65『地下2階から上り階段で上がると?』
白い扉を開けた先には、地下3階へと続くであろう、下りの階段。
扉と下り階段との間には、短めの通路。
そして、その通路には、左へ向かう道があった。
「T字路か……」
ダンジョンに入って初の分かれ道に、秋水は渋い顔をした。
だってこれ、絶対面白そうだからだ。
下へと降りる階段の先も気になるが、横道だって気になるのだ。
どっちに進んでも、新しい何かが待ち構えてそうな雰囲気である。
めちゃくちゃ気になる。
とりあえずは、通路にある左への道の先が、別の階段なのか、はたまた平坦なのかが1番気になる。
直進先にある階段とは別ルートの地下3階へと進む道なのか、それとも地下2階に留まったままでネクストステージに突入するのか、その分岐点である。
いや気になる。
凄く気になる。
地下3階への突入ルートが2通りあったとしても面白そうだし、地下2階で新しい何かがあったとしても面白そうだ。
どちらに転んでも、絶対に面白そうだ。
だからこそ、秋水は渋い顔なのだ。
「……くっそぉ、今じゃなければ」
真面目に悔しそうな声を漏らす秋水の格好は、かなりボロボロだ。
ボスウサギに防具はズタボロにされ、巨大バールも片方破損中。
しかも今から帰り道が待っている。正確には、帰り道で再出現しているであろう角ウサギが待っている。
どう考えたって、進むべきではない。
どちらの道に進んだところで、角ウサギよりも強いモンスターが出てくる可能性があるのだ。
下手をしたら、ボスウサギよりも強いモンスターが出てくる可能性だってある。
つまり、それって最高なのではないだろうか。
ではなかった。
つまり、進むのは危険と言うことだ。
確かに秋水は殺し合いが好きである。
死ぬかもしれない、というヒリついた感覚は堪らない。相手の息の根をとめる瞬間も堪らない。殴った手応えも突き刺す手応えも好きである。
自分の一挙手一投足に、自分の命が天秤に乗せられている、そのスリルは最高に生を感じさせてくれる。
生きているのだと、自分は偶然の積み重ねで生かされているのだと、そう感じさせてくれるからこそ、殺し合いが好きである。
クソサイコパス野郎だと言うのは、秋水自身で自覚している。
だがしかし、秋水が好きなのは殺し合いだ。
死にたいわけでは、ない。
ない、はずだ。
死んだことがないので、実のところは分からないけれども。
死んだとしても、どうでも良いこと、なのだろうけれども。
「ぬー……今日のところはチラ見だけにしとくか……」
渋い顔のまま秋水は独り言ちる。
素直にこのまま引き返す、という選択肢はそもそもなかった。
悔いが残るのはただ一点。
面白そうな、と言うよりも、新しいモンスターがいたとしても、現状では挑めない、と言う点である。
まあ、今回はチラ見して、どうしても我慢出来なかったら装備を整えてからダッシュで引き返してくると言うのも手ではある。一応はライディングジャケットなどの予備は買ってあるのだ。
「あ、でもチェストプレートの予備はねぇや……」
家の方に置いてある装備のストックを思い出し、そこにベコられてしまった胸部用のチタンプレートの予備がないことを思い出し、がくりと肩を落とす。
チタンプレートは物が物だけに、値段もそれなりにするので予備を買っていなかった。失態である。
しかも、チタンプレートはネット通販で買ったものであり、実店舗で買った品ではない。
つまり、注文してから届くまでには時間が掛かる。
「いっそのこと、昼になったらガチな方のライディングジャケットでも買うか?」
ふむ、と秋水は考える。
今着ているライディングジャケットやらパンツやらは、『働く男』 で買ったなんちゃってライディング装備である。ガチでバイク乗り用に仕上げられてた装備ではない。最初の頃に値段的な理由で選んだ装備である。
新しいモンスターが出てくるかもしれないなら、ライディング装備もグレードアップしても良いかもしれない。
特にヘルメットだ。
今回のボスウサギとの戦いでは、ヘルメットにかなり助けられた、と言うのはボコボコになったヘルメットを見て感じたことである。
あのヘルメットはホームセンターで買った安物だ。
安物のヘルメットと、ちゃんとしたヘルメットでは、その耐久性には隔絶した差があるというのを秋水は知っている。
巨大バールやゴムネットと武器ばかりグレードアップしていたが、ヘルメットやらライディングジャケットやら、防具の方もグレードアップを図った方が良いだろう。
そして、そのタイミングは、今じゃなかろうか。
「むぅ……でも、防具は消耗品だしなぁ」
腕を組みながら、そして唸りながら考えつつ、秋水は足を踏み出した。
どちらにせよ、ダンジョンアタックの再挑戦はすぐに出来ない。
そこは確定しているのだから、分かれ道の先をチラ見するだけは早くしておこう。そういう判断である。
「ヘルメットはちょっと良い感じの、でもガチ物の中じゃ安物ってくらいのにランクアップするとして……ライディングジャケットの値段ちゃんと調べてランク分けしとくんだったなぁ……」
ぶつぶつと呟きながら、秋水は白い扉の先の通路を少し進み、そして分かれ道の所で足を止める。
T字路だ。
正確には丁字路だ。
真っ直ぐ進めば、下へと続く階段。
そして、左に進めば。
「ヘルメットと、ジャケットと、ズボンと、靴はどうする……なるほど、階段じゃない、と」
新装備をどうしようかというのを頭の片隅に止めつつ、左へ曲がる分かれ道の先を確認すると、秋水はすぐに興味の先を切り替えた。
分かれ道の片側は、真っ直ぐのびる通路であった。
地下3階へと続く道は、どうやら1本のようである。
この先になければ、ではあるが。
下り坂でも上り坂でもない通路は、比較的長く、ボス部屋2つ分くらいの距離がある。
向こう側には通路の切れ目が見えるので、何処かの部屋に繋がっているのは遠目にも確認出来る。扉で区切られてはいない様子だ。
「んー……」
ちらり、と秋水は階段の方を見る。
セーフエリアから降りてくる階段と同種のものだと考えれば、この階段の先は地下3階であり、恐らく扉が待ち構えている、のかもしれない。
一方で、分かれ道から伸びている通路の向こうには扉はない。
で、あるならば。
「扉ない方がチラ見しやすいよな」
秋水はさっさと判断を下し、階段ではなく通路の方へと足を進めた。
がらんがらんと巨大バールを引き摺って歩く。
通路の途中に何かが落ちていたり、何者かが襲い掛かってきたり、そんなことはない。
ただの通路だ。
今までのダンジョンと同じく、部屋と部屋をつなぐだけの道、といった感じである。
この通路もある意味セーフエリアなんだろうか。
ポーションは湧いてないし、ここで寝る気にはなれないが。
そんなことを考えながら歩けば、特に何事もなく通路の切れ目付近まで近づいた。
「……あれ?」
近づいて、通路の向こうに見える場所に、秋水は軽く疑問の声を上げた。
部屋ではない。
通路の向こうは、通路だ。
しかも、ただの曲がり道ではない。
再び、T字路だ。
通路の向こうは左右に分かれており、再び道の選択である。
ここから迷路が始まるのか。
秋水はマッピング作業をサボり気味にしていたことに軽く後悔しながら、T字路の曲がり角部で一度足を止めてから、まずは左側の道をちらりと覗き込む。
ここから部屋ではなく、通路での戦闘になる可能性があったからである。
通路に角ウサギが鎮座していたら、正直ちょっと困る。
そんなに狭いと言う程ではないのだが、それでもいつも戦っている部屋と比べれば狭い。
高さ、幅、3mと言ったところである。
この空間で角突きタックルで突っ込んでこられたら、回避がしづらいのは容易に想像できる。
しかも今はライディングジャケットは半壊で、ヘルメットは脱いでしまっているのだ。
「んー……いないな」
ちらりと顔を半分出し、左側へとのびる通路の向こう側には待ち構えられないないことを確認してから、秋水は振り返り右側の通路を確認する。
開いている、扉があった。
「は?」
扉の向こうは、上り階段だった。
「え?」
扉を確認し、階段を確認し、それぞれに対して秋水は間の抜けた声を漏らしてしまった。
なんで階段、どういう事だ?
しかも、なんで扉が開いているんだ?
秋水はぽかんと口を開け、数秒固まってしまう。
いや確かに、この通路の先には別の階段があるかも、という予想も一応はしていた。
だがそれは下り階段の話だ。
まさか上へ続く階段だとは想像もしていなかった。
このダンジョンの、上の階、か。
「……いや、嘘だろ」
思わず秋水は呟きを零してしまった。
下り階段の先は、地下3階だろう。
だって、ここは地下2階だからだ。
そうであるならば、上り階段の先は、地下1階であろう。
だって、ここは地下2階だからだ。
そもそも、秋水はダンジョンの地下1階から降りてきているのだ。
セーフエリアと言う、地下1階からだ。
庭の入口から梯子で下りて、セーフエリアを通って、階段を下り、地下2階にいる。
だから、この階段を上れば。
ぞわり、と嫌な感覚が背中を走る。
扉が、開いて、いる。
この階段の上は、地下1階だろう。
その階段と通路の間にある扉は、開いている。
誰が、開けた?
セーフエリアを降りた先には扉がある。
その扉を開けて進めば、角ウサギが待ち構えている。
それは、ダンジョンを発見してから何度も繰り返している道順だ。
そして、その道順は、1本道である。
ボス部屋の出口の扉まで、1本道なのである。
分かれ道は、なかった。
秋水が知るセーフエリアを降りた先の、その扉の向こうに、T字路は、ない。
なら、この上り階段は、何処に続くのか。
何処の、地下1階に続くのか。
そして扉は、何故すでに、開いているのか。
「……俺以外が、ダンジョンにいる?」
その考えに至った瞬間、秋水の背中に冷や汗がぶわりと湧いた。
そうか、それは全く想定していなかった。
ダンジョンの入口が鎬に認識出来ていなかったから、完全に油断していた。
そうかそうか、考えてみれば、なんで思いつかなかったのか。
なんで、ダンジョンへの入口が、1つだと思い込んでいたのだろうか。
秋水がセーフエリアと呼んでいる地下1階が他にもあるならば、その他の地下1階に入れる別の入口がある可能性だってあるのだ。
そして階段へと続く扉が開かれていると言うことは、誰かが扉を開いたという証拠である。
少なくとも、それは秋水ではない。
秋水のセーフエリアから降りた先に、T字路はない。
完全に油断していた。
ダンジョンアタックで浮かれていた。
「話し合い出来るか……いや、そもそも人間、だよな……?」
別の地下1階から、別の誰かがすでにダンジョンアタックをしている可能性。
それに思い至って、秋水は思いっきり狼狽えてしまっている。
この少年、基本的にコミュ力が低いのだ。
外で気を引き締めているのと違い、ダンジョン内では完全にはっちゃけてヒャッハー状態であったので、これはとんだ不意打ちである。
どうしよう、この時間にここにいる、とは限らないかもしれないが、秋水と同じく今このタイミングでダンジョンアタックをしているかもしれない以上、鉢合わせてしまう可能性はある。
マズい。
マズいが、同時にチャンスでもある。
もしもダンジョンアタックの同志であるならば、仲間が出来ると言うことだ。
このダンジョンは正直言って謎だらけだ。
意見交換は途轍もなく貴重なそれである。
もしも角ウサギをブチ殺がしているバリバリの武闘派なら、戦い方を参考にしたい。
もしも凄い強い人ならば、是非とも教えを請いたい。
なんなら一緒に戦えるかもしれない。
今まで独りぼっちの攻略だったところで、仲間が出来るのは途轍もないプラスである。
が、同志でないならば。
なんなら、秋水に悪意を向ける者であるならば。
いっそ、人間以外の謎の生物であるならば。
最悪すぎるだろう。
角ウサギとは殺し合いをしているが、秋水は元来として誰かと喧嘩をしたこともない平和主義者だったのだ。対人戦闘なんて経験は全くない。
と言うよりも、秋水は外見上での問題が大きすぎる。
まんま悪人の出で立ちである秋水は、下手をしたら向こうが 「すわ新手のモンスターだ!」 とか誤解してくる可能性だって否定しきれない。そこまで異形な見た目をしているつもりはないが、いつぞや大型巨人先輩だとか陰口叩かれたのが微妙に心に残っていた。
「……いや、まずは確認だ」
他の誰かがダンジョンにいる可能性に狼狽えていた秋水は、ぐっと奥歯を噛み、すぐに覚悟を決めた。
ここで立ち止まっても状況は変わらない。
ここで引き返しても事態は好転しない。
とにもかくにも、上り階段の向こう、地下1階を確認しなければならない。
その地下1階が何処なのか、何処に繋がっているのかを、確認しなければいけない。
そして、誰がいるのかを、確認しなければいけない。
秋水は、肝が据わっている方である。
邪魔になるかもしれない曲がってしまった方の巨大バーベルをその場に置き、しかしリュックサックは背負ったまま、そして無事であった方の巨大バーベルを両手で軽く構えたまま、上り階段へと向かう。
階段の幅や高さは、秋水の知っている方の階段と同じである。
ごくり、と喉が鳴る。
「さてさて、予想外こそエンターテイメントの神髄ってな……」
角ウサギと戦うときのように、自分の緊張をほぐすような軽口を呟きながら、秋水は階段を上り始めた。
1歩ずつ、慎重に。
いやまさか、ボスウサギに勝ち抜けてから、こんなドッキリイベントが待ち構えているとは。素直に引き返しておけば良かった。いや、早めにダンジョンにいる別の誰かの存在に気がつけただけ良しと考えるべきなのか。
話し合いが出来る人でありますように、と秋水は心の中で祈りながら階段を上り進める。
階段は30段程。
秋水の知るセーフエリアから降りるときの階段と、同じ段数くらいである。
踊り場もなく直線で、上にはすでに先が見えている。
上り階段の先にも、扉。
その扉もまた、開けられている。
「んあー……」
開けられている扉を目にして、秋水は何とも気の抜けた微妙な声を上げた。
その扉をはっきりと確認したときに一度足を止めてから、急に勢いづいたかのように秋水は階段をどすどすと上っていく。
そして、階段を上りきり、地下1階に辿り着く。
まず目に付いたのは、ポーションだ。
岩の壁に短いホースがねじ込まれており、そこからじょぼじょぼと源泉垂れ流し状態になっているその水は、秋水のよく知るポーションなのであろう。
地下1階の広さは、おおよそ6畳程か。
天井の高さは3mくらい。地下2階の通路と同じくらいだ。
向こう側には梯子も見える。地上に上がるための梯子である。
そして、畳が敷かれている。布団まで敷かれている。
棚が置かれていて、ローテーブルまで備え付けられている。
姿見の鏡が立て掛けられ、その横には衣装ボックスが雑に置かれていた。
極め付きとして、階段へと続く扉にはハンガーが掛けられており、見覚えのある制服がぶら下がっている。
何ともはや、生活臭漂う場所であった。
地下1階だ。
いや、セーフエリアだ。
そこに足を踏み入れて、秋水はぐるりと一周見渡した後、静かに頭を抱えるのであった。
「いやウチのセーフエリアじゃんっ!!」
見慣れたそこは、秋水が寝泊まりしているセーフエリアであった。
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ショートカットのルート開通です☆
……ダンジョンものの問題点。進めば進む程に再アタック時に辿り着く時間が掛かるという点は、どうすれば自然に解決出来るんだろう( ´Д`)=3
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