80『斧と鉈の使い心地に関する率直な感想』

 身体強化を使えば、角ウサギなどもはや敵でも何でも無かった。

 ボスウサギと相対する前ですでにそうであったのに、素の筋力が向上し、さらには身体強化の強化倍率まで上がってしまっている現状、角ウサギは真っ正面から3体がかりであろうとも、巨大バールだけで瞬殺されるだけの存在である。

 何故か分からないが殺し合いという状況に堪らないものを感じる、なんて変態どころの話ではないトンデモ感性をもっている秋水からすれば、それはそれは退屈な状況であろう。

 まして、弱者を淡々といたぶるだけの作業は、なんだかなぁ、という気持ちになってしまう秋水であれば、一方的に殺すだけの状況である角ウサギ戦で満足出来るはずがない。

 と、考えるのが自然である。




「はぁ、ふぅ……1時と15分……はっはっはっ、だーめだこりゃ!」




 が、当の少年はとてもとても楽しそうであった。











 ボスウサギはいないが、角ウサギはいる。

 それを確認した秋水の次の行動は素早く、確認した角ウサギを一撃でぶっ殺した。

 巨大バールで頭を粉砕するという、とんでもない力業である。

 後先考えない全力の一撃を、角突きタックルで突っ込んできたところにカウンターでぶち込んだとは言え、改めて考えればとんでもない豪腕になってしまったなと秋水自身がびっくりした。ウサギの頭を消し飛ばしたこと自体に恐怖もドン引きもしていない辺り、彼の感性が表れている。

 そして角ウサギが変わらずダンジョンにいたことに遅れて安堵してから、次に気になったのはリポップするかどうか、ではなかった。

 リポップするかどうかなんて、後から嫌でも分かることである。

 それは今考えても仕方がない。


 それよりも次に気になったのは、この地下2階、1周でどれくらいの時間が掛かるのか、である。


 今まで1周の距離やら時間やらをちゃんと計ったことがない。

 ダンジョンアタックを最初の部屋からボス部屋まで、体感でだいたい2時間はかからないくらい、だろうか。

 ただ、これはタイムアタックをする気が無く、角ウサギとの戦闘でカラス避けネットやらゴムネットやらの搦め手を使いつつ、そしてポーションを飲んだり非常食を食べていたりする休憩時間を挟んでの時間である。

 そして、角ウサギがリポップするのは、だいたい殺してから1時間後くらいだ。

 これだけの時間差があれば、1周を終える頃には最初の部屋の角ウサギは余裕を持ってリポップしているはずである。


 なるほど、もったいない。


 秋水は顎に手を当てた。

 ダンジョンを1周するのと角ウサギがリポップするのは、体感で誤差が1時間あるかないか。

 これは勿体ない。

 可能な限り数多くの角ウサギをぶっ殺したいと思うなら、これはもったいない。

 雑魚だろうと相手にならなかろうと、殺しに掛かってくる角ウサギに対し、1戦1戦丁寧に、そしてきちんと真面目にぶっ殺す。

 それを心掛けていた狂気の秋水からすれば、1周のタイムアタックは然程興味を示さない、と思いきや、普通に興味深そうであった。

 そもそも、1戦1戦を丁寧にぶっ殺していくのと、1周のタイムアタックをするのは、両立する。

 両立するのだというのを知っている。

 もちろん、筋トレで、だ。


「スーパーセット法やジャイアントセット法だって、1つ1つのトレーニングを雑に行うって意味じゃないしな」


 一定以上の筋トレ経験をしたことがない人にとっては、全く意味の分からない理屈で秋水は納得している。

 まあ、手早く次々に筋トレを行っていくのと、その1つ1つの筋トレを丁寧に行うのは両立する、と秋水は経験で知っているのだ。


「となると、まずは1周の時間を計るとして……荷物どうすっかな」


 ふむ、と秋水は考える。

 今し方、頭部を吹き飛ばした角ウサギの感触を考えるに、1体の角ウサギを相手取るのは全く苦にならないし、相手にもならないのは確かである。今回は力任せにやり過ぎてしまったが、毎回肉体を引き千切って粉砕するなんてことをする必要も無い。

 そして感覚的には、2体相手でも十分に対処出来そうな感覚だ。

 それならば、3体相手のときは1体をゴムネットで絡め取りさえすれば、実質2体相手取るのと同じである。

 楽勝だ。

 ならば、予備のポーションやら非常食やらを詰め込んだリュックサックは必要ない気がする。

 身体のあちこちにポーション自体は仕込んでいるし、怪我をしないのであれば非常食も必要ないだろう。いや、ゼリー飲料1つくらいは欲しいだろうか。

 それを考えたら、リュックサックは置いていっても良い。

 しかし、スマホは持っていきたい。

 メモ帳代わりになるし、写真も撮れるし、休憩するときの暇つぶしに便利である。

 が、スマホを持って戦いに出るのかと言われたら、出たくない。

 これでも一応、秋水は現代っ子である。スマホの画面が割れたら普通に悲しい。

 それにいざという時もあるし、タオルやらボディシートは休憩中には便利である。

 と考えると、リュックサックは持って行った方が良い。

 うーん、としばらく考えた後、結局リュックサックはそのまま持って行くことにした。


「ま、時間計るだけでタイムアタックするわけじゃないか」


 いつも通りに1周回ってみようじゃないか。

 そう自分に言い聞かせながら、秋水はそのままダンジョンアタックを進行するのだった。




 しかしながら、自然と戦闘は手早く、休憩は短めに、歩くと言うより駆け足で、むしろ全体的に駆け足で、そうやってタイムアタック染みた動きで1周してしまった。




「1周2時間は十分に切るけど、1時間はギリギリ切れない、と」


 次々に角ウサギを巨大バールで玉砕しながら突き進み、早々にダンジョンを1周した秋水は、そのクリアタイムを見て苦笑いを浮かべる。

 確かに、今まで終わりの時間を気にしてこそいたものの、全体の時間進行に関してはまるで無頓着であった。

 これは勿体ない。

 全く以て勿体ない。


「時間を気にしてないとか、これじゃダラダラ筋トレしてんのと変わりねぇ。うわ、考えてみたら恥ずかしい」


 呆れたように呟きながら、秋水は頭を掻こうとしてヘルメットに手が当たる。

 筋トレにおいて、時間効率というの重要な指標の1つである。

 ダラダラと2時間3時間とジムで筋トレをするよりも、きっちりと1時間で筋トレを仕上げた方が良いのだ。ジムでは居座れば居座るだけ、長時間やりました感が出てしまい、筋トレ自体の効率が落ちてしまうものだからだ。

 それに、筋トレ中のセット間休憩も同じである。

 10回とかトレーニングをして、1度息を整えるように休むのをセット間休憩という。

 そのセット間休憩は、筋トレ種目によってばらつきは勿論あるものの、だいたい90秒くらいが理想的と言われている。

 短いと疲労回復をしきれずにトレーニングのパフォーマンスが低下してしまい、長ければ身体が冷えて単純に時間の無駄である。

 トレーニング自体だって速くや遅くの違いはあれど、リズムは大事だし、セットを規定秒数でまとめるという考え方も大事だ。


 丁寧に、きちんと。


 だけど素早く。


 筋トレは、時間の配分とコントロールも大切なのだ。

 その視点で考えれば、角ウサギとの戦闘や休憩時間、そして部屋と部屋を繋ぐ通路を移動する時間、それらのペース配分を全く考えてこなかった今までのダンジョンアタックなど、ド素人がダラダラと筋トレしているのと全く同じである。

 これは恥ずかしい。

 なんて大失敗。


「はぁ……まあ、とりあえずは、当面は1周1時間を目標にしてみようか。あとでペース配分の計画練るかぁ」


 反省反省、と苦笑いをしながら秋水は、さて、と気を取り直す。

 失敗は失敗。反省は反省だ。


「んで、復活してくれてるかねぇ……」


 リュックサックを左手に持ち、巨大バールを右の肩で担ぎながら、秋水は早速最初の部屋へと向かう。

 反省ついでに休憩も終了である。

 少し歩けば最初の部屋で、その入り口前で秋水はリュックサックを地面に下ろす。

 そして、ついでに巨大バールも壁に立て掛けた。

 とりあえずは1週目のメイン武器として角ウサギを片っ端から血祭りに上げたが、2週目はちょっとお休みだ。

 そのまま秋水は部屋の入口からちらりと部屋の中を覗く。




 角ウサギ、発見。




 いるねぇ。

 ちゃんとリポップしてくれているねぇ。

 テンション上がるじゃないの、と秋水は戦闘合図のようにヘルメットのバイザーを閉める。


「じゃ、2週目はこっちを試してみますかね」


 ヤバい感じの笑みを浮かべつつ、秋水は腰ベルトに固定していた武器を取り外す。

 バールではない。

 もっと、武器らしい武器である。


 片手斧だ。


 薪割りなどで使用される、普通の斧である。いや、普通よりはちょっと良い品かもしれない。

 目利きができるわけではない秋水は、店員のおすすめしてくれた商品をそのまま買ったのだが、持ちにくいとか斧のヘッドがグラつくというような不調はない。

 むしろ握り締めるために作られているハンドル部分は、当然ながらバールよりも握り易い。ライディンググローブ越しであっても、手に吸い付くようである。

 巨大バールよりリーチは短く、良くて大バールと同じくらい。

 当てるときは刃の部分を当てなくてはいけないが、ちゃんと当てさえすればバールよりは攻撃力は高いだろう。


「ま、初手が固定されちゃうのが難点だな」


 かちりと片手斧の刃を覆っていたキャップカバーを外し、それをどこに仕舞ったものかと視線がうろつく。

 バールと違って刃の部分を隠すパーツが必要で、しかもナイフや鉈のような鞘とは違って、戦いの最中に咄嗟に抜くには適していない形である。

 となれば、この片手斧は戦闘中に準備する武器ではなく、開幕時に手に持っておくべき武器だ。

 つまるところ、戦闘開始の初手が固定されてしまうのが最大の欠点だろう。

 使い勝手については、まあ、今から体感で調べることとするが。


「……よし」


 片手斧のキャップカバーをリュックサックの上に置き、秋水は身体強化を発動させながら部屋の中へと足を踏み入れる。

 中で待ち構えていた角ウサギの反応は、いつもの通りだ。

 入って来た秋水を真っ直ぐ見ながら、その全身を深く沈み込ませる。

 それに合わせて右手に握った片手斧を、ゆっくりと後ろへと構える。

 角ウサギのその槍のような角と、薪割り用の片手斧では、リーチは角ウサギの方が僅かに長い。斧の刃の部分を当てねばならないと考えたら、もっとリーチ差は存在する。

 この場から一歩も動かず、カウンターだけでぶっ殺すのは基本的に無理だ。

 と、なれば。


 角ウサギが地面を蹴った。


 いつもの角突きタックルだ。

 いっそ安心感すら覚えるワンパターン。

 だが、初動が安定しているからこそ、こちらとしては実験が捗るというものだ。


「ほいっと」


 突っ込んでくるその角を、半歩左にずれて僅かに避ける。

 回避はこれで十分なのを、経験則で知っていた。

 勿論、半歩だけでは回避出来るのは角だけであり、角ウサギ本体は避けきれていない。角に刺される致命傷と比べれば確かに大したことはないのだが、それでも角ウサギの質量で体当たりをされたら普通に体勢を崩してしまう。

 それでも、回避はこれで十分だ。

 そして、角以外の本体には、別件でご用事だ。


「プレゼントだよっ!」


 角を掠めるように、片手斧を全力で振り抜く。


 どっ、と鈍い音を立て、斧の刃が角ウサギの顔面にぶち込まれた。


 切り裂くようには振り抜けなかった。

 突き刺すように、もしくは薪割りの斧らしく、刃が真っ正面から角ウサギの顔面にめり込んだ。


「んおっと」


 もろに斧を叩き刺すも、それだけでは跳び込んできた角ウサギの運動エネルギーを相殺しきることは出来ず、片手斧のハンドルから伝わってきた押し返されるような力に、秋水は咄嗟に片手斧から手を離す。


「ぬっ」


 そして、ごっ、と刺さったままの片手斧のハンドル部分が、秋水の右肘にヒットして、さらには角こそ避けているものの角ウサギのその巨体が秋水に衝突した。

 重い衝撃。

 それに対し、秋水は衝撃を逃がすことなく反射的に踏ん張った。

 踏ん張りきれた。


「あっ……ぶねぇ、腰ヤるところだっただろうがボケェ!!」


 思わず受け止めきってしまった角ウサギの巨体を即座に左腕だけで抱え上げ、そのまま罵声と共に地面に向けて叩きつける。

 どそんっ、と角ウサギは背中を強く打ち付けられて、仰向けにひっくり返された。

 片手で投げ飛ばせちゃったな、と他人事のように思いつつ、秋水は即座に右手でバールを引き抜こうとし、すぐに思い直して腰ベルトに固定していた鞘から柄を握り、すらり、と鉈を引き抜いた。

 刃渡り15㎝。

 肉厚の刀身。

 先端は尖っておらず鋒がない。

 無骨な鉄の塊みたいな、新品の鉈である。


「ちょっと寝っ転がって、なっ!」


 鉈を引き抜いてから、仰向けの状態から起き上がろうとしている角ウサギを思いっきり踏みつける。

 そして丸見えの腹を目掛け、その鉈を突き刺してやろうと振りかぶり。


「……よく考えたら先っぽないじゃんコレ!?」


 棟区 秋水、鉈と呼ばれる刃物を使うのは人生で初めてである。

 頑丈さという一点で店員に勧められて買ったのだが、この鉈、鋒がないのだ。

 なんだこの中華包丁みたいな形。開封したときは何も考えていなかったが、もっとこう、刀とかナイフとか三徳包丁みたいに先端が鋭く尖っている刃物を勝手に想像していた。

 大失敗である。

 この世の中には剣鉈と呼ばれる形のもあるのだが、知識が無いばかりに適当な物を買ってしまったらしい。


「勉強って大事だなちくしょうめっ!」


 ちょっとしたアクシデントに慌てながらも、秋水はすぐに刺突から斬撃へと構えを切り替え、角ウサギの腹に目掛けて一気に鉈を振り下ろす。

 刃の部分が肉を捉えた。

 確かな手応え。

 一瞬の抵抗。


「ぬらばっしょい!!」


 それを変な掛け声と共に、力任せに振り抜いた。

 角ウサギの腹が、裂けた。

 刃を返し、さらに一閃。

 白い毛並みを掻き分けて、さらに腹を千切り裂く。

 もう1回行くか、と思って刃を返したところで、ぶわっ、と裂いた傷口から光の粒子が噴き出した。

 死亡演出だ。


「おっと」


 踏みつけていた角ウサギをげしりと蹴り飛ばし、秋水は距離を少しだけ取ってからのそりと身体を起こした。

 片手斧で1発。

 鉈で2発。

 計、3発。

 腹から綺麗な光のアートを見せつける角ウサギをちらりと確認してから、秋水は手に持っている鉈へと目線を移した。

 片手斧と鉈を使ってみてどうだっただろうか。

 まあ、感想など一言しかなかった。




「つ、使いづれぇ……」




 これである。

 秋水の打ち込み方が下手なだけかもしれないが、巨大バールなら1撃、他のバールでも2発で殺せる角ウサギに3回も攻撃が必要であった段階で、攻撃力で見劣りがしている。

 そして分かってはいたが、リーチが短い。倒れ伏せている角ウサギを鉈で切り裂くとき、すごい中腰の姿勢を強いられた。そうじゃないと、そもそも当たらないのだ。

 さらには斧も鉈も、突きが出来ない。だからこそ中腰姿勢で鉈を振るう羽目になったと言える。


 総評。


 バールよりも使い勝手悪い。


「相手が小さいと当てづらいな、これ」


 鉈を鞘に収め、角ウサギの顔面から斧を引き抜き、溜息を吐きながら秋水は左手のライディンググローブを外す。

 確かに角ウサギは普通に生息している一般的なウサギと比べたら大型ではあるものの、直立二足歩行で縦に長い人間と比べたら、高さの面では小ぶりと言うしかない。

 せめて秋水の胸辺りまでの高さがある相手でなくては、攻撃を届かせるのにも工夫が必要になってしまう。

 これならば、巨大バールの方が角ウサギ相手には適している感じである。


 ボスウサギ相手ならともかくとして、だ。


 再戦出来なくてつくづく残念と思いつつ、秋水は噴き出している光の粒子に左手をかざした。




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 結論、バールの方が殺意高い。


 もちろん相手によりますよ(。´・ω・)?

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