63『実質的な、初の敗北』
隠し持っているポーションは、残り4本。
多くはない。
それに、吹き飛ばされたり攻撃を食らえば、割れて無くなるリスクがある。
それを考えれば、距離を取って立て直してポーションで回復する、なんて悠長なことはしていられない。
そもそも、距離を取る猶予がこれから先にあるのかどうかも怪しいところだ。
いや、ここを逃したら、これから先、がもうない可能性の方が高い。
長期戦などしていられない。
短期戦だ。
それしかない。
相手はデカい、重い、強い。
だが、知らない相手ではない。
弱点は、とっくに知っているのだ。
「可愛い目じゃねぇかっ!!」
壁に叩きつけられた、その反動をフルに活かす。
右手に握りしめ、そして離さなかったバールを、勢い良くボスウサギの左目に突き刺した。
づっ、と鈍い音。
そして、生々しい手応え。
「よっ!!」
そこからさらに、捻り込む。
左腕が吹き飛ばされた。
それがどうした。
血が噴き出た。
それがどうした。
血を吐いた。
それがどうした。
痛い。
それがどうした。
生きてる。
死んでない。
殺されてない。
そして、殺してない。
ボスウサギが口を開けた。
悲鳴を上げるかのように口を開けた。
「へいっ!」
眼球に突き刺したバールから即座に手を離し、秋水はすぐに次のバールを引き抜いた。
引き抜いて、直接、その勢いのまま繰り出す。
「鋼鉄一丁っ!!」
悲鳴を上げるかのように開いた口に、ねじ込んだ。
どすり、と口の中の何処かに刺さる手応え。
ボスウサギの体が跳ねた。体だけが跳ねた。
秋水の笑みが深まった。
ボスウサギとは初対面だが、小さい方の角ウサギはこの半月で何度も見たし、何度も殺した。
だからよく知っている。
角ウサギの弱点を、よく知っている。
他の物に角が突き刺さると、行動に大きな障害をきたすドジっ子属性。
その戦法がそのままボスウサギにも応用出来るだろうとは予想したが、ドンピシャなご様子だ。
口の中に突き入れたバールはそれ以上ねじ込まず、秋水はすぐに手を離す。
「に!?」
左腕がない。
一瞬だけバランスを崩したが、踏み止まって3本目のバールを腰ベルトから引き抜いた。
出血が酷い。
ショック反応がないのが奇跡。
短期戦。
そう考えて。
繰り出された前足を、もろに喰らった。
「がふっ」
再度、壁に叩きつけられる。
再度、血を吐く。
治った肋骨が再びやられたか、腹の何かがやられたか。どちらにせよ、吐血はおかわりしたくない。
猫パンチならぬボスウサギパンチの衝撃と、壁に叩きつけられた衝撃で気をやりそうになりながらも、秋水は倒れなかった。握ったバールも離さなかった。
叩きつけられた反動で、ふらり、と秋水の姿勢が低くなる。
よろけるように、もしくは、流れるように。
秋水自身でも不思議な程に自然な足運びで、壁に突き刺さった角の下を、す、っと潜り抜けた。
良い感じに力が抜けているからか、物理的に前腕1本分だけ体が軽くなっているからか、もしくは死にそうになって何かに目覚めたのか。理由はどれでも良い。
身体強化と同じだ。
奇妙な力の流れに動きを合わせていく感覚。
良く分からない力に、体が馴染むような感覚。
痛い。
苦しい。
腕がない。
骨がやられている。
血が足りない。
死にそう。
それなのに、体が自然に動こうとする、その力の流れに秋水自身の意識を合わせる。
意識を合わせて、動きに、動きを合わせる。
力に逆らわず、されど力の流れをコントロールするようにして。
「死ねやっ!!」
ドストレートな暴言と共に、ボスウサギの右目に、バールをぶち込んだ。
深々と、突き刺さる。
左目へと打ち込み、そして思いっきりねじ込んだバールと、同じくらいに深々と、ボスウサギの右目にバールが1撃で突き刺さった。
火事場の馬鹿力なのか。
それとも、土壇場で身体強化の強化倍率でも上がったというのか。
そんな検証などしている暇はない。
急に湧いてきた不思議な力、と言うか力の流れのような感覚が消える前に、右目に突き刺したバールも思いっきり押し込む。
肉を引き千切るような生々しい感触と共に、バールはさらに深々とボスウサギの眼球に埋没し、あっという間にバールのL字の所までねじ込んだ。
すぐに手を離す。
ボスウサギの前足が、見えた。
不思議だ。
速い。
だが、反応出来た。
身体強化のようにゆっくりに見えているわけではないのに、反応出来た。
バールから手を離して、ボスウサギのパンチに対し、むしろ前に出る。
ボスウサギのアゴ下まで潜り込む。
ぢっ、と左肩にボスウサギの前足がカスった。
バールを引き抜く。
腰ベルトからではない。
潜り込むついでに、ボスウサギの口の中に軽く突き刺したバールを引き抜いた。
1撃。
あと1撃。
なんの根拠もないが、次が最後の1撃だと言う確信がある。
ボスウサギにとって最後の1撃か、秋水にとって最期の1撃か。
超低姿勢で、秋水は踏み込んだ。
両足ともに痛い。
だが踏み込む。
力一杯に踏み込む。
安全靴であるライディングシューズもどきの靴底が潰れるような感覚。
無視。
踏み込んでから、流れるように前に出る。
ボスウサギの腹。
狙いは1点。
巨大バールが刺さった、最初の傷口。
「っ!!!!」
傷口に、突き刺す。
後ろ足で、蹴られ、吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられて、意識が戻った。
やべぇ、蹴られて気絶してた。
何秒経ったか。
体はまだ動くのか。
受け身を取るようにして地面をごろりと転がる。
気を失っている間に何か変なものを見た気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。
右の脇腹に激痛。いやむしろ焼きゴテ押しつけられている如く熱い。ボスウサギに容赦なく蹴られた所だろう。確認するのが正直怖い。
「ぐっ!?」
立とうとした足に力が入らない。
折れた、ようではない。
単純に力が抜ける。血を流しすぎたか。
ちらっと足を確認すると、両足自体は無事である。
ただ、脇腹が、抉れている。
「……物理版ダイエットってか」
軽く舌打ちをして、ライディングパンツのポケットに手を突っ込むが、ポーションの容器が割れている。
なるほど。
万事休す。
自身の状態を端的に評価して、秋水はすぐに顔を上げた。
ボスウサギの姿は、探すまでもなかった。
すぐ近く。
ボスウサギは、秋水のすぐ近くに居て、いや、蹴り飛ばされた秋水が近くに転がっていただけか。
距離はざっくり2m。
壁に、自慢のその角が突き刺さったままで。
傷口から、大量の光の粒子を、噴き出していた。
角ウサギと同じなら、死亡演出の、それである。
「おお」
ばらまいている光の粒子が、角ウサギと比べて段違いだ。
ぱっと見でただのウサギから噴き出ていることに目を瞑れば、相も変わらず幻想的で綺麗な光景である。
「……っと」
まだ死んだと確定しているわけではないが、立ち上がろうとしていた体勢から秋水はどさりと尻餅をついた。
気が抜けた。
これでボスウサギがまだ生きているとしたならば、一巻の終わりであろう。ああ、いや、気が抜けてなかったとしても、すでに秋水は戦える状態にない。
光の粒子を撒き散らしているボスウサギを眺めながら、秋水は他のポケットをパンパンと叩き、ポーチに入っていたもう1本のプラスチック容器が生き残っていることに気がついて、それをそっと取り出した。中身は漏れていない。
作業用ポーチ凄ぇ、とその耐衝撃性能に驚きつつ、その容器の蓋を取る。
そして一思いに抉れた脇腹に中身のポーションをぶっかけて。
「ぐぉぉぉ……キモぉ……」
すぐに目を逸らした。
盛大なる体の欠損に対してポーションがどういう働きをするのか、今まで実験する機会が無かった。ワザと指でも切り落として実験してみるか、というほど秋水も狂っているつもりはない。
そして、結果としては、肉が一気に盛り上がってきた。
いやキモい。
そして抉れた脇腹を一瞬見たが、何か内蔵的なものが見えたような気がする。気のせいだと思いたい。
それもキモい。
さらにはグロテスクな再生をする代償に、体から一気に栄養やら体力やらが抜け落ちるような感覚が襲ってくる。
ただでさえ腕の骨折を治したときに持って行かれているので、さらに気持ち悪い。
トドメに、再生した脇腹から、ボスウサギが噴き出している光の粒子が秋水の体の中に入り込んできて、何とも言えない精神的なキモさが襲来である。
「うげぇ、ボスぶっ殺した感動が全部台無しぃ……」
あまりの気持ち悪さに若干吐きそうになりながら、秋水は再びボスウサギの方を確認する。
両目と、口と、腹から、光の粒子を噴き出しながら、壁に角が刺さったままの状態から動いていない。
やったか。
映画ならばフラグであろう言葉を口には出さず、ふっ、と秋水は口の端を歪める程度に笑う。
いや嬉しいのは確かなのだが、今は気持ちの悪さが勝っていて素直に喜べない。
でも急いで応急処置をしなくては、と思いつつ、死亡演出真っ最中のボスウサギの下をふと見れば、何かが転がっている。
腕である。
角突きタックルで吹き飛ばされた、秋水の左腕だ。
「あー……手酷くやられちまったな」
上腕からごっそり千切れてしまった腕を発見して、ああ、腕なくなっちまったな、と他人事のように実感する。
いくら筋肉を鍛えていても、流石にあんな質量とあんな速度の角突きタックルの前には無力である。悲しい。
はぁ、と軽く溜息を吐きながら、秋水はなくなってしまった自分の腕を再確認するように左肩をちらりと確認する。
派手に吹き飛んだところから、血が流れ出ている。
ぽたり、ぽたり、その量は少ないが。
仕込みが良かった。
そう考えながら、ゆっくりと立ち上がるように膝を立てた。
ライディングジャケットとは言えども、作業服を作っている店が作ったなんちゃってライディングジャケットなので、その左腕には何故かペン差し機能を兼ね備えた謎のポケットがあった。
仕込みは上々と言うことだ。
秋水はふらつきながらも立ち上がる。左腕がないのでバランスがとり難い。それに、貧血のようにふらっとくるのは、恐らくポーションで傷を治しすぎた代償だ。
「この腕、治んのかねぇ……」
独り言ちりながら、よたよたした足取りで入り口の扉まで歩いた。
遠く感じる。
と言うか、扉、閉めてないはずなのだが、何故か閉まっている。そういう仕様なのだろうか。
これで扉開かなかったら普通に困るな、と思いつつその扉を引いてみれば、軽い力で簡単に開いた。鍵がしまるとか言う鬼畜仕様じゃなかった。良かった。
「今度からは、色々とボス部屋の中にバラまいた方が安全かもなぁ、へへっ」
扉の向こうに置かれていたリュックサックを見て、自然と笑いがこみ上げる。
基本的にこのリュックは、戦うときには部屋に持ち込まず、いつも通路に置きっ放しにしている。
だから、このリュックサックを前にするのは、戦いに勝ったときだ。
ああ、そうか、勝ったんだ。
あのボスウサギに、勝ったのだ。
殺せたのだ。
くつくつと、小さく笑う。
気持ちの悪さより、嬉しさが、遅れて上回り始めてきた。
「ああ、そうだな、うん。勝った勝った。殺せた殺せた」
ずしりと重いリュックサックを持ち上げて、秋水はボス部屋の中に引き返した。
よたよたとボスの所まで戻り、その場にリュックをどさりと置けば、死亡演出で噴き出しているボスウサギの光の粒子が相も変わらず気持ち悪い。
気持ち悪いが、嬉しい方が、やはり上。
「この気持ち悪さが、冷静にさせてくれるなぁ」
笑いつつ、腰を下ろす。
壁に角を突き刺したままのボスウサギ、そのすぐ近く。
転がっている左腕のすぐ隣。
右手でヘルメットのロックを外し、がばりと脱ぐ。
脱いだ瞬間に光の粒子の吸収量が増えたからか、何とも言えない精神的な気持ち悪さが一気に増える。ボスをぶっ殺した嬉しさで舞い上がることなく、応急処置なんて冷静なことが出来ているのは、この気持ち悪さのおかげであろう。何もありがたくない。
脱いだヘルメットをちらりと見れば、フェイスシールドがヒビだらけになっていたのだから当然かもしれないが、ヘルメットはもう全体的にボコボコである。これはヤバい。
そのヘルメットを雑に投げ、隣に置いたリュックサックを片手で開ける。
「あー……死ぬかと思った」
軽くボヤきながら、リュックサックよりポーションを入れたペットボトルを2本取り出す。
1本は地面に置いて、もう1本のを片手でキャップを開けた。
そして、大きく深呼吸をするように息を吸って、溜息のように吐き出す。
く、と小さな笑いが零れてしまう。
いやいや、笑っている場合ではない。
「んじゃ、乾杯、っと」
気取るようにボスウサギへとペットボトルを向けてから、ぐいっとポーションを半分程呷る。
先程、脇腹から中身がこんにちわしていた気がするが、腹にものを入れて良いのかなと、飲んだ後で気がついた。
「……いや、この感覚は、たぶん大丈夫、だと思う、気がする、ような、気がしないような」
ポーションを飲んだ後に感じる、栄養不足、みたいな感じがあるので、たぶん大丈夫だろうと秋水は判断して、半分残ったポーションをもう1本のペットボトルの隣に置く。
それから幾つかの携帯食をリュックサックから取り出して、秋水は次々と腹に詰め込んでいく。
半液タイプのカロリーゼリー。水っ腹に拍車が掛かるが、四の五の言ってはいられない。
プロテインバー。菓子である以上は糖分が多過ぎ、かつタンパク質のアミノ酸スコアも疑問視されるが、カロリー摂取と考えれば効率は良い。
サラダチキン。安定の味。片手だと開けづらく、歯を使って開けたら色々とべちょべちょになってしまった。悲しい。
最後にプロテインの粉やらモリンガの粉やら、大麦若葉やらシナモンやらイヌリンやらすり胡麻やらきな粉やら、様々な粉末を入れられているシェイカーに、残った半分のプロテインを注ぎ込んで、フタを閉めて思いっきり振る。
「腕千切れてんのに、良く食うね、俺」
その千切れた左腕を隣に置いて、光の粒子を浴びながら飲み食いしている自分を笑いつつ、謎のプロテインポーションを一気飲み。
タンパク質摂取量はどれくらいだろうか。単純計算で100は超えているが、プロテインバーのアミノ酸スコアを考えたら実質は80グラムかそこらだろう。
足りるだろうか。
少し疑問を感じつつ、ボスウサギを見上げる。
体がうっすらと透明になってきていた。
「……へっ」
やはり、どうしても笑いがこみ上げてしまう。
笑えてしまう。
いや、普通に強かった。
死ぬかと思った。
見た目のわりには耐久力が低めと言うか、打たれ弱かった気もするが、それでもこの巨体と重量は単純に驚異的だ。
それに、見た目以上にスピードがあった。と言うか、普通の角ウサギと比べても速かった。
新兵器であった巨大バールもゴムネットも大して役に立たなかった。巨大バールは圧殺されるのを間一髪で防ぐという役目を果たしてくれたが、ゴムネットの方は全然だ。笑える笑える。
ああ、笑える。
ああ、やっぱり、気持ちが良い。
光の粒子を取り込んでいて気持ちが悪いのに、気持ちが良い。
何とも不思議な感じである。
く、く、と堪えきれない笑いを口から漏らしつつ、秋水は片手で若干モタつきながらもライディングジャケットを脱ぎ始めた。
それから肌着も含めて上の服をまとめてがばりと脱いで、上半身を裸にする。
片腕はない。
左腕は、やはり容赦なく千切れている。
が、その断面が、ぬにぬにと脈動していた。
と言うか、肘近くまで、伸びていた。
「よしキモい。流石だな。冷静になったぜ畜生が」
明らかにおかしなことになっている左腕の断面から目を逸らし、すん、と秋水は急に落ち着きを取り戻した。
本当にもう、ボスウサギをぶっ殺した感動がなにもかも台無しである。
殺し合ったのに嬉しくない。
殺したのに喜べない。
腹の底から笑えない。
試合に勝って勝負に負ける、とはこのことか。
くそったれ。台無しどころか差し引きマイナス。ボスウサギには実質敗北したのと同じではないか。何てことだ。腐ってもボスと言うことか。
これはリベンジだ。
絶対リベンジ案件だ。
勝ち逃げは許さない。再挑戦だ。
落ち着きを取り戻すどころか、むしろボスウサギに対して秋水はふつふつと憎悪の念を抱いた。
完全に八つ当たりであり、狂人の発想である。
歯噛みしながら秋水は開けて置いたもう1本のペットボトルを手に取って、ごろんと岩肌の地面の上に転がった。
「くっそー……」
もう向こう側が透けて見えるくらいに薄くなっているボスウサギを憎々しく見上げ、秋水は左隣に転がっている自分の左腕の上に、気持ち悪く生えかけ途中の左腕を置く。
どうしよう、合体させたらすでに元の腕の長さよりも長いんだが。
「一応は勝ちだかんな、てめぇ……」
乾杯をするときと同じく、ペットボトルをボスウサギに向けた後、どばり、と秋水は左腕の断面へとポーションをぶちまけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ボスウサギ「目と舌とお腹を刺されて死んだのはボクの方なのに……(´Д⊂グスン」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます