48『新装備、その1』
角ウサギをバールでぶん殴ると、その可愛らしいボディに釘抜きの部分がドスリと突き刺さった。
「おおっと!?」
本日最初のエンカウント。
まずは肩慣らしとして、いつもの角突きタックルに対し、バールで横殴りにして応戦する。
角突きタックルの動きはよく見えた。
それに合わせたタイミングはばっちりだ。
身体強化様々である。
しかし、強化しすぎたのだろうか、柔らかいところに偶々当たったのだろうか、予想外の事態である。
突っ込んできた角ウサギをバールで殴って弾くつもりでいたのに、まさか釘抜き部分が刺さるとは思ってもみなかった。
「あっぶねっ!?」
即座にバールから手を離し、横っ飛びをして角ウサギを回避する。
いや、角ウサギ本体よりも、刺さってしまったが故に突き出してしまったバールの方を回避した。
咄嗟の判断が良かったのか、バールは掠めることもなく避けることができた。身体強化様々だ。
着地と共に振り返れば、勢い余った角ウサギが地面を転がっていくのが見えた。バールはぶっ刺さったままである。矢鴨っていたな。
「大ダメージと考えるべきか、武器盗られたと考えるべきか、迷っちまうな!」
軽口と共にもう1本のバールを腰ベルトからするりと引き抜き、秋水はすぐに地面を蹴った。
「いやー、まさか、こんな弊害があろうとは」
角ウサギの首にバールを突き立て、一息入れてから秋水は、うーん、と軽く唸った。
突き立てたそのバールは、長い方の先端が深々と角ウサギの首にめり込んでいる。
ずぼっとバールを引き抜けば、勢い良く光の粒子が噴き出す。
さらに初撃で持って行かれたバールも、ずぼりと引き抜く。
何と言えば良いのだろう。バールの先端を使った攻撃力が、角ウサギの防御力を本格的に上回ってしまった感じである。まさか刺さるとは。
「昨日は刺さらなかったのになぁ……」
ふむ、と鼻を鳴らしながら突き刺さったバールの先を見てみるが、昨日より尖っている、とかはない。研いでもいない。
身体強化の上限がまた上がったのだろうか。秋水は首を捻りつつ、腰ベルトへとバールを差し戻した。
バールが角ウサギに刺さるようになったのは、単純に力が強くなったからなのだろう。
確かに、最初の頃に比べると、持っているバールは随分と軽く感じるようになった。
それは身体強化を行っていないときでも、何となくそう感じるくらいだ。普通に筋肉が大きくなったからだろうし、バールを握り慣れたからかもしれない。
ダンジョンに潜るようになって、半月は過ぎた。
だが、1ヶ月は経過していない。
今はまだ、メイン武器として使っているバールに心許なさを感じることはない。
しかし、もしも仮に、特に身体強化の強化倍率がこの速度で成長するのだとしたら、そう遠くないうちにこのバールでは打撃力が心許なくなってしまう日も近いだろう。
軽い武器は、力を乗せ辛い。ある程度の重さは欲しい。
そして、今使っているバールは、手の大きい秋水からはすれば、がっしりと、しっかりと、ちゃんと握るには、やや細い。
「……と、なると」
独り言ちりつつ、秋水はリュックサックを持ち上げた。
向かうのは次の部屋、ではない。
まだダンジョンの2階に足を踏み入れたばかりだというのに、早々と秋水はセーフエリアの方へと戻るのだった。
だが、30分もしないうちに、再び秋水はダンジョンへと舞い戻ってきた。
腰ベルトには、いつもの倍、4本のバールが差し込まれている。
ハンマーも倍の2本だ。
代わりに刺突用のマイナスドライバーはない。
そして、両手にはいつもとは違う物を持っている。
違うとは言っても、それは相変わらずの代物だ。
バールである。
そういう意味では、いつもと同じものである。
しかしながら、別の意味では、いつもとは違うものである。
その長さ、実に1300㎜。
1mと30㎝。
いつも使っているバールの、倍程の長さである。
その長さに見合うだけの太さがあり、見た目で細い印象はない。
それは、もはや一般的な工具ではない。
どちらかと言えば、瓦礫などを粉砕できる、防災用で使うレベルだ。
それを両手にそれぞれ1本ずつ、計2本。
がらんがらんと見るからに凶悪なバールを、見るからにそっち系のスジの面をした秋水が引き摺って歩く。傍から見ればホラー映画のワンシーンでしかない。
前に防具も武器も色々壊してしまった後、色々と調達してきたのだ。
その中で、物は試し、というくらいの気持ちで買っておいたのは、ホームセンターに置かれている中では一番長いバールであった。
小学生低学年並みの長さがある長柄のバールを2本に、前に買ったのと同じ長さのバールを6本、金属製のハンマーを6本。ホームセンターのセルフレジで係員のお兄さんからは凄い顔で見られた。さらには帰り道でお巡りさんから職務質問を受けた。
そして、買ったは良いが、その長さからどうしても取り回しが悪く、当たり前ではあるが片手で扱うには重過ぎるので置きっ放しにしていたのだが。
「うっし、身体強化込みなら、ギリギリ行けなかない、か?」
バールの柄をやや短めに持ち、試しのように身体強化を使って1度振るってみれば、ぶおんっ、と豪快な風切り音。
ただし、重量が重量なので、振り回せばその重さに体が引っ張られてしまう。身体強化は筋力やらの能力向上こそはすれども、秋水自身の体重が増加することはないのだ。
流石に片手で扱うのは、まだ無理のようだ。
それに振った速度は、いつものバールに比べれば、どうしたって遅くなる。
取り回しはやはり悪い。
だが、試してみる価値はあるだろう。
この巨大バールが、今回の新装備、その1である。
「……まだ復活してないか」
最初の部屋には角ウサギがいなかった。
さっき殺してから、まだリポップする時間にはなっていない。
がらんがらんと巨大バールを引き摺りつつ、秋水はさらに次の部屋へと進む。
少し歩けば2部屋目。
次の角ウサギのお出迎えである。
部屋の入り口からその姿を確認してから、秋水は背負っていたリュックを下ろし、左手に持っていた方の巨大バールも壁に立てかける。
「さて、問題はすばしっこい相手に充てられるかどうかだけど」
舌舐めずりをしながらライディンググローブのフィット具合を確かめて、ジェットヘルメットのバイザーを閉める。それから巨大バールを両手に構え。
「久々に初撃真っ正面カウンター……行ってみようかねっ!!」
自分を鼓舞するように発破をかけ、地面を蹴って部屋へと飛び込む。
角ウサギの反応は早い。
自身の縄張りに侵入してきた不審者に、すぐに角を向け、跳びかかるためにその体を沈み込ませる。
身体強化している秋水の目には、その動きはゆっくりと見えた。
その角ウサギに向け、秋水は巨大バールの先端を向けて槍の如く構える。
十分に体を沈み込ませた角ウサギは、溜め込んだエネルギーを解放するように両足で地面を蹴り、一気に秋水へと跳びかかった。
いつもの光景。
馬鹿の1つ覚え。
故に角ウサギが持つ唯一必殺の技、角突きタックルである。
それを避けない。真っ正面から迎え撃つ。
角ウサギの鋭利な角が迫ってくるとも言えるし、角ウサギにバールの先端が迫っていくとも言える。
タイミングを合わせて秋水は踏み込んだ。
地面を踏み込む足から、膝で殺さぬように力を腰に、腹直筋と腹斜筋から背筋と胸筋の力を複合させ肩へ向かい、肘を通して力を一気に乗せるように右腕を伸ばす。
両手で構えていた巨大バールは、右手だけでしっかり握る。
槍のような角、対、槍のようなバール。
突き、対、突き。
リーチは、バールの方が長い。
鈍い音と共に角ウサギの顔面へ、バールの先端が突き刺さる。
刺さった。
ぶっ刺さった。
カンターのような突きに弾き飛ばされることなく、角ウサギは繰り出された巨大バールに突き刺さり、それによって急ブレーキを掛けた慣性が巨大バールに伝わって逆に秋水へと襲いかかった。
しかしながら、そんなものは想定内。慣性の法則くらい中学生でも知っている。ちゃんと授業を受けていれば。
巨大バールで強制的に急ブレーキを掛けられた角ウサギの衝撃に対し、秋水は力を掛けながらも、無理には逆らわずに巨大バールを突き出した動きを逆再生するようにして衝撃という力を逃していく。
ついでに、巨大バールの射程圏内から、秋水自身の拳が届く距離まで勢いを殺しながら角ウサギを持って来て。
巨大バールから手を離し、さて殴るか、と左の拳をキツく握った
のと、角ウサギの口から光の粒子が噴き出したのは、ほぼ同時であった。
「は?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
だが、車は急に止まれない。すでに殴りかかる動きに入っていた秋水は、そのまま角ウサギの横っ面に左の拳を叩き込む。
角より長い巨大バールを顔面から生やしてしまった角ウサギは、そのパンチに弾かれてごろんごろんと地面を転がる。
光の粒子を撒き散らしながら転がる。
死亡演出だ。
傷口からではなく口から光の粒子が噴き出るのは、死亡演出である。
いや、まだカウンター1発目なのだが。
殴り飛ばした姿勢のまま固まって、秋水は転がった角ウサギを見てみるのだが、それは起き上がってくる様子もなく、勢い良く光の粒子を撒き散らしている。
「……うっそー」
本当である。
角ウサギ、一撃撃破だ。
「ふっ!!」
突っ込んでくる角ウサギの顔面目掛け、巨大バールの先端を突き立て、突き刺す。
月夜肉の串刺し一丁上がりだ。
衝撃を逃すように巨大バールが突き刺さった角ウサギを引き寄せれば、口から光の粒子が噴き出る。
「うん、駄目だな」
左手のライディンググローブを外し、角ウサギの口を掴んで光の粒子を取り込みながら、秋水は即座に角ウサギの顔面から巨大バールをずるりと引き抜いた。
首の近くまでバールが深々と刺さっていた角ウサギは、巨大バールが引き抜かれた途端に秋水に口元を掴まれたまま、だらん、と力なく垂れ下がる。巨大なウサギを片手で掴み上げている大男の図である。
相も変わらず光の粒子を取り込む奇妙な感覚に襲われながらも、秋水は引き抜いたバールを確認する。
その巨大バールには、L字となっている部分に包帯が巻かれていた。
初戦の時にはなかった、急拵えの改造だ。その場しのぎとも言う。
しかしながら、その現地改修に秋水は納得いかない様子であった。
「だー、また微妙にズレた。やっぱズレる。おせぇ」
ぶつくさ言いながら秋水は首を捻り、まだ死亡演出途中の角ウサギから手を離して巨大バールの調子を確かめ始めた。
一撃で角ウサギをぶっ殺してから、これで5体目を始末した。
どれもこれも出会い頭の角突きタックルに対し、カウンターで顔面バール串刺し祭りとしてやっている。
基本的に死ぬかもしれないという緊張感に興奮する秋水からすれば、つまらねぇ、となっても可笑しくない状況だ。
しかし、現状に置いて秋水の興味は、角ウサギをバーべーキューの下拵えみたいにすることよりも、本日初お披露目を果たした巨大バールの方へと向いている。
巨大バール、使い心地に関してが、どうも、なんだか、微妙に、いまいちである。
いや、威力は申し分ない。カウンターで相手の速度も利用しているとは言えど、角ウサギを一撃で刺し殺している状況なのだ。
硬くて頑丈。
太くて重い。
長くてリーチがある。
単純だが分かり易い長所だ。
一方で、取り回しは、今まで使っていたバールに比べれば、やはり悪い。
振る速度は遅くなるし、重量的にも片手で振り回すには向いていないので両手が塞がってしまう。
まあ、取り回しに関しては、今のところはまだ良い。棍棒のように殴るのではなく、槍のように突くしかやっていない。
それにそもそも、1発突き刺したら早々に手を離し、通常のバールに持ち替えたりそのまま格闘戦に移行する気でいるので、そういう意味では、取り回しの悪化は想定の範囲内でもある。
だが、使い心地が、いまいち。
何と言えば良いのだろうか、慣れない、の一言で片付くと言えば片付く感じなのではあるが、使い心地がどうにもしっくりと来ていないのだ。
重量と長さがある分、突き、と言う最小の動きの攻撃ですら、なんだか一拍くらい遅れてしまうのだ。
初戦で角ウサギの顔面にぶち込んだときも、カウンターの攻撃タイミングはばっちりだったかと聞かれたら、全然駄目だな、と言うしかない。
ちなみに、今回の戦闘もタイミングは秋水自身が即座に評した通り、駄目だな、である。
理想で言えば、突きで繰り出している腕をしっかり伸ばし、しかし伸ばしきるより少し前、全身の力を最大効率でバールの先に速度として乗せている、その一瞬のタイミングを角ウサギの可愛らしい顔面に捻り込んでやりたいのだ。
しかし、現実は一拍遅い。
下手をすればさらに遅い。
巨大バールを握った腕が伸ばしている、その途中で角ウサギにカウンターを叩き込んでいる感じである。
力を乗せきる、その前だ。
最高速度に達する、その前だ。
さりとて、それを意識したは良いが、3戦目では逆に早く繰り出してしまい、力も速度も最高域に達して失速し始めた瞬間に激突させてしまった。
どうにもタイミングが合わせられない。
タイミングを合わせようにも、この巨大バールは、長いのだ。
今まで使っていたバールは、拳の延長のように振るうことが出来ていたので、タイミングはばっちりだった。
しかしながら、巨大バールの方はそうもいかない。
拳のようには使えない。
槍のように突くのだ。
当然ながら、秋水に槍の心得は、ない。
そもそもダンジョンジョンアタックをする前まで、人と喧嘩をしたことすらないのだ。格闘技の心得すらない。
今までのバールだって、結構適当にぶん回していた。
適当にぶん回しても何とかなっていたのは、それこそ 『取り回しが良い』 からである。秋水が取り回しの良さを重視していた理由は、基本的にはそこにある。
しかし、しかしだ。
巨大バールは、想定に織り込んでいる程度には、取り回しが悪い。
その取り回しの悪さが、取り扱い、という点で露見してしまった形だ。悪い意味で。
どうにもこうにも、タイミングが合わせられない。
困った。
さらに言えば、持ち手にも問題がある。
「なんか、やっぱ滑ったよな。包帯じゃ駄目か? なんか良い滑り止め探すか?」
槍のように突き刺すので、現状はバールのL字となった部分を握っているのだが、太くなったせいなのか、微妙に突き刺した瞬間に滑る感じがするのだ。
いや、まあ、あの巨体である角ウサギの、あの速度の角突きタックルを、真っ正面からぶっ刺して止めているので、その衝撃力は相当なものであろうから、それで握り手が押し込まれる形で返されるのは当然と言えば当然なのだろうが。
なのだが、それがどうにも気になる。
今までは、秋水の手にはやや細身のバールだったので、確かにがっしりとは掴めてはいなかった。
だが、突きで使用するときはL字の部分の曲がっているところを握れば、長い部分にも短い部分にも力を加えることができ、バールの短い部分へ力を掛ければ、突いたときに滑ることはなかった。
一方で巨大バールではそれが出来ない。
太いのだ。
長い方をがっしり掴むか、短い方をがっしり掴むか、2択しかない。
短い方を握って突きを繰り出せば、確かに押し返されたときに抵抗出来るのだろうが、そうすると力が真っ直ぐ伝えられない。それに、突いた衝撃がL字部分に集中してしまい、壊れるリスクが大きくなってしまう。
だから長い方の柄を握って突くのだが、そうすると角ウサギをカウンターで刺したとき、持ち手が滑る。
応急処置的な感じで包帯を巻き、何となく日本刀っぽい感じに持ち手を急増してみるが、やはり滑る。角ウサギを受けた瞬間、ずっ、と一瞬滑ってしまう。
これは握りか。
握りが甘いのか。
それか握力だろうか、握力が足りないのか。
これからはデッドリフトをするときに、パワーグリップなしで筋トレをするべきなのだろうか。握力のトレーニングは意外と種類が少ないのだ。
秋水は首を捻り、うーん、と盛大に考え込んだ。
新装備の1300㎜巨大バール。
角ウサギを一撃で刺し殺す、その威力は申し分ない。
しかし、秋水の扱う技量が根本的に足りていなかった。
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参考:牙突
いやもう、鉄杭で良いのでは(-_-)?
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