21『仕事が上手くいっている方の23歳』

「え、ちなみに何故に?」


 自分の叔母の戸籍をわざわざ見せられて、反応にたっぷり困ってから秋水はとりあえず聞くだけ聞いてみることにした。

 その戸籍謄本なんてものを脈絡もなく押しつけてきた下手人は、真顔のまま軽く唇を尖らせる。


「そんなの、婚姻届を書くときに必要になるかもしれないからじゃない」


「ねぇから。どう頑張っても婚姻届に鎬姉さんの欄を代筆することねぇから」


「そうね、私の欄は私が直筆で書くわね。秋水の欄はちゃんと秋水が書くのよ」


「そうだな。でも書くときはその婚姻届は別々の紙だからな」


「つれないわね。美人のお姉さんがこんな個人情報の究極系みたいなのを渡してきてるのだから、もっとドキドキしなさいよ」


「うん、ドキドキしてるから。人の戸籍謄本なんて初めて受け取ったからどうして良いか分からなくてドキドキしてるから。どうすんのこれ? 焼却炉の燃料としてゴミ収集車に捧げれば良いの?」


 と、そこで鎬が一拍だけ間を置いた。

 いつものように即座に軽口という名のボールを投げ返してくると警戒していた秋水は、その空白の一拍に妙だと感じたが、鎬はすぐに持っていたコップをことりとテーブルに置いて言葉を続ける。




「……私の住所と生年月日、これから必要になるでしょ」




 何故だろうか、鎬は視線が微妙に秋水からずれた。

 そっぽを向くのとは違うが、余所に視線を向けているわけでもなく、秋水の方を向きながらも目線だけを逸らされる。

 思わず秋水は半眼になるが、一方でその返答に対しては、なるほどな、と納得した。

 それは、まあ、確かに必要ではある。

 必要と、なった。

 でも、だったら適当な紙に書いておくなり、保存できるメールなどを送るなりで事は足りるんじゃないのかというツッコミはまだ残っている。

 残ってはいるが、秋水は苦笑しながら鎬の個人情報の塊をクリアファイルにしまい込む。


「まあ、うん、あいよ。役所って4日には開いてるんだっけ?」


 今日は1月6日。

 冬休みの期間だから曜日感覚がバグってしまうが、今日は日曜日である。

 役所の受付が基本的に土日休みであることを考えると、1月5日も休みなので役所に行けるのは1月4日しかない。

 急がしい身である鎬が、色々と書類を取り寄せたりするために時間を割いたのだ。他の書類も役所からの書類なのだから、そのついでで出しただけなんだろう、たぶん。少額とは言えどもわざわざ金を払って。

 面倒をかけたなと思い、確認するように鎬にそれを聞いてみたのだが。


「ええ、まあ……」


 鎬の返答は急にトーンダウンした。

 真顔のままなのは変わらないが、先程から視線をずらされている。

 おや? と秋水は首を捻り鎬の言葉を数秒待ってみるが、肝心の鎬はしばらく黙り、ちらっとだけ秋水に目線を向けてから、さっとまた目を逸らす。


「…………」


「…………?」


「……いえ、そうね」


 たっぷり沈黙してから、鎬は再度コップを手に取って水を飲み干し、改めて秋水へ真っ直ぐ目を向ける。


「その書類全部、年末にはもう用意できていたの」


「あ、はい」


 なにか大事なことでも言うのかなと若干身構えていた秋水は、それを聞いて普通に返答に困った。

 いや、年末には用意できていたと言うことは、確かに1週間以上前には揃っていたという意味なのだから、随分間が開いたね、くらいな感想はある。

 あるのだが、鎬が忙しい身で時間を割いたことには変わりがないし、鎬自身が言っていた通りすぐにどこかへ届け出しなければいけないタイプの書類でもない。むしろ、届け出したことによる確認のための書類がほとんどだ。

 だから別に、一昨日用意できていようが年末に用意できていようが、秋水としてはどちらでも構わない。


「だから、その……」


「うん」


「…………いえ、元気そうで良かったわ」


 結局、鎬は言葉を濁す。

 ただ、その濁し方に秋水はようやく鎬の言いたいことの意味を汲んだ。

 年末は互いに忙しかったからな。

 再び秋水は苦笑した。


「まぁね、ボチボチ元気だよ。鎬姉さんは?」


「……ボチボチ元気よ。あれからも変わらず仕事で忙しいわ」


「ちゃんと休めよ本当」


「今正に休んでいるところじゃない。こうして可愛い弟と楽しくランチできゃっきゃうふふとしてるじゃない」


「そう認識してるんなら、やっぱり仕事のし過ぎで疲れてんだよ鎬姉さん」


「そうよね、どれだけ頑張って贔屓目に見たって、秋水は可愛い系と言うには無理があるわよね。極道の世界で裏社会の理不尽さを数十年受け続けてきてすっかり心が擦り切れてしまったような目つきだものね」


「いや例え方が独特過ぎて想像できないけど凄いディスられてるのは分かるからなそれ。どう考えても俺と鎬姉さんで 『きゃっきゃうふふ』 とかしてねぇんだわ」


「ちょっと秋水の口から 『きゃっきゃうふふ』 とかいう台詞が出てくると吐き気が」


「今飲んでたの水だよな? 焼酎ストレートとかじゃないよな? その吐き気とやらは酩酊反応じゃないよな?」


 調子が戻ったようである。

 表情こそ変わりはないのだが、何となく鎬の雰囲気が和らいだ、ような気がしなくもない。

 外面を作るとき以外は表情の変化に乏しいので、正直な所鎬の心情を察するのは至難の業なのだが、そこはもう付き合いの長さである。伊達に一緒に暮らしていたわけではない。もう5年以上前の話ではあるが。

 ほっとしたように鎬が安堵の息を漏らしていたのは聞かなかったフリをして、秋水はいつものように軽口を叩いて返す。


「それで秋水、高校には進学するのよね?」


 そして唐突に話題が変わる。

 いや、鎬の中ではどこかしらで話が繋がっているのかもしれないが、秋水からすると急激な路線変更である。

 まあ、叔母がそんな会話のキャッチボールで大暴投をかますのは良くあることなので、秋水は特に不思議に思うことなく自分の進学についての考えを引っ張り出す。


「うーん、まあ、そのつもりではいる。中卒だと働き口の選択肢クソ狭になるだろうからな」


「気が早いけれど、大学はどうするつもり?」


「流石に行けないな。奨学金は凄い低利子とは言え借金であることには変わりないし、給付型はクリアできるかどうか分からないし」


 苦笑いのまま、秋水はそう返した。

 いや本当に気が早い。大学に行くかどうかなんて正直全然考えていないことだ。まだ高校生ですらないんだぞ。


「そう。まあ、もし大学に行くのなら、学費は私が出すわ」


「え、そうなの?」


「当たり前よ。面倒見てと言われてるんだから」


 空になっているコップを鎬が手にしたのを見て、秋水はテーブルに置いてある水の入ったピッチャーを取り、そのまま鎬のコップに注ぎ入れる。お互いに慣れたもので、鎬も何も言わずに両手でコップを持ち、注ぎやすくしてくれているのかコップを少し傾けてくれた。

 ビールじゃないから止めて欲しい。

 注ぎ終わってから自分のコップにも水を追加で入れると、今度は自分がピッチャーを持とうとしていた鎬の手が空を切った。

 水なんだから手酌も相酌も関係ないだろうに。

 真顔のままだが鎬がむすっとした感じになったのを無視して、ピッチャーを元の場所にごとりと置く。


「言われたのか?」


「言われてないけど、弟の面倒を見るのはお姉ちゃんの務めよ。それに私の資産が既にいくらあると思っているのよ」


「甥ね、俺」


「弟みたいなものよ、私から見たら。可愛いかどうかは別だけど」


「別に無理して可愛いって言わなくて良いから」


「お世辞の一つも言えないなんて、不甲斐ないお姉ちゃんでごめんなさいね。基本的に私、仕事でお金を稼いで資産運用で膨らませることしか甲斐性がないの」


「いやそれ、ほとんど自慢だから。卑下してるみたいだけどピノキオもビックリするレベルで鼻がクソ長になってるから」


 実際、鎬はすでに準富裕層に到達しているので、それに関しては天狗になる気持ちが分からなくはない。

 もしかしたら、何やかんやと富裕層に足を突っ込みかけている位置に居る可能性だってある。

 要は鎬自身は金持ちであるということだ。

 23歳。社会人となってから5年ちょっとで準富裕層に突入している段階で、どれだけ金を稼ぎ、どれだけ支出を絞り、どれだけ上手く運用してきたのかが分かるというものである。

 子供である秋水から見ても、この叔母ヤベぇ、くらいは理解している。

 なので実際のところ、秋水が大学に行く場合に学費を全額負担したとしても、それ自体は余裕でできるはずである。

 まあ、資産運用の利益だけで賄える、なんてレベルでは流石にないだろうが、鎬は資産を増大させるセンスに関してはずば抜けているため、3年後には運用益で学費を捻出できてしまえるとかふざけた状態になっていても不思議ではない。


「ねえ、秋水」


 大学ねぇ、と秋水が考えていると、改めて名前を呼ばれた。

 変わらぬ表情で、鎬はまっすぐ秋水を見ていた。

 なんぞ? と返事をするより早く、すぅ、と鎬が息を吸う。

 それから一度、口を横一文字に閉めた後、一瞬だけ間を置いて




「私の家で、一緒に暮らさない?」




「え、ヤだ」




 即答である。

 むしろ、なに言ってんだコイツ、くらいの勢いで秋水は斬り捨てた。

 いきなり切り出してきた同居の提案をばっさりと拒否され、鎬ががくりと項垂れる。

 いや、普通に嫌である。

 別に秋水だって鎬のことが嫌いなわけではない。そこに嘘はない。

 ただ単に苦手なのだ。

 何で苦手としている人とわざわざ同じ空間で暮らさないといけないのか。もはや拷問ではないか。

 反射的にその考えから否定の言葉を叩きつけたが、項垂れた鎬を見て秋水は冷静になった。

 そうか、鎬と同居か。

 少しだけそれを考え。


「うん、ヤだ」


「え、なんでこの子また言ったの? 何で私連続でフられてるの?」


 真顔のままではあるものの、ややしょんぼりした様子の鎬が顔を上げる。

 そんな顔をされても嫌なものは嫌である。そんなに表情変わってないが。

 それに反射的だろうとよく考えようと、どう転んでも鎬との同居は拒否である。




 と言うより、あの家から出ることは拒否である。




 確かにその提案、ダンジョンを見つける前なら受けていたかもしれない。

 苦手としている鎬と同居、という特大のデメリットはあるものの、生活費などの面を考慮すれば渋々ながらに承諾していた可能性がなくはない、と思う。

 だが、ダンジョンを見つけた今となっては。

 あそこのスリルを知った今となっては。

 あの家を、あの庭を、あのダンジョンを。

 あんな楽園から離れるなど、考えられるわけもない。


「ちょっと、何でよ。美人のお姉さんから同棲を誘われたら、男だったら涙を流して喜んで受け入れるものじゃない」


「ものじゃねぇよ。どう考えたって鎬姉さんの家政婦状態になるじゃんそれ。それに嫌だぞ、酔っ払った鎬姉さんの相手するのはマジで御免被る所存だぞこちらと」


 ぶーたれる叔母に対して、秋水はソレっぽい理由を並べ上げる。

 その理由を口にしてから、あれ、これダンジョンのことを抜きにしても普通に断る理由になるような、ということに気がついた。


 そうなのだ、二十歳に成って酒の味を覚えたその日、鎬は人生においての超特大級の大失敗をしたのだ。


 しかも、その全被害を秋水が一身に引き受ける形となった。


 思い出さないようにしていたのに、唐突に思い出してしまって秋水の口がきゅっと萎む。

 あれは、うん、一歩間違えればトラウマになってたからな。ちょっとトラウマになっているけれど。妹とかに矛先が向かなくて良かった。むしろ外で他人様に迷惑を掛けなくて本当に良かった。そう考えれば最小の被害で済んで良かったと言えなくもない。秋水以外は。

 思わず遠い目になる秋水に、ヤベぇ、と鎬の顔がさぁっと青くなる。


「流石に前みたいにヤバい酔っ払い方するまで飲まないわよ。ちゃんと反省してるわよ。いや本当、あの時は申し訳なかったと言うか、若気の至りと言うか……」


「若気の至りで何しでかしたっけ?」


 今度は鎬の口がきゅっと萎む。

 一瞬、2人の間にお通夜みたいな雰囲気が漂った。


「…………それに、家政婦状態にはならないわ。だって私の家、すごい綺麗だもの」


「話の逸らし方ぁ。てか、本当に綺麗? 掃除してる? 洗濯物畳んでる? 鎬姉さんが家事してる姿とかあんまり想像できないんだけど」


「そもそも家にあんまり帰ってないもの」


「えぇ……」


「正直1年の半分以上は会社で寝泊まりしているし、家に帰っても大半は寝てるだけなのよ私」


「ええぇ……」


 棟区 鎬。

 仕事のできるキャリアウーマンである。

 秋水の住む地域では名の知れた企業に高卒で飛び込み採用を貰い、初年度からその頭角をめきめきと現して、今では冗談抜きで会社の売り上げに直結するレベルの貢献を果たしている。

 この5年で会社の売り上げは倍増したとも聞いた。それも鎬が引っ張ってきた案件や、鎬が立ち上げたプロジェクトで滅茶苦茶な利益を叩き出しているらしい。本人から聞いた話ではあるが、リスクコントロールのためには自分を客観視すること、と口を酸っぱくして言っている鎬のことだから、そんなに誇大な自己評価ではないだろう。

 それだけの成果を出しながら、鎬自身は過去の結果に胡座をかかず、向上心を忘れないキャリアウーマンである。

 売り上げは倍増したし、株価はかなりの成長をしている。しかし、テンバーガーと呼ばれる程の急成長を遂げたわけではないのだ。そもそも鎬が入社した時点でそれなりの規模の会社だったのだから、その売り上げを倍にしただけでも十分な偉業ではあるが。

 それでも鎬は言うのだ。

 まだ伸びる。

 まだ行ける。

 できる仕事は山のように転がっている。

 目指せテンバーガー。

 そこまでの才覚があるのなら、いっそ起業した方が良いのではないかとも思うのだが、鎬曰く高卒で拾って社会人としてのイロハを叩き込んでくれたお礼をまだ返せていないとのこと。

 いや十分だろ。そんな秋水のツッコミには耳を貸さず、鎬はバリバリ働いている。

 棟区 鎬は仕事ができる。

 棟区 鎬は実力がある。

 棟区 鎬は愛社精神が豊富である。




 ただ、唯一にして最大の問題なのは、この女、あまりにも仕事が好きすぎることである。




「ちなみに今年入ってから一度も家に帰ってないわ」


「何してんの鎬姉さん。なんでセルフブラック企業しちゃってんの鎬姉さん。職場は生活の場所じゃないんだよ鎬姉さん」


「お陰で昨日 『明日から3日間マジで会社来なくて良いから、マジでお願いだから、マジで代休が違法状態だから、マジで周りからダークネス企業扱いされちゃうから』 って社長直々に泣きつかれたのよ」


「だろうね。社長さんも国から絶対怒られてるよそれ。労働基準法って元々は労働者を守る権利であって、会社を吊し上げる拷問道具じゃないから」


「ま、結局朝まで仕事してたんだけど」


「俺の中で今のところ社長さんへの同情がストップ高だよ」


 ちゃんと弁明をしておこう。

 鎬に対してではない、鎬の勤めている会社に対しての弁明だ。

 確かに鎬は会社で寝泊まりしていることが多い。秋水とて流石に1年の半分以上とは思っていなかったが。

 そして確かに鎬の残業時間は長い。会社で寝泊まりしなかっただけで、定時で帰らないことは日常茶飯事で、夜遅くに帰って朝早くに出勤するとも聞いていた。

 それだけ聞けばブラック企業だ。

 だが弁明しよう。


 その会社でそんな働き方をしているのは、鎬ぐらいである。


 何故か?


 仕事が大好きだからに決まっている。


 大好きだから喜んで仕事のために残業をして、平気な顔で泊まり込みをする。

 家に持ち帰って仕事をするよりも、職場の環境でした方が効率が良い。

 家で何かをするよりも仕事をしている方が圧倒的に楽しい。むしろ仕事はご褒美。仕事はストレス発散。仕事は趣味。仕事は人生。

 傍から見ている秋水は思う。

 この人頭おかしいよ、と。

 いや確かに、昔から物事に熱中するとあまりにも傾倒し過ぎる感じはあった。だがまさか、こんなに仕事に傾倒するとは思わなかった。

 何でこんなセルフ社畜になってしまったのか。

 しかも有能だから手に負えない。

 さらに実績が大き過ぎるから文句も言い辛い。

 秋水は会社のことはよく分からないが、鎬の勤めている会社の経営陣は、鎬の扱いに頭と胃を痛めていることだけは想像できた。

 もはや申し訳ない気持ちで一杯である。


「私に仕事するなとか、私に死ねって言っているようなものじゃないの……」


「違うだろ、どこをどう聞いたって過労で死ぬから仕事するなって言ってくれてるんだよ」


「と言うわけで、家で飲むためにこれからアルコール買いに行くんだけど」


「さよなら鎬姉さん。自分で飲む分は自分で持って帰ろうな」


「あらケチ。その無駄に脹れた筋肉は何のためにあると言うの?」


「少なくともお酒運搬するためではねぇよ」


 そして仕事を取り上げられると、今度は酒を飲むのだ。

 もう無茶苦茶だよこの人。

 渋い顔をしたまま秋水は担いで来たリュックを手に取る。


「あら、もう帰るの?」


「まあ、それもあるんだけど、えーっと」


 答えつつ秋水はリュックを開き、中からごそりとペットボトルを取り出した。

 ラベルを剥がされた、500mlのペットボトルが2本だ。

 中には水を入れられている。

 それを秋水はずいっと鎬に差し出した。


「お酒じゃないけど、俺からのお土産」


「え、なにこれ?」


「ぶらぶらしてたら偶然見つけた湧き水から汲んできた天然水」


 嘘は一切言っていない。

 差し出された正体不明な液体に対して怪訝そうな鎬に、しれっと秋水は言い切った。

 天然水だ。嘘じゃない。偶然見つけたのも嘘じゃない。




 ダンジョンから汲んできた、正体不明な天然のポーションである。




「天然水? え、生水なの?」


「うん」


「そんな急に雑菌まみれの液体渡されても……え、秋水はお腹下した女の子に興奮するような特殊性癖だったの?」


「いや事実無根な言い掛かり。まあ、俺は大丈夫だったけど、不安だったらちゃんと煮沸させて飲めな」


 にこりと秋水はわざとらしく笑顔を向けてみると、その完成度に鎬はさっと目を逸らす。失礼な叔母である。

 ちなみにこれも嘘は言っていない。秋水は煮沸消毒なんてせずに汲んだばかりのポーションを普通に飲んでいるし、なんなら数時間前に汲んで常温で持ち歩いたポーションだって飲んでいる。今のところ腹は下していない。

 そして、煮沸消毒したポーションもちゃんと効果があることは、米を炊いたりと料理で使用したことで検証されている。

 ただしこれは、秋水だから、の可能性が十分にある。

 そもそもポーションが何に作用して傷を治したり疲労を回復させるかは未だに不明だ。もしかしたら 『妙な力』 に反応して効果を発揮しているのかもしれないし、秋水以外の人間にはそもそも違う効果を発揮するかもしれないし、ダンジョンに入ったことのない人間には意味がないかもしれない。下手をしたら毒に転じる可能性も捨てきれない。

 今のところポーションを他に売り捌くつもりはないが、実際のところ他人に使用したらどうなるかは興味がある。

 そこに、鎬の存在というのは丁度良かったと言える。

 良いモルモットが居るじゃないか、という意味合いで。

 別に秋水だって鎬のことが嫌いなわけではない。そこに嘘はない。

 ただ単に苦手なのだ。


 興味があるという理由だけで、毒に転じる可能性があるポーションをしれっと渡すことに躊躇いを感じない程度に、苦手なのだ。


「美味しいから飲みなよ、お酒ばかりじゃなくてさ」


「ああ、つまりあれね、チェイサー的な意味合いなのね。酔っ払いに水を飲ませるとかなかなか気が利くじゃないの」


「酔っ払いになる自覚はあるんだな……」


「酔うのが目的じゃないなら、それこそ最初から普通に水飲んでるわよ」


「その方が最初から平和なんだよなぁ」


「アルコールは粘度の高い沼なのよ」


 そう言いながらもポーションの入ったペットボトルを手に取った鎬を見て、秋水はひっそりと笑った。

 良い人体実験の被験者、ゲットである。




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 投稿を一日間違いました、申し訳ないです(´・ω・)


 叔母の方は職場でひゃっほーしているけれど、甥の方とてダンジョンでひゃっほーしている。内面と言うか思考パターンはよく似ている2人。

 家で何かをするよりもダンジョンアタックをしている方が圧倒的に楽しい。むしろダンジョンアタックはご褒美。ダンジョンアタックはストレス発散。ダンジョンアタックは趣味。ダンジョンアタックは人生。


 ちなみに、酒類全般のことを甥はお酒と言うが、叔母はアルコールと言う。もはや酔うのが目的みたいな言い方。


 次回は『仕事の上手くいっていない方の23歳』

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