79『周回アタック、解禁!』

 セーフエリアに辿り着くと、ただいま、と思ってしまった。

 しかも違和感がない。

 本格的に居住区がこちらになってしまったのだな、と変なところで実感しつつ、秋水は背負っていたリュックサックを岩肌の地面に置いてから、棚にストックしてあったプロテインやらシナモンやらモリンガやらすり胡麻やらきな粉やら、様々な粉末が入れられているシェイカーを手に取った。

 謎のドリンクの元であるそれのフタを開け、慣れた調子でホースから垂れ流しになっているポーションの方へと足を進め、中程で慌ててUターン。

 いけない、カロリーだ。

 置いたリュックから帰り道のスーパーで買った野菜ジュースを取り出す。トマトベースの野菜100%タイプの野菜ジュースだ。

 糖質を増やしてカロリーをあげるなら、果物入りの野菜ジュースにするべきだったかなと思いつつ、秋水は買ってきた野菜ジュースをシェイカーの中へと注ぎ入れ、フタを閉めてからじゃっかじゃっかとシェイクする。

 鮮やかな赤い色だった野菜ジュースが、がくりと彩度と透明感が下がった謎のジュースへと変貌する。

 それを秋水は一気に飲み干してから、少しだけポーションをシェイカーの中に入れ、溶けきっておらずに飲みきれていなかった粉を溶かしてから再度一気に呷る。

 相変わらず不味い。

 シェイカーをポーションで軽くすすいだ後、それをひっくり返して置いておく。


「だいぶ時間余ったなこれ」


 時計に目をやれば、時間はまだまだ十分だ。

 いくら日が落ちるのが早い冬場と言えども、外はまだ明るい時間である。

 ちらりとリュックサックを確認し、そして午前中に買ってそのままにしているビニール袋の山を見る。

 開けるか。


「……ああ、いや、先に寝るか」


 開封の議に移ろうか、なんて一瞬思ったが、秋水はすぐに首を振って考えを訂正した。

 自分の性格は、自分自身で良く理解している。

 買い物で今日買った品々は、ほとんどダンジョンアタックのための品である。

 バイクの装備品も、刃物も、その他諸々、スーパーで買った非常食もだ。

 それを開けてみろ。

 そして試着なんてしてみろ。

 次はダンジョン行こうぜになるのは目に見えている。


 まあ、今日もダンジョンには行くのだが。


 だって、普通の角ウサギが出現しているか確認したいし。

 だって、今までのルートに変な道が出現していないか確認したいし。

 だって、ボスウサギがリポップしているか確認したいし。

 だって、ねぇ?

 誰に言うわけでもないのにも関わらず、心の中で言い訳を並べつつ、そして若干口元をによによとさせつつ、秋水は着ていたコートやらの服を脱ぎ始める。

 ダンジョンには万全の体制で向かわねばいけない。

 だから、先に一眠りしてから、買ってきた色々なものを開封して、一通りチェックしよう。

 そしてダンジョンアタックだ。

 いやほら、使い心地を確かめる試運転てのも大事だし。

 言い訳を追加しながら、寝間着に着替え終わった秋水はいそいそと布団の中に潜るのだった。











 そして3時間後、秋水は当たり前のようにダンジョンへと潜っていた。


「んー、分かれ道に変わりなし」


 たった2時間の睡眠でも滅茶苦茶すっきり爽快に起きられるという、相変わらず可笑しな休息を取った後、ダンジョンアタックの装備品に身を固めた秋水は慣れた足取りでセーフエリアからの下り階段を降りていく。

 地下2階、降りてすぐには分かれ道。

 ボスウサギをぶっ殺した途端に開通した、摩訶不思議なショートカットコースである。

 真っ直ぐ行けば、いつもの道。

 曲がっていけば、地下3階へと続く階段のある道。


「ふむ」


 秋水は1度だけ鼻を鳴らしてから、大して迷うことなく道を曲がった。

 ショートカットコースの方だ。

 まず最初の確認は、ショートカットコースの方へと曲がってすぐ。


 そこに転がっているのは、曲がっている巨大バール。


 見覚えがある。

 いや当たり前か。

 昨日使った、巨大バールの片割れだ。

 持ち手をグリップテープで改造して、滑りにくくなって使い勝手が大幅に向上したばかりだというのに、ボスウサギとの戦いで早速曲げてしまった巨大バールである。

 勿体ない、と思う反面、命あっての物種だと安堵する。

 バールが曲がる重量とか、どんだけだったのやら。

 その巨大バールをちらりと見て、秋水はそれを拾うことなく先へと進んだ。

 物を置き去りにしてダンジョンを出たのは、実のところ初めてのことであった。

 常識では、いや秋水の知識では説明が出来ないような異様な様々なことが起きるダンジョン内においては、なにか物を置き去りにして、次来たときには綺麗に消え失せている、なんてことが普通にあるかもしれない。そんな疑念が頭の何処かにあったので、持って来た物は可能な限り持ち帰る、という方針で今まで来ていた。

 まあ、単にゴミは持ち帰る、という習慣が根付いていただけという理由もあるが。

 ともかく、今までは用心して持って来た物は全て持ち帰らないといけない、と思ってはいたのだが、これである程度は荷物をダンジョン内に置いておくことが可能ということが分かった。

 いや、時間経過で消える可能性があるので、もう1週間くらいは巨大バールを放置したままにしても良いかもしれない。

 もしくは、別のゴミと交換して実験するのも手か。

 それを思いついたときには、すでに道の突き当たり、分かれ道のT字路に到着した。


「階段に異常なし、と……そんで」


 左を見れば地下3階へと続くであろう階段。

 この先はなにが待っているのだろうか。気になる。

 しかし、今大事なのはそちらではなく、その反対側であり。


「…………ちっ」


 反対側を見て、秋水は思わず、そして思いっきり舌打ちをした。

 クソが。

 心の中では更に悪態を上乗せである。

 自身の外見の問題をきちんと理解している秋水は、なるべくこんなチンピラみたいなガラの悪い言動をとらないようにと自制をしているものの、振り向いて確認した光景に対して堪えきれなかった。




 ボスウサギは、いない。




 勝ち逃げされた。

 いや、勝ったのは自分だが、それでも気分的に勝ち逃げされた感じがしてならない。

 怨めしげに秋水が視線を向けたその先、ボス部屋の方はもぬけの殻で、居ることを期待していたボスウサギの姿は何処にも見当たらなかった。

 諦め悪くボス部屋の中に入って見渡してみたが、死角に隠れていたなんて都合の良いことはなく、ボスウサギはいなかった。

 広いボス部屋には、秋水が独りだけである。


「…………はぁぁぁぁ」


 深く、そして重たい溜息を、秋水はゆっくり長く吐き出した。

 肩を落として分かり易くガッカリしている。

 もう一度、殺り合いたかった。

 偶然みたいな力や運に頼ることなく、今度は実力でぶっ殺したかった。

 そして、殺されるかもしれないという、スリルを。


 しかしながら、ボスウサギは、いない。


 盛大に気落ちをしてしまう反面、それも致し方なしか、と冷静な考えもある。

 妹が昔やっていたゲームだって、ボスは1度しか戦えないのがお約束であった。

 いや、ウロウロ歩き回っているときに出てくるモンスターとは無限に戦えるやん、なんて野暮なツッコミを入れた記憶がある。

 ダンジョンが出てくるような、そういうファンタジーのゲームに関してとことん疎い秋水ではあるが、とりあえずボスとは1度しか戦えないのがお約束なんだな、ということは薄らぼんやりと理解はしている。

 残念だ。

 これは残念だ。

 気持ちを切り替えるように、もう一度溜息を強く短く吐き出して、秋水は顔を上げる。

 くよくよしても仕方がない。

 開けっ放しになっているボス部屋の入口を確認してから、よし、と秋水は再度気合いを入れ直す。

 そこで、なんの脈絡もなく、ふと気がついた。


「そう言や、入口までショートカット出来るってことは、1周して元の位置まで戻れるってこと、だよな……?」











 角ウサギはぶっ殺してからリポップするまでに、待ち時間というのが存在した。

 倒して、部屋を出て、部屋に戻って、すぐに再戦、とはいかなかったのだ。

 だいたい1時間程だろうか。

 そのリポップの待ち時間というのは、意外ともどかしいものである。

 今まではスタート地点から進めるだけ進み、適当にケリを付けて引き返すしかなかった。

 しかし、当然ながら引き返した最初の部屋に、角ウサギがリポップしていることはない。1時間も経過していないからだ。

 次の部屋も同じく。

 その次の部屋も同じく。

 更にその次の部屋も同じく。

 筋トレのセット間休憩と同じく、角ウサギとの戦闘毎にちびちびと休憩を挟みながらゆっくりと進んでいれば、運が良ければその次でようやく再出現したばかりの角ウサギと戦うことが出来る。そんな感じであった。

 だが、一撃で角ウサギを屠れるようになってしまうと、戦闘時間は当然ならば短縮され、怪我もしてなければ疲れてもいないので休憩時間も短くなってしまう。当然ながらそれに伴って進行スピードがどうしたって上がってしまうのだ。

 もちろん、秋水のダンジョン進軍速度が上がったところで、角ウサギのリポップの待ち時間が短縮されることはない。

 そうなると、ダンジョンを往復するルートでは、どうしたって時間の無駄が発生してしまう。

 そこについては基本的に、そんなルールだよね、と割り切っていたのだが、ボス部屋を攻略してショートカットコースが開通した今は状況が変わった。


 往復ルートと違い、1周する周回ルートなら、時間の無駄が発生しない、はずだ。


 仮に最初の部屋から1時間でボス部屋まで到達したとしても、ショートカットコースで最初の部屋に戻れば、そこにはもうリポップしている角ウサギがいるはずなのだ。

 そろそろリポップし終えたかなぁ、なんて待ちぼうけを喰らっている暇などない。

 1周したらすぐに次、待ち時間なしで最初の部屋から戦闘に突入することが出来るのだ。

 マジか。

 最高じゃないか。

 夢のようである。


 いや、普通の人が普通の感性で普通に考えたら、ウソだろ最低の悪夢だ、と嘆くクソっぷりの状況なのだが。


 ちなみに、このダンジョン地下2階のコースを1時間で1周するというのは、到底無理なレベルである。

 そもそも部屋から部屋までの通路の距離がそれなりにあり、そこに角ウサギとの戦闘を行うというタイムロスが発生するのだ。

 身体強化をフルに使い、角ウサギを出会い頭に一撃必殺で葬り去って、最初から最後まで全力疾走でダンジョンを進行すれば、ワンチャンいけるか? というレベルである。ポーションの疲労回復に頼れば、まあいけるか、と言ったくらいか。

 それはつまり逆に言えば、最初の部屋からボス部屋までを普通に攻略して1周したら、最初の部屋の角ウサギはまず確実にリポップしている、という意味でもある。

 おっと、これはダンジョン周回アタックが現実的になったじゃないか。

 いいね。ワクワクが止まらないぜ。




「……っつっても、それはまあ、いつも通りに角ウサギがいるよ、って前提だけどな」




 曲がった巨大バールを踏み越えて、セーフエリアまで続く上り階段があるT字路まで戻ってきた秋水は、祈るような気持ちで最初の部屋へと続くいつもの道へと目を向けた。

 そうである。

 ダンジョンの周回アタックが成り立つ前提条件は、角ウサギがいる、ということだ。

 ボスウサギを倒してから、まだ秋水は角ウサギに遭遇していない。

 今までの、周回アタックいけるじゃーん、と言うのは、あくまでも角ウサギが今まで通りに部屋に居てくれて、今まで通りにリポップしてくれる、という前提での話である。正に絵に描いた餅、もしくは捕らぬ狸の皮算用というヤツだ。

 ふぅ、と秋水は一息つき、手に持っていた巨大バールを壁に立て掛ける。

 そして、カンッ、カンッ、と柏手叩くように2度手を打ち鳴らし、それから手を合わせて最初の部屋に向けてお辞儀をした。


「どうかいつものバニーちゃんがいてくれますように……」


 完全に神頼みである。

 どちらにせよ、これは行って確かめるしかない。

 これでボスウサギと同じく、角ウサギの姿が何処にもなければ絶望以外のなにものでもないのだが、それはない、と願いたい。

 いや、祈りたい。

 マジで頼む。

 居てくれ。

 ボスウサギには気持ち良く勝てず、体脂肪は激減し、休日なのにクラスメイトに絡まれ、叔母が警察案件レベルの失態をやらかしたと焦り、帰ってくればボスウサギは影も形もない。

 これで角ウサギまでいなくなってたら、流石にちょっと泣いてしまう自信があるぞ。

 ああ、いいや、流石に今日の祈織のような泣き方はしないけど。


「頼むぜえ、頼むよぉ……よしっ」


 お祈り終了。

 ここからは当たって砕けろだ。砕けちゃ駄目だが。

 ともかく、角ウサギの生存確認だ。殺しに行くために生存確認とはこれ如何に。


「せっかくの新装備だ。派手に行かせてもらうとしたいぜ」


 確かめるように手を、ライディンググローブを秋水は何度か握りしめる。

 まだ手に馴染んでいるとは言い辛い、新品のライディンググローブだ。

 手を叩いたときに硬い音が鳴り響いたのは、手の平に幾つかあるプロテクターがぶつかった音である。

 深呼吸をして、立て掛けていた巨大バールを握る。


 黒一色のジェットヘルメット。

 安物のヘルメットとは違って被った時点でのフィット感が段違いだ。


 カーキグリーンのライディングジャケット。

 こちら自体にはプロテクターは内蔵していないが、生地が頑丈なのがウリだとか何とか。


 異彩を放つ真っ青なライディングパンツ。

 こちらもプロテクターを内蔵していないタイプで、色に関しては秋水に合うサイズがこれしかなかったためである。


 ジャケットとパンツの中には、インナーアーマー。

 全身のプロテクター関連を集約したインナースーツで、お値段は本日の買い物で一番の高級品だ。


 迷彩色のライディングブーツ。

 ゴツゴツしたプロテクターがついているが、なんちゃってライディングシューズの安全靴よりもフィットしていて動きやすい。


 防具一揃え、全てがバイク用品である。何ならこのままバイクにだって乗れるだろう。バイクも免許も持っていないが。

 全体的に、以前よりも断然動きやすくなっている。

 ガチのバイク用品だから、姿勢を安定させるためにむしろ動きにくくなるんじゃないかなという心配なんてなんのその、『働く男』 で買ったなんちゃってライディング装備よりも身体がスムーズに動かせる。

 まあ、安物のなんちゃってライディング装備とガチのライディング装備を比べちゃ駄目かもしれないし、そもそもジャケットやパンツに直接プロテクターを仕込んでいたものと、インナーアーマーと機能を分割させた装備を比べるのも間違いかもしれない。

 どちらにせよ、今回の防具、動きやすさに関しては大正解だったようだ。

 問題は防御力なのだが、こればかりは、いざ、という状態にならないと何とも評価しようがない。

 たぶん大丈夫そうな気がするけどな、と秋水は手に持った巨大バールを軽く構えながら最初の部屋に向かって歩き始める。

 防具は新調。

 そして、武器は追加あり。

 せっかくヴァージョンアップしたのだ、角ウサギ、いてくれよ。

 そう思いながら秋水は足を進める。


「さーて……」


 しばらく足を進めれば、最初の部屋だ。

 いつもならば、ここには角ウサギが1体、待ち構えている、はず。

 頼むぜ。

 頼むよ。

 祈りつつ、秋水は唇を舐めてから背負っていたリュックサックを下ろし、ヘルメットのバイザーを下ろす。


「おっと、クリア」


 下ろしてから気がついた。

 視界が随分とクリアである。

 今まで使っていたホームセンターのヘルメットのバイザーは、目の前にバイザーがあるな、という視界であったのだが、今回のヘルメットは視界に違和感があまりない。バイザーの反射率というのだろうか、透明感というのだろうか、変な写り込みみたいな視界の歪みがないのだ。


「へぇ、こりゃ便利」


 今更ながらに気がついたことに驚きつつ、秋水は再び気を引き締める。

 はてさて、運命の分かれ道。

 ここから部屋に跳び込んで、鬼が出るやら蛇が出るのやら。いいや出て来い角ウサギ。

 出て来てくれよ。

 マジで。


「……行きますか! ゴーゴーッ!」


 部屋の中をチラ見することなく、秋水は勢い良く部屋の中に跳び込んだ。

 1歩足を踏み入れて、身体強化を一気に掛ける。

 奇妙な力の流れに乗せて、その力を行き渡らせて、身体強化をかけた途端に周りの時間がゆっくりに感じる。

 そういや、身体強化の強化倍率が跳ね上がってたんだったな。

 めちゃくちゃ重要なことを忘れていた。

 岩肌の地面を蹴る。

 強化倍率50%。

 流れる景色は0,75倍といったところか。動画のスロー再生かなにかか。

 右手に持った巨大バールを振り翳す。

 新しい武器はあれど、まず試すのはバールと決めていた。

 身体強化の強化倍率が跳ね上がっているせいか、多少は重さに振り回されるような感覚こそあったものの、片手でも違和感なく振れた。

 これは、巨大バールの2刀流が出来る日も近いかもしれない。

 2歩目を蹴った。

 バールの握りは、平側。

 振り翳したのはL字の先端。

 筋肉の動きを意識する。

 いや、次に動かす筋肉を意識する。

 3歩目は蹴らず、踏み止まるように、いや、踏み込むように。




「いらっしゃああああああああああああああああああいっ!!!」




 巨大バールを、全力で振り下ろす。


 次を考えない、全力全開。


 タイミングはばっちりだ。


 なんのタイミングかなど、聞くまでもないだろう。




 角突きタックルで突っ込んでくる、角ウサギへのカウンターだ。




 振り下ろした巨大バールのL字の先端が、角ウサギの頭に突き刺さった。

 鈍く重い音と共に、金属のそれが白い毛並みを掻き分け抉り、その奥へと捻り混まれる。

 秋水の手には角突きタックルで突っ込んできた運動エネルギーがそのまま伝わってくるが、そんなものは慣れたもの、いや、慣れた感覚よりも軽いもの。

 身体強化の強化倍率が倍近く跳ね上がり、素の筋力も何故か向上した。

 力比べで、今更ただの角ウサギに後れを取るはずもない。

 奥歯を噛み締め、そして口元にははっきりとした獰猛なる笑みを浮かべ、秋水は巨大バールを押し込もうと伝わってくる力を握力だけで文字通りに握り潰し、突き刺した巨大バールをそのまま一気に振り切った。


 毛皮が、裂ける。


 顔面が、吹き飛ぶ。




 角ウサギの頭部が、巨大バールによって粉砕された。




 あまりにも力任せなその一撃に、頭を砕かれた角ウサギが角突きタックル以上の速度で地面に叩きつけられる。

 バウンドした。

 潰されたところから光の粒子を噴出しながら、角ウサギが吹っ飛んでいく。

 甲高い音を響かせ、巨大バールも勢い余って地面を抉るように叩きつける。

 一撃だ。

 一撃必殺とは、正にこれ。

 即座に巨大バールから手を離し、秋水はすぐにジェットヘルメットのバイザーを上げた。


「はーっはっはっ!!」


 後ろへとバウンドしながら転がっていった角ウサギには目をやることもなく、バイザーを跳ね上げたと同時に秋水は思わず笑い声を盛大に上げた。

 いや。

 いいや。

 これでも我慢したのだ。

 部屋に足を踏み入れたその一瞬で、笑いが込み上げてきていたのを、今の今まで我慢しただけ褒めて欲しいくらいである。


「やったぜオイ!! あーはっはっはっはっはっ!!」


 もはや笑いが止まらない。

 身体強化をするより先に、秋水に湧き上がっていた感情が次から次へと湧き出してきて止まってくれない。

 だってだ。

 だって、角ウサギがいたのだ。

 いつもと変わらず、部屋に足を踏み入れた途端に、角突きタックルで大歓迎をしてくれる、白くてもふもふした殺意高めなバニーちゃんがお出迎えをしてくれたのだ。

 笑わずにはいられない。

 安心せずにはいられない。

 ボスウサギがいなかったことには心底ガッカリしたものだが、角ウサギはまだいてくれた。

 ならば、問題ない。

 ボスウサギは残念だったが、それは仕方がない。

 だが角ウサギはまだ残ってくれている。

 今のままでは相手にとって不足しかない角ウサギだが、それでも秋水にとっては十分だ。

 これは朗報。

 正に朗報。




「ダンジョン周回アタック、解禁だ!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 いやサイコ((((;゚Д゚)))))))


 バールで頭を消し飛ばせるなら、刃物なんていらないんじゃないか疑惑。もしくはバールが保つのか疑惑。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る