74『叔母がやらかしやがったことが発覚した中学生の心境』
結局、炭酸ジュースもホットココアも飲み干した2人が、揃ってスマホにたぷたぷと死んだ顔でなにかを入力していた。
いや、成分表示を見ながら入力しているので、何の記録を取っているのかは一目瞭然ではあるのだが、そこには触れない方が良いと秋水の直感は告げていた。
「そう言えば棟区くんって、なんでこの店いるの?」
先に入力を終えた紗綾音がぱっと顔を上げ、今更ながらの質問をしてきた。
現在いるのはバイクの用品店。確かに、原付免許すら所持していない中学生が来るような場所ではない。それは同じく、紗綾音や沙夜に対しても言えることではあるのだが。
ただ、問われて当然と言えば当然のその問いに、秋水は言葉に詰まってしまった。
化け物と殺し合いするときの防具を見繕いに来たんですよ。
そんな本音を漏らしてしまえば、こいつ頭おかしいよ案件になってしまうのは想像に難くない。
「……ジャケットとかを見に来たんですよ」
数瞬程考え、どうにか絞り出した答えはこんなのであった。
嘘は言っていない。
ライディングジャケットを見に来たのは本当のことである。
それがちょっと、硬い板を収納出来て、生地が頑丈で、角の生えた大きなウサギとドツキ合いしたときに役立つジャケットと言うだけのことだ。
後はパンツと靴とヘルメットと手袋と、お役立ちアクセサリー的な商品もちょっと見に来ただけである。
広義の意味では、ファッションチェックに違いない。
「そーなんだ。棟区くんこういう店で服買うんだね」
「はい。機能美に溢れていますよ」
知らんけど。
意外そうな顔をしている紗綾音に、秋水はしれっと適当な言い訳を返す。
残念ながら、この店は初めてだ。そしてバイク用品店の衣類コーナーにあるのが機能美に溢れているかどうかは全く知らない。と言うか、普段使い出来る服があるかどうかも知らない。
「あー、でも確かにこのお店、結構色んな服あったなぁ」
「おや、渡巻さんはこの店に詳しいのですか?」
「うんにゃ、全然よく知らないよ?」
まるでこのバイク用品店にある商品を把握しているかのような紗綾音の口ぶりではあったが、紗綾音的にはそうでもないらしい。
はて、2階の休憩スペースにも迷いなく連れて来られたので、この店には何度か通っているのだと思っていたのだが。
「お姉ちゃんがよく使うんだ、ここ。私は何回か拉致られて来ただけで、バイクファッションは全然だよ」
と、続いて紗綾音は聞いてもいないがゲロってくれた。
紗綾音の姉、と言うと、男子生徒にはあんまり期待させないように気をつけろ、と紗綾音を教育していると噂の姉のことか。後はインパクトレンチをDIYで欲しがるレベルの人。なるほど、紗綾音の姉はバイクに乗るのか。
へぇ、と秋水は適当な返事をしつつ、なら何で紗綾音はこの店に来たのだろう、と考えるも、姉からのおつかいか何かだろう、と当たりを付けておく。
「ねえ棟区」
と、今度は沙夜が呼びかけてきた。
顔を向けてみるが、沙夜はまだスマホを触っている。
「脂質が9、で、糖質とタンパク質がいくつだっけ?」
「1gで4キロカロリーですね」
話題が元に戻ってしまっている。
いや、勉強熱心なのは素晴らしいことだ。
ふんふんと軽く頷きながら、沙夜は凄い勢いでスマホをたぷたぷと叩いて入力していく。秋水ではとても敵わぬフリップ速度である。
紗綾音とは比べものにならない程にダイエットに対して関心が高く、もはや執念を感じるレベルの彼女には、この手の話題はこれから避けた方が良い気がする。これから先、会話することがあるかどうかは分からないが。
「サヨチ、がっつき過ぎー」
「しょ、しょうがないでしょ! 全然知らなかったんだから!」
「サヨチのダイエットって運動オンリーだもんね。駄目だよ-、ダイエットは食事もセットで考えなきゃー」
「うっさいな! ぽよねに言われたくない!」
「誰がもっちもちのぽよねちゃんじゃい! 適正体重だよ!」
「二の腕揉んだろか!」
「やめてくださいゴメンなさい」
わちゃわちゃと言い合っているクラスメイトを尻目に、秋水はスマホを取り出して時間を確認した。
ここの正規の開店時間を過ぎている。
思っていたよりも話し込んでしまったようである。秋水としては早く切り上げたかったのだが、結局はこんな時間だ。
まあ、良く分からないカロリー講義をさせられたおかげで、何となく秋水の方も冷静になって増量に向けての道筋が見えた。道筋も何も、食え、の一言であるのは変わりがないのだが、体脂肪ががくんと落ちてしまったというショックからはどうにか立ち直れた感じである。
秋水としては、体脂肪が激減してしまったのは、冗談抜きで絶望に打ち拉がれるレベルの状況だったのだ。
メンタルが安定したことを考えれば、話し込んでしまった時間も有意義なものだったと言えるだろう。
チワワはどうでも良いが、話題をしつこく振ってくれた沙夜には感謝である。
「まあ、ダイエットに関しては私の得意分野というわけではありませんが、他に相談事がありましたらいつでもいらして下さい」
「え? あ、う、うん、ぁ、いや、はい!」
そろそろ立ち去るか、と秋水は立ち上がりながら沙夜に話しかければ、沙夜の方はびくりと肩を跳ねさせての返事であった。カロリーについて食い付いてきたときから、反応がすっかり元に戻ってしまった。
私は? とか言っているチワワの頭をぐりぐり撫でてから、秋水はリュックサックを取って背負う。
「あ、私達も早く律歌先輩の買い物終わらせないと」
「おおっと、カホちゃん達との待ち合わせ!」
行こうとしている秋水を見て時間を思い出したのか、2人も焦ったように椅子から立ち上がった。
友達と待ち合わせをしていたのか。休日にはあまりクラスメイトと顔を合わせたくない秋水からすれば、よくやるなあ、という感じである。
ばたばたと準備をする2人に苦笑してから、秋水はそれでは先に、と片手を上げる。
「では竜泉寺さん、渡巻さん、よい休日を」
「あ、うん、ありがとう棟区。また明日」
「それじゃーねー棟区くん。明日はみんなで一緒にお昼食べようね!」
「いやです」
2人が何を買ったのかは知らないが、紗綾音がスマホの画面を店員へ見せると、何やら小さい袋を何種類か持って来て会計を通していたので、細かなパーツ系統か何かだろう。
何これ、みたいな沙夜の顔に、わかんない、と同じく表情で返している紗綾音を見るに、一般的なものではない様子であった。
待ち合わせの時間が近いのか、商品を受け取ったらすぐに退店した2人を確認して、秋水は改めてヘルメットのコーナーへと近寄った。
「やれやれ……」
軽い溜息をつきながら、特売コーナーで目を付けていた黒くシンプルなデザインのジェットヘルメットを手に取って、秋水はそれを試着する。
ちょっとキツめだ。もう1サイズ上が良いだろうか。
被ったヘルメットをすぐに脱ぎ、脱いでから、ヤベぇ、とちらりと近くの店員へと視線を向ける。
そうだった。ヘルメットは試着して良いかどうか迷っていたのだった。
クラスメイトの女子2人から解放された安心感ですっかり気が抜けていて、何も考えることなく試着してしまった。
マズいだろうか、と店員を確認してみたのだが、店員の方は全く気にしている素振りがない。と言うか無視されている。
試着はセーフ、と考えて良いのだろうか。
もしくは、関わり合いたくねぇ、と思われているのだろうか。
いや前者だ。
たぶん前者だ。
鏡もあるんだからきっと試着しても良いんだ、たぶん。
そう自分に言い聞かせながら、秋水は恐る恐る1つ上のサイズのヘルメットも試着してみた。
良い感じである。ぴったりだ。
装着しただけで、ホームセンターの安物とはまるで違うと分かるフィット感に、すげぇ、と思わず感想が漏れてしまった。
「買いだな」
これは期待出来るんじゃないか?
秋水は早速カゴを持ってきて、ヘルメットの購入を決定した。
続いてジャケットやらのコーナーに向かう。
なるほど、これは確かに紗綾音の言う通りに種類がある。と言うかあり過ぎる。今は冬だからジャケットが嵩張ってそう見えるのか、大量なる取り揃えだ。
そのジャケットのコーナーをざっと見て、ここでも秋水はうーんと悩んでしまう。
ヘルメットと同じく、さっぱり善し悪しが分からない。
素材が違うと言われても、正直革製品かそうでないかくらいしか素人には判別出来ず、プロテクターの種類も良く分からない。
とりあえずは頑丈そうなプロテクターが入っている、比較的安めのジャケットを選んではみた。
しかし、近くに別売りのプロテクターを見つけてしまい、プロテクターなしのを買った方が良いんじゃないか問題が浮上する。
さらには、インナープロテクター、とか言うジャケットではなくインナースーツとしてのプロテクターも見つけてしまった。
なるほど、ジャケットにプロテクターを仕込む、というイメージしかなかったが、プロテクターは別で装着するという手もあったか。
急に選択肢が増えてしまった。
「インナープロテクターの方が動きの邪魔には成りにくい、か。うーん……」
考えてみればプロテクターはジャケットと独立していた方が、確かに良い気がする。
ジャケットとプロテクターが一体型になっている方が確かに脱ぎ着がし易いだろうが、ダンジョンアタックでその手間を惜しむ価値があるかと言われると、それはないだろう。
「よし、インナータイプだ。ズボンの方もそれにするか」
続いて手袋は、シンプルなもので良いだろう。
ゴツいプロテクターがついた、デザイン性皆無の黒一色のライディンググローブだ。
これについては迷うことなく早々にカゴに突っ込む。
「それから、うーんと……」
ざっと見て回り、必要そうな装備品を次々にカゴに入れ、最終的にパンパンになったカゴを2つレジまで持っていく。
会計金額は、まあ、凄いことになった。
バイク用品店での買い物は予想以上に大荷物となってしまった。
なにせ全身の防具を買い換えだ。
その大荷物を一度家まで、と言うかセーフエリアまで運び入れ、開封作業に移ることなく秋水は再び出掛けた。
続いては秋水がいつもお世話になっている 『働く男』 の店、の前に腹拵え。
「やっぱ、食べ放題って凄ぇコスパ良いな」
そう呟いたのは、しゃぶしゃぶの店で、であった。
秋水は食道楽的な趣味はなく、栄養素がちゃんとしているのが第一優先、みたいな枯れている中学生ではあるが、決して食が細いわけではない。
むしろ、その筋骨隆々で大柄な体格に似合い、健啖家な方である。
食事でのカロリーアップを決意した手前、とにかく食べる量を確保しようとなると、気になるのはそのお値段だ。バイク用品店で流石に使いすぎた。
食べる量を増やし、それでも栄養は極端に偏らないようにし、かつお手頃価格で。
結果として選んだのは、食べ放題店であった。
しゃぶしゃぶなのは、肉優先だからである。それに寒い時期は美味しいし。
日曜日なだけあって混んではいたが、比較的スムーズに入ることが出来た。
肉、肉、野菜、炭水化物。
食べ放題の利点を生かしてもりもり食べ、フードファイターのヤクザがいる、とひそひそ話が聞こえるくらいに退店した。
ちょっと食べ過ぎた。
「うー、飲み物は……オレンジジュースで良いか」
カロリーアップを図る以上、飲み物にも拘るべきだろう。
とりあえずはポーションではなく、普通のオレンジジュースを買って、それを飲みながら一息つく。
ポーションは常時がぶがぶと飲むものではない。あれは疲れたときや怪我を負ったときに使用するものだ。脂肪が消し飛んだ原因がポーションであると発覚してから、秋水はそう誓っていた。
「さてと」
一休みしてから、秋水はようやく 『働く男』 へ向かうのだった。
ただ、バイク用品店で色々買ったせいで、めぼしい物は特になかった。
とりあえず必要そうなものだけを数点だけお買い上げ。
そして次の目的地は、質屋である。
質屋 『栗形』。リサイクルショップではない、らしい。
「おお、綺麗になってる」
自転車を駐めて質屋を見れば、ピカピカに磨かれた窓ガラスだ。
昨日、祈織が一生懸命になって磨き上げていたガラスである。
頑張ったんだなぁ、と感心しながら窓ガラスから店の中を覗いてみれば、今日は暇なのか祈織がカウンターのところに、ぼへ、とした表情で座っていた。
あれ、なんか、魂抜けてる感じの顔である。
何か疲れているのか、単純に休憩中で気が抜けているのか。
ぱっと見で小学生くらいにしか見えない祈織が、そんな人生に疲れ切ったサラリーマンみたいな顔をしていると、あまりにも世知辛い風に見えてしまう。
何かあったのだろうか。
微妙に嫌な予感を覚えつつ、秋水は質屋のドアを開けた。
ちりん、と鐘の音。
その音に、びくり、と祈織の肩が、いや肩どころか祈織の体全体が跳ね上がった。ついでに、ぴぃっ、とか鳴いていた。
「お、おおお、お帰りなさいませぇ!!?」
いつからこの店は特定の客層を狙い撃ちにした喫茶店になってしまったのだろうか。
目を白黒させながら錯乱したようなことを口走っている祈織に、どうしたんだろう、と秋水は若干胡乱な目を向けながらも、とりあえずぺこりと頭を下げた。
どこか怯えたような目を入口に向けた祈織であったが、来店した秋水の姿を確認した瞬間、ほっ、と安心したように溜息を1つ。
見られた瞬間に怯えたような目を向けられることは多々あれど、自分の姿を見て安心されるという経験がほとんどない秋水からすれば珍しい光景である。
本当にどうしたんだろう、と改めて思ったのも束の間、秋水の姿を確認した祈織の表情が唐突に崩れた。
「う、う、うわあああんっ! 秋水くーん!!」
「え?」
急にカウンターの椅子から立ち上がった祈織は、何故か泣きながら秋水の方に駆け寄ってきた。
成人女性のガチ泣きである。
見た目小学生くらいの女性が泣きながらぱたぱたと駆け寄ってくるのは、正直なところ違和感が全然ないものの、本当に泣き出した祈織に思わず秋水は固まってしまう。
え、なに、どうした。
急なことに混乱している秋水まで駆け寄ってきた祈織が、ぽすり、と秋水の腹へとタックルを仕掛けてくる。頭が鳩尾に当たって地味に痛い。
「秋水くんごめんー! ごめんなさいー!!」
そのまま秋水へと抱きついてきた祈織が泣きながら謝ってくる。
ガチ泣きだ。
いやちょっと待ってくれ、ここ、店の入口。
何故か急に泣きついてきた祈織に、秋水の背中から変な汗がぶわりと湧いてくる。
入口のドアは閉まっているが、ここのドアはガラス戸なのだ。つまり外から丸見えである。
「うああああんっ!」
「ちょ、お、落ち着いて下さい。まずは落ち着いて」
「忠告破ってごめんなさいーっ!!」
「栗形さん!?」
見た目通りに泣いている子供になってしまった祈織を落ち着かせようとするも、困った、どうしたら良いかが分からない。
背丈がそうだとは言えども、祈織は成人女性である。そんな相手を慰めたことなど秋水にはなく、ぴぃぴぃと泣いている祈織を前にしてオロオロと狼狽えることしか出来ない。
どうしたものかどうしたものか。
混乱しながらも、とりあえず胸へと顔を埋めてくる祈織の頭をなるべく優しく撫でてみて、軽く背中をトントンと叩いてみる。
やべぇ、これ、子供のあやし方。
咄嗟に出た慰め方がコレである。
「おおお、落ち着いて。まずはとにかく落ち着いて落ち着いて」
「ぐすっ、ぐす……ひっく」
本当に泣いてやがる。
一体全体どうしたと言うのか。
子供相手のあやし方になってしまってはいるが、それ以外に方法の思いつかない秋水は混乱しながらも頭を撫で、背中をトントンしていく。
丸見えの店の入口で何をやっているのか。
「秋水くん、ぐすっ、忠告、忠告してくれてたのにぃ……」
「えっと、どうされたのですか? 何かありましたか?」
「し、鎬さんにぃ」
あの女なにしやがった。
急に出てきた鎬の名前に、再び秋水の背中から変な汗が滲み出てきた。
と言うか、あれ、嫌な予感。
「鎬さんに、お酒飲ませちゃったぁ……」
「……………………おぅふ」
瞬間、背中以外からも、ぶわりと変な汗が噴き出した。
あ、終わった。
「朝起きたらぁ、鎬さんが裸で隣に寝てたぁ」
「ウチの身内が大変申し訳ございませんでしたああっ!!」
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しっかり心の傷になりました(;´・ω・`)
次回はちょっとアレな感じの話題になります(;´・ω・)
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