25『鎬モルモット』

 変な店だったなと思い、秋水はリサイクルショップを後にした。

 結局の所、金銭的にはなんの成果も得られなかったが、角ウサギからのドロップアイテムである白銀のアンクレットにそれなりの価値があることだけは分かった。ただし売ることができないので、これが本当の宝の持ち腐れというオチとなってしまったが。

 自転車を流しながら、本日何度目になるか分からない溜息をつく。

 いや、本当に残念だ。

 無茶苦茶に残念だ。

 ごめんねー、とリサイクルショップの店員は謝っていたが、問題なのは法律の方であって、店員は一切悪くない。いや、法律の方だって悪いわけではない。悪いのはそういう法律があることを知らないでリサイクルショップに持ち込んだ秋水の頭である。

 余計な手間を取らせて申し訳なかったので、謝罪の気持ちを込めてやっぱり腕触ってみますかと店員の女性に聞いてみると、女性はやはりたっぷりと時間を使って迷ってから


「……いや、それすると、お姉さん、警察につか、捕まっちゃう、から」


 と唇を噛み締めがら辞退した。

 いや捕まりゃしねぇだろ。

 これは秋水の勘でしかないのだが、わざわざ秋水の体格に対して話題を振ってきた以上、店員の女性は男性の筋肉自体には興味がないわけではない様子ではある。

 まあ、見知らぬ野郎の体を喜んで触る女性など、普通はいないか。

 そう考えると、上腕二頭筋触りますかとか、謝罪も何もセクハラのような発言でしかなかった。さらに申し訳なさの上乗せである。

 ただ、代わりにと言って店員の女性はダブルパイセップスして見せてとか言ってきたので、ドン引きされてなかったのには助かった。

 とりあえずフロントとバックでダブルパイセップスとラットスプレッドをしてみせたが、別に絞っても追い込んでもいない上に、ただのTシャツの上からなので大して見応えもなかっただろう。申し訳なさ三段重ねだ。店員の女性が涙を流しながら手を合わせて拝んでいたのには恐怖を感じたが。


「もーお姉さん、古物営業法無視しちゃおーかなー」


 やめなはれ。

 やはり変な店、と言うか変な店員だった。











 少し寄り道をした後、家に着いたのはおやつの時間ぐらいだった。

 やはりナンは腹に溜まるなと感じつつ、牛乳で割ったプロテインを追加で腹に流し込み、すっかりくつろげる場所となったダンジョンのセーフエリアで今から何をしようかと考える。

 日付が変わる前から動いていたので、少し昼寝をしても良いかもしれないと思う反面、生活リズムがぶっ壊れそうなのが地味に怖い。

 今はまだ良いのだが、明日は冬休みの最終日だ。


 そうなのだ、明後日からは学校だ。


 考えただけで憂鬱である。

 嫌いというわけではないが、好きというわけでもない。

 苦手というわけでもないが、得意というわけでもない。

 勉強をするだけならば問題はないのだ。勉強そのものはむしろ好きな方である。知らないことを知るのは楽しいじゃないか。

 ただ、居心地が悪い。

 勉強以外、普通に居心地が悪い。

 友達は1人もいないし、気軽に喋れるクラスメイトもいない。

 独りは慣れている。それ自体に苦痛は感じない。

 ただ、居心地は悪い。


 と言うより、雰囲気が悪い。


 それは当たり前か。自分のような図体がデカい悪人面が中学校の教室に平然と座っていたら、そのクラスの雰囲気が悪くなるのは当然と言えば当然だ。

 休み時間などは本を読んで目立たぬように気を遣ってはいるのだが、秋水の体格で、目立たない、などまず不可能だ。

 昼休みに教室で弁当を食べようなどしたときには、他のクラスメイトが退避してしまって秋水の周りの席に誰も居ないとかいう状況になったこともある。

 それ以来、昼飯は教室で食べず、他に人が居なさそうな校舎端の階段で食べるようにしている。

 体育や美術の授業で 「はい、二人一組になってー」 というパターンは正に最悪の一言である。

 コイツとだけは組みたくねぇ、というオーラをクラスメイト全員が漂わせ、最終的に余り者同士で組むこととなる気の弱そうな男子生徒はいつも青い顔をしている。別に取って食いはしないのに。

 そんな風にクラスメイトから異物・腫れ物のような扱いをされているので、居心地がとにかく悪い。

 なるべく目立たないように。

 なるべく威圧しないように。

 なるべく干渉しないように。

 なるべく怖がられないように。

 気を遣って気を遣って、それでもクラスメイトに不快感を与えてしまうことには、ひたすら申し訳なさという罪悪感を抱いてしまう。

 まあ、いじめを受けていないだけマシか。

 そうやってポジティブに考えたところで、学校生活が憂鬱なのには変わりがなかった。


「ま、あと2ヶ月ちょっとの我慢だなぁ」


 ふあぁ、と小さく欠伸を一つ。

 そんな憂鬱で居心地の悪い中学校生活も、あと僅かなものである。

 それが終われば高校に進学して、金を稼ぐためのアルバイトも無事に解禁だ。

 行こうとしている高校だって、受験自体は秋水の学力ならなんの問題もない。面接で落とされる可能性がないわけでもないが、それでも進学はできるだろう。

 別に高校生になったら友達ができるとか彼女ができるとかは期待してないが、周りのクラスメイトが大人に近づくにつれ、非常に大人びた外見をしている秋水の突出性はだんだんと埋没していくはずである。顔が怖いのはどうしようもないが、クラスメイトが秋水をビビる要因の一つは、時間が解決していく要因でしかないのだ。

 それを考えると、本物の大人に混じって働くことができるアルバイトというのは、意外と秋水には合っているのかもしれない。

 今のうちからバイト雑誌読もうかな。

 そう思って畳に敷きっぱなしの布団の上にごろんと転がる。


「んー、やっぱちょっとだけ昼寝するか」


 学校のことを考えるのは止めだ止めだと思考を切り替え、ついでに再び欠伸をかましてから、秋水はそのまま布団の仲にごそごそと潜り込んだ。

 生活リズムがぶっ壊れるのは怖いが、今はまあまあ眠いのだ。

 少し寝て、起きたらセーフエリアの整備をしようかな。

 ダンジョンアタックをしても良いのだが、今は少し都合が悪い。

 とりあえずは一休みだ。

 すぅ、とリラックスするように深く長く深呼吸のように息を吐き出す。

 寝付きの良い方である秋水は、そのままゆっくりと意識を落とし




 その前に、スマホからの着信音。




 ニュースの通知か?

 一瞬そう思ったが、着信音が長い。

 目覚ましのアラーム、は音が違う。

 なんだ、緊急事態の警報か?

 寝ようと思っていた丁度のタイミングを邪魔されたことに秋水は少しだけむすっとしながら体を起こし、枕元に置いたスマホへと視線を落とす。


「……いや、食い付き早っ」


 スマホの着信音は、秋水がほとんど使っていない電話の着信音であった。

 そして、その電話の相手は。




「鎬姉さん、もうポーション飲んだのか」




 棟区 鎬。

 秋水の叔母である。

 ポーションを渡して別れたのは2時間ちょっと前。

 生水はちょっと、と難色を示していたわりには、なかなかどうして、都合の良い、じゃない、優秀な被検体じゃないか。

 鎬の名前が表示されているスマホの画面を見ながら、にやぁ、と秋水は人の悪い笑みを浮かべた。眠気はすでに吹っ飛んだ。


「いやいや、待て、待てよ俺。すぐに出たら待ち構えてたみたいじゃないか」


 ごほん、と咳払いを一つ。

 秋水は少しじらすように数秒待って、電話を開く。


「はいはい、しの……」




『秋水、今すぐウチに来なさい』




 数時間前に別れたばかりの叔母は、挨拶もしてくれなかった。


「え、ヤだ」


『フるのが早いわ。少しは考えなさいよ。スピード離婚じゃないの』


「そもそも結婚してないんだわ。て言うか怖っ、なんで開口一番に呼び出し喰らわされてんの俺」


『ダーリン、二人の愛の巣に帰ってらっしゃい、あなたの可愛い新妻が裸エプロンで待ってるわよ』


「ダーリンじゃねぇし、鎬姉さんのウチは独り暮らしの巣穴だし、冬場にその格好は風邪ひくから早く服を着ような」


『酷いわあなた、もう離婚よ』


「二回目だけど結婚してないんだわ。そもそも甥と叔母の関係だと結婚できないんだわ」


『あら、婚姻関係の法律を知っているなんて、さては私を意識してわざわざ法律を調べて事実を知ってショックを受けたなんて可愛いエピソードがあるのね秋水』


「そのエピソードのタイトルはきっと捏造って名前だな。てか鎬姉さん、もうだいぶ飲んでるな、話が変な方向に転がってってるぞ」


『そうだわ秋水、今すぐウチに来なさい』


「ヤだっつってんだろ、酔っ払いの家に行きたかねぇよ」


 電話口で挨拶の代わりのように軽口で殴り合うが、その喋り方から秋水は直感的に鎬がすでに酒をキメているのが分かった。

 鎬は酒を飲んでも口調や喋るテンポが全く変わらず、表情はいつものように真顔のままで、顔色は多少赤くなる程度にしか変化はないのだが、代わりに会話の内容が妙に色恋沙汰や変態チックな方面に傾く傾向が強く、しかも絡んでくる。

 電話越しだとまだマシなのだが、対面状態だと酔っ払った鎬は絡む相手へのボディタッチが急激に増えるという、物理的な絡み酒を披露してくるのだ。普通に迷惑である。

 その被害は今のところ秋水だけで済んでいるのが救いだ。頼むから他人様には絡まないで頂きたい。


『大丈夫よ、まだ全然酔ってないわ』


「具体的にはどんだけ呑んだんよ?」


『日本酒の四合瓶って、なんであんなに早く蒸発するのかしらね』


「蒸発してねぇから。それ全部呑んでるから。そして十分にいっぱい飲んでるよなぁ」


『いっぱいじゃないわ。て言うか、カレーでお腹いっぱいで、ぶっちゃけあんまり呑めないわ』


「じゃあもう寝ちまえよ。どうせ徹夜だったんだろ?」


『人肌恋しいの。お願い秋水、ウチに来て一緒に寝ましょう』


「マジでヤだよ」


『手土産はあの湧き水にし…………そうだわ、あの天然水とやらよ』


 この人だいぶ酔っ払ってるなぁ、と思いつつ適当に相手をしていると、ようやく鎬の口から本題が零れだした。

 自分の口で言っておきながら、その一言で鎬自身も電話をした本題を思い出したのだろう、一拍間を置いた後に鎬が改めて上げた声がワントーン上がった。

 珍しい、テンションが上がっている。


「ああ、店で渡したやつ? もう飲んだ? 硬水っぽくて意外と美味いでしょ」


『え? あ、そうね、ん? 味? えっと、そうね、味は、ええ、覚えてないわ』


「最悪な感想だよそれ」


『いえ、違うわ、そうよ、あの生水よ。あの水、ええ、飲んだわ生水』


「え、もしかしたお腹痛めた?」


『やめて、秋水のことは愛しているけど秋水のその性癖までは愛でカバーできそうにないの』


「性癖違うから。エピソードに引き続き人の性癖まで捏造するのホントやめて」


『でも秋水が興奮してくれるなら私頑張るわ』


「あー、うん、天然水、俺が汲んできた天然水がなんだって?」


『そうよ、天然水よ』


 人の性癖を捏造してこようとする叔母を無視して無理矢理会話を軌道修正すると、再び鎬は食いついてきた。

 ふむ、と秋水は一度鼻を鳴らす。

 電話をしてきた用件は、飲んだというそのポーションのことで間違いないだろう。

 そして電話をできているということは、即効性の毒には転じていない証拠だ。

 しかも電話をするくらいだから、飲んで何らかの効果が如実に出てきたからだろう。

 秋水は思わずにやりと笑った。

 酔っ払ったテンションで、声が聞きたくなった、とか訳の分からない理由で電話をしてくることが年に数回あるので若干の用心をしていたのだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。


『あの天然水は……あー……』


 しかし、ようやく本題に入ったというのに、鎬の口は随分とナマクラな様子である。

 喋り出した口を再び閉じて、あー、だの、うー、だのとしばらく鎬は電話越しに唸り声を上げ、


『いえ、ごめんなさい、ちょっと冷静になるわ』


 急に声のトーンが落ちた。

 いや、正確には、声のトーンが通常に戻った。

 言葉の通りなのだろう。天然水の名を借りたポーションの話題になった途端、鎬の声がワントーン上がった感じがあったのだが、どうやらそれは興奮からくるもののようであった。その興奮状態を静めるために間を置いたのだろう。


 なるほど、つまりそれは、ポーションを服用した効果が、興奮に値するものだったということか。


 これは良い収穫だ。

 と言うより、ほぼ確定だ。

 ポーションを飲んで、直接的に興奮するような効果はない。

 そして、ポーションの効果で興奮できる要素は、一つだけだ。


「ついでに酒も抜いて素面になってくれると助かるよ」


『やめて秋水、秋水の声を聞くと頭が沸騰しそうになるの。私今、こう見えても凄い混乱しているのよ』


「電話で無茶言うなよ。あと、音声通話だと何も見えないんよ」


『ああ、耳元から秋水の声が私の脳を舐ってくるわ』


「もうヤだ、この酔っ払い」


『唾液……そうだわ秋水、あなた、危ないクスリに手は出してないでしょうね?』


「え、今どこから会話繋がったの? て言うか、は? 薬?」


『麻薬系統よ』


「わーお、超絶ウルトラデラックス剛速球火の玉ストレート」


『秋水、真面目に。これ、クスリじゃないわよね?』


 更に鎬の声のトーンが落ちた。

 いや、分からないでもない。

 今でこそ慣れたものの、秋水だってあのポーションの効果について一番最初は幻覚を疑うレベルだった。あれはズタズタになった手にポーションを曝した時だったか。数日前のことなので、あの衝撃は鮮明に覚えている。

 そして飲んだ時も、死ぬ程疲れていたその疲労が一瞬で消し飛んだ効果に対して、疲労をポンと消すクスリ、要するに麻薬の効果で頭がラリったせいだと真っ先に疑った。

 だから、まあ、鎬の気持ちは分かる。

 分かってしまう。

 鎬が同じ体験をしたのならば、その気持ちは良く分かる。

 笑ってしまいそうになるのを堪えながら、秋水は見えもしないのに頭を振った。


「いや、これってどれか分からないけど、あの水はただの湧き水だけど」


『……そう』


 嘘は言ってない。

 まあ、麻薬の類いでないとも言い切れないのがポーションの怖いところではある。現状において秋水だってポーションをがばがば飲んで、そしてばしゃばしゃ掛けている。ある意味においては中毒者のそれだ。

 だが麻薬ではない。

 危ないクスリではない。

 たぶん。

 しれっと答えた秋水のその言葉に、鎬は考え込むように数秒沈黙した。

 やや長い沈黙に、疑われてるかなぁ、と秋水が若干の不安を覚えたタイミングで再び鎬が口を開く。


『秋水、あの水、まだあるの?』


「え? ああ、うん。まだあるけど。えーっと、500が8本で、4リットルくらいだけど」


『なら飲まないで』


 再び、鎬の声のトーンが跳ね上がった。

 おや、会話の風向きがおかしい。

 いつもよりも高い声色でぴしゃりと言い放つ鎬に、まずいなと秋水は眉を顰める。

 飲用禁止というのは、やはり疑われているのか。


「いや、飲むなっつっても……」




『残りを1万で買うわ。減らさないで』




「は?」


 いや違った。

 この叔母、買収にかかってきてやがる。

 唐突に金額を提示してきた鎬に対し、秋水は思わず言葉を失ってしまう。

 だがテンションが急に上がった鎬はお構いなしに言葉を続けてきた。


『あと秋水、その湧き水があった場所、覚えてる?』


「え? えーっと、あー、ごめん、場所と言われると……」


『分かったわ。なら残りのその天然水に10万、いえ、10万は最低でも保証するわ。だから絶対減らさないで。飲まないで』


「は? いや、え?」


『買うわ。全部買うわ。現金で良いわね? 今から用意するわ。ああ、ATMだと即金で50万までしか出せないわね。なんで上限額を引き上げてないのかしら私のお馬鹿』


「いや待て、待て待て鎬姉さん、ステイステイ。話が全く分からん。落ち着いてくれ酔っ払い」


 段々とテンションが上がっていく鎬に対し、秋水は別の意味で、まずいな、と眉を再び顰める。

 話が全く分からない、わけではない。

 むしろ話は理解できた。

 理解できたからこそ、びっくりしている。

 別れてから数時間、いや、このテンションはポーションを飲んでものの数分といった所かもしれない。もしかしたらポーションを飲んで次の瞬間に電話をかけてきた可能性だってある。

 そんな短時間で、鎬は訳の分からない液体を買い占めることが最優先だと判断したのだ。

 麻薬の可能性を疑っているような水を、である。

 判断が速い。

 そして中学生相手だろうと万札で殴りかかるスタイルだ。送金システムが頭から抜け落ちているような気もするが。


『とにかく現金を用意したらすぐに私がそっちに行くわ。今は家に居るわよね?』


「いや酔っ払ってる状態で来んなって」


『大丈夫よ。前みたいに寝込みを襲ったりしないわ。ゴムは買って行けば良いかしら』


「その発言大丈夫? 二人揃って今ので黒歴史を掘り返された気がするんだけど」


『……冷静になったわ』


 そして、興奮で早口になってきた鎬は、秋水の一言で急停止した。

 声のトーンも急降下である。


「……俺もだよ」


 ついでに物申した秋水も、口をきゅっと萎めて黙った。

 鎬の黒歴史を掘り返して黙らせる最大手段であると同時に、秋水のトラウマも同時に掘り返されるという、肉を切らせて骨を断つと言うよりも差し違えただけの自爆技である。

 なんで昼に続いて思い出したくもないことを思い出させるのか。

 二人揃って黙り込む。

 通話越しにもお通夜みたいな雰囲気が漂っていた。


『……あー、秋水』


「……あいよ」


 すっかりいつもの調子の声色、よりも若干暗い声で、鎬はようやく口を開いた。

 うん、鎬が冷静になったなら良かった。そう思うことにしよう。


『明日また、改めて会いましょう』


「えー……」


『明日の9時、午前9時、秋水の家に行くわ』


「おかしいな、難色示したつもりだったんだけど聞こえてないよこの人。俺に用事あったらどうすんだよ」


『あるの?』


「明日は脚トレの予定」


『なら明日の午前9時で。私もアルコール抜いてしっかり考えるから』


「今俺ちゃんと予定言ったよね? 筋トレの予定組みって鎬姉さんが考えている以上に大事なんだからなオイ。健全な精神は健全な肉体に宿るけど、健全な肉体は健全な生活の上に成りた……」


『じゃそういうことで。愛してるわよ秋水』


「俺絶対今良いこと言おうとしたぁ!」


 本当に冷静になったのだろう、秋水の台詞など知ったことかと言わんばかりに鎬は勝手に予定を伝えて一方的に通話を切った。

 切りやがった。

 なんかもう、本当に、すぐに自分の都合押しつけてくるのは相変わらずだ。

 通話の切れたスマホをしばらく耳に当てていたが、秋水は大きな溜息とともにスマホを枕元にぺいっと投げ捨てる。


 いや、まあ、鎬をポーションの実験体にしたその結果自体は上々なものである。


 あの反応、間違いなく鎬はポーションの疲労回復効果を体感したはずだ。

 疲れという感覚が一瞬で吹き飛ぶ、あの爽快感。鎬はそれを味わったのだろう。

 ポーションの疲労回復効果は、栄養ドリンクやエナジードリンクのとは根本的に違う。冗談抜きで疲れが吹き飛ぶ。

 だからこそ金を出すと言ったのだろう。


 つまり、ポーションは秋水以外が使っても効果がある。


 血の繋がり、日本人、体質、そういう秋水と重なった要素があったから鎬にも効果があっただけであって、万人に対して効果があるとまではまだ言えない。

 だが、ポーションが秋水以外にも効果がある、という事実は非常に大きい。


 なにせ、ポーションの効果を得るために、ダンジョンに足を踏み入れる必要がないと確定したのが大きい。


 先程とは違う安堵の溜息を吐き出して、秋水は再び布団の上にごろりと転がった。

 ポーションについての実験で、これはかなりの前進と言って良い。

 鎬をしれっとモルモットにした甲斐があったというものだ。死んだらごめんねと言うサイコパスな賭けではあったが、結果としては上々どころか大勝利かもしれない。

 まあ、その後始末として明日、鎬が来襲してくることになったわけだが。

 布団の上に転がりながら、続いて落胆の溜息を吐き出した。


「二日連続では遭いたくねぇ……」


 自業自得である。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る