27『真面目に向き合い真面目に殺す』
3体の角ウサギを相手取った昨日の帰り道、別の戦い方というのを模索しながら帰ったことはある。
だが、実のところそれ以降も、戦い方というのは基本的にバールでぶん殴るスタイルであった。
それは角ウサギの 『妙な力』 である光の粒子を自分自身に取り込むことができると発見したからで、数をこなそうとして速攻で決着を付けられる鉄板パターンのバールでぶん殴りフェスティバルが一番効率が良かったからだ。
つまり、今日の早い段階で、単体での角ウサギは既にただの経験値、という餌のように秋水は捉えてしまったのである。
これは、良くない。
「良くないなぁ」
突っ込んできた角ウサギを、慌てることなく秋水は冷静に回避した。
手には何も持っていない。
いつものバールは腰ベルトに差したままである。
ライディンググローブをしている時点で素手という表現をして良いのか迷う所だが、それでも秋水はほとんど武器なしの状態である。
「まあ、それでもっ」
角突きタックルを避けられ角ウサギは、着地してすぐに振り向いて秋水を確認する。
いつもならとっとと追撃をかけている所だが、秋水はそのままの体勢で待ち構えていた。
角ウサギの体勢が僅かに下がる。
溜めのモーション。
跳び掛かる予備動作だ。
地面の岩を削るかのように蹴り、角ウサギの2撃目が襲いかかる。
視えている。
反応できる。
再び迫り来る槍のような角を、秋水は余裕をもってひらりと躱して。
「何とかなる、よなぁっ!」
横っ腹から、捕まえた。
弾丸のような角突きタックルを躱し、横を通り過ぎる瞬間に秋水も角ウサギに対してタックルを嗾けたのだ。
レスリングのタックルのように綺麗なフォームではない。そもそも秋水はレスリングのことをよく知らない。
それなりの質量がそれなりの速度で跳んでいる途中なのを無理矢理捕まえたので、それ以上の体重であるはずの秋水も流石に踏ん張りが利かず、捕まえた角ウサギと共に地面に転がるが、もふっとしたその感触を逃すまいと力を込めて抱きついたのが良かったのか、角ウサギは秋水の腕からすっぽ抜けずに済んだ。
角ウサギと共にごろんと1回だけ地面を転がり、秋水はすぐに足を着けて踏ん張る。
「今度から格闘技とか勉強すっかな!」
片膝立ちの状態になり、立てた膝の上にひっくり返した角ウサギの背中を押しつけた。
角ウサギも秋水から逃れようとすぐに暴れ始めるのだが、それは捕まえた段階で既に予想できている。
物理的におかしい脚力を誇る脚も、関節の根元を意識して押さえれば暴れた所で被害は出ない。これが軟体生物のように関節なんて知ったことかという動きをするならともかくとして、普通のウサギの体を模して普通のウサギと似たような動き方しかできない角ウサギならば、これで大丈夫、なハズである。
そして脚側を押さえるのとは反対の腕で、角ウサギの首元を締め付ける。
秋水は格闘技や武術のことはよく知らない。
効率の良い殴り方とか、正しい武器の使い方とか、そういう知識があまりない。
こうやって戦うことをこれからも続けるならば、基礎的な戦い方は勉強した方が良いかもしれない。
しかし、現段階でも秋水には格闘技に通ずる知識が一つある。
「サブミッションとかなぁっ!」
関節技だ。
正確には、関節の破壊方法だ。
美寧とか言った高校生が行っていたバーベルスクワットを一目見て、ああ、あれは体壊すわ、とすぐに理解できたのは、それで関節がぶっ壊れることを知っていたからだ。
どの筋肉が伸びているのか。
どの筋肉が収縮しているのか。
どこの関節が曲がっているのか。
どう体の動きを持っていくのか。
そして、どうすれば筋肉に負荷が掛かり、どうしたら関節を痛めるのか。
それらを理解しながら筋トレというのは体を動かすのだ。
そうしなければ腰を痛めたり、膝を痛めたり、肘を痛めたり、だいたいはロクな結果になりはしない。
だが、逆を言えば、どうしたら関節を痛めつけられるのかを知っている。
そして、どういう関節が弱いかを、理解している。
「なぁウサギちゃんよ、猫背は、良くねぇ、なっ!!」
脚の根元と首元に当てた手に一気に力を入れ、膝に当てた角ウサギの背筋を一気に逆反りに引き伸ばす。
ぐぎりと変な感触。
手にはライディンググローブを着けているし、膝にはチタンプレートが入っているので、生々しい感触までは分からない。
いや、そもそも、ぶっ壊すつもりで生き物の関節を逆側にひん曲げたことなど一度もない。
だが、軟らかい肉と、柔らかい関節と、それらが曲げてはいけない方向だと抵抗するよう、弱々しい手応えだ。
ああ、これ、折れるな。
「うり、ぃあああああああああああっ!!」
一気に力を込める。
無理矢理背筋を逆反りに。
抵抗するように角ウサギは暴れているのだが、短い腕ではライディングジャケットを軽く叩くことしかできず、強靱な脚は空を切るばかりでじたばた藻掻くことしかできない。
タイマンだ。
助けは来ない。
フルパワーだ。
筋トレではない。
筋肉への負荷ではなく、筋肉からの出力に全力集中。
全身の筋肉からの力を掛け合わせ、チーティングあり、無呼吸あり、重量上げで言うところの高重量一発上げ状態だ。
総動員した力で角ウサギを一気に引き伸ばして。
ごきり、と生き物からは聞こえてはいけない音がした。
「ふっ」
その感触に、思わず笑いがこみ上げる。
いけない、気を緩めた。
一瞬だけ手も緩んだが、改めてすぐに力を入れる。
ごぎゅ、と、角ウサギの体が冗談みたいな角度で海老反りになった。
「ふふっ」
笑ってしまう。
ウサギって、こんな角度に背中が曲がるんだな、逆方向で。
バールで殴る感触とはまた違う、生き物の体をへし折るという感触。
「悪くねぇな」
完全にイカレた発言である。
逆側にVの字を描くことになってしまった角ウサギの背骨をへし折ったことを確認してから、秋水は即座に痙攣している角ウサギを地面に転がす。
そして、今度は角ウサギの膝の上に足を置き、その小さな足へと手を掛けた。
角突きタックルの爆発力を生み出す、その脚。
その脚の、膝。
「膝も、こっちには、曲がんねぇよなっ!!」
吠えると共に、一息で引っ張り上げる。
要領はデットリフトと同じだ。
違いがあるとすれば、チーティングありで、殺意もありという点で。
ぼぎっ、と、その脚からのギブアップの悲鳴はすぐに上がった。
いや、秋水の関節の折り方が上手かった。
そして無意識での遠慮もなくなっていた。
一瞬だったなと再び秋水は薄暗い笑みを浮かべ、のそりと立ち上がる。
「おーおー……随分と不格好なオブジェになっちゃってまぁ……」
やったのはお前である。
その下手人とは思えない発言の後、秋水は一息入れてから角ウサギのその角へ手を掛けた。
ここは関節ではない。
だが、角ウサギは既に無抵抗状態である。
背中をへし折られ、自慢の脚の関節もぶっ壊され、それでもびくびくと痙攣するように震えているだけで生きているのだから、十分に化け物と言えば化け物だが。
薄暗い笑みを浮かべたまま、続いて秋水は角ウサギの額へ足を掛け、角をゆっくりと引っ張り上げる。
「んぎぃ……ぎぎぎぎっ、ぐっ、んっ!」
膝を逆側にひん曲げたのと同じ要領で力を入れるが、その角はびくともしない。
折れない。
流石に無理だろうか。
更に力を入れるものの折れる気配は全くなく、早々と秋水は力を緩めた。
「あー、うん、そういや、傷口ない場合ってどうなんだこれ?」
だめだこりゃ、と嘆息しながら、秋水は逆反りにされて瀕死の状態になっている角ウサギを見下ろして首を傾げた。
ダメージ量だけ見るならば、そろそろ死んでもおかしくないのだが。
「んー、光の出てくる傷口がないと、死亡演出が始まらないのかねぇ?」
となると、傷口を作らない関節技では、いつまでも死に損なったままで転がることになるのだが。
だとすれば、生かさず殺さずの状態で永遠に放置できるなら、角を切り落として武器に転用できるはずだ。
良いねぇと秋水は笑って、再び角をへし折るように力を入れる。
「あら、よっと!!」
角ウサギの額を踏んだ足に力を入れてしっかりと固定して、腕と肩と背中と足の力をフルに使って引っ張り上げる。
やはりびくともしない。
ノコギリとか持って来た方が良いだろうか。角さえ手に入れられるなら、随分とダンジョンアタックの助けになるのだが。
もしくは、バールとハンマーで何とかならないだろうか。
別の手段で角を切り落とそうか迷っていると、
ごちゅり、と踏んでいた角ウサギの顔面が沈没した。
「あ、やべ」
顔を踏み潰した感触がした瞬間に慌てて足を退けるものの、時は既に遅く、顔が変形してしまった角ウサギの口からげぼっと光の粒子があふれ出す。
失敗した。角より先に顔面が死ぬのか。
「あー……あらら、残念。次行ってみるか」
言う程残念そうな顔をしないまま、秋水は左手のグローブを外し、その手を嘔吐物かのように光の粒子を噴き出す角ウサギの口元にそっと当てた。
ぞわっとした感覚。
光の粒子を取り込む奇妙な感覚。
背中の毛穴が開くような嫌悪感に、秋水の口元が僅かに上がる。
「おー、いつもより嫌な感じぃ。傷口少ないからか?」
いつもは体を数発バールでぶん殴って傷を複数つけるので、それぞれの傷口から光の粒子が噴き出しているのだが、今回は口からだけである。
そして、その口を塞ぐように手を当てているので、噴き出す光の粒子のほとんどを秋水は取り込むことができている。
なるほど。
こちらの方が効率良いのか。
バールで殴るだけでは、気がつかなかった。
嫌な感覚にしばらく耐えていると、徐々に角ウサギの死体が透明になっていく。
「うぇ……終わった終わった」
そのまま角ウサギが消滅したのを確認した後、秋水はライディンググローブを再び装着しながらゆっくりと立ち上がる。
相変わらず光の粒子を取り込む感覚は慣れないが、それでもその顔は僅かに笑っていた。
人を殺しそうな笑みではあるが。
「……OK、楽しくなってきた」
そして口にしたのは、前の部屋ではすっかりモチベーションが低下していたのとは逆の台詞であった。
なるほど。なるほどね。
小さく呟きながら秋水は入り口に置いていたリュックサックを回収し、ポーションを一口だけ口に含んだ。
「そうだよな。こっちの方が性に合ってるよな」
ポーションをリュックへと戻し、独り言を零した後に休憩も挟むことなくすぐに足を進めることにした。
次に行こう。
次の角ウサギが待っている。
ぶっ殺されるのを待っている。
飽きてきていたはずなのに、たった一戦でワクワク感が復活している。
秋水は、自己解決の能力が非常に高かった。
戦略は変わった。
最初は殺しにかかってくる角ウサギを殺し返すのが純粋に楽しかった。
そうして漠然と強くなろうとしていたところ、角ウサギが3体出てて、身体強化の上限を引き上げる方法が分かって、角ウサギを3体を確実にぶっ殺すため、ひたすら1体ずつ角ウサギを殺しまくる方針になった。
1体ずつ、確実に、効率的に。
突っ込んでくる角ウサギをカウンターで落とし、バールでひたすら殴り続けた。
武器も、防具も、そして戦術も、変更せずに戦った。
それはつまり筋トレで言うところ、同じ方法で、同じ負荷で、同じ内容で、同じ種目を繰り返しているだけと言うことだ。
「そりゃ、飽きるわな」
両膝を逆方向にひん曲げられ、もはや藻掻くように無意味に暴れるだけの存在と成り果てた角ウサギの横っ面を踏みつけながら、秋水は自虐的に一笑する。
出会い頭の突進挨拶を抱き締め引き締め絞り上げ、流れるように膝の可動域を強制的に拡張して、無力化するまでに5秒かかったかどうかである。
バールでぶん殴って殺して無力化するよりも、サブミッションで関節を破壊して無力化した方が早い件。
「チャレンジと失敗の試行錯誤、良いぞ良いぞ」
バールで撲殺していただけでは気がつかなかった発見に、秋水の笑みは深まるばかりだ。
角ウサギ単体に苦戦することは、まずない。
雑魚だという感じは否定できない。
だがそれを、ただの餌だと思い、同じ戦術で何回も戦ったら、それは飽きるに決まっている。
秋水の趣味は筋トレだ。
だが例えば、上腕二頭筋に刺激を与えようと、5㎏のダンベルで、毎日同じ速度とタイミングで、ダンベルカールを20回10セット、やり続けたらどうだろう。
飽きる。
好きな筋トレだとしても、飽きる。
ダンベルカールが嫌なわけではない。
だが、同じ方法で、同じ負荷で、同じ内容で、同じ種目を繰り返したら、飽きるに決まっている。
5㎏のダンベルは確かに軽いが、やりようがない訳ではない。
素早く50回やっても良い。途中でストップを入れながらゆっくりとダンベルカールをするのも良い。上腕二頭筋ではなく肩のためにサイドレイズをしても良い。
手を変え品を変え、こつこつ続ける。
どんな筋トレであろうとも、1日を、1セットを、1回を、真面目に向き合って行うから面白いのだ。
それを筋肥大がどうだと、ダイエットがどうだの、効率がどうだの、と目的を最優先した結果として筋トレという手段そのものが作業的になったら、それは面白くない。
角ウサギをぶっ殺すのも同じこと。
あれは確かに餌だ。
身体強化の上限を引き上げる光の粒子を吐き出す餌だ。
あの光の粒子を取り込んで、身体強化の強化率を引き上げて、複数の角ウサギ相手でも立ち回れるだけの強さを得るための餌だ。
だから殺す。
それは結局、目的に過ぎない。
いくら雑魚でも、いくら簡単でも、いくら負荷が軽くても。
目の前の1戦に、目の前の1体に、真面目に向き合えないのなら、面白くなどあるものか。
違う武器があるだろう。
違う攻撃法方があるだろう。
新しい発見もあるだろう。
本格的に角突きタックルそのものを回避ではなく防御する方法すら考案してないじゃないか。
停滞は緩やかな衰退だ。
悔しいが鎬の言っていたことは正しい。
弱かろうと楽勝だろうと、目の前の相手には礼節をもって真摯に向き合え。
そして殺せ。
同じ殺り方で、淡々と、機械的に殺しては失礼だ。
作業的に殺すな。
創意工夫と殺意をもって挑んで殺せ。
致命的な失敗さえしなければ大丈夫だ。
手を変え品を変え、色々試して、色々失敗すれば良いのだ。
最速で成功するためには、最速で失敗を積み重ねれば良いだけなのだから。
失敗とは成功の糧となる。
ゴキンッ、と、ダンジョンの中に鈍い音が響き渡った。
「ありゃ?」
思わず秋水は間抜けな声を上げた。
角ウサギの顔を踏みつけながら、バールの先端をその角の根元に当てて、反対側をハンマーでごんごんと叩くという釘打ちみたいなことをしている最中であった。
このモンスターに骨格があるかは分からないが、角ウサギを関節技で傷跡なく無力化してから槍のようなその角をへし折って頂いてしまおう、という作業中である。
いや、作業中、だった。
「あー。あらら、まー」
バールを角から外すと、ぶわっ、とそこから光の粒子が噴き出す。
「おーっと、角の傷も傷口としてカウントされるのかー」
嘘だろ、と軽く溜息を吐き出し、しょんぼりとしながら秋水は左手のライディンググローブを外し、その手で角につけた傷の部分を握り込む。
ぞわりとする嫌な感じは、やはり慣れない。
「あーあ、失敗失敗」
あの角があればバールを買い換えるお金が浮くと思ったのにな、と残念に思いながら、秋水は再び溜息を一つ。
角ウサギからは、光の粒子とドロップアイテムと経験以外は持って帰れないようだ。
失敗失敗と繰り返しながら、それでも秋水の口元は笑っていた。
ああ、これだよ、楽しい。
ポーションを世に出そうかどうしようかとか、お金を稼ぐ方法はないかとか、ドロップアイテムはいくらで売れるだろうかとか、ダンジョンを進むためには複数体の角ウサギを相手に立ち回れるようにならないと駄目だとか、そういう副次的なことに気を取られていた。
どれも大事だろうけれど、角ウサギと戦う瞬間にはどれも必要ない。
筋トレをしているとき、周りの雑音がかき消えて自分の体と対話する瞬間と同じだ。
目の前の殺意に対し、ちゃんと殺意で向き合わなくては。
これを忘れては、良くない。
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対戦競技は、そもそも対戦相手がいないと成立しない。
相手がいるからこそ戦えるので、そこに感謝の意味を込めて武道は礼に始まり礼に終わる。
だ、そうです。
へぇー(*'▽')
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