49『新装備、その2』
新装備その1、全長1300㎜の巨大バールは、絶妙な失敗であった。
しかも、なんとか改良を施して扱う技術を体得すれば使えそう、と言う嫌らしいくらいな絶妙さ加減である。
これは全然使い物にならないな、わはは、くらい完全なる失敗であればすっぱりと諦めることが出来るというものなのだが、中途半端に使うことが出来そうな光明が見えている辺りが困りものである。
跳びかかってくる角ウサギを、タイミングを合わせるのに四苦八苦しながらカウンターで刺し殺していき、ついにタイマンチュートリアルの部屋を踏破してしまった。次の部屋からは複数体の角ウサギが待ち構えている本番のエリアだ。
「やっべぇ……1回も成功してねぇ……」
軽い溜息とともに秋水はダンジョンの天井を仰ぎ見る。相も変わらず何故か岩が発光していて適度に眩しい。
1撃で角ウサギを串刺しにして周り、ここまで来たは良いのだが、結局1度もタイミングをしっかりと合わせることが出来ていない。全部を微妙に失敗している。
そして、貫く瞬間に持ち手が滑る問題も全く解決していない。
ビックリする程、何の成果も出ていない。
「まあ、全部1発KOだったから、全然疲れてないのが成果っちゃ成果だけどさ」
1度部屋の入り口へ向かい、置かれたリュックサックと、立て掛けていたもう1本の巨大バールを回収して、秋水は再び部屋の中へと戻る。
疲れは、全くない。
重量のある巨大バールとは言えど、振り回すのではなくカウンターの突きで、しかも全て1撃での撃破という最小限の動きで進んで来たので、疲労感など微塵もなかった。
肩に負担があるかもしれないなぁ、とぐるぐる肩を回して確かめてみるも、そんな感じもまるでない。ダメージはなさそうだ。むしろウォーミングアップが完了して温まっている感じまである。
省エネで1体1のゾーンを抜けられたのは、確かに成果とも言えなくはないが、疲労に関して言えば秋水にはポーションというチートアイテムがあるので、あまり恩恵というのは感じられない。まあ、ポーションを節約出来たと思えば良いのだろうか。
「使えなくはないけれど……うーん、こりゃ単純に、俺のレベルが足りないってやつなのかなぁ」
改めて巨大バールを見てから、秋水は軽くしょんぼりとした。
少なくともこの巨大バールは、槍捌きなどを軽く勉強してからじゃないと上手くは使い熟せない気がする。
槍の使い方なんて、動画にあるだろうか。
忘れないようにスマホのメモ帳にたぷたぷと入力してから、そのスマホをリュックサックの中に仕舞い込む。
「さて、どうすっかね」
言いながら秋水は次の部屋へと顔を向けた。
このまま進めば、次は3体の角ウサギを相手取ることになる。
ここまで一生懸命突きのタイミングを合わせる練習をしてきたが、どれも尽く微妙なる失敗で終わっている。
しかも、突きばかりを繰り返したせいで、バールでぶん殴るのを1度も試していないのだ。
今のところはまだ、巨大バールをメイン武器として戦いに挑むのは無謀な気がしなくもない。
少なくとも2本もいらない。
ふーむ、と秋水は盛大に唸ってから、とりあえず通路に巨大バールを1本立て掛け、置いていくことにした。
「……何気に荷物置いて進むの、初じゃね?」
ごとりと巨大バールを壁に立て掛けながら、今更なことに気がついた。
今まで部屋の入り口にリュックサックを置いてはいたものの、荷物を置いてがっつり進むのは初めてである。
これ盗まれないよな、という不安が若干頭を過ぎるものの、いや角ウサギしかおらんやんけ、と自分自身にツッコミを入れる。
まあ、何があっても可笑しくないダンジョンの中である、帰ってきたときに無くなっていても不思議じゃないのが怖い。
「無くなりませんように」
ひとまず手を合わせて拝んでおいた。
気を取り直して少し進み、次の部屋を覗いてみれば、やはり予想通りに角ウサギが3体。
ジェットヘルメットのバイザーを下ろしてから、秋水は手にした巨大バールをちらりと見る。
「とりあえず、1発目はこいつで。あとは……」
ぶつぶつと段取りを声に出して確認してから、よし、と秋水は気合いと身体強化を入れる。
まだまだ複数体相手取る立ち回りは、安定していないのだ。
それがまたスリルがあって堪らないのだが。
軽く舌舐めずりをして、自分の口端が無意識に上がっていることに気がついて、いけないいけないと首を振る。
「ほんじゃ、行こうかね……っ!」
気合いを入れ直し、飛び込んだ。
部屋に駆け入れば、3体の角ウサギが一斉に秋水の方へと顔を向け、そして一斉に姿勢を低くする。
身体強化で補強された秋水の目には、それが3体一気に跳びかかってくる前触れであるというのが見て分かる。
早々に一番左にいる角ウサギに狙いを定め秋水が再び地面を蹴った。
それとほぼ同時、角ウサギも3体揃って地面を蹴った。
角突きタックルだ。
それは予測出来ている。いつものことだ。
即座に秋水は左に跳んで避ける体勢に入った。
「へい、らっしゃい!」
左に跳べば、狙いを定めていた角ウサギが真っ正面である。
地面を蹴った。
秋水の体は空中だ。
踏み込みによる力を掛けられる状況ではない。
だが、それで十分。
巨大バールは、それでも十分なポテンシャルがある。
「あいよさよならっ!」
地面を蹴って左に跳び、流れるようにして上半身の力だけで巨大バールを勢い良く突き出せば、その先には1体目の角ウサギ。
その顔面に、巨大バールが突き刺さった。
「よしっ、いける!」
突き刺さり方は、まだ甘い。
だが、頭の半分くらいまではめり込んだ。
跳んで空中にいる秋水は、角突きタックルを巨大バールで受け止めた衝撃に逆らわないように軽く後ろへと突き出されるが、想定さえしていれば体勢を崩すわけもなく、危うげなく着地して、改めて巨大バールを両手持ちにし、一振りぶん回す。
ずぼっ、と刺さった角ウサギがすっぽ抜け、キラキラと光の粒子を撒き散らしながら転がっていく。
死んだかどうか演出の確認は出来ていないが、秋水はそれを無視して選り振り向く。
避けた2体は既に着地していて、それどころか秋水の方を向いて体を沈み込ませる体勢であった。
早い。
いや、自分が遅いのだ。
巨大バールはその長さと質量で、どうしても1つ1つの動作が遅くなってしまう。
突くにしろ、振るうにしろ、それぞれの遅れは少しずつかもしれないが、積み重ねれば秒単位の遅れである。
角ウサギの1体目を処理するのに時間を掛かり過ぎた。複数相手だと巨大バールの取り回しの悪さという欠点が顕著に出てきてしまう。
やはり、取り回しの良さは重要だ。
複数体相手にするときに、動作1つ1つが遅くなるのは致命的とも言える。
まして、角ウサギは角突きタックルに特化した攻撃を繰り出してくるので、攻撃も再攻撃の間隔もスピーディなのだ。
そういう意味では、巨大バールは相性が悪い。
そんな欠点、使う前から知っている。
角ウサギの体が沈み込む。
2撃目だ。
跳びかかってくるより早く、秋水は巨大バールから右手を離し、素早く腰ベルトのポーチから黄色い物を取り出した。
2体の角ウサギが地面を蹴った。
ポーチから秋水の握り拳よりかは小さい何か取り出した動きからそのまま、ぽいっ、とその黄色い何かを角ウサギの方へと投げつけて、秋水は思いっきり横に跳んだ。
カウンターをぶち込む気は無い。
とにかく回避。そんな跳び退き方である。
2体同時の角突きタックルは、秋水という目標を見失っても突っ込んで行く。
秋水がポイ捨てした、黄色い何かに向かって突っ込んで。
「馬でもねぇし鹿でもねぇし!」
その黄色い何かは、秋水が着地するより早くふわっと広がって、広がる最中で襲いかかって来た2体の内の1体にぶつかった。
抵抗はない。
全く抵抗はない。
それは角ウサギの角突きタックルを受けた。
そして、絡まった。
「カラスでもねぇけどさ!」
それは、今回の新装備その2、市販のカラス避けネットであった。
ホームセンターで安売りされていた、ただのカラス避けネットだ。
何の変哲もありはしない。
本当に、ただのカラス避けの、ただの黄色いネットである。
細くて軽くてコンパクトで、それとなく丈夫そう。
あと、安かった。
それだけの理由で買ったのだが、そのコンパクトさは作業ポーチの中にすっぽり収まるサイズに畳むことができたので、なかなかに使い所のない投擲用のナット類と入れ替えて持って来た。
これで上手く突っ込んでくる角ウサギの動きを阻害出来たら良いなと思ったのだが。
いきなり黄色いネットに絡み付かれた角ウサギは、上手く着地することが出来ず、不格好に地面を転がる。
「へい、ざまぁ!!」
効果はしっかり現れた。
新装備その2、どうやら成功みたいである。
秋水も着地して、巨大バールを両手で持ち直しながら、すぐに地面を蹴った。
カラス避けネットに絡まってもがもがしている角ウサギ、ではなく、唯一無事な角ウサギの方だ。
その角ウサギは綺麗に着地してから、さっと秋水へと振り向くが、秋水の方が早かった。
巨大バールを振りかぶる。
持ち方は、今まで散々角ウサギを串刺しにしていた、長い方の先端をしっかりと握りしめ。
対する角ウサギの体が沈み込むが、遅い。一歩遅い。
巨大バールの短い方の先端が、牙を向いた。
「耕し成敗っ!!」
意味の分からない掛け声と共に、強く踏み込んで一気に巨大バールを振り下ろす。
どっ、と鈍い音を立て、巨大バールの短い釘抜き側の先端が、深々と角ウサギの体に突き刺さった。
ほとんど鍬だ。畑を耕す格好だ。
沈み込んでいた角ウサギの体を、むしろ余計に沈み込ませて地面に叩きつけ、秋水はぱっと巨大バールから手を離す。
1体目は初撃で突き刺した。
2体目は初のぶん回しでぶん殴り刺した。
元気なのはもう1体いる。元気にカラス避けネットと遊んでやがる。
腰ベルトから使い慣れているバールを2本、すらりと引き抜きながら振り返る。
「意外とネットはありか……って、わぁっ!?」
振り返り、思わず秋水は情けない声を上げてしまった。
角ウサギが跳びかかってきていたわけではない。
カラス避けネットに絡まっていた角ウサギは、未だにカラス避けネットで藻掻いている最中だ。
ただ、ぶちぶちと黄色いネットを引き千切り始めていた。
安売りだったけれども、使い捨てにするにはちょっと勿体ないお値段だったのに!
まだ今なら、もう1回使えるくらいの損傷具合かもしれない。
すぐさま秋水はダッシュで駆け寄り、素早くネットに絡まった角ウサギをヤクザキックで転がした。
「突き刺す! 突き刺す! さらに突き刺す!!」
そして即座に手にしたバールを角ウサギの首に突き刺し、さらに脇腹に突き刺し、続いて3本目も腰ベルトから引き抜いて顔面へと突き立てた。
流れるように4本目のバールを引き抜くのと、ごぼっ、とその角ウサギが光の粒子を口から噴出させたのは、ほぼ同時。
「あ? よし次!」
その死亡演出に、あれ早くね? と一瞬だけ秋水の動きは止まったものの、すぐに次の角ウサギへと顔を向ける。
ぱっと見たのは、最初に顔面へ巨大バールをカウンターでぶち込んだ方の角ウサギ。
光の粒子は突き刺した顔面から漏れ出ているが、死亡演出が始まっているわけではない。頭部の中程までめり込ませたというのに、しぶとい。踏ん張りのない空中でのカウンターだったので、威力が足りなかった様子である。
1度振り返って、ぶん殴った方の角ウサギを確認すると、死亡演出が始まっている。こちらは1撃で殺せたようだ。さすがは質量のある巨大バールだ。
「てなワケでコンプリート!」
巨大バールの刺さった角ウサギと、バールが3本突き立てられたネットに絡まったままの角ウサギを放置して、秋水は最後の1体へと躍りかかった。
「あー……うん、2回使えたら御の字、くらいかぁ……」
順調にダンジョンを進みながらも、秋水は若干とぼとぼとした足取りで次の部屋へと向かっていた。
手には新装備の、その1、その2。
巨大バールはその長さと太さから、今までのバールとは違って腰ベルトにマウント出来ないので持って運ぶしかない。
そしてカラス避けネットは、すでにボロボロの状態であった。
ポーチの中には、カラス避けネットを3セット入れて置いた。今秋水が持っているボロボロのカラス避けネットは、その3枚目の物である。
1枚目は2回使うことができた。
2枚目は1回でお釈迦様と成られた。
3枚目は2回で召された。
突っ込んでくる角ウサギに対して、その動きを一時的とは言え封じることが出来るのはかなり有効ではあるものの、基本的には使い捨て、根性を見せれば2回目も行けなくない、という感じである。
いやまあ、使っている武器の類いも防具の類いも、長い目で見れば消耗品なのは理解出来ているのだが、どうにも勿体ない根性が出てきてしまって心の中がモヤモヤする。
耐久性を上げるため、金属製の網にするべきだっただろうか。しかしそれでは持ち運びに難があるし、そもそもお値段が高い。角ウサギに対して有効打となっても、秋水のお財布に対しても有効打になっては困るのだ。
薄くて軽くて丈夫で安い、そんな夢みたいなネットはない物かと溜息を吐きながら、秋水は次の部屋を目指した。
今日は随分とダンジョンアタックが順調である。
と言うか、今までで一番順調だ。
なにせ、ダメージというダメージが殆ど無いのだ。
今のところ秋水が受けた損害らしい損害と言えば、ライディングジャケットの左腕の所が少し破れている程度だ。巨大バールを手放して角突きタックルを避けるとき、ヂッ、と掠めてしまったときのもので、秋水自身に怪我はない。
あとは、まあ、想定よりも消耗品だったカラス避けネットが3枚びりびりになったのも、損害と言えば損害なのだろうか。
とにかく、ほぼノーダメージである。
複数体の角ウサギを相手取ると、どうしても1つのミスが命取りとなるので、この地点まで進む最中の何処かしらで、秋水の体の何処かしらに角ウサギの鋭い一撃を貰っていたのが常だった。
なのだが、今日は調子が良い。
正直どうなのかな? と思っていた新装備のその1その2の両方が、想定していた以上の働きをしているから、という理由もかなり大きいだろう。
乱戦状態となると、取り回しの悪さの関係でさっさと手放して通常のバールへと装備変更を行うものの、巨大バールはその長さと太さと頑丈さから繰り出される高い破壊力をもって、初手で1体を確実に潰すことが出来た。複数体を相手にする場合に1体を先制で潰せるアドバンテージは計り知れないものがある。
カラス避けネットは使い捨てに近いコスパの悪さはあるが、それでも行動を阻害するアイテムがあるのとないのとでは、とれる戦術の幅が全く違う。文字通りの搦め手は、秋水自身のテンション下がるんじゃないかという疑念もあったが、相手を罠に嵌めた感というのはそれはそれで乙な物、というわりとゲスい楽しさもある。
いや、それ以前の問題として、通常のバールも力を込めれば角ウサギの体を貫けるようになったおかげで、巨大バールじゃなくても1体を処理する時間が大幅に削減されている。
それに加えて、動体視力も良くなっている。速さがウリの一撃必殺戦法である角ウサギにとっては最悪の相性であろう。身体強化はシンプルにチートである。
「学校で地獄を見た分、こっちで極楽見せてくれてるんかねー?」
へらへら笑いながら秋水は機嫌を持ち直し、次の部屋へと進む。普通に考えたらダンジョンで化け物に襲い掛かられるのも、一般的には地獄と言われる気がするが、ツッコミを入れる人間は誰も居ない。
現段階で既に、攻略中の最深度を更新している。
複数体の角ウサギを相手取って、もう15戦をクリアしている。
先程の部屋では2体の角ウサギを串刺しにしてやった。いや、巨大バールによるカウンターで初手月夜肉1体串打ち完了していたので、実質タイマンであった。
順番的には、次は3体の角ウサギがお出迎えしてくれるはずだ。
いやはや、本当に今日はすこぶる調子が良い。
ポーションもあまり減っておらず、ポーションの使用が少ないので非常食の減りも少ない。
今日はもう、行けるところまで進もう。
超低音の鼻歌を歌いつつ、秋水はがらんがらんと巨大バールを引き摺って進む。
そして、次の部屋はL字に曲がっていた通路の先にあった。
曲がり角の先に部屋があるのかと、まずは様子の確認をしようと秋水はひょいとその先を覗き込む。
大きな扉が、立ち塞がっていた。
黒っぽい大きな扉は、セーフエリアから地下2階へと続く階段へと続くところにある代物と、同じ感じの扉であった。
急である。
急に扉である。
いままで通路と部屋を扉で区切ってなんていなかったのに、なんか急に出てきた。
その扉には、何処かしらの国の文字らしきものが刻まれている。
日本語ではない。
英語でもない。
秋水には見覚えのない、しかしセーフエリアで見覚えのある文字である。
「……『先に進むには、善意で舗装された路を越えねばならない』」
知らないはずなのに読めてしまう文字であるのは、セーフエリアの扉と同じであった。
最近はハンガーを掛けて制服やコートを吊し、生活感満載にしてしまっているのだが、あの扉は十分にダンジョンの不思議を体現した逸品であったことを、いきなり登場してきた扉を見上げながらぼんやりと秋水は思い出す。
思い出しながら、その読めないはずなのに読めてしまう謎の文字らしきそれを読み、直感的に秋水は悟る。
明らかに、いつもとは違う雰囲気。
意味は分からないが意味深な文言。
重厚な扉。
RPGなどのゲームにあまり詳しくなくても、その用語は知っている。
「あ、ボス部屋か」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ネタバレ:ボス戦はまだです(;´Д`)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます