81『リセットボタンぽちー(しない)』

「毛皮が優秀でも、打楽器としては駄目だなっ!」


 角ウサギの最大の特徴である角を片手で握り締め、身体強化で底上げされた筋力にものを言わせてぶん回し、角ウサギの体をダンジョンの壁に勢い良く叩きつける。

 鈍い音。

 角ウサギの口から光の粒子が漏れた。

 死亡演出ではない。ただのダメージ。

 反動で跳ね返る角ウサギの勢いを殺すことなく秋水は反転する。


「おっとごめんよ予約してからもう一回!」


 後ろから突っ込んできた別の角ウサギに対し、持っていた角ウサギを武器のように振るってぶん殴る。

 再び角ウサギの身体が跳ね返る。

 角突きタックルをしてきたヤツが地面に叩き落とされるのを横目で確認しながら、秋水は再び反転してさらに持っていた角ウサギの体を壁へと叩きつける。

 どっ、と低い音と共に、角ウサギの身体が今度は跳ね返ることなく壁に固定され。


「はいさよなら」


 左手に持った片手斧を背中に叩き込む。

 ねじ込んだ刃の隙間から、ぶわりと光の粒子が噴き出した。

 それを見てから片手斧から手を離し、右手で鉈をすらりと引き抜く。

 振り返れば同士討ちで叩き落とした角ウサギが、よろめきながらも立ち上がるところ。身体強化のおかげで相対的に角ウサギの動きがゆっくりに見える。

 角突きタックルの構えを取られるよりも速く秋水は地面を蹴り、一足で角ウサギの前に軸足を置いて、ついでのように角ウサギの土手っ腹を蹴り飛ばす。


「ふっ」


 掛け声のような息の漏らしなのか、それとも堪えきれなかった笑いなのか。

 蹴りの威力を物語るように、角ウサギの巨体がぐわりと宙を飛ぶ。ダメージを入れるためのキックではなかったのだが、思っていたよりも強く蹴り飛ばしてしまった。

 蹴ったその脚で踏み込んで、宙を舞った角詐欺へと再び距離を詰め、蹴りを入れたその脇腹へ左の拳を追加で打ち込む。

 下から上。

 アッパーカット。

 下手くそな殴り方でも威力は相応、口から光の粒子を吐き出しながら角ウサギの身体が天井に向かって吹き飛んだ。

 跳ぶことは出来ても飛べやしない、打ち上げられた角ウサギに向かって秋水は抜いた鉈を構える。


「一刀両断、は刃渡り的に無理だよな分かってる!」


 そして落ちてきた角ウサギに鉈を一閃。

 ぶん殴った。


「あ」


 斬るどころの話ではない。

 鋭く固い鉄の棒でぶん殴られた角ウサギは、バットで打たれた野球ボールの如く弾き飛ぶ。

 またやってしまった。

 苦虫を噛みつぶしたような表情を一瞬してから、秋水はすぐに走って角ウサギを追い、ごろんごろんと勢い良く地面を転がっていた角ウサギの首に蹴りをぶち込み、ダンジョンの壁に向かって角ウサギの体を叩き付けた。

 連撃を叩き込まれた角ウサギは壁に体を叩き付けられ、力なく壁からずり落ちる、よりも筋肉ヤクザの行動の方が早い。


「こいつがトドメの、ライダーキック!!」


 薄汚れてしまった純白だった毛皮に、ゴツいライディングシューズが遠慮無く突き刺さる。

 ごぼっ、と角ウサギの口から光の粒子が噴き出し、そして体の所々に付けられた傷跡から遅れて残りの光の粒子が噴出した。

 死亡演出を確認。

 ふぅ、と一息。


「うっし、2週目も無事クリア、っと」


 鉈と斧をメイン武器としながらも、秋水は特に危ういところも特になく、あっさりと最終部屋まで到着していた。

 正確にはボス部屋1つ前である。

 身体強化の強化倍率が跳ね上がったことの恩恵はやはり凄まじく、特に動体視力の強化によって角ウサギの角突きタックルを1度も掠らせることすらさせずに対応出来た。

 かちん、と鉈を納刀し、角ウサギを壁に張り付けにしていた右足をゆっくりと引いた。

 やはり、身体強化の恩恵は凄まじい。

 50%もの強化が入るようになったことで、徒手空拳での打撃がしっかりとダメージソースとなっていた。

 2週目は鉈と斧をメイン武器に、としていたが、武器のメインが鉈と斧なのであって、実際に2週目の戦闘で活躍していたのは殴る、蹴る、投げる、であった。

 最初の部屋で受け止めた角ウサギをそのまま地面に叩きつけられたので、このまま肉弾戦行けるのではないかと思い、やってみれば確かな手応えである。グローブとシューズを新調したという理由もあるかもしれない。

 格闘技なんてまるで囓っていない素人の打撃や投げ技でこの威力。

 何なら3週目は徒手空拳オンリーで攻略しても良いかもしれない。

 これは何かの動画でも良いから参考にして、独学で格闘技を勉強してからの方が良いだろうか。どちらにせよ泥臭く殴り殺す方が殺し合っている感触がリアルなので、秋水としては夢が広がるところである。


「それに比べて……うん」


 ぶっ刺したままの片手斧も回収してから、秋水は軽く溜息をついた。


 斧と鉈、思っていた通り、使い辛い。


 いや、使えなくはない。

 使えなくはないのだ。

 だが、使い辛い。

 先程、鉈で角ウサギを上手く掻っ捌けなかったのだが、あれは初めてのことではなかった。

 何回かに1回くらい、刃の部分を上手く当てたと思っても、斬れない。そんな状況が発生しているのだ。

 格闘技の知識すらろくにない少年が、剣術の知識を持っているわけもなく、なんで刃を当てたのに斬れないなんて事態が発生するのか秋水には皆目見当が付かない。刃の当て方が悪かったのだろうか。それとも状況が悪かったのだろうか。

 もちろんだが、片手斧も鉈もどちらも鉄の塊であるので、当てれば鈍器として十分なダメージが入ってはいる、だろう、たぶん。

 しかし、鈍器としてダメージを入れるなら、バールの方が良い。

 確かに、光の粒子の噴出量を見るに、斬り裂くことさえ出来れば斧や鉈の方がダメージは大きいだろう。斬り裂ければ、だが。

 片手斧と鉈を使って1周分攻略した結果としては、やはりバールの方が角ウサギ相手には適していると言うのがはっきりと分かった。

 リーチも長いし、打撃力があるし、刺せるし、なにより刃の部分を当てようなんてことに一々気を遣う必要がなく雑に扱えるのが良い。

 鉈の先端が平たいタイプではなく、突き刺すことが出来る形状であったら話は違ったであろうが、それでもやはり一撃必殺が出来る巨大バールの優位性を崩すのは難しそうである。


「ま、サブウェポンとして考えとくか」


 鳴り物入り、みたいな感じで買ったわりには残念な結果だ。

 まあ、バールの優秀さを再度確かめることが出来たと考えれば、良かったのかもしれない。

 地下3階があるのだし、もしかしたら別のモンスターがいるかもしれないと考えれば、斬撃という攻撃手段は何処かで必要になるかもしれない。


「さて攻略時間は……まあ、そりゃ1時間は超えるか」


 腕時計を確認してみれば、2週目のタイムは1時間と30分。

 普通に各部屋毎に休憩を挟んだし、戦闘についての評価もしていた。

 そして何より、一撃で角ウサギを粉砕出来る巨大バールではなく、使い慣れていない片手斧と鉈をメイン武器として、しかも攻撃手段は主に打撃技での攻略だ。どうしたって1部屋毎の戦闘時間が長引いてしまっている。

 まあ、何事も経験か。

 消えゆく角ウサギの死体を見下ろしてから、秋水は部屋の入口に下ろしていたリュックサックを取りに戻る。


「色々試して、1週1時間を切ったら」


 リュックサックの横に置いていた斧のキャップを刃の部分にカチリとはめ、腰ベルトに片手斧を固定する。

 それからリュックサックを持ち上げて、部屋の反対側へと目をやった。




「そしたら、3階に行ってみようかね」




 角ウサギはもはや実験台。

 殺し合いの相手ではない。

 ボスウサギはもういない。

 ならば、この地下2階でウロウロする必要も無くなるだろう。

 ああ、いや、ドロップアイテムである白銀のアンクレットがどうなるか分からないので、完全に用無しというわけではないだろうが、それでもドロップアイテム狙いで淡々と殺すのは、なんと言うか、作業でしかない。

 今のところは武器を試したり、戦い方を変えたり、攻略方法を変えたり、やり方を模索している最中なので飽きることなく角ウサギを血祭りに上げている。

 しかしそれも長くは続くまい。


 そろそろ、次のステージか。


 このダンジョンを見つけたのは新年早々。地下2階に入り込んだのも、その当日。

 あれから1月も経っていない。

 経っていないが、角ウサギとの付き合いも随分と長く感じるので不思議である。

 そう言えば、角を掴んで壁に叩きつけるというのは、一番最初に角ウサギをぶっ殺したときと同じ戦法だった。

 あの時はバールも何も持っておらず、何ならば草むしりをしていたジャージ姿のままだった。普通に死にかけた記憶がある。懐かしいとすら感じる。

 あれから武器を揃え、防具を揃え、戦い方を学んだ。

 ポーションなんて意味不明な治療の湧き水と、身体強化なんて意味不明な力を得た。

 今ではすっかり、角ウサギを真っ正面から殴り殺せるに至った。

 頃合いだな。


「なんて、懐かしむのはおじさん臭いか」


 苦笑いを浮かべ、秋水はリュックを背負った。

 足を進めて部屋を抜け、長い通路を歩いて行く。

 結局、新しい道は確認出来なかった。

 ぐるりと1周するダンジョンに、セーフエリアである地下1階へ続く上り階段と、地下3階へと続くであろう下り階段への分かれ道。

 ここの地下2階の全容は、今のところはそれだけのシンプルなものである。

 角ウサギがドロップする白銀のアンクレットもまた、特に変化は見られない。

 戦い方はともかくとして、ダンジョンに対して新しい発見がない。

 それを寂しく思いながらも、秋水はボス部屋の前に辿り着く。

 扉は開いている。

 その向こう側の扉も開いている。


「3階にもボスがいるんなら、今度はもっとちゃんと準備してから戦うべきだな、うん」


 やはり心残りががっつりと残っているボスウサギのことを思い出し、自分に言い聞かせるように秋水は呟きながら大きく頷く。

 ボスが気になる、戦いたいぜ。

 そんなノリで殺し合ったのを今では後悔している。

 いや、まあ、言い訳がましいかもしれないが、そもそもボスがいるのかどうかも分からず、いたとしても複数体居るのか強力な固体が居るのかも分からない状況だったので、どれだけ準備しても決定的な対策は出来ないだろう。そう思ったからこそボス部屋の扉を蹴り開けたのだ。

 地下3階のボスは、もうちょい準備してからにしよう。

 そう心に決めつつ、秋水はボス部屋の中に足を踏み入れる。




 もやり、と不安のような気持ち悪さがあった。




「……あ?」


 思わずガラの悪い呟きが漏れ出てしまった。

 ボス部屋に足を踏み入れたその1歩目の姿勢のまま固まる。

 得も言われぬような、気持ちの悪さ。

 空気が澱んでいるとか、異臭がするとか、そんな感覚的な違和感ではない。

 ましてボス部屋に何かがいるなんて都合の良い物理的な違和感でもない。


 ああ、そうだ、違和感だ。


 なにか、違和感が、ある。


 何かが違う。

 何処かが違う。

 それが何かが分からないが、分からないからこそ気持ちが悪い。

 このボス部屋は本日2度目だ。

 巨大バールをぶん回し、駆け足で1週目を攻略したときに通過している。

 その時は、こんな違和感は覚えなかった。


「……なんか俺、見落としてる?」


 固まった姿勢のまま、秋水はぽつりと呟いた。

 違和感の気持ち悪さは、そんなに大した感じではない。

 むしろ僅かな違和感でしかないのだ。

 良く出来た間違い探しを見比べて、確かに違うような気がするんだけどなぁ、くらいの違和感でしかない。

 気持ち悪さの度合いで言えば、角ウサギから光の粒子を取り込んでいるときの方が圧倒的に気持ちが悪い。それに比べたら些細すぎてないも同然の感覚だ。

 なんだろう。

 たぶん、このまま無視しても問題ないような、違和感だ。

 もしかしたら疲れているのかもしれない。

 ダンジョンの周回アタック、かつ、時間を計測してのタイムアタックの初挑戦である。しかもそれを2周した。

 自分自身が気がつかない間に疲労が蓄積しているのかもしれない。

 そう言えば危うい場面もなにもない戦闘だけだったので、ポーションをほとんど飲んでいない。その疲労なのだろうか。

 違和感よりも疲労の可能性の方が濃厚か。


「ポーション飲んどくかぁ」


 違和感の正体は良く分からないが、自信が疲れている可能性を考慮して秋水はリュックサックのサイドポケットからペットボトルを取り出し、数歩だけ下がる。

 下がったことには特に意味は無い。

 ボス部屋にはボスウサギはおらず、普通の角ウサギもいない。

 だから、別にボス部屋の中でポーションを飲んでも問題はないはずだ。

 だが、癖というのは厄介なもので、戦い終わった部屋でもないところでポーションを飲むのも変だな、と言う謎の感覚でついつい通路まで戻ってしまったのだ。

 自分の行動をあまり深く考えることなく、通路に戻った秋水はペットボトルのフタを開け、中のポーションを一口だけ口に含む。


 ちらりと、右を見た。


 深い意味は無い。

 何となく、右へ視線を向けた。

 ボス部屋に足を踏み入れた瞬間に感じた違和感を、もやもやと微妙に引っ掛けながら、なんの理由もなく見ただけだ。


 当然ながら、通路の壁。


 岩肌剥き出しの、洞窟のような通路の壁だ。

 今年に入ってからすっかり見慣れた、お馴染みのただの壁。




 に、何か、埋め込まれている。




 岩肌の壁と、全く同じ色をした、出っ張りだ。

 不規則にランダムなでこぼこの壁に、正確に丸い、出っ張りだ。


「……スイッチボタン?」


 それは正に、押しボタンのようなものであった。

 壁と同じ色をしているボタンなので、全く気がつかなかった。

 先程の違和感はこれだろうか。

 いや、こんな騙し絵と言うか、なんとかを探せ、みたいな隠れ方をしている押しボタンに違和感を覚えるほど、自分は鋭い方ではないと思うんだが、と秋水は首を捻る。ついでにペットボトルのフタも捻って閉める。

 1周したときはあっただろうか。

 そもそもボスウサギに挑む前からあっただろうか。

 なかった気もするし、あった気もする。

 こんな周りの色と同化するようなカモフラージュされているボタンなんて、普通に気がつけない。

 まして、気がついたら扉や通路が出現するようなダンジョンだぞ。いつからあったかなんて分かるわけがない。


「なんて性格の悪い隠し方を……」


 ペットボトルをリュックサックのサイドポケットに戻しながら、秋水はそのボタンまで近寄る。

 間近で見れば、なるほど、押しボタンだ。

 ぽちりと指で押し込めそうな、押しボタンである。

 ああ、横断歩道の信号機にあるボタンと同じくらいのサイズだな、と思いつつ、秋水はそのボタンを押し込まない程度に軽く指でなぞった。

 つるり、としている。

 ライディンググローブ越しなので何とも言えないが、少なくとも岩肌のようなざらりとした引っ掛かりはないように感じた。


「っと、なんか彫られてるな」


 そのボタンのすぐ上に、何か彫り込みがある。

 色で線を引かれているわけではなく、まして大きくもない、近づいて初めて分かるくらいに気がつきにくい彫り込みだ。

 見れば、文字のようである。

 日本語ではない。

 英語でもない。

 秋水の知らない言語の文字であり、しかし、直感でセーフエリアやボス部屋にあった扉に刻まれていたものと同じ言語の文字であることは理解した。

 したと言うか、させられた。

 知らない文字なのに、何故か読めるのだ。

 不思議なものである。

 だが、それはすでに経験済みの感覚で、ダンジョン内にある文字だから、まあ、そうだろうな、といった感想だ。


「えーっと、なになに……」


 不思議と読めてしまう謎の文字を読んでみる。

 それは単文で、分かりやすい内容であった。

 セーフエリアやボス部屋の前にあった扉に書かれていた言葉は、なんと言うか勿体ぶったと言うか格好付けたと言うか、なに言ってんだコイツ、みたいな文章だったのに、こちらの文章は実に単純なものであった。

 書かれているのは、たったの2行。

 理解出来てしまう謎の文字を、そのまま日本語に訳せばこうだろうか。




【リセット】




【残り、1】




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ボスともう一回だけ遊べるドン!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る