33『栗形 祈織(くりがた いおり)』

 朝ご飯も食べ終わり、使った食器も洗ってしまえば後は暇なものである。

 そろそろ9時を過ぎようかという時間、栗形 祈織(くりがた いおり) はコーヒーを飲みながら暇を持て余していた。


「んー、店開けるのも早いしなぁ」


 正月特番もすっかり終わったとは言えども、テレビを見ても面白いものは特にない。スマホを見ながらリビングでだらだらと時間を潰しているだけである。

 まあ、暇も何も、店を開けたところで暇なのは変わりがないのだが。

 ふっと自嘲的な笑みを浮かべつつ、スマホを置いて立ち上がる。

 貧乏暇なしとはいうものの、こちらと貧乏かつ暇なのだ。


「店の前でも掃除してよっかな」


 祈織の店は、2階建ての建物の1階部分。そして祈織が暮らしているのはその2階である。店の前を掃除しようと言ったところで、下に降りて軒先に箒をかけるくらいだ。

 もこもことした色気もないドテラを羽織り、その上から店の名前が入ったエプロンを引っかけ、アクビ混じりにとことこと1階に降りていく。

 店に降り、内側からシャッターをがたがたと開けて外を見ると、見事な曇り空。そう言えば起きてから全く外を見ていなかった。


「……さむっ」


 風が吹けば、1月らしい冷気に祈織の身が絞まる。

 一度店に引っ込んで、置きっ放しの手袋をはめてニット帽を深く被った後、竹箒を持って再び外に出る。だが寒い。

 これだから冬は嫌いだ。

 店の前を掃除しようかと思い立ったは良いものの、あまりの寒さにやる気はすっかり削がれてしまった。

 やめようかな、と心の中の悪魔が囁く。

 どうせ大して散らかってないし。

 あまり落ち葉も落ちていない道路を見渡して。


「あれ?」


 道路向こうに、見覚えのある人影だ。

 あまり特徴的すぎて、良い意味でも悪い意味でも一目見たら忘れられない、ガタイが良過ぎるヤクザ顔の大男である。まだ遠い位置に居るというのに良く目立つ。祈織自身がチビなものだからデカい身長は羨ましいものだ。

 あれで中学生だから笑えてしまう。

 昨日の来客者、棟区 秋水と言ったか。

 そして、その隣には見知らぬ人影。

 長い黒髪の女性だ。

 背丈は180は優に越しているだろう秋水と比べたら低いとは言え、それでも女性としては背が高いように見える。羨ましい限りだ。

 秋水とは腕を組める程近くに寄り添っており、ぱっと見た感じでは随分と仲が良さそうな距離感だ。恋人とかだろうか。最近の中学生はすすんでいると聞く。妬ましい限りだ。爆発してしまえ。

 学校はまだ冬休みなのかぁ、良いなぁ、とぼんやり考えていると、秋水はこちらに歩いてきていることに気がつく。

 と言うか、祈織の方を見て右手を挙げている。

 え、私なのか?

 確かめるように後ろを振り向いてみるが誰もいない。


「おはようございます。掃除ですか?」


 顔を戻せば、秋水は随分と近くまで寄って来ていた。

 腹に響くような見事なバスボイス。ドスが効いている。

 祈織はその挨拶に一度頭をぺこりと下げてから秋水を見上げ、にへら、と営業スマイルを浮かべた。決して昨日のダブルパイセップスを思い出して表情筋が緩んだわけではない。ないったらない。


「おはようございます。秋水くんは朝からデートですか?」


「ちょっと秋水、この子めちゃくちゃ良い子じゃない」


 羨ましいですね、という言葉を続けるよりも早く、秋水の隣に居た女性がするりと秋水の腕に抱きつき、表情こそあまり変わらないものの目を輝かせたのは分かった。

 その女性は切れ目の美人で、モデルみたいな人である。いや、本当に美人である。マフィアから出向してきましたみたいな秋水と並ぶと美女と野獣感がもの凄い。

 その美女に対し、秋水の表情は優れない。何言ってんだコイツ、みたいな顔である。怖い。


「そうよ、今日は朝からデートなの。素直なお嬢さんには飴をあげましょう」


「鎬姉さん、絡むんじゃないよ。微妙に斧落とされた泉の女神みたいな感じで絡むんじゃないよ」


「金を1つに銀を5つあげましょう」


「玩具の缶詰じゃないよ。しかもそれ、どっちかで十分なんだよ」


「この子同級生なの? 邪な感情が芽生えない程度に大事にしなさいよ」


「大事にするのに何でそんな微妙な制限が掛かってるんだよ。しかも同級生じゃないよ」


 いきなり始まった漫才を祈織は営業スマイルを維持したまま眺める。

 めちゃくちゃ仲が良さそうじゃないか。

 にこにこしながら話を聞きつつ、祈織は2人の関係を推測する。いや推測するまでもないか。秋水の方が美女の方を姉さんと呼んでいたので、姉弟なんだろう。似てねぇ。

 片や女優でもアイドルでもやっていけそうな顔面偏差値エリートクラスの美人に、片や特殊メイクなしでもハロウィンパーティーに参加できそうな極悪人の面構えである。遺伝子どうなってるんだ。

 共通点と言えば2人とも背が高いことくらいだろうか。縮めば良いのに。

 あとは、2人揃って抜群のプロポーションということだろうか。意味は全く違うが。

 いや、秋水の歩くマッスル博覧会みたいなのは、昨日まぶたにしっかり焼き付け堪能させて貰ったが、女性の方の体型もなんだあれ。マウンテンパーカー着ていてもはっきり分かるその山頂は正にマウンテンってか。うるさいわ。

 あれで腰まで細かったら、それはもう同じ女として完全なる敗北だ。寸胴鍋みたいな幼児体型では勝負の土俵にすら立てていないかもしれないが。うるせぇ殴るぞ。

 顔良しスタイル良しとか、世の童貞共皆殺しじゃないか。何故だろう、泣きたい。


「あら、じゃあ下級生?」


「違うよ。この店でちゃんと働いているお姉さんだよ」


「……あら?」


 完全に子供扱いしてきていた美人さんが固まった。泣きたい。

 いいや、良いんだ。慣れている。

 若く見えるよね(好意的解釈)とか、童顔だよね(好意的解釈)とか、小さくて可愛いね(好意的解釈)とか、大人の人と一緒に来ようね(直球的暴言)とか、今までだって散々言われてきたのだ。子供扱いされるくらいいつものことだもんね。思い出に浸るだけでドライアイ予防ができそうだなぁ。


「おはようございます、質屋 『栗形』 の店長を務めさせて頂いてます、栗形 祈織と申します」


「あ、あらぁー?」


「あらーじゃないのよ。発言が既にアラだらけなのよ」


 美人さんに向けてぺこりと頭を下げてから自己紹介をしてみると、女性の方は明らかに困惑した様子である。貴様に背の低い女の気持ちは分かるまい。

 しかし、考えてみると秋水は出会い頭から祈織のことを年上として扱っていた気がする。

 やはり大人としても魅力は、分かる人には分かるのだろう。もしかしたら大人の魅力がフェロモンとして出ていたのかもしれない。言ってて悲しくなるから止めよう。


「ご、ごめんなさいね。とても若く見えるものだからつい……」


「はは、チョコボール美味しいですよね……」


 困惑したまま謝罪の言葉を口にする美女と、死んだ魚の目をしてしまう幼児体型。気温も寒いが心も寒くなってきた。

 二人の様子に秋水が、はぁ、と溜息をつく。


「……栗形さんと言うのですね。昨日はどうも、お手数をおかけしました」


 二人の間に割って入るような形で秋水は一歩前に出て、胸に手を当てながら軽くお辞儀をしてきた。

 やはり、顔に似合わず紳士的である。

 姉の方にはフランクというか若干塩な対応ではあるが、昨日から祈織に対しては一貫して敬語かつ丁寧に接してくれている。本当に中学生だろうか。

 一歩前に出てきたことにより、祈織は秋水の顔を見ようと上を見上げる。ストレートネックの予防体操だろうか。首が痛ぇ。


「いえいえ、私も良い物を見させて頂きましたからね」


 アンクレットのことである。

 いやらしい意味など一切ない。

 ないのだ。


「ところで、秋水くんは姉弟で散歩ですか?」


「ああ、いえ。こちらの店に用事があったのですが、時間も時間なので開店が何時からなのかだけ確認をしに」


「え、ウチ?」


 秋水が目を向けた先は、祈織の店である。

 あらまあ、連日の客入りだ。

 祈織が店長を引き継いでから、客が連日で訪れたことなど一度もなかったので素で驚いてしまった。

 しかし遅れてから、ああ、と納得して隣の美人さんの方へと目をやった。バチクソ目が合った。

 きっと昨日のアンクレットを、この姉の名義で売りに来たんだろう。


「こちらのお姉さんの名前で?」


「はい、丁度良く捕まったので連れて来ました」


「え、2人の間で話が通じているみたいだけど、私には意味もニュアンスも一切伝わってこないわ。ねえ秋水、私は一体今からなにに名前を貸さなきゃいけないのかしら。連帯保証人とかなら絶対名前貸さないわよ。あれって法的拘束力ヤバんだから」


 話を通していないのか。

 秋水はしれっとしているが、美人さんの方はあわあわしている。

 表情の変化はいまいち乏しいクール系の美女ではあるが、口を開くとなかなかに愉快な人だ。


「んー、開店は11時なんだけど……」


「なるほど、承知しました。それではまた時間を改めさせて頂きます」


「ねえちょっと秋水、答えてくれないと私の不安がマックスハートなんだけど。ドキドキデートが別の意味でドキドキしながら2時間待つ感じになっちゃうわよ私。今日は情緒が乱高下激しくてそろそろ情緒不安定になりそうよ」


「ほら鎬姉さん、どっかで時間潰してからもう一回来ような。それから鎬姉さんは元々情緒不安定だよ」


「待って今日の秋水ちょっとドS過ぎじゃないかしら。私の中の新しい扉が今日だけでもう半分以上無理矢理こじ開けられちゃってるのよ。これで強い口調で命令されたら何でも従いそうになるからそろそろ本当に止めて」


 何だろうか、秋水の方は姉に対して明らかに塩対応なのに、姉の方は秋水に対して向けている愛情があまりにもデカすぎる気がする。ブラコン、で良いのだろうか。

 鎬と呼ばれていた美女に対して祈織は若干引き気味になりながら、祈織は家を出る前に見た時計の数字を思い出す。

 開店までは、2時間程か。

 今日は寒い。雪が降りそうだ。

 ふむ、と祈織は一度考えてみて、いや考えるまでもないか。


「時間を潰すくらいなら、店の中にどうぞ」











 待たせるのも申し訳ないという理由が半分、どうせ開店させた所で暇なのは変わらないのだという理由が半分。そこに寒いから掃除したくなかった気持ちがスパイス程度の理由として付け加えられ、開店前ではあるものの美女と野獣の姉弟を店へと招き入れた。

 外よりはマシかもしれないが、店内もひんやりとしている。


「あ、暖房付けてない」


「お構いなく。最近は光熱費も馬鹿になりませんから」


「いえいえ、私が寒いの苦手でしてね。はは、冷え性なんですよねー」


 開店時間前なので当然の如く暖房は付けていなかった。

 秋水は気を遣わなくても、と遠慮しているが、建前もクソもなくぶっちゃけた話として寒いのは祈織の方である。北風と太陽作戦で秋水のコートは早く脱がしてやりたいとか思っているわけではない。決してない。

 ピッ、とリモコンで暖房の電源を入れ、近くにあった棚にニット帽と手袋を置いてから、祈織はてとてとと店のカウンターへと小走りで駆け寄る。

 カウンターの下の棚をひょいと覗き、その棚から売買契約書とボールペン、品物を預かる敷き布などをぽいぽいと取り出していく。


「申し訳ありません、開店時間前に押しかけてしまって」


 カウンターの方へと近寄ってきた秋水は申し訳なさそうにしているが、こちらとしてはせっかくの客なのだから逃すのは悪手なのだ。

 とか言うのをドストレートに言うのも何なので、祈織はふふーんと偉そうにない胸を反らす。


「いいんですよ。秋水くんはまだ子供なんですから、大人のお姉さんには甘えなさい」


「秋水のお姉さんは私よ、甘えさせないわ」


「鎬姉さん急にしゃしゃり出て張り合わないで。話がややこしくなるからステイステイ」


「ややこしくなる以前に話の内容が分からないんだもの……」


 にゅっと生えてきたのは鎬と呼ばれている美女。

 やはりブラコンだ。実在するのかそんな姉。こんな肉感と顔面偏差値の暴力みたいな姉が特大の矢印を向けてきては、弟の方は性癖が歪みそうで心配だ。だから秋水はこんなこの世の悪を煮詰めたような顔になってしまったのだろうか。痛ましい。

 その鎬の方は、まだ自分が呼ばれているわけが分かっておらずに不安そうにしている、という様子もなく、心情を窺えない無表情のまま店内をきょろきょろと見渡していた。

 暇なおかげで掃除は欠かしていないのだが、あまりじろじろ見渡されると、ちょっと心配というか、ちょっと照れるというか、複雑な心境になってしまう。

 様々な骨董品が並んでいる店内を一通り見渡してから鎬は、ふーん、と鼻を鳴らした後、秋水へと向き直る。

 今の、ふーん、は何の意味が込められていたのだろうか。なんか怖い。




「で、秋水は質入れに来たのよね? 止めなさい。私が貸すわ」




 はっきりと言い放った言葉に、秋水の方はきょとんとした表情になり、祈織の方は手強いのが来た、と戦慄した。

 買い取りとかじゃなく、質入れ、と言ったぞ。

 この美人、普通にこちら側の知識を持ってそうだ。


「質屋の利息は月で9%までいけるわ。月利よ。ウォーレン・バフェットも真っ青になるわ」


「え、ウォーレ……だれ?」


「全世界株の20年平均リターンより高い利息の借金をして良いのは、それ以上のキャッシュフローを期待できる場合のみよ。それ以外はラットレースへの入場チケットでしかないわ。止めなさい。質屋は短期であろうと借金よ」


 すらすらと喋る鎬の言葉に淀みが一切ない。

 一方で、秋水は言われている言葉の意味が良く分かっていなさそうである。実のところ祈織も半分以上は意味が分からない。

 なんか外国の方の名前が出てきた。全世界株とはなんぞ。キャッシュ、ラット、何だって?

 ただ、聞いているだけで、あ、この人頭良いんだなぁ、というのだけは分かった。顔が良くてスタイル良くて頭が良いとか、バグじゃなかろうか。

 しかしながら、質屋としての領分の話は理解できる。

 質屋は本来、品物を担保としてお金を貸し出す、言わば貸し金の店である。

 担保として質入れされる品物を預かっているので、借りたお金が返せなくなったところでその担保の品を流して回収するだけなので、ヤミ金業者のように借金取りに追われる心配がない。

 そういう点ではクリーンを自称してはいるものの、結局は貸金業者だ。同じ穴のなんとやら、と言うと同じ職種から袋叩きにされる。

 しかしながら、こちらの貸し金はあちらの借金である。

 借金である以上、利子はつけて返して貰わないといけない。


 利息、金利、複利。これらを理解できないと、金融の世界では必ず食いものにされる。


 鎬の言葉の半分以上は良く分からない。

 だが、秋水のことを心配しているのだな、というのは分かる。

 まあ、それを店主の前で言ってくれるなとは思うが。


「あー、お姉さん。えっと、鎬さん、でよろしいですか?」


「ん? ええ、はい」


「ウチの月利は2%です。流石に9%まで毟り取ってる質屋は今時はないですよ」


「……年利で25%超えるじゃないの。26.8%って、ボラ場で待ち構えてもそうそう叩き出せないわよ。10年待たずにテンバーガーよ」


「複利計算速ぁ」


 思わず素で言い返してしまった。

 月利2%なら、1年は12ヶ月だから年利24%とか、そんな頭がお花畑な回答ではない。

 これは駄目だ。

 貸し金の店としての対応をすれば、絶対に噛みついてくる。長期間は貸し付けしないですよとか言っても絶対反論してくる。

 この人はあれだ、きっと高学歴秀才ウーマンだ。神様から愛され過ぎだろズルすぎだろ。


「ちなみに秋水くん、買い取りじゃなくて質入れで良いんですか?」


「えっと……まず、質入れって何ですか?」


 話の方向を丸ごと秋水へとぶん投げてみると、こちらは良く分かっていないらしくて安心した。

 中学生からしてみたら、質屋とリサイクルショップの違いなんて分からないだろう。


「じゃあ、あのアンクレットは完全に売り払いたいのか、それとも3ヶ月以内に買い戻す予定があるのか、って質問ならどうですかね」


「ああ、売ります」


「なら買い取りですね。こちらは売買なので借金にはあたりません。どうですか鎬さん」


 簡潔に話をまとめ、再び鎬へとぶん投げる。

 む、と鎬が眉を顰め、またもやぐるりと店内を見渡す。

 内心で、また何か噛みつかれるのかなぁ、と少し怯えるものの、祈織はにこにこと営業スマイルは崩さない。


「……もしかしてここ、アンティークショップなの?」


 若干申し訳なさそうなその声が、ぐさり、と祈織の胸を突き刺した。

 アンティークショップじゃない。

 骨董品店じゃない。

 ここは質屋なのだ。

 ちゃんとその資格も取ったのだ、頑張って。

 噛みつかれこそしたものの、久しぶりにちゃんとした質屋としての扱いを受けたのに、手の平を返されてちょっと悲しい。何だかこの10分程でメンタルがボロボロである。


「はは、一応は質屋で合ってます……質屋なんです、一応……」


「……これは、重ね重ねごめんなさいね」


「ほとんどリサイクルショップみたいなもんですからね、ウチ」


 口元に手を当て、これは失礼と謝ってくる鎬に、がっくりと祈織は肩を落とす。

 新年度からはリサイクルショップに看板掛け替えようかなぁ。思わず遠い目をしてしまう。

 誤解は解けたのかと様子を窺っていた秋水は、ここでようやく背負っていたリュックサックをごそごそと下ろし始めた。

 そう言えばマッチョな人はリュックサックをよく使うと聞くが、あれは発達した肩の筋肉のせいで凄い撫で肩になるからなのかなぁ、と祈織は遠い目をしたまま関係のないことを考える。傷ついた心は逞しい筋肉を見て癒やすしかない。服捲ってくれないかなぁ。


「鎬姉さん、もう良いかな」


「ええ……いえ、ちょっと待って」


 リュックの口を開こうとしながらも、律儀に鎬へ尋ねる秋水に対して、その鎬は一度OKを出した後、すぐに待ったをかけた。

 秋水に向けたストップコールのハズなのに、どきり、と祈織の心臓の方が止まりそうになる。

 心臓に悪いぞこの美人。


「確かに買い取りには……そうね、保護者の明確な承認が必要なのは理解しているわ」


「うん、そうなんだってな。昨日教えて貰った」


「つまり、なに? リサイクルショップに物を売る付き添いのために、私はあんな悪辣な後出しじゃんけんみたいなのに嵌められたの?」


「え、あくらつ……?」


「……嘘でしょ秋水。あなた無意識であんな外道商売みたいな交渉を嗾けてきたというの? 言ってくれたらタダでも喜んで付き添ったわよ私」


 なにやら良く分からないが、2人の間で行き違いがあったらしい。

 すわ姉弟喧嘩か余所でやれや、と思ったものの、ショックを受けているっぽい鎬に対して、ふーん、と秋水は全く興味なさそうにリュックの口を開いて中をごそりとまさぐっていた。

 傍から見てもこんなに大きい矢印をぐいぐいと向けている姉に対して、これはあまりにも冷たくないだろうか。こちらに対しては丁寧な言動を崩していないだけに、秋水の鎬に対しての塩対応がかなり目立つ。


「ああ、お姉ちゃん、もう8割方扉が開き掛けてるわよ」


 いや、塩対応が正解かもしれない。




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