85『日比野 道(ひびの みち)』

 さて、どうしてこうなった。


 午前の授業がつつがなく無事に終わり、世の欠食児童達が待ちに待った昼休み。

 いつもならば秋水はこっそりと教室を抜け、何処か目立たぬ所でコンビニの商品を家畜の餌のように腹に詰めるという作業を独りで行う時間である。

 しかしながら、今日は違う。

 クラスのマスコットであるチワワ、ではなく小型犬、もとい紗綾音と一緒に昼食を食べるという約束を取り付けられてしまった秋水は、早速ながら軽くげんなりしていた。

 気心の知れない人と一緒に食べるのか。考えただけでも疲れる。

 このまま約束を無視して独りで食べてしまおうか、なんて考えが頭の片隅でちらりと過ぎるも、あの約束は秋水が言葉の暴力にてガチ凹みさせてしまった沙夜をフォローしてもらう、という秋水側の要求に対しての交換条件である。無視するのは流石に道義に反する。

 さて、一緒に食べる、という話にはなっていたものの、具体的に何処で集まって食べるのだろうか。

 友人なんて人はおらず、他人と食事の席を囲むのなんて幼稚園時代にまで遡らなければ思い出せないレベルの経験だ。どうすれば良いのかが分からない。

 とりあえずは紗綾音の席にでも行けば良いのだろうかと秋水は席からのそりと立ち上がれば、こちらに向かってくる人影が。


 1人。


 2人。


 3人。


 4人。


 5人。


 6人。


 いやちょっと待て。

 多いな。

 多いぞ。

 紗綾音を先頭にして、その後ろに5人である。

 嘘だよな。

 紗綾音とタイマンでの昼飯ではなく、グループに混じっての食事だとでも言うのか。

 左手をふりふりしつつ頭上にヒマワリでも咲いていそうな脳天気な笑顔を浮かべる紗綾音の後方、1人は沙夜である。

 朝に理論で殴ってしまって泣きそうにさせてしまったが、今はけろりとしたもので、よう、と片手を上げている。そんな沙夜の表情は若干緊張した面持ちではあったものの、昨日のバイクショップで喋ったから多少慣れてくれているのか、先週までと比べれば随分と落ち着いている様子ではある。

 だが、その他の面子の表情よ。

 紗綾音と沙夜以外は、男子が2人、女子が2人。

 3学期にもなって未だにクラスメイト全員の顔と名前が微妙に一致出来ていないという社会不適合っぷりの秋水ではあるが、紗綾音を筆頭としたその6人に対してはちゃんと認識出来ている。

 クラスのカースト上位。

 傍から見ても青春を謳歌して楽しそうな勢。

 友好範囲が広く、ノリの良い方々。

 所謂、クラスの陽キャ組。

 が、酷い表情である。


「ひゃっほう棟区くん、ごはん一緒に食べよーぜーいー!」


「ごめんなさいすみまん、すぐ退けます。ほらちわね、骨でも取ってこーい」


 軽いノリで話しかけてくる紗綾音のそれを、3学期入ってから毎日のように絡んできているいつものソレなのかと沙夜は判断したのか、流れるように速攻でぺこぺこと頭を下げながら秋水にさらに近づこうとしている紗綾音を後ろから取っ捕まえた。後ろの面々も、いや誘うなよ、みたいな感じのオーラを醸し出している。

 これは、秋水と食べるということを、なにも説明していない、という感じだろうか。

 え、嘘だろこの駄犬。

 全員まとめて地獄のランチにご招待でもしたいのか。

 秋水としても紗綾音とタイマンで食事を食べるという段階でいっぱいいっぱいなのに、7人グループで楽しいランチになるわけがない。吐きそうになるわ。

 そしてどう考えたって、紗綾音以外の面々も秋水と食べたいとは一切思っていないだろう。そういう表情している。

 沙夜に捕らえられたチワワが、おおっと1ターン拘束状態、と訳の分からない言葉を漏らしているのを聞き流してから、秋水は恐る恐る発言を求めるようにそろりと右手を挙げる。


「あの、渡巻さん……」


「はい! 約束取り立て人、今日も可愛い紗綾音ちゃんだよ! 今日は逃げられないのは分かってるよね!」


 絶句した。

 二の句が継げぬ、とはこのことか。

 この馬鹿犬、嘘だろ、と聞くよりも前に、交換条件の約束を前面に押し出してきやがった。

 にぱっと笑顔を振りまきながら、それでも先手で退路を塞ぐとか、戦略がエグい。

 終わった、と秋水が絶望して天井を見上げていると、いつもと様子が違うことを察した沙夜が首を傾げた。


「え? 棟区、あんた断んないの?」


 ごはん一緒に食べよー。いやです。といういつもの流れになると思っていたのであろう沙夜が、怪訝そうな表情で秋水を見上げる。

 ちょっと待って。今、天井のシミの数を数えて心を落ち着けているところなんでちょっと待って。


「……本日は、ご一緒するという約束を、取り付けられてしまいまして」


「今日はちゃんとアポあり案件だから棟区くんと一緒に合法ランチでーす」


「棟区、まさか紗綾音に脅されて……」


「え、私の信頼が地下帝国まで侵攻しそうな勢いで砂漠化現象なんだけど」


 言外に今日は断れないのだと伝えてみれば、沙夜から普通に心配されてしまった。

 まあ、ある意味脅されたのは正解である。元を辿れば自分の発言をちゃんとオブラートに包めなかった秋水が悪いのだけれど。

 天井から紗綾音へと視線を戻し、秋水は軽く溜息を1つ。


「渡巻さん、今日はこちらの方々のお食事ですか?」


「そうだよ! 棟区くんも含めてね!」


「おーう……」


 今日のランチは地獄が決定した。

 思わず秋水は頭を抱えてしまったが、ふんすと胸を張っている紗綾音の後ろに居た面々も揃って頭を抱えていた。


 さて、どうしてこうなった。











「と言うわけで、こちらは絶賛帰宅部で暇な人のミッチ」


「このチワワちゃん調教したろーかなー……」


「それにバスケ部引退した途端に色気づいてるミカちゃん」


「その空っぽの頭でドリブルしてやりたい……」


「んで最近はボクシングに精を出してる日比野くん」


「ボクササイズとボクシングは別ものだし……」


「最後に合掌部に未だ出入りしてる覚王山くん。棟区くんの丸刈り頭って綺麗に出来てるから、どこの床屋さんでバリカンバリバリしちゃってるか教えてあげた方が良いかも」


「俺の髪そんな短くしてねぇじゃん! 何でお前ことある毎に俺を坊主にしようとしてくんだよ! て言うか今の合唱部って発言絶対に坊さんが集まって手を合わせてる光景思い浮かべながら言ったよなお前!」


「サヨチは別に良いよね?」


「ちわね、今日の餌は鶏の骨ね」


 教室で適当にテーブルを集めて着席したものの、7名中4名はお通夜に参列しているような表情になっていた。秋水はその中に含まれている。

 みんなが酷いの、とわざとらしい泣き真似を始めた紗綾音は横に置くとして、秋水は集まった面子にちらりと視線を向ける。

 秋水の隣に座った紗綾音の反対側を陣取っている沙夜は、仕方がないな、くらいの感じで秋水と一緒に食べるのをあまり気にしている様子がない。まあ、親友である紗綾音がいるからだろう。これが秋水とタイマンで食事、となっていたら流石に勘弁してくれとなっていたのは想像に難くない。

 そして紗綾音に元気良く怒濤のツッコミを入れている覚王山と呼ばれた少年。クラスでも一際に声が大きい男子だとは思っていたが、合唱部員だったのか。納得の声量である。

 覚王山と目が合うと、彼は一瞬秋水の顔に怯んだように言葉を詰まらせたものの、なに見てんだよ、とすぐに睨み返してくれるだけの威勢があった。元気があって大変よろしい。

 3人はどうにか良い感じである。

 問題は、残りの3人だ。

 女子2名に男子が1名、まるでライオンの檻に閉じ込められたみたいに絶望的な表情をしていらっしゃる。

 こんな奴と一緒に食べたくないよな、分かる、ごめん。秋水の胃がきりきりと痛む。

 特に秋水の隣に座るという特大級の貧乏クジを引いてしまった、ミカちゃんと呼ばれている、確か名字は御器所とかいった女子は酷いものであり、微妙にカタカタと震えているのが見て分かる。

 そりゃあ、隣にクリーチャーが居座ったら怖いに決まってる。本当にゴメン。




「いじめっ子のみんなは置いといて、こちら棟区くん。ダイエットにめっちゃ詳しい。ごはんの指導してくれる」




「ちょっと待ってどういうこと詳しくそこんとこ教えてちょっと」




 隣のミカちゃんさんにどうやったら恐怖心を和らげてくれるだろうかと考え始めたところで、しれっと秋水の適当すぎる紹介をぶっ放した紗綾音の言葉に、一拍も挟むことすらなく話に食らいついてきたのは、まさかのミカちゃんさんであった。

 秋水を挟んで隣にいる紗綾音を問い詰めようとミカちゃんさんは身を乗り出すも、まるでそれを予知していたかのように紗綾音はぱっと秋水の腕を掴んで身を隠すように引っ付いた。


「ちょ、え、詳しいの!? どんくらい!?」


「そこまで詳しくありません。渡巻さんの出任せです。落ち着いて下さい」


「いやいやびっくりレベルの先生さんだよ。カロリー管理がなんちゃらとか、体重管理は食事と運動の両輪がどうだとか、あとなんだっけ、PDF、のコントロールがうんぬんとか」


「……ああ、PFCですね。タンパク質、脂質、炭水化物、の頭文字です。PDFはポータブルドキュメントフォーマットではなかったですか?」


「ほらミカちゃん、ミカちゃんが探してたダイエットの先生だよ! 質問したら答えてくれるチャットAIさんだよ! 危ない顔の・インテリヤクザ、でAIだよ!」


「AIのIはインテリジェンスで正解ですね。良く出来ました。他は全部間違っているのでとりあえず袖を離して下さい」


「PFCコントロール! 聞いたことある! PFCコントロールってなんか言ってた! でも理解出来なくてわけわからんのだけど!」


「食事のうちの摂取カロリーを、タンパク質2割くらい、脂質2割くらい、炭水化物を6割くらいにしましょう、というだけの話ですよ。カロリーコントロールから一歩踏み込んだ話題ですので、やるのであれば、まずはカロリーコントロールに注力することをお勧めいたします」


「「「すげぇ!?」」」


 どうしてこうなった。

 ついぞ先程まで顔を蒼くしながらカタカタ震えていたにも関わらず、ミカちゃんさんがグイグイ来る。

 おかしいぞこれ、沙夜を相手にしたときと全く同じ状況である。最後に紗綾音と沙夜と同時に声をハモらせてくる始末だ。と言うか、沙夜も話しに合流してくるんじゃないよ。キミの役目は暴走しがちな紗綾音を止めることじゃなかったのか。

 ダイエットの話題に突然勢い良く飛びついてきたミカちゃんさんと、同じく目を輝かせて話を聞いていた沙夜が同じ空気であることを察してしまった秋水は、自分が非常に悪い席位置に座らされたことを悟った。


 いや、席順を決めたのは、紗綾音である。


 そう言えばこの駄犬、ミカちゃんが探してたダイエットの先生、とか言っていた。

 マズい、嵌められた。

 隣に座らされてしまったミカちゃんさんは、偶然に貧乏クジを引いてただただ可哀想と思っていたのだが、今の会話の流れを想定しているとしたのならば、これは確実に紗綾音に術中に嵌められたことになる。

 こいつ、と思わず紗綾音の方を見下ろすと、それをまるで予期していたかのように紗綾音の方も秋水を見上げていた。


 にんまり、と意地の悪そうな笑みである。


「……あーれー?」


 微妙にムカつく笑みに鼻でも摘まんでやろうかと思っていると、もう1人の暗い表情をしていた女子が若干間延びした声を上げた。

 ミッチと呼ばれていた、えっと、鶴舞とか言う明らかに画数多くて手書きだと面倒くさそうな名字の女子である。

 彼女の方へと視線をやれば、驚いた表情になっていたが、何故かすぐに紗綾音と同じようににんまりとした笑みを浮かべ、紗綾音とは反対側である沙夜の隣に座っていた男子、元気の良い覚王山の肩をちょんちょんと突いた


「んー、おっとー、ねぇ坊さんや」


「誰が坊主だてめぇ!? 禿げてねぇよ! 寺なんの関係ねぇし竜泉寺の方が名字的にも適任じゃねぇか! てかこの状況で良くいつも通りないちゃもんつけたなお前! 紗綾音共々心臓どうなってんのなぁ!?」


「いやー、その紗綾音なんだけどさー?」


「あ?」


 その間延びした声に指摘され、ややガラの悪い感じで秋水がじろりと睨まれる。なんか、微妙に彼には嫌われている感じがする。

 1度秋水を睨んだ後、彼は隣の紗綾音に視線をやって、少ししてからぎょっとした表情になる。なんと言うか、表情豊かで見ている分には面白い。

 なにを驚いたのかは分からないが、覚王山はばっとミッチの方へと顔を向ける。当の彼女はにまーっとした笑みでこちらを見ていた。


「いやー、珍しいねー」


「そうだよね、棟区くんが一緒にごはんとか初なんだよね!」


「いやそうじゃねぇ……」


「ねー」


 未だに秋水の腕に張り付いたままの紗綾音が胸を張るも、覚王山は若干の困惑した表情で、ミッチの方はにまにました笑みを浮かべて相槌を打ってきた。

 もごもごと覚王山は数回程言葉を飲み込むようにしてから、じろり、と再び秋水を睨む。

 どうしたのかと秋水も目をやれば、視線が合った覚王山はやはり怯んでしまうものの、それでも根性で睨んできてくれる。

 正直なところ、気不味そうに目線を逸らされるよりよっぽど好感が持てるというものである。なんだか反抗的な子犬に懐かれていない感じがするのだが、個人的にはもっと殺意を込めた目をしてくれたら嬉しい。


「えー、と、あー……紗綾音」


「ん? どったの?」


「いや、えー……」


 微妙に敵対的な覚王山にむしろ好感を覚えていると、彼は紗綾音に何か言いたそうに口をもごもごとさせていた。

 煮え切らない感じだ。どうしたのだろうか。

 彼の様子に秋水が首を傾げるのと、紗綾音の隣に居た沙夜が何かに気がついたのはほぼ同時出会った。


「おっと紗綾音、ちょい、近い近い」


 ずっ、と沙夜が秋水の腕、と言うよりも、秋水と紗綾音の間に腕を突っ込む。

 そして秋水の腕に引っ付いていた紗綾音を、ぐいっ、と引っ張って引き剥がしてくれた。

 ナイスアシストである。助かった。でもいつものキミならもっと早く引き剥がしてくれていたような気がする。助かったというように秋水が沙夜の方を見れば、沙夜の前には重箱のような弁当箱が鎮座している。なんだソレ。やっぱ食い過ぎで間違いないよキミ。


「んえ?」


「んえ、じゃないあんた。律歌先輩があんだけ心配してるのに、全くもう」


 急に引き剥がされて疑問顔である紗綾音に対し、沙夜は何とも言えぬ呆れ顔であった。

 ただ、秋水の腕に引っ付いていた紗綾音が回収され、明らかにほっとしているのが1人いる。

 覚王山である。

 そう言えば何か言おうとしているところであったが、何だったのだろうか。

 沙夜の特盛り弁当箱から覚王山の方へと改めて目を向ければ、彼の脇腹をうりうりとミッチが肘で小突きまくっているところであった。


「紗綾音が男子に抱きつくのは珍しーよねー? ねー、クソへたれ?」


「ぐ……へたれてねぇ! 余計なお世話って言うんだよそれ!」


「だってあんたが紗綾音にボディタッチなんてされてるところすら見たことなーいしー」


「て、てめぇ……!」


「そんなことよりちょっと見て先生!」


 良く分からないやりとりをしているミッチと覚王山の会話を強制的にぶった切るように乱入してきたのは、震えていたのが嘘のよう、ミカちゃんさんである。もはや秋水の中ではミカちゃんさん呼びが確定してしまっている。

 ふんす、と鼻息荒く、ミカちゃんさんは自身の弁当箱を開け、その中身を秋水の前にずずいと差し出してきていた。

 いきなり話を一刀両断に切り伏せた勢いに、思わず秋水はその声に従ってミカちゃんさんの弁当を見下ろした。

 二段式の弁当である。

 彩り豊かで美味しそうじゃないか。

 うん、なるほど、何を見ろというのか。

 確認してから秋水はそろり、と顔を上げる。


「これは大丈夫そう!?」


「……腐ってはいないと思いますが」


「違うそうじゃなくてこれ食べたら太るかどうか聞いてるの! PFCバランス的にどうなんですか先生!?」


 知らんがな。

 食べたら増えるよ。消費したら減るよ。

 思わずそんな言葉が出そうになる。


「まあ、白米の量が多いですね。1段丸々ごはんなのはちょっとどうかな、と」


「白米……つまり炭水化物だ!」


「そうですね。そちらのおかずのポテトサラダがそれなりの量があるように見受けられますが、糖質が丸被りしているのが気になるので、どちらかを調整した方が良いのでは」


「ポテサラ減らせとか私に死ねって言うの先生!?」


「たぶん死にませんよ……」


 急に面白キャラになってしまったミカちゃんさんに、秋水が軽く引いてしまっていると、その会話を興味深そうに聞いていた沙夜が重箱みたいな弁当箱の蓋をかぱりと開け、同じく秋水の前にずいっと差し出そうとする。


「竜泉寺さんはまず量を減らしましょう」


「まだ何も言ってない!」


「はっはっはっ、沙夜のはデカいから」


「御器所さんも多い方ですからね? 他の食事でバランスを取りましょうね?」


「がーん! バスケ辞めたのに食欲減んないのはどうしたら良いですか先生!?」


「こ、これが運動量が減少しても食事量は減少しないって実例……っ!」


 沙夜とミカちゃんさんが2人揃ってショックを受けて、秋水の方はげんなりしていた。

 早くごはんが食べたい。

 そしてけたけた笑っている隣の紗綾音をシバき倒したい。


「お腹いっぱい食べる、ではなく、空腹を感じなくなるまで、というのを意識して、そう感じる量を食べればよろしいのではないでしょうか?」


「「え、なにそれ?」」


「そんな揃って不思議そうな顔をされましても……」


「わはは、2人とも腹八分目って言葉を知れって言われてんだよー。ほらほら、みんな食べようよ食べようよっ」


 ダイエットガチ勢に絡まれて困っているのを軽く笑い飛ばしながら、この場の取り仕切り役である紗綾音がにっこにことしながらも2人を止めに入ってきた。まさかのお前がストッパー役だと。

 いつの間にやら紗綾音も弁当箱を開いており、ミッチと覚王山も同じくである。

 腹八分目……? と、まるでその言葉を初めて聞いた外国人のような反応を見せながら、沙夜とミカちゃんさんも自分の方へと弁当箱を引き寄せる。

 それでようやく解放された、と秋水は安堵の息を漏らしつつ、コンビニで買った昼食を袋から取り出し始める。

 そして、もう1人、秋水と同じく弁当箱ではない男子。

 ミッチと覚王山の2人とは言葉自体を秋水とは交わしていないものの、彼に至ってはそもそもずっと黙ったままである。


「ん? 日比野くん、それプロテインのジュースだ。そんなの飲んでたっけ?」


「ああ、道のやつ、最近それよく飲んでるよな。やっぱ飲むと筋肉つくのか? 美味いのか?」


 彼も秋水と同じく袋から取り出した昼食の中に、秋水もよく知っているプロテインドリンクが出てきて、それを見た紗綾音と覚王山が何とも不思議そうにプロテインドリンクを見ていた。

 秋水もそれを、ふーん、くらいの感覚で見るが、何故か彼の方は彼の方で秋水が袋から取り出した品々をマジマジと見てきていた。


「……おっと、そう言えば日比野くんって前からすっごい棟区くんのこと見てたじゃん」


「いっ!?」


 唐突に話題を提供してきたのは、やはり紗綾音である。

 いきなりの話題に彼、日比野が何とも言えぬ断末魔のような短い悲鳴とともに体が跳ね上がった。

 今も見られていたしな、と思いつつ秋水は取り出されていたプロテインドリンクから視線をあげて日比野の顔へと視線を向けると、睨まれたとでも思ったのだろうか、彼は気不味そうに目線を逸らしてしまう。なんと言うか、申し訳ない。


「いや……見てたって言うか、えーっと」


「大丈夫! 棟区くん見た目はこんなんで目が合った瞬間に襲い掛かってきそうだけど、全然大人しい良い子だよ! ワニかライオンかチーターだと思って接してあげて!」


「それ全部檻の中に居てもらわないと困る奴ぅ!?」


「落ち着いて和尚さん、これでも紗綾音は怖いって単語を使わないでフォローしてるんだから」


「誰がおしょうさんだワレぇ! あと使ってないのは単語じゃなくて気を遣ってねぇんだよ紗綾音は!」


 何ともバツの悪そうな日比野に何かを思ったのか、紗綾音が即座にフォローを入れてきたのだが、それはフォローと思って良いのだろうか。遠回しに危険な奴だと言われているような気がするのだが。いや、思ったより遠回しじゃないな。

 すぐにツッコミを入れてくれる覚王山と沙夜のコントを横目で見てから、秋水は改めて日比野の方を見た。

 紗綾音と沙夜を除いた4人の中で、紗綾音は最初に簡単な紹介をそれぞれしてくれた。


 その中で、秋水が唯一気になったのは、間違いなく彼である。


 日比野 道(ひびの みち)。


 ボクシングに精を出している、と紗綾音は言っていた。

 その後に、ぼそりとボクササイズについても彼自身が触れていた。

 マジマジと日比野を見れば、なるほど、細身ではあるものの、それは良く引き締まった身体だということだろうか。冬服の上からだと良く分からないのが残念ではある。

 なるほど。

 ボクシング、もしくはボクササイズ。

 彼はそのどちらかの経験者と言うことだろう。

 だからこそ秋水は、4人の中で唯一、日比野のことが気になった。




 彼は、格闘技に身を置いている。




 秋水が今、一番欲しいと思っている知識を、持っている人物である。




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・御器所 蜜柑(ミカちゃんさん)

 ダイエットガチ勢その2。

 バスケ部を引退したらあっという間にぷにぷにになってきて凄い焦っている。

 一発でおもしろい女認定を食らった。



・鶴舞 美々(ミッチ)

 ネイルアートに除光液ぶっかけようとする程度のちょいS寄り。だが秋水は怖い。

 人をからかうのが好き。だが秋水はからかえない。

 覚王山へ矢印が向いている。気がついてすらもらえていない。



・覚王山 未来

 なんのネタなのか坊さん扱いを受けている少年。元気なツッコミ役。

 紗綾音に矢印が向いている。ミッチに気がつかれている。沙夜に気がつかれている。紗綾音は気がついてすらいない。

 秋水には嫉妬している。秋水からは可愛いと思われている。

 全然関係ないが、日泰寺は超宗派の単立寺院であり、日本仏教界ではかなり特殊な立ち位置ある。全然関係ないが。だから坊さん扱いなのとは全然関係ないが。



・日比野 道

 次回。



※名前が全員「み」から始まったのは偶然。


※チワワは意図的にこの面子を集めた。

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