26『飽き、以上の敵はなかなかいない』

 突っ込んできた角ウサギを、慌てることなく冷静に大バールで殴る。

 待ち構えていたカウンターとは違い、野球の如くフルスイングで殴ったときはやはり手応えが大きく違った。

 流石に野球ボールのように弾き返すことはできなかったものの、その一撃で表面が抉られた角ウサギは血飛沫の代わりに光の粒子をきらきら零しながら地面に落ちた。

 ナイスな手応えだ。

 会心の一発に秋水は思わずにっと笑みを浮かべる。


「理解さえしてりゃ、9%も問題ねぇな」


 地面に落ちてバウンドした角ウサギを更に大バールで思いっきりぶん殴り、流れるように蹴り上げた後、追加で金属の棒をもう一発ぶち込む。

 ふわふわの体毛を抜けて皮膚をえぐり取るような感覚。

 肉にめり込むような感触。

 ダンジョンを見つけてから1週間も経っていないにも関わらず、すっかり馴染んでしまった手応えだ。

 そして同じく馴染みのある、角ウサギの傷口からぶわっと光の粒子が噴き出す光景。

 死亡演出である。


「……よしっ」


 カウンター1発に、殴って2発の合計3発での撃破という最速記録に、秋水はジェットヘルメットのバイザーを跳ね上げながら軽くガッツポーズをする。

 確実に強くなっている。

 もしくは確実に戦い易くなっている。

 3%から9%という数字だけ見たら何だか微妙な強化倍率である身体強化も、元よりフィジカルゴリラ、もとい、筋力は人よりある方だと自負している秋水が使えば、6%の強化上限の引き上げが結果として如実に表れてしまう。

 30㎏の重量を持ち上げられる人の9%強化とは2.7㎏の強化だが、120㎏の重量を持ち上げられる人の9%強化は10.8㎏の強化である。その差は8㎏以上だ。

 加えて身体強化で補強されるのは筋力だけではないことは、感覚的ではあるがほぼ確実だ。

 やはり戦いを有利に進めるためには、身体強化の強化倍率を引き上げるのが一番手っ取り早いようである。


「っと、いけね」


 自分の成長に少し感動していた秋水は、はっと思い出してから慌てて光を噴き出している角ウサギへと駆け寄った。

 大丈夫、まだ消えていない。

 まだ死亡演出中の角ウサギを確認してから、急いで左手のライディンググローブを脱ぎ。


「……これは癖になる、これは癖になる、これは何だか癖になる」


 一瞬だけ躊躇ってから、左手を光へと近づけた。

 ぞわっとする。

 もしくは、もわっとする。

 触られてないのに触られている。何もないのに何かある。気持ち悪くはないのに気持ち悪い。

 こちらに関しては一向に慣れる気配すら見えてこないその感覚に、秋水は口をへの字に曲げながら、まるで自分を洗脳するかのようにブツブツと同じ言葉を呟き続ける。

 変な感じがするのは否めない。気持ち悪いわけではないのだが気持ち悪いと表現する他にないのが、結局のところ気持ち悪いという感覚に落ち着くのは確かだ。

 だが、これはこれで悪くない。

 これはこれで癖になる。

 きっとそうなる。

 あれだ、苦くて不味いコーヒーだってブラックで飲む人がいるだろう。風呂屋で水風呂に気持ち良さそうに入っている人がいるだろう。どちらも秋水は苦手だが、そんなマゾみたいなことを好む人は確実にいるのだ。

 だから、これはこれで悪くない。はずだ。

 これはこれで癖になる。はずだ。

 きっとそうなる。はずだ。

 なので角ウサギの光を取り込むとき、秋水は必死に自分へ言い聞かせながら気持ち悪くない気持ち悪さに耐えることにした。

 なあに、筋トレで苦しいとか辛いとか痛いとかを、気持ち良いとかテンション上がってきた、と言い換えているのとやることは同じなのだ。


「癖になれー、癖になれー、癖になれー……」


 それはつまり、自分自身をマゾに調教しようとか言うトンデモプレイみたいな自己暗示なのだが、今のところこれ以外に光の粒子を取り込む奇妙な感じへの対策が思いつかないのだ。

 これ、本当に変な性癖に目覚めてくれたどうしてくれよう。

 しばらく角ウサギの光を取り込むと、その光の粒子を噴き出すという死亡演出が終わり、角ウサギの死体は姿を消す。


「……うぇ」


 ようやく奇妙な感覚から解放された秋水は、そこでやっと一息つくことができるのだった。











 連日で鎬と遭うことが確定してテンションがすっかり下がった秋水は、それから一眠りした後、本日2回目のダンジョンアタックへと繰り出していた。

 セーフエリアの整備をしようかとか考えていたが、あれは嘘だ。セーフエリアの改善よりも、下がったテンションを上げるためにダンジョンアタックを優先するのだ。そして今はダンジョンアタックは少し都合が悪いとも考えていたが、あれも嘘だ。と言うかポーションをいつ飲むか分からない鎬からの連絡を待とうかという都合など、早々にクリアしてしまったので悪い都合などなくなったのだ。

 良く分からないテンションでダンジョンに秋水は降りたが、どちらにせよ今日は角ウサギが3体待ち構えている部屋までは進まないつもりでいる。

 武器の変更はなし。

 防具の変更はなし。

 戦術の変更はなし。

 戦略に変更あり。

 今日はもう、ひたすらに単独の角ウサギを狩りまくり、光の粒子をガンガン取り込んでいくことにした。

 たぶんだが、あの光の粒子を取り込むことで、身体強化の強化倍率を引き上げることができる。今日はとにかく光を取り込んで、身体強化を鍛えることに費やすことにした。

 身体強化の強化倍率を可能な限り引き上げて、フィジカルでゴリ押す。

 今のところは装備品の変更や戦術の変更をするよりも、3体の角ウサギに対して考えられる中では最も有効な手段である。

 なので、その身体強化を強くするための餌として、今日は延々と角ウサギ狩りをする。

 そう決めてダンジョンへと潜ったのだが。


 根本的な問題が発生してしまった。




「……やべぇ、つまんねぇ」




 すでに角ウサギを10体狩り、もう少ししたら3体の角ウサギが大歓迎してくれる部屋まで到達した秋水は、一休みで腰を下ろした途端に深い溜息を吐き出すこととなる。

 どうにもこうにもテンションが上がらない。

 そもそもテンションが下がった状態でダンジョンアタックへと繰り出してきたのだが、テンションが上がったのは本当に最初だけで、2戦目以降からは明確に秋水のやる気が削がれていた。


「これあれだ、スマホゲームでのあの感覚だ」


 何と言ったかだろうか、ゲームで言う所の経験値稼ぎだのレベル上げだのいう感じだろうか。もしくはアプリゲームのデイリークエストとかいうやつか。

 いつだった妹に勧められてアプリゲームを少しだけ触ったことがあるのだが、それに速攻で飽きたときの感覚に似ている。

 毎日こつこつと素材とかいう良く分からんデータを集める必要があるだの、毎日雑魚狩りして毎日一定の良く分からんアイテムが貰えるだの、そういう 『やっている』 ではなく 『ただの作業』 という感覚だ。

 妹からは毎日こつこつ筋トレするんだから、こういうゲームと相性良いんじゃないかなぁ、というノリで勧められ、秋水自身も毎日継続して何かをすることは得意な方だから確かに性に合うかもなぁ、とやってみたのだが、10日も保たなかった。と言うか3日目で飽きていた。

 今の状況は、それに似ている。


 単体の角ウサギをぶっ殺すのが、もはや 『ただの作業』 レベルになっていたのだ。


 弾丸のように突っ込んでくる角突きタックルも、真っ正面からのはもはや見飽きた。

 角突きタックルは確かに速いのだが、反応できるかどうかは別としても身体強化なしの段階で目視自体はそもそもできていた。なにも雷のような電光石火と言うわけでもないのだ。

 そして身体強化は動体視力や反射能力にも作用しているので、現状では身体強化をフルに活用すれば角ウサギが地面を蹴ったのを確認してからでもギリギリ反応できてしまう。予備動作を確認してからだったら、余裕を持って対応できるくらいだ。

 それも考えてみれば当たり前のことである。

 30㎏の重量を持ち上げられる人と120㎏の重量を持ち上げられる人、と同じ理屈だ。

 時速5㎞の9%は時速450mで、時速100㎞の9%は時速9000mである。

 動体視力の強化というのは、速ければ速いものほど効果が如実に表れる。

 そして角ウサギその速さを活かして突進してくるしか能がない。身体強化という妙なパワーアップはそんな角ウサギに対して相性抜群であり、角ウサギからしたら最悪な相性だ。

 少なくとも、『目では追えるが反応できるかはギリギリ』 という状態から 『目で追って反応できる』 になってしまっては、真っ正面からタイマンで角ウサギが勝てる見込みはほとんどなくなった。


 だからこそ、角ウサギを殺すのが 『ただの作業』 になってしまった。


 早々と飽きてきた。

 似ているとかではなく、アプリゲームに飽きてきたのともはや同じだ。

 確かに毎日こつこつと継続していくことは秋水の得意分野ではあるものの、アプリゲームとかとは方向性がそもそも違う。

 筋トレならば毎回毎回と種目を変え、内容を変え、負荷を変え、新しい方法を取り入れ、そうやって毎回真面目に向き合って自分自身の身につく事柄ならば、秋水は恐ろしくストイックにこつこつと継続し続けることができる。

 だがアプリゲームは性に合わなかった。デイリークエストとかいう同じ内容を、無味乾燥とこなした瞬間に虚しくなったのは鮮明に覚えている。スマホのボタンをタップした瞬間に、『何やってんだ俺』 と急に冷静になってしまったのだ。

 いやこれ、ゲームキャラのレベル上げても現実の自分がパワーアップするわけじゃないしなぁ。

 それにゲームでお金持ちになっても、現実で財布の中にお金が湧いてくるわけじゃないしなぁ。

 そもそもこれ、自分自身になんのフィードバックもされないのに、24時間しかない自分の時間をただただ無意味に消費するだけだよなぁ。

 男子中学生の感想だろうかこれは。

 別にアプリゲームが全て駄目だという気はないが、秋水がやったそれに関してはとにかく秋水の性に合わなかった。

 勧めてきた妹には、すまねぇ、と謝ったが、友達紹介の特典貰ったから万事OK、という秋水には理解できない理由で許された。




「つっても、これゲームじゃないし」




 持って来ていたサラダチキンをもしゃもしゃと食べながら、秋水は首を捻る。

 確かにアプリゲームには飽きた。

 RPGのレベル上げとかいうのも無駄だよな、と思っている。

 だが、これらの原因は、秋水自身に何の恩恵もない時間の浪費、という状態が性に合っていないのだ。

 時間を掛ける以上は何らかのフィードバックを得なくてはならない。時間は平等に流れる以上、停滞とは緩やかな衰退である。

 そう豪語した鎬に対し、アインシュタインのさぁ、と揚げ足を取ろうとしたら凄い目で睨まれたのは良く覚えている。

 ただ、鎬の言ったことに関しては完全に同意できる。

 そういう考え方がベースにあるため、ゲームのように何のスキルアップにも繋がらずに時間を無意味に浪費する 『ただの作業』 を秋水は嫌っているのだ。

 なのだが。


「俺自身にメリットはあるハズ……なんだけどなぁ」


 角ウサギを殺すのは、アプリゲームで遊ぶのとは違う。

 どちらかと言えば、こつこつと継続する内容としては筋トレと同じで秋水の得意とする分類のはずだ。

 極端な話、角ウサギを殴り殺すのは良い運動になる。野蛮な感じではあるがストレス発散もできる。

 それにダンジョンの中を歩き回るのだって、ウォーキングと考えれば良いことのハズなのだ。

 そしてそれ以上に。


「身体強化を鍛えるには今のところこの方法しかないしな」


 これである。

 ある意味では筋トレで筋肉を鍛えるのと同じだ。

 身体強化の強化倍率を引き上げるのは、正に秋水自身にフィードバックをされ、力が身につくという内容である。

 ゲームと違って、本当に自分自身に力が身につく。


 なのに、テンションが上がらない。


 筋トレと何が違うというのだろうか。

 モヤモヤとしたものを抱えたまま、秋水は大きく溜息を吐き出した。

 食べ終わったサラダチキンのゴミをビニール袋に入れてからリュックに突っ込み、ついでにリュックの中身をちらりと確認する。

 そこには今回の収穫品である、角ウサギのドロップアイテムが3つ入っていた。

 これだって、時間を投下して得られたフィードバックと言えなくもない。

 今の段階では売れないというだけで、資産価値自体があることは知れたのだ。18歳になって売却が可能になれば、これもお金に換えることができる。

 ゲームと違って、本当にお金を得られる。


 だが、何か違う。


 何とははっきり言えないが、何かが違うのだ。

 角ウサギを一体ずつ血祭りに上げれば、死亡演出で出てくる光の粒子を取り込んでパワーアップを図ることができ、たまに資産価値のあるドロップアイテムが出てくる。

 普通に考えたら最高じゃないか。

 角ウサギはすっかり雑魚だ。

 タイマンでは既に相手にならない。

 そんなローリスクに対し、得られるリターンはかなり大きい。

 最高ではないか。

 普通に考えたら。




「…………いや、進歩がねぇな」




 ぼそりと秋水は呟く。

 そもそもの話だが、身体強化の強化倍率を引き上げようとしているのは、複数体の角ウサギを有利に相手取るためだ。

 フィジカルによるごり押し。

 レベルを上げて物理で殴る。

 それを行うための下準備である。


「で、雑魚狩りに飽きてきた……は違うな」


 即行で否定する。

 これはゲームではない。

 だから、ゲーム的な理由ではないはずだ。

 もっと単純に、筋トレで例えてしまうなら。


「……そうだな、うん、そりゃそうだ」


 呟きながら秋水は立ち上がり、ダンジョンの中を歩き出す。

 角ウサギが1体で待ち構えているのは13部屋。ならば、あと3戦、そして再出現を待てば帰り道でも戦える。

 ダンジョンの通路をしばらく歩けば、次の部屋。

 そこには当然のように、角ウサギが可愛い顔をして待ち構えていた。

 部屋に入れば角ウサギは跳びかかってくるだろう。馬鹿の一つ覚え、角突きタックルだ。

 それをカウンターで殴り落とし、2発程思いっきりぶん殴れば角ウサギは死ぬ。

 とりあえずこれが鉄板のパターンだ。

 現状の装備では、一番手早く角ウサギを殺せるパターンだ。

 これで多くの角ウサギを屠ってきた。

 何体も、何体も、同じパターンで。


 それはつまり筋トレで言うところ、同じ方法で、同じ負荷で、同じ内容で、同じ種目を繰り返しているだけと言うことだ。




 秋水は、バールを手に持たず、無手のまま部屋に足を踏み入れた。




「さて、もうちょい真面目に向き合ってみようかね」




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 スマホゲームをディスっている作者はブルアカ民。

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