37『その先に進むとしようじゃないか』
「その人ん所の湧き水だよ」
全く動じることもなく秋水が答えると、数秒ほど、じっ、と鎬が秋水の目を真っ直ぐに見てくる。
一体何をどう推測した結果、アンクレットの制作者とポーションのことを結びつけたのかは分からないが、切り返した秋水自身が逆にビックリするくらいに動揺はなかった。
いや、だって本当のことだし。
アンクレットの制作者をダンジョンだとしたら、ポーションはそこで汲んで来たもので間違いはない。
思ったより、これは使えるデタラメではなかろうか。
本当に何となく、特に何も考えることもなく、白銀のアンクレットの入手先についてを、まるでダンジョンを擬人化したかのような人物像をふわっと想像しながら適当に答えていたが、これは使えるのではなかろうか、と鎬の目を見返しながら秋水は考えた。
ポーションが湧き出る土地に住んでいる、不思議な装飾品の制作者、名前はダン・ジョンさんだ。
これはいける。
天啓のようなひらめきを得て心の中でガッツポーズをする秋水は、残念ながらネーミングセンスがなかった。
「…………会えないかしら」
「いや、たぶん嫌がる気はするけど……」
「聞くだけ聞いてみてもらっても良いかしら」
「まあ、うん、分かった。でも期待しないでな」
「ちなみにだけど、その人は資産家かしら」
「鎬姉さん、絶対札束で殴ろうとしてるよね。人としてそれはどうなの?」
「あれにはその価値があるわ」
確かに、ポーションには金を積むだけの価値はあるだろうけれど。
なんだか成金野郎みたいな行動をしようとしている鎬を、なんだかなぁ、と言う風に見ていると、鎬の方はすぐに頭を切り換えて何かを考え始める。
「しかし、制作者にお金を流すルートがないとなると、ちょっと面倒ね」
「面倒? なにが?」
「税金よ」
ポーションから話が逸れた。
逸れはしたが、どちらにせよ面倒そうな話である。
「このアクセサリー、今のままだと秋水から買い取って、それを販売するってルートになるのよね」
「……ああ、なるほど」
表情こそ変わっていないが、こちらもまた面倒そうに言う鎬の言葉に、秋水は何となく察しがついた。
ちょっと面倒、とか言ってはいるが、“ちょっと” じゃない。普通に面倒な問題が立ち塞がっている。
2人揃ってほぼ同時に溜息を吐いた横で、祈織が不思議そうに首を捻っていた。
「察しが良くて助かるわ。結局はお金の流れが秋水でドン詰まるのよ。ここにある分だけで、基本的な控除額は超えると思うわ。秋水は青い確定申告の書き方分かるかしら?」
「分かるわけねぇよ」
「んー。制作者のその人が表に出て来てくれないのなら、いっそ秋水が個人事業主の届けを出すのが一番手っ取り早いのよね」
「え、いや待って、個人事業主? え、俺、なんの仕事になんの?」
「仕事の名目はなんでも良いわ。とにかく譲渡所得や雑所得になると……いえ、ちょっと待って」
うーん、と鎬は腕を組んで今一度考え込んだ。
個人事業主とか、詳しいことはよく知らないものの、何だかどんどんと話が大きくなり始めているような気がする。ドロップアイテムを適当に売り捌いて、増えている食費とかダンジョンアタックの装備の費用とかに充てようかと軽く考えていただけなのに。
確か個人事業主って、小さい会社を作るみたいな意味だったよな、と恐らく個人経営の社長さんである祈織の方をちらりと見ると、ようやく話が飲み込めてきたのか、ぽん、と祈織が手を打っているところだった。
「あ、そうか、最終的に秋水くんが凄い稼いでる、って判定されちゃうんですね」
「みたいですね。税金関係は正直あまり詳しくないので、何とも言えないのですが」
「はぁ、鎬さん、税金のことも詳しいんですねぇ」
「そこについては、それなりに頼りにしても良いと思いますよ」
「他は駄目みたいな言い方……」
苦笑いをする祈織に対して、とりあえず秋水はにこりと笑顔を向けて肯定も否定もしなかった。
その笑顔を見て、祈織は若干顔色を悪くしながらさっと目を背ける。何故だ。
ちなみにだが、他は駄目、かどうかは実際のところ、良く分からない、といった感じなので何も言えないのが正しい。鎬自身に販売業の適性があるかどうか、そもそも接客できるのかどうか、そこから疑問だからだ。
まあ、見た目はそこそこ良いのだから、ちゃんと着飾れば呼び込みくらいはできるだろうとは思う、男相手には。それも、口さえ開かなければ、という前提ではあるが。
なので、現状では秋水から見て、このリサイクルショップに鎬が貢献できることと言えば、お金に関する知識、程度しか思いつかない。
そう思うと、自分のことじゃないのにも関わらず、何だか鎬がここで働くことが非常に不安になってきた。
本当にここでやっていけるのだろうか、この叔母。
今度は若干不安そうにちらりと鎬の方へと目を向けて。
「よし。秋水、あなた4月からここで働きなさい」
なんか、唐突に変なことを言い出した。
秋水の就職も無事に内定したようである。嘘だろ。
「……アルバイト募集の権限を早くも剥奪されてるよぉ」
「4月までは悪いけど、私が個人的に安く買い取るわ。ただしこれは、市場価値が不明瞭なのと、販売ルートを確保するのを優先するためと思って頂戴」
店長としてのなけなしの威厳をズタボロにされて若干泣きが入っている祈織を無視し、鎬は秋水を真っ直ぐ見上げてすらすらと説明に入る。
いや、もしもし、隣であなたの就職先の店長さんがカンターに両手を突いて項垂れていらっしゃいますよ。逆恨みで時給減らされますよ。
「それで4月になったら、ここで働きなさい。市場価値に合うだけの価格で買い取る、と言うより給料に上乗せする形にするわ。それを制作者の人にそれとなく渡しなさい」
「いや待て、待って、働くって、アルバイトのことか?」
「籍を置くだけで良いわ。秋水が個人事業主になったり、私が個人的に買い取って流す手もあるけれど、秋水を従業員として囲い込んだ方が諸々利益があるわ」
「いや、よく分かんねぇんだけど……」
「簡単な話よ。お姉ちゃんに任せなさい。ああ、こっちの言い方の方が良いかしら」
言うだけ言って鎬はにやりと笑った。
意地悪そうな、楽しそうな、イヤらしい感じの笑みである。
「秋水、名前を貸しなさい。継続的に」
「じゃ、今から店長がオリエンテーションしてくれるって言うから、また明日アンクレットの代金持って行くわね」
「言ってないよ!? 嘘でしょ!? あと私、新人さんの指導とかしたことないからね!?」
「うるさいわよ店長。ほら、今から契約書を作るのよ。あとは簡単にでも財務諸表を作成しましょう。家計も経営も、お金の流れを見える化するのが改善への第一歩なのよ」
「うわぁん! 秋水くん助けて! このお姉さん連れて帰って! 財務なんちゃら知らないけど、バリキャリさんが無茶ブリしてきてるのだけは分かるんだよぉ!」
「泣くのは勝手だけど店長、早くSNSを見せなさい。今の時代、情報発信力が販売力に直結するのよ。あとこの店はEC対応しているかしら。してないなら今日中に立ち上げるわよ、最低でも4方向」
「ひぃん、鎬さんが店長で良いじゃんもう!」
「ふふ、良い悲鳴」
「怖っ!?」
何だかんだと言われた挙げ句、とても楽しそうな鎬に秋水は再び店から追い出されてしまった。
首根っこを物理的に掴まれた祈織が助けを求めるようにじたばたしていたが、手を合わせて拝んでおいた。祈織に対して面倒をかけるという申し訳なさより、鎬を連れて帰った場合の面倒さの方が勝ってしまったからだ。南無三。
そろそろ本格的に降り始めてきた雪空の下、秋水は白い息を吐き出す。
何だか良く分からないのだが、とりあえず、4月からのアルバイトが決定した、と思って良いのだろうか。
籍を置くだけ、とか言っていたが、実際のところ細々とした仕事はあるのだろう。
だが、普通にアルバイトで働くよりは仕事の拘束時間は短い可能性はある。それに買い取り代金が給料に上乗せとか何とか言っていたので、給料自体も悪くなさそうだ。細かいことは分からないが。
ともあれ、まあ、とりあえずは、金策に関しては解決に近い。
食費やらダンジョンアタックの装備やらでダメージを負っていた家計も、どうにか延命できそうだ。
それに現在、50万円とか言う手元に生で持っておくには怖い金額をポーションで儲けてしまっている。懐が暖まったと言うか、中学生の身分からすれば懐から出火しているレベルである。早く証券口座にぶち込まねば。
あとは、鎬にダン・ジョンさん(仮)の説明をしなければならないのだろうが、その時に考えることにしよう。問題の先送りである。
今は金策について目処が立ったことを喜ぶとしよう。
「とりあえず、昼飯食うか」
さて、暇になった。
祈織を犠牲にして得たようやくの自由時間である。
「どっかで食ってこうかな……」
ぽつりとそう呟いて、秋水は家へと向かってゆっくりと足を進める。
家に帰るまでの途中で何処か食えるところ、と考えてはみるものの、飲食店はない。反対側に行けば昨日行ったカレー屋があるのだが、2日連続でカレーを食べるほど秋水はカレーが好きなわけではない。
では何か食べ物を買って帰るかと考えても、渡巻さんが勤めているコンビニしかない。ちょっと前に買い物終わったばかりなのに、再び行くのもなぁ、という感じである。
となると、家から自転車を取ってきて、ポーションを売りつけて得たお金をATMにねじ込むついでに何処か食べに、となるのだが、ちらつくどころか普通に雪が降ってきている現状では、あまり遠出をしたくないというのが心情だ。
「……ま、家にあるの適当に食うか」
早々に外食を諦め、白い息を溜息のようにゆっくりと吐き出した。
発芽玄米を今から炊いて、鶏肉でも焼き、レンチンした温野菜を添えれば野郎の飯としては十分だろう。
うっすら積もり始めた雪をさっくさっくと踏みしめながら、食事の内容を頭の中で組み立て行く。鶏肉も野菜も家にストックがあるので、別に今から何かを買い足す必要もない。
そうするか。
家で適当ご飯にしようと決め、帰宅を急ぐように歩く速さを少しだけ早めた。
昼飯は自炊として、その後はどうしようか。
セーフエリアで少し寝るとするか。
ではついでに、セーフエリアに降りるとき、畳を2畳投げ入れておこう。後は寝室の荷物を少し持ち運ぶとしよう。
学校の準備は一通り終わっている。制服は、まあ、乾くだろうと信じている。
そうだ、明日からは学校だ。
今日は、冬休み最後の日だ。
「……ふむ」
歩きながら、一度鼻を鳴らした。
そうだな、今日が冬休み最後の日だ。
ダンジョンを見つけてから、1週間である。
金策にも目処がついた。
セーフエリアの整備も、すぐに終わる。
時間は、まだある。
なら、丁度良いんじゃなかろうか。
秋水の口元に、先程鎬が浮かべたような笑みが漏れていた。
昼飯を食べ終わり、昼寝をし、セーフエリアを整備し終わると、時計の短針は4を示していた。
畳を雑に並べ、適当に荷物を置いておくだけで終わると思ったら、意外と時間が掛かってしまった。飾り付けなどは、一度始めてしまうと凝り始めてしまうタイプである。
「うーん、ファンタジー感なくなってきたなぁ」
並んだ畳に、布団一式、小さい棚、衣装ケース、岩肌にぶっ刺さったホースから流れ出るポーション、そして制服を干されてすっかり威圧感のなくなった扉を見て、秋水は苦笑いを浮かべてしまう。
元日に見つけたときは、岩肌丸出しの何故か明るい空間に、流れ出るポーション、2階へと続く黒く重厚感のある扉、と不思議な空間だったはずなのに、今ではすっかり生活感丸出しの光景だ。
それはつまり、秋水がここに馴染んだという証拠でもある。
まだ1週間なのになぁ、と零しつつ、秋水はリュックサックを背負う。
リュックサックには、非常食やらタオルやらスマホやら、そしていつもより多めのポーションを詰めるだけ詰めている。
全身はライディング装備。
腰には作業用のベルト。
そのベルトには作業ポーチと、長さの違うバールが2本、ハンマーとマイナスドライバー。
腕時計を確認し、時間が合っていることを確かめる。
各所ポケットに少量のポーションが入った小瓶があることを再チェックし、ヘルメットのバイザーを一度下ろして視界の確認をしてから再びバイザーを上げる。
「……うっし」
気合いを入れるように、拳をつくる。
ギッ、とライディンググローブが伸びる音。
準備は万端だ。
ダンジョンアタックの、いつもの準備である。
いつものように、そう、すっかり馴染んで 「いつもの」 という感覚になっている準備を終えて、秋水は2階へ続く扉へと目を向ける。
制服が干されてご家庭のような雰囲気になってしまっているそこから先は、いつものように角ウサギが歓迎してくれるだろう。
「行くか!」
準備良し、気合い良し。
鎬とのやりとりなどで精神的に疲れたが、ダンジョンアタックとなればテンションも自然と上がる。
とりあえずは、角ウサギをぶっ殺して進む。
いつものように、進む。
そして3体の角ウサギが歓迎会を開いてくれる前の部屋まで進む。
明日から学校だ。
今日は冬休み最後の日だ。
なら、丁度良いタイミングなんじゃなかろうか。
角ウサギが3体も熱烈な歓迎をしてくれる前の部屋まで進んで。
今日は、その先に進むとしようじゃないか。
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凄い今更ですが、作者は税金関係とかは全く詳しくありません(´・ω・)
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