されてしまっていることを認識した後、ぐ、と沙夜は1度言葉を飲み込むように口を横一文字に閉め、それからすぐにぷるぷると首を横に振る。


「か……カロリー的に、どうよ?」


「……ああ」


 注目されていてなお、会話を続行してきた沙夜の言葉に、秋水はようやくながらに話の流れを悟った。




 ダイエット講座の続きだこれ。




 ついぞ昨日のこと、バイクショップでばったり出会ってしまった沙夜と、何故か知らないのだが食事のカロリーについて話すことになってしまった。

 話の流れは何だっただろうか、脂肪を増やしたいと思っていた秋水が振った話題が良く分からない琴線を刺激してしまったらしく、これまた良く分からないダイエット講座的な話をせねばならなくなったのだった。

 その話の延長線か。

 そう言えば、脂質糖質タンパク質のカロリーについてかなり前のめりになって話に食い付いてきていたのは沙夜だったことを思い出し、秋水は今更ながらに話の流れに納得がついた。

 そして、納得がついたついでに、新たな疑問符が浮かんでしまう。


「失礼、もう一度今のメモを拝見させて頂いてもよろしいですか?」


「どうぞどうぞ、ぜひ見て」


 断りを入れてから沙夜のスマホを覗き込む。

 自分が食べた物を片っ端から記録してみよう、と昨日は言ったが、早速記録しているところを見るに、ダイエットに関しては沙夜はかなり真剣に取り組んでいるのであろうことが窺える。

 別に秋水は管理栄養士でもないし、ダイエットアドバイザーでもない。

 料理については詳しくないので、正直なところ、知らんわ、で話を切ってしまっても問題ない気がするのだが、向こうは真剣に聞いてきている。クラスでも喋り掛けたくないだろう、こんな見た目が怖い暴力団関係者みたいな男の所へ、わざわざ質問しに来てくれている。

 なら、秋水も真剣に返すべきだろう。

 それに昨日、他にも相談があればいつでもどうぞ、みたいなことを言ったのだ。


「ふむ」


 思わず鼻を鳴らす。

 メモの一番上には、やはり見間違いではなく、はっきりと書かれている。




 白米、1合。




 再び秋水の頭の中に疑問符がダンスを始める。

 なるほど、米、1合。

 これは、なんだろう、食べ盛りとか言っていた弟さんの食事内容だろうか。

 少しだけ視線を上げ、沙夜の表情を確認する。

 凄い真剣な表情である。

 ダイエット、ガチの人、なんだよな?

 食べた物を記録してみよう、と言って、まさか弟さんの食事内容を記録してくるわけはないだろう。

 いや、でも、豚肉が200gとか書いてる。ハンバーグ並みの使用量だが、野菜炒めである。キャベツやらピーマンやらニンジンやらと野菜も書かれているので、肉オンリーの食事ではない。

 それに、野菜炒め以外にも、だし巻き卵的なやつとか揚げ団子的なやつとかもあるのだ。

 つまり、えっと。


「あの、1つ質問なのですが」


「うん、どうぞ、なんでも聞いて」


「これは、その、弟さん……の、ものですか?」


「え? わたしのだけど?」


 いや食い過ぎぃ!

 間違いなく食い過ぎぃ!

 バランス良いかもしれないけど量が多過ぎぃ!

 いや量が多い段階でバランスもクソもないだろコレぇ!

 秋水の頭の中でツッコミが洪水のように溢れてきたが、それをどうにかして飲み込む。


「食い……そ、そうでしたか、申し訳ありません」


 訂正。

 ちょっとツッコミが漏れかけた。

 鎬以外の人に対し、久々に素の言葉が出てしまうところであった。

 秋水は再び沙夜のスマホの画面に視線を戻し、メモの内容を確認する。

 どう見たって2人分、いや小食な人なら3人分くらいはありそうな量である。

 凄い当たり前のようにしれっと沙夜は自分の食事量とか言っているが、明らかに男性アスリートの食事量のそれだ。

 これで、ダイエットに真剣に取り組んでいる、のか。

 ちょっと信じられないものを見るような目で、秋水は再再度沙夜を確認する。


「?」


 ちょっと不思議そうな顔をされたが、不思議に思っているのはこちらである。

 ぱっと見て、沙夜は太っているようにはとても見えない。

 むしろスレンダーな方、ではなかろうか。

 全体的に身体は引き締まっているように見えるのだが、なにせ冬服なのでボディラインははっきりとは分からないし、こんな犯罪者面の自分が女性の体をジロジロ見るは失礼以前の問題なのでしっかりとは観察出来ない。

 だが、少なくとも、沙夜は太くはない、と思う。

 それなのに、こんな健啖家なのか。


 ああ、そう言えば、沙夜のダイエットは運動オンリー、とか言われていたか。


 昨日のことを思い出し、かなり運動をしているタイプなのか、と秋水は頭の中で情報を追加するも、それでも腑に落ちない。

 それだけの運動をする人ならば、食事に無頓着、ということはまずあり得ないからだ。

 いや、食事に頓着してるからこそ、今こうやってカロリーの話を聞きに来たのか。

 なるほど。


「えっと、棟区?」


「ああ、申し訳ありません。ちょっと考え込んでしまいました」


「え、考え込まれるような内容だった?」


 そうだよ。

 思わずそんな言葉が口から脱走しかけた。檻に入ってろ。


「ちなみになのですが、毎日の食事は、この量なのですか?」


「ううん。昨日は日曜日だったから、いつもより多くてさ。日曜の夕食は豪勢にするって決めてるの」


「なるほど」


 それは良かった。

 話を逸らしてみれば、一番重要な情報が聞き出せた。

 良かった。流石にこの量を毎日だったら、キミの運動量どうなっちゃってるの、と言う話が出てきてしまう。


「ちなみに昨日は回鍋肉と、エビの肉団子にごま和えキュウリ。ああ、そうだ、だし巻き卵にささみ肉入れてみたんだけどさ、結構美味しく出来たんだよこれ」


 料理が趣味だと言われていただけに、作った料理のことについては口のすべりが滑らかなるのだろう、遠慮がちに喋り掛けてきたときの口調は何処へやら、沙夜は再び料理を写した写真を見せながら嬉々として話を続けてきてくれた。恐らくこれが彼女の素の喋り方なのだろう。

 基本的に秋水は沙夜に嫌われているっぽいのだが、どうやら昨日の様子も合わせて考えるに、沙夜は自分の興味のある事柄に関しては結構グイグイと喋ってくるタイプのようである。


「回鍋肉はさ、豆板醤と甜麺醤をいつもより多めにしたらウチの男共に随分ウケてね。色はかなり黒くなっちゃったけど。ああ、味付け濃くなったからごはん足りなくなってねーー」


 聞いてもいないのだが、段々と話がヒートアップしていらっしゃる。

 上の弟はサッカー部だからたくさん食べるとか、下も合唱部入ってからよく食べるとか、これでもウチの炊飯器は1升炊きだとか、そんな話の所々で、そうなのですね、と声を落ち着けながら適当に相槌を打ちつつ、さて困ったなと秋水は内面で渋い顔をしていた。

 こんなクラスの嫌われ者に勇気を出して話しかけてきて、しかも趣味に関して気持ち良く喋っているところに大変申し訳ないのだが、秋水は今から大変厳しい発言をせねばならないようであった。


 マイルドに言って、あなた食べ過ぎですよ、と。


 母や妹相手ならともかくとして、大して親しくもない、むしろ嫌われている女子に対してそんな暴言をぶちかますのは少々勇気がいるというものである。

 エビ団子ははんぺんに対してのエビの量がさ、とか楽しそうに喋っている沙夜に、そうなのですね、それは美味しそうですね、と返しながら、上手い言い方はないだろうかと考える。

 なるべく、こう、傷つけないように、やんわりと、優しい言い方で。

 駄目である。

 思いつかない。

 表情には出さないながらも、自身の語彙力のなさに軽く絶望する。適当な相槌を続けつつも、微妙に進退窮まってしまった。




「あーい、みんなおはよー、さむーい。あ、田中﨑くんおっはよー、髪切ったねー」




 と、最近聞き慣れた声が教室のドアから聞こえた。

 朝っぱらから脳天気、いや失礼、とても明るい声である。

 ああ、登校してきてしまったか。


「カナちゃんミキちゃんおはようちゃん。ちゃちゃーん、見て見て、薬指と小指でネイルアートしてきたー」


「おはよー。うわ、これ自分でっやったの、って、いや紗綾音あんた手ぇ真っ白じゃん」


「寒いですにょーん。凍えちゃいますにょーん」


「おはよう紗綾音。ホッカイロあるよ?」


「わーい、チナ愛してるアンドおっはよーなのだ、あっちゅい!?」


「あ、野外現場用の豪熱カイロだからめちゃ熱いよ」


「言うのが明らかに遅いんじゃないかなぁ!? でもありがと、一発で暖まったけどやっぱ熱いってこれ!?」


「ねーねーさやねー、ネイルしたとか言ってたけど見ーせーて」


「みゃーん、おはようミッチ、でも先に心配してくれたら嬉しかったなぁもぉ。おらぁ、今やってる映画のシリーズ4本立て風味じゃいえーい」


「おー、ちょっと除光液ぶっかけていーい?」


「いや悪魔みたいな発言だよねぇ!? 聞いたら許可出るとか思っちゃってないよねぇ!? てかカイロ熱いからチナパスパス、ありがとサンクスまた来て四角!」


 登校してきたら、一瞬で教室が賑やかになった。

 華が咲いたような、と言えば良いのだろうか。クラスの腫れ物代表格である秋水が教室に出没したときとは正反対だ。

 まあ、それは、いつものことである。

 彼女はクラスの人気者であり、それこそ秋水とは全く正反対の存在なのだ。

 渡巻 紗綾音(わたりまき さやね)。

 明るく元気な、クラスのマスコットである。

 その紗綾音の親友である沙夜も、揚々と喋っていた話を切り上げ、ぽっと紗綾音の方へと顔を向けていた。

 いつもであれば、紗綾音が登校してきたら沙夜はすぐに紗綾音の近くへと行くのであるが、どうやら喋りまくっていたところから正気に戻ったのであろう、しまった、みたいな表情になっていた。何でコイツに嬉々として喋ってたんだ自分は、みたいな顔である。

 いや、気にしなくていいから、あっち行ってきて良いよ、とは流石に秋水も言い辛い。あなた食べ過ぎですねという忠告も言い辛いのだが。


「やーん、簡単でも爪をキラキラさせるとテンション上がるよねー。両利きの大特訓練さんやってて良かっ……およ?」


 お互いに若干気不味い雰囲気が流れかけたところで、紗綾音がこちらの方に、と言うか沙夜の方に気がついた。

 友達に自分の爪を見せていた紗綾音は、沙夜と秋水という珍しい組み合わせとなってしまっている不思議そうに一回見てから、自身の席に鞄をぼすりと投げ捨ててから、ずんずんと秋水達の方へと向かって来る。

 あ、なんか面白そうな話してる、みたいな興味津々の顔である。うぜぇ。


「おはよーミカちゃん、楠木くんは寝癖直しなー。んで、サヨチに棟区くん、おはよーだよ」


「あ、お、おはよう紗綾音」


「おはようございます」


 すれ違うクラスメイトに挨拶をしながら秋水のところへ辿り着いた紗綾音は、いつもの人懐っこい笑みをにぱっと浮かべていた。

 ただ、その顔には、沙夜が喋り掛けてるとか珍しいじゃん気になる気になる、とデカデカ書かれているような気がしてならない。幻覚だろうか。


「なになに? やっぱサヨチと棟区くん、仲良くなってる感じ? やったね棟区くん、お友達が増えたよ!」


「や、違うから! 友達とかじゃないから!」


「え、サヨチ、流石にそれはちょっと失礼さんじゃないかな……?」


「増えるもなにもゼロのままですよ」


「え、棟区くん、流石にちょっとはショック受けた方が良いんじゃないかな……?」


 会話しただけで友達認定とか判定ガバすぎるだろ。

 慌てたようにばっさり否定する沙夜と、しれっと否定した秋水に、息はぴったりじゃん、と紗綾音の方は困惑顔である。

 別に不思議じゃないだろうに、普通に嫌われているんだから。困惑顔に対して秋水は呆れ顔である。紗綾音に対しては段々取り繕う気がなくなってきている秋水であった。


「だったらどったの? 2人でお喋りさんは初めてじゃない?」


「いや、ほら、ちょっと昨日のごはんで相談をさ」


「ごはん……あー」


 沙夜の言葉だけで話の流れを悟ったらしい紗綾音に、ほらこれ、と沙夜はスマホの写真を紗綾音へと見せた。恐らく秋水も見た中華料理山盛り満載のあの写真だろう。

 どれどれ、と紗綾音は差し出されたスマホを覗き込む。

 そして、ぷはっ、と唐突に噴き出した。


「あは、え、なにこれ凄い大盛りごはんちゃん、やばばのば。お相撲さん部屋のお食事セットじゃあぶふにゅっ」


 半笑いでオブラートを包み忘れた暴言を右ストレートでぶっ放した紗綾音の頭に、沙夜のアイアンクローが炸裂した。

 全く迷うことなく、ぐわし、と紗綾音の頭を片手でホールドした沙夜のその手は、見るからにみちみちと力を込めて紗綾音の頭を握り締めているのが分かる。

 やだ怖い。

 なにが怖いって、沙夜の目つきが鋭くて怖い。

 そして、忠告の言葉を少しでも間違えていたら、秋水がこのアイアンクローを喰らっていただろう点が怖い。

 この人、たぶんダイエットに関しては冗談が通用しないタイプだ。


「あ? なんて? 誰がデブ力士って? お?」


「わ、わぁ、いっぱい食べる子って、かーわいぃー♥」


 締め付けてくる沙夜の手を、じたばたしながら両手でタップしつつ震える声で紗綾音は媚びを売るのだが、そんな親友を無視して、ばっと沙夜が秋水の方へと振り向いた。

 う、と秋水は思わず身を後ろに引いてしまう。

 何故だろう、昨日と言い今日と言い、沙夜の迫力には気圧されてしまうものがある。これはダンジョンの攻略のためにも見習うべき気迫なのだろうか。


「ねぇ棟区、ちょっと、大丈夫だよね? ヤバくないよね? 関取の食事じゃないよね?」


「そ、そうですね……」


 不安そうに聞いてくる沙夜に対し、なんと答えたものかと秋水は言葉に詰まる。

 こうしている間にも、紗綾音の顔面がぎちぎちと握り締められている。なるほど、返答をミスったら次は自分がこうなるのか。

 痛いの痛いの飛んでかないの、助けて今来て酷いのこの子、と言葉でリズムを刻みながらぺちぺちと紗綾音が沙夜の腕をタップしていた。まだ余裕がありそうである。

 秋水はマイルドな言葉を考えてみるが、駄目である、やはり思いつかない。

 そもそも沙夜が食べ過ぎなのは、どう見たって事実である。

 相撲部屋の食事は流石に言い過ぎであるが、今回に関しては紗綾音の反応はある意味正しい。ヤバい、というのは秋水も同意見である。

 うーん、と考えてもオブラートに包んだ言葉が思い浮かばず、ついには、すっ、と秋水は沙夜から目を逸らすのだった。


「……ラグビー選手の食事内容、くらいかな、とは、まあ、思いました、が」


 視界の片隅で、沙夜が絶望したような表情になったのがよく見えた。




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 いっぱい食べる君が好き♡

 でも限度を考えろ♡


 お休み中に誕生日を迎えました(*'ω'*)

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