23『若く見える、は必ずしも誉め言葉とは限らない』

 叔母である鎬と別れてから、家に戻ろうと自転車を流している途中で一軒のリサイクルショップを見つけた。

 キッと自転車を止めてその店に目をやると、『新品・中古品 買い取りします』 という張り紙。

 はて、こんなリサイクルショップあったっけ?

 秋水は首を捻ってから辺りを見渡すが、正直なところ良く覚えていない。リサイクルショップとかあまり気にしてなかったので、ただ単純に見落としていただけかもしれない。

 リュックの中には角ウサギからのドロップアイテム。駅前の買い取り店で査定してもらおうかと思っていたが、ここで査定できるならその方が手っ取り早いだろうか。

 ちらりと店内を覗いてみると、店員なのだろうか、誰かが店のカウンターに突っ伏して寝ている。

 暇そうだ。

 金やら銀やらの買い取りを行っている専門の店の方が確かに査定額は高くなるだろうが、こういうこじんまりとした流行っていない方が、むしろ痛くもない腹を探られなくて済むだろうか。

 いや逆に、チェーン店みたいな方がドライな感じで探りを入れられなくて済むかもしれない。だが一度疑われたら変な所に報告される危険性が高いのもチェーン店みたいな専門の店だろうか。

 うーん、と少しだけ考えた後、秋水は店の前に自転車を駐めることにした。

 まあ、査定して貰うだけならタダだろう。











 店内には少女が独り。小学生くらいだろうか。店のお手伝いなのかもしれない。

 マズいな。

 自分が子供受けしないことは良く理解しているので、他の店員はいないのかと店の中を見渡してみても誰も居ない。

 視線を戻せば少女は顔を上げていて、すでに秋水を見て涙目になっている。

 これは気不味い。

 回れ右して帰ろうかとも思ったが、もしかしたら他の店員は裏に引っ込んでいるのかもしれない。

 泣かれませんようにと念仏のように心の中で唱えながら少女の方に近寄ってみれば、真っ青な顔で震えながら少女が見上げてくる。気不味い。


「申し訳ありません、この店は装飾品類の買い取りはしてますか?」


 なるべく丁寧に、怖がられないように優しい声色を頑張って作り、そうやって少女に尋ねてみるが、少女の反応は芳しくない。ひっくり返った声で、買い取りですか、と悲鳴のように返してから固まった。

 まずい、泣かれる。


「あの、他の店員さんと交代しても構いませんよ」


「わ、わた……私、独り、ですぅ……」


 詰んどるやないかい。

 秋水はついつい突っ込みたくなるのをぐっと堪える。

 子供独りに店番させているときに来店した自分のタイミングが悪かった。そっと溜息をつきながら、秋水はドロップアイテムを預けるだけ預け、さっさと退散しようと考える。


「……そうでしたか、それは申し訳ありませんでした」


 丁寧さを忘れないように少女に語りかけながら、秋水は無意識で着ていたコートのボタンを外す。

 別にこれという意味は全くない。単に外との気温差で、暑いな、と感じただけである。

 筋肉質である秋水は、その筋肉量のせいで平均体温が高い。なので部屋の中などでコートなどを着ていると、すぐに熱が籠もってしまうという難点を抱えている。


「それでは恐縮ですが、買い取り査定をお願いしたい物があるのですが、よろしいですか?」


「あ、はい、こちらに、その、お品ものを、どうぞ」


 コートの前を開けて籠もった熱を解放させてから、なるべく怖がられないようにと気を遣いつつ聞いてみると、少女の顔色と、目つきと、声色が急に変わる。

 秋水を見て森の中でクマさんに出遭ったなんて目じゃないレベルで真っ青になっていた顔色がすっと戻り、突然秋水を値踏みするかのような目つきで秋水の顔から下の方へと目線が移る。

 急に真面目な顔になってカウンターの上にあったノートなどを退かす少女に、秋水は思わず感心してしまう。

 少女の年頃は良く分からないが、その椅子の高さから見ても身長が150にも届いていないぐらいなのを見るに精々が小学校高学年くらいだろう。それくらいの子供が、仕事と聞いてすぐに仕事モードに気持ちを切り替えられるのは素晴らしい。

 この店のお子さんだろうか、凄い子じゃないか。

 まして悪人面を自認している秋水相手に、ちらちら盗み見るのではなく、普通の顔色で秋水の身なりを堂々とチェックするのは今まで警察官くらいであった。

 まるでリラックスしているかのように若干気の抜けたような喋り方なのも、きっとこの子の普段の喋り方なのだろう。

 将来有望な子だなと感心して、これなら泣かれたりせずに済みそうだと秋水はほっと一安心であった。


「分かりました。少し失礼いたします」


 言いながら背負ったリュックを下ろすと、少女はまるで一挙手一投足を見逃すまいとするかのようにまじまじと秋水の動きをチェックし始める。

 何だか警察官に職務質問をされたとき、懐からナイフとかを取り出すのではないかと滅茶苦茶警戒された場面を思い出すくらいに動きをガン見されているが、何だろうか、こちらの所作で何かが探れるのだろうか。働いたことのない秋水ではとんと予想できないが。

 あれだろうか、これで身分不相応な宝石とか取り出したら裏で警察とかに連絡されたりするのだろうか。

 そう考えると、今度は秋水の方が緊張してきた。

 変な汗が噴き出てくるような感覚だ。


「あ、すみません、コートを脱いでもよろしいですか」


 一言少女に断ってから秋水はコートを脱ぎ、それを片腕に掛けてから改めてリュックを開いて中を探る。

 ドロップアイテムであるアンクレットは、タオルなど幾つかの日用品と共にリュックの中に無造作に突っ込んである。これは失敗だっただろうか。

 装飾品系統の価値については秋水はまるで良く分かっていないのだが、少なくとも角ウサギからのドロップアイテムであるこの白銀のアンクレットは素人目には安物に見えない。

 高級感を出すように何か箱とかに入れてきた方が良かっただろうか。いや、そんな都合の良い箱はないか。

 それよりも、中学生男子でしかない秋水が高価な装飾品を査定に持ち込んだことの方が問題にならないだろうか。あまり深く考えていなかったが、今更ながらにその心配事が浮上してきてしまった。

 とは言えども、このアンクレットが高級品であるかどうかは分からない。玩具みたいな物だと判断されて安値を付けられるかもしれない。逆のかもしれない。

 安ければ変な探りは入れられないだろうが、秋水はがっくりである。

 高ければ財布的には嬉しいが、それを大量に買い取りに出すと変に疑われてしまうかもしれない。

 丁度良い塩梅の値段になれば良いのだが。

 いや、丁度良い塩梅の値段ってどれくらいだろうか。

 緊張のあまり秋水は思わずごくりと喉を鳴らす。

 まずい、まるで職人のような目つきになった少女に気圧されて緊張している。


「それでは、こちらをお願いします」


 悩んでも仕方がない。

 秋水は意を決して白銀のアンクレットを一つ取り出し、少女の前にことりと置いた。

 少女の方はすぐにアンクレットの方へは目をやらず、じっと秋水の動き見ている。まるで、お前の客としての格付けをしているぞ、と言わんばかりの観察の仕方である。

 まずい、この少女、もはやプロだ。

 そんな緊張をしている秋水を最終的にどう評価したのだろうか、少女は少しだけ間を置いてから、にこっと人懐っこい笑顔を浮かべた。


「はい、お預かりします」


 まるで監視員のような真面目な顔つきから、急に子供らしい笑顔に切り替わったことに秋水は色んな意味で驚いてしまった。

 丁寧な言動を心掛けたからだろうか、何だか良く分からないジャッジには通過できたことに安心する反面、秋水のようなマフィアの特攻員に対しても自然な笑顔で接客を始めた少女に驚いた。

 と言うより、妹を例外とすれば、年下の女の子に笑顔を向けられるという経験が絶望的に少ない秋水からすれば、少女に微笑みを向けられるという現状がすでに驚愕に値する。

 プロ根性凄ぇ。

 思わず素の言葉が口から漏れそうになるくらいにはビックリだ。

 いけないいけない、気安い仲である鎬と遭ったばかりなので、気をつけないと素の口調が出てきそうだ。


「では、査定が終わった頃に……」


 アンクレットの方に目を向けた少女に対し、秋水は改めて口を開く。

 とりあえず1つ預け、ここの店主にでも査定して貰う。

 プロ根性が凄いとは言えども、流石にこの少女が査定はできないだろうと考えていた秋水のプランはこれであった。

 とりあえずは店主など現在店を空けている査定を行える店員がいつ戻るのか、そしてどれくらいで査定ができるのかを確認しようと秋水は言葉を続けようとしたのだが。




「お客さん、これ、素材は何ですか?」




「え?」


 言葉を遮るように、鋭い口調で尋ねてきた少女に、秋水の台詞は止まった。

 アンクレットから顔を上げ、再び秋水を見上げてきた少女の目つきもまた鋭いものだった。


「音からしてアルミやステンレスじゃないですよね。メッキは、いや、四分だろうとシルバー系はこうならない……ニッケル、いえ、クロムやチタンはもっと重たい色を……」


 見上げてきたのは1秒もないくらいで、少女はすぐにアンクレットに目をやり、何かぶつぶつと呟いている。

 え、あれ? この子がこのまま査定するのか?

 驚きに目を丸くしていると、少女はアンクレットに視線を固定したままカウンターの下から白い手袋を取り出し、慣れた手付きでその手袋をつけてから、カンターに置いてあったマスクをかける。それから再びカウンターの下から小さなルーペを取り出す。

 そして、そっとアンクレットを慎重に手に取った。

 本当に少女が査定を始めるようだ。


「彫刻がない……正規品じゃない、ハンドメイドかな。でも端の処理が凄い丁寧、ううん綺麗すぎる。機械加工の一品じゃない。それに色味にムラが全然ない。曲げてない、まさか切り出し? 嘘、どうなってるのこれ」


 ぶつぶつ呟く少女に、秋水の頬に一筋の汗が流れた。

 正直な所、少女が何を言っているのかは分からないし、どこを観察しているのかも分からない。

 だが、ドロップアイテムのアンクレットに滅茶苦茶驚いているような様子なのだけは分かった。

 まずい。

 全く知識がないせいで、売れるんじゃないか、とか軽く考えたが、白銀のアンクレットだってポーションと同じくダンジョンから産まれた品である。足に着けても腕に着けても何ら特別な効果は感じなかったし、秋水から見たら良い値段がしそうな装飾品だなぁ、くらいにしか思わなかったが、見る人が見たら普通に常識を逸している品なのかもしれない。

 査定して貰うのには、それを確かめるという理由も確かに込みではあったのだが、どうも予想していた反応と違う。

 こんなに驚かなくても良くないか、と思ってしまうのは、ちゃんとした知識がないからだろうか。


「……ん、やっぱりメッキじゃない。たぶん均一の素材だろうけど、え、なにこの感触、モリブデン、は、うん、絶対違う。違うはず。はずだよね? 自信なくなってきた」


 ルーペでアンクレットをじっくりと観察しながら、時折カウンターにあった小さなハンマーらしきものでコンコンとアンクレットを軽く叩き、またルーペを使って検査を始める。

 プロ根性が凄い少女、とか思っていたが、この少女、ガチでプロみたいである。

 いや、みたいである、と言うか。


 この人、本物のプロでは?


 少女だ子供だ小学生だとか心の中では思っていたが、そうだとしたらアンクレットの査定に対してあまりにも手際が良過ぎる。

 リサイクルショップで物を売ったことなど本や服を売ったぐらいで、貴金属を売りに出したことなどないから手順やら方法については知らないが、アンクレットを鑑定することに対しての手際に全く淀みが見られない。見よう見真似で記憶を引っ張り出しながらやっている手つきとは違う。

 明らかに、手際が良い。


 もしかしてこの人、背丈が小さいだけで、普通に大人の方なのでは。


 別の意味で、ぶわりと冷や汗が噴き出した。

 あぶねぇ、下手に子供扱いしなくて良かった。

 普段から子供相手であろうと丁寧な言動を心掛けていたことに助けられた。初手第一声で 「ご両親はいらっしゃいますか?」 とか聞かなくて良かった。

 そう言えば、最近コンビニで見かける渡巻とかいった小柄な店員は、背丈だけで言えばこの少女、ではなかった、この女性よりも背が低かった。

 それでも渡巻というコンビニ店員を子供だと思わなかったのは、そのコンビニエンスストアの制服を着ていたからである。

 それに比べて、目の前で鑑定をしている女性は私服という店員とは分からないラフなスタイルだ。

 加えて童顔で、更に言えばスタイルが、いや、別に寸胴、ではない、スレンダーが悪いという訳ではない一切無いのだが、一回り背の低いハズの渡巻というコンビニ店員よりも体型は更に子供寄りである。

 何と言うか、これはぱっと見て子供と間違えても仕方がないのではなかろうか。

 ぐるぐると頭の中で言い訳めいた言葉を並べてみると、女性が再び秋水を見上げてきた。


「お客さん、これ、素材は何ですか?」


 さっき聞いた台詞である。




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