71『どストレートな暴言』

「う゛あ゛あ゛あ゛ー、せ゛ん゛せ゛い゛、お゛つ゛か゛れ゛ー」


 声帯どないなってんねん。

 そんなツッコミが口から脱走しかけるくらいの声色で別れを告げる美寧をジムから見送ったのが、90分程でマシントレーニングを全種目完走した後のことである。

 最後にロータリートルソーで腹斜筋を、アブドミナルクランチで腹直筋を仕上げたのが響いたのだろうか。

 それとも、1セットか2セットしかやらないしな、と思ってちょっと重量設定でギリギリを狙ったせいだろうか。

 若干ぷるぷるした足で帰路につく美寧を見て、秋水はレッグエクステンションとレッグカールは2セットにしなくても良かったかな、と今更ながらに後悔した。

 あれは、絶対筋肉痛になるな。

 筋肥大の観点からすれば、筋肉痛は実は悪害でしかないので、これは悪いことをしてしまったかもしれない。

 とりあえず、心の中で美寧に対して手を合わせておく。


 そして5秒後には早々に気持ちを切り替えた秋水は、ベンチプレスを再開した。


 美寧にマシントレーニングを順番に説明している最中には、たまにはマシンオンリーで部分毎に筋肉を徹底トレーニングするのも良いなぁ、とか思っていたのだが、今日の目的としてはマシントレーニングは適していないので、泣く泣くフリーウエイトである。

 いや、マシントレーニングが今日の目的に適していない、と言うのは誇張されているか。

 一部のマシントレーニングに関して、このジムに設置してあるマシンの上限重量では、現在の秋水では物足りないトレーニングが幾つかあるのだ。

 前々からなのだが、アダクターとアブダクターのMAX重量が60㎏なのはちょっとなぁ、とか思っていたし、レッグプレスもせめてあと30㎏上限を増やしたのがあると嬉しいなぁ、とか思っている、秋水はそんな化け物染みたレベルであった。

 この中学生、実は脚トレの方が得意である。

 まあ、今日の目的は筋力チェックなのだ。

 マシントレーニング巡りはまた今度にしよう。

 そう考えつつ、秋水は黙々と筋トレを続けていった。




 結果としては、昨日よりも明らかに上がっている、と考えても良さそうだった。




 前回までは身体強化ありきで行っていた重量を、今日は身体強化なしでも何とか行うことが出来る。

 ベンチプレスだけではない。

 スクワットもそうだったし、デッドリフトでもそうだった。筋トレビッグ3で同じような結果であるならば、間違いはないだろう。

 流石に回数は全然違い、身体強化ありきで行ったものとはトレーニングヴォリュームが半分以下になってしまっているのだが、それでも昨日までとは素の筋力が段違いになっていた。


 更に恐ろしいのは、そこから身体強化での上乗せである。


 計算上では、およそ50%。


 さて、何が起きた。

 昨日の時点では25%程であったはずである。

 その身体強化の出力が、いきなり倍増している。

 ジムにあるバーベルの最大重量は260㎏である。20㎏の重りが片側に6枚までしか装着出来ないのだ。

 その260㎏で、普通にベンチプレスを行うことが出来た。

 とりあえず、トレーニングヴォリュームで計算すれば、身体強化の出力はおよそ50%程、となる。

 扱う重量が軽いサイドレイズでも試してみたので、50%の身体強化で間違いはなさそうである。

 いや、いきなり出力向上すぎだろ。ビビる。

 出力が突然向上した身体強化を行った感覚としては、なんと言うべきなのだろうか。元より身体強化は 『妙な力』 を使った 『妙な感覚』 と言う表現しづらい能力であるので、唐突に出力向上した感覚というのもまた表現しづらい。

 体の中にある 『妙な力』 が活発になっていると言うか、増えていると言うか、冴え渡っていると言うか。

 『妙な力』 が昨日より体に良く馴染んでいる、ような気がしなくもない、気がする。


 そう言えば、ボスウサギと戦っている最中、不思議な感覚はあった。


 自分自身でも意味が分からない程、自然な足運び。

 良い感じに体の力が抜けているからなのか、死にそうになって火事場の馬鹿力が出てきたのか、良く分からない不思議な感覚だった。

 奇妙な力の流れに動きを合わせていく感覚。その力の流れに逆らわず、されど力の流れをコントロールするように、そんな感覚を持ってボスウサギと戦った。

 そうだった。

 あの時、身体強化の強化倍率でも上がったのか、と思ったのだ。

 場合が場合だったので検証している暇はなかったのだが。

 あれが原因なのだろうか。

 なるほど、良く分からない。

 良く分からないが、身体強化の強化倍率が爆上がりした。


 素の筋力が跳ね上がり、身体強化の出力が向上。


 ここまでは良い話である。

 悪い話もある。

 今度は逆に身体強化の方から言えば、『妙な力』 が更に体に馴染んだような感じがしなくもないのだから、これは身体強化の出力調整が出来るのではないかと思い至った。

 結果は駄目だった。

 そこは変わらず、ONかOFFしかできないのである。

 50%上乗せするか、しないか、この2択だ。

 残念。


 そして、素の筋肉の方にも悪い話はある。

 身体強化の強化倍率を調べるため、ポーションなしでベンチプレスを3セット行った後に気がついた。


「……パンプアップしてーら」


 である。

 パンプアップしていると思っていた筋肉は、そこから1段と膨れ上がっていたのだ。

 なんてこった。

 つまり、筋肉の凹凸がはっきりとして血管が浮かび上がって、そんなパンプアップしているかもしれない、と思ったセーフエリアで鏡に映った秋水の体は、パンプアップしていなかったのだ。

 単純に、筋肉が肥大していたのだ。


 そして、脂肪が減ったのだ。


 絶望である。

 増量か。

 増量しなくてはいけないのか。

 カロリーの摂取量を増やさねばいけない。

 ここは手っ取り早く、砂糖でも沢山買って大量に飲めば良いのだろうか。血糖値が心配になってしまう。

 カロリー効率を考えれば、脂質は1gで9キロカロリーなのだから、オリーブオイルでも一気飲みすれば良いのか。消化器がご臨終してしまう。

 いきなり苦手な増量期に投げ込まれた秋水は、現実逃避をするくらいには絶望していた。ダイエットを頑張っている人に刺されてしまうかもしれない。




 朝日が昇る頃には一通り検証し終え、秋水はセーフエリアに帰って、ふて寝した。











「そうだ、太って困っている人に聞けば良いのか」


 セーフエリアで寝て2時間後、もはや暴言のレベルである悪口を、さも名案が思いついたかのように口走りながら秋水はがばりと起き上がった。なお本人に悪気はない。

 脂肪が減って困っているのだから、逆に脂肪が増えて困っている人にアドバイスを貰えば良いじゃないか。

 秋水としては逆転の発想であった。


「……いや、相談出来る相手が居ねぇ」


 しかしながら、すぐに現実に気がついた。

 棟区 秋水、友達が居ないのである。

 それならばと秋水はスマホを取り出し、『簡単な太り方』 と検索を掛けてみた。

 そこに書かれている内容は全て知っている内容で、再び絶望した。

 本人は大真面目である。


「とりあえず、ダンジョン用の非常食はカロリー高めのものにするかぁ……」


 溜息を1つ吐いて気を取り直し、秋水はちらりと時間を確認する。

 昼食にはだいぶ早い。

 しかし、色々な店がそろそろ開店し始める時間である。

 そこでふと思い出す。


「ああ、そうだ、バイクショップ」


 ボスウサギにボロボロにされたライディングジャケットやらヘルメットやらを、バイクショップで見繕おうと思っていたのだ。

 『働く男』 で売っている、なんちゃってライディング装備、ではなく、真面目な方のライディング装備である。

 『働く男』 のが悪いと言っているわけではなく、そもそも普通のライディングジャケットなどと値段以外で何が違うのかが良く分かっておらず、それのチェックをしておきたいのだ。ヘルメットはホームセンターの安物とは強度が全然違うとか聞くし。


「開店時間は……えーっと、11時か」


 スマホで店を検索し、そこに書かれている開店時間は11時となっている。土日だからと言って早く開くわけではないようだ。

 時間的にはまだ早いのだが、早めに行っておくかと秋水は腰を上げる。

 ああ、そうだ。

 そう言えば、鎬のところ、ではなかった、祈織の質屋の方にも一度顔を出しておいた方が良いかもしれない。

 陳列棚の変更などは昨日の内にほとんど終わったのだが、壁紙の張り替えやらがまだ終わっていなかったハズである。残りの店内改装の内容的に男手が必要なのはあまりないと思うのだが、行くだけ行っておいた方が良いだろう。

 これが鎬だけならば、ああそう頑張ってね、で終わるのだが、見た目が小学生くらいである祈織が肉体的な重労働に励むとなると、流石に良心が痛むのだ。

 ふむ、と秋水は1度だけ鼻を鳴らす。

 バイクショップに行って、ついでに 『働く男』 に行って、祈織の質屋に顔を出し、それからダンジョン用の非常食を買い込むとしようか。

 何だかんだで忙しそうな日曜日になってしまった。











 そのバイクショップは、それなりの大きさの店舗を構えていた。

 そして、その大きな店舗に比例した大きな看板を掲げているので、バイクに対して興味のない秋水でも、バイクの店があるなぁ、くらいには認知をしていたのだ。

 逆に言えば、認知こそしていたものの、興味がなかったのでそのバイクショップに入店することはなかった。

 初めてその店の前に来てみれば、やはり店はそれなりに大きい。小さめのホームセンターくらいだろうか。バイク関連の商品にこれだけの売り場面積が必要なのか。

 まだ11時前だというのに、何故かそのバイクショップはすでにオープンしており、そして何故かすでに何組かの客が入っている。駐車場には車が7台、バイクが6台だ。店員のだろうか。それにしては多い。

 店にはもう入っても良いのだろうか。

 再びスマホで時間を確認してみるが、やはり時間は11時より前である。


「うーん……」


 店の前で少し悩んでいると、たまたま大通りを通りかかっていた年配のご婦人がぎょっとした表情で秋水を見てきた。

 ああ、マズい。店先にヤクザがいるとか思われている。

 被ってきた帽子を目深に直して、ここで迷っていても営業妨害になりそうだなと思い、そそくさとバイクショップの中へと足を踏み入れることとした。


 まあ、店に入ったら入ったで、店員のお兄さんがぎょっとした表情で秋水を見てきたのだが。


 それ自体はよくあることなので、申し訳ない、と心の中で謝りながら、秋水はぐるりと店内を見渡した。

 店の自動ドアを入ったすぐに、陳列されたヘルメット。

 ヘルメットは色や形が様々であり、その奥にもいくつものヘルメットが見えた。ホームセンターの一角に申し訳なさそうに置かれているものとは、もはや見るからにして質も違えば品数も違いすぎる。

 ヘルメットのコーナーの近くには、何やら便利グッズらしき品々。看板が出されていて、そこには 「ツーリングの必須アイテム!」 と書かれている。インカム、はトランシーバー的なものだっただろうか。

 その奥にも何か色々とありそうである。店が広いだけあって、品揃えが豊富、なのだろう。バイクに興味がないので秋水にはその辺りが判断出来ないが。


「へぇ……」


 バイクショップという未知の店内に、秋水は興味深そうに一言漏らすと、カウンターにいたお兄さんの方がビクリと跳ねた。難癖つけに来たわけじゃないから安心して欲しい。

 気を取り直し、まずは並べられているヘルメットをさらりと見ることにした。

 入口のすぐ近くに置かれているヘルメットは、秋水の想像していたよりもだいぶ安かった。中には平然と1万を割っているのもある。

 本格的なヘルメットなら10万とかするのかなぁ、と素人の発想でいたのだが、案外そうでもないかもしれない。

 とか思っていると、その割安ヘルメットの奥の陳列棚に並べられているヘルメットは、秋水が想像していた値段に近い金額の品々であった。

 ああ、なるほど、入口の近くにセール品を並べる販売手法。


「んー、防御力にそんな違いがでるのか……?」


 結構しっかりした値段設定のヘルメットを眺めながら、秋水はぽつりと漏らす。

 値段が10倍違うからと言って、防御力も10倍違うわけでもなかろう。デザインとか生産数とか、もしくはブランドによる値段差だろうか。あるいは入口近くの特売ヘルメットが出血大サービスの可能性もある。

 秋水は適当なヘルメットを手に取って確かめてみるが、それぞれのヘルメットの違いが良く分からない。材質とかも違ったりするのだろうか。

 まあ、お金が無限にあるわけでもないので、とりあえずは特売ヘルメットの方で良いか。

 お値段高めのヘルメットにさくっと見切りをつけ、秋水は手に取ったヘルメットをすぐに棚へと戻す。

 色は、シンプルに黒いので良いだろう。色々とデカールの張られた派手なのは好みではない。タイプは変わらずジェットヘルメットだ。

 あとは大きさ。ホームセンターのようにフリーサイズ、と言うのではなく、服のようにSサイズとかMサイズという分け方をされているのを見るに、それぞれ大きさが違うのであろう。

 試着は、して良いのだろうか。

 バイクショップの勝手が分からないので、秋水は周りに注意書き的な物がないかちらりと視線を走らせてみるが、特に見当たらない。目の合った店員には、さっとその目を逸らされてしまった。申し訳ない、睨んだわけではないのだ。

 鏡があるところを見るに、たぶん、試着しても良い、ような気がする。

 少し秋水は迷ってから、被ってみるか、と帽子を脱いでみた。

 丸刈り。三白眼。ヤバい形相。無表情。

 ひっ、と小さい悲鳴が聞こえた気がする。

 あ、女性の店員もいたのか。

 帽子を取ったことによって露わになった秋水の顔つきに、近くに居た店員と客がドン引いたような気配を感じて、改めてヘルメットを試着することを秋水は躊躇してしまう。

 試着しちゃいけないのを試着したら、流石に注意くらいされるよな、と軽く思っていたのだが、これは注意したくても注意出来なさそうな雰囲気である。いや、大人なんだから子供相手に注意するくらいは頑張ってくれ。

 さて、どうしようか。

 脱いだ帽子を手にしながら、秋水はヘルメット達の前で暫し固まり。




「はーい、ここがバイク用品のお店でーす」




 と、新しい客が入って来た。

 若い女性の声である。

 そして、なんか、聞き覚えが、ある。


「いや、でーす、とか言われても、バイクとか興味ないから反応に困るんだけど……」


「うん。おつかいで来ただけで、私もぶっちゃけ興味ないんだよね……」


 その新しい客は2名で、何故か揃ってテンションが低そうであった。

 秋水が言えた義理でもないが、何故興味もない店にやって来たのか。どうにも不思議なのが来たなと、秋水はふと入口の方へと顔を向けた。

 見覚えがある顔であった。

 そして、秋水が顔を向けてしまったせいで、その女性陣も秋水の存在に気がついてしまい。


「うわ」


「お?」


 反応は両者正反対であった。

 新しく店内には行ってきた集団は、中学生が2名。

 聞き覚えがあるのも見覚えがあるのも、それはそうだろう、秋水のクラスメイトだからだ。

 秋水は休日にクラスメイトには会いたくないタイプである。そして、秋水は休日に会いたくないタイプのクラスメイトでもある。

 新しい来店客の片割れは、明らかに会いたくない相手とエンカウントした、みたいな表情をである。休日なのに申し訳ない。

 しかしながら、もう片方は秋水の顔を見てもけろっとしたもので。


「棟区くんじゃん、やっほ」


 と、暢気な挨拶をカマしてくれた。

 可愛い顔をして相変わらず太い神経をしてやがる。

 最近何やら秋水に対しての耐性を会得して、何故か知らないが絡んでくるようになった小型犬みたいなその同級生を確認した秋水は、ここは無難に挨拶だけして店を去り、しばらくしてから戻ってこよう、と即座に行動プランを組み立てる。

 何故彼女らがバイクショップに来たのかは知らないが、流石に休日まで秋水の顔は見たくもないだろうし、秋水とて流石に息が詰まる。

 そして、このチワワに休日にまで絡まれるのは、ちょっと。


「え、なに棟区くん、バイク乗るの? 原付? 棟区くんだとちっちゃいバイクは似合わなさそうだよね」


 失礼&無礼が二足歩行で早速絡みに来た。

 と言うか、お前と同年代だから免許ないに決まってるだろ。頭の中身が高野豆腐なのか貴様。そして後ろのお友達を見るんだ。早速店から出ようとしているじゃないか。

 あまりエンカウントしたくなかった相手とのまさかの遭遇に、秋水の中の黒い部分が軽く毒を吐いていた。

 こっちはまだ挨拶も返してないのに、と秋水は早くもげんなりとして、ふと気がついた。


 あ、相談相手。




「おはようございます、冬休みの間で体重が激増した渡巻さん」




「激増はしてないよ! ぽよねちゃんネタそろそろ止めてくんないかな!? 出会い頭で言葉の暴力良くないよ!? 棟区くんはDV糞屑駄目野郎なのかな!?」




「紗綾音、ドメスティックは関係ないから」




 入店してきたチワワ、渡巻 紗綾音に隠しきれない本心をぼろりと零した秋水に、そのチワワは相も変わらずきゃんきゃんと吠え散らかした。

 そしてその後ろでは唯一の安心材料、紗綾音の飼い主である竜泉寺 沙夜が白い目を向けているのであった。




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(日曜日なのに開店早々ヤクザみたいな客とウルサい客が来ちゃった……)


 バイオレンス糞屑駄目野郎、という点は否定していない安心材料ちゃん。

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