15『戦いの模索』
買い物を全て終わらせても、まだ午前中である。
そこから昼飯を作り、平らげて、洗いものをして、ようやく午後になろうかというくらい。
盛大に時間が余った。
ので、やることは1つ。
ジェットヘルメットをはじめとしたライディング装備一式。
腰のベルトには武器を差し込んだり、ポーチに小分けのポーション。
戦闘に関係のないものや食料系統や予備の品を押し込んだリュック。
スマホと買ったばかりの手帳にボールペンを忘れずに。
「うっし、行くかぁ!」
ダンジョンアタックのスタートである。
「あれ?」
凶弾と化した角ウサギのタックルに対し、バールによるカウンターが微妙にズレていると咄嗟に判断して秋水は即座に身を捻る。
だが慌てず、ギリギリで角ウサギを避け、ついでにその脇腹にグローブのプロテクターを当てるように拳を一撃。ちゃんとした殴り方をしているわけではないが、それでもそれなりの力で打ち込んだ。
横からの衝撃に角ウサギの軌道が逸れるが、壁に激突する程ではない。しかし、着地の姿勢がブレたのははっきりと分かった。
十分である。
「あいよっ!」
一足で詰め寄って、振り上げた大バールを思いっきり振り下ろす。
流れるように、体の動きを最大限に、力を込めて。
もちろん、妙な力を上乗せさせて。
ごりゅっ!
確かな手応えと耳障りな打撃音。
無理矢理体勢を崩しきり、角ウサギを大の字にさせるには十分な威力であった。
すぐにもう1本のバールを腰ベルトから引き抜いて、両方の凶器を連続で角ウサギへと叩き込む。
「ひとぉつ! ふたぁつ!」
1撃を速く。
だが丁寧に。
妙な力もちゃんと意識して。
「みぃつ! よぉつ!!」
殴る。
殴る。
反撃など許さない。
暴れる角ウサギを強引に黙らせるようにバールを交互に振り下ろす。
「いつぅつ! むぅっつ!!」
6発目のそれに、覚えのある手応えを感じ、次に振り下ろそうとしていたバールの1撃を強制的にストップさせる。
いや、早い、速い。
念のためにと角ウサギを地面に押さえつけようとしたのと、角ウサギの傷口から光の粒子が一気に噴き出したのは殆ど同じタイミングであった。
あ、死亡演出だ。
すっかり演出扱いされた幻想的なグロ光景を確認して、秋水はゆっくりとその場から1歩引く。
気を抜くことなく死亡演出中の角ウサギを視界の片隅に置きながらも、ちらりと左腕に巻いた買ったばかりの真新しい腕時計へと視線を移動する。
20秒、は経ってない。
それに6発タコ殴りにして終了。
筋力が上がっていると言うよりも、上乗せで使える妙な力がしっかり効いているようだ。
腕時計から視線を外して、再び角ウサギへと目をやれば、もう既にゆっくりと身体が透け始めている。
「……ふぅ、殺ったぜ」
まだ消滅までは確認していないが、殺せたようだと秋水は息を吐いた。
大バールの方を腰ベルトに差し込んで、しかしもう1本は油断せずに構えながら、そのまましばらく角ウサギが消えるのを待つ。
7秒程掛けて角ウサギが消滅してから、改めて一息。
安定の定位置、本日発遭遇の1戦目。まあまあの滑り出しだ。
「んー、何か違うんだよなあ」
通常サイズの方のバールも腰ベルトに差し込みながら、秋水は首を捻って微妙な表情に成る。
まあまあな滑り出しは、所詮 『まあまあ』 止まりである。
確かに角ウサギは6発、体勢崩した初撃を入れても7回ぶん殴っただけで殺すことができた。そこは良い。新記録である。上出来も上出来、花丸だ。
1撃の威力が明らかに増している。力を上乗せするような、あの妙な力を意識して使った結果だろう。
それは良いのだ。予想通りと言えば予想通りの結果なのだから。
問題は、カウンターのタイミングがズレたこと。
角ウサギのタックルに対するカウンターは基本的に待ちの姿勢だ。動きをつけたアクティブなカウンターではない。
居る位置は分かっていた。
相対する場所も分かっていた。
角突きタックルは真っ正面から見据えていた。
カウンターの構えも取っていた。
だが、タイミングがズレた。
秋水が力を込めるタイミングが、一瞬早かった。
もしくは、角ウサギのタックルが、一瞬遅かった。
「妙な力が変に作用してるのか?」
昨日と今日で変わった点と言えば、妙な力を意識して使っているかどうかだ。
ただ、力が強くなったとは言えども、そんな5割増しだとか3倍になったとかではない。精々が3%ぐらいの上乗せだろう。
それでタイミングが変わる程、繊細な戦術ではないはずなのだが。
うーん、と秋水は首を傾げる。
3%など僅かな感覚のズレではあるが、3%は無視できるほどのズレではない。
たかが3%。
されど3%。
「……んー、ちょっと試すかぁ」
「おおん?」
2戦目も絶妙にタイミングが合いそうで合わない。
だが、避けると咄嗟に同時に角ウサギのその角を左手で掴まえ、真下に力を掛けるように弾き、角ウサギを空中で大回転させることに成功。地面にそのまま転がした後はタコ殴りにしてぶっ殺した。
いや出来るもんだな、と思ったが、そう言えば初戦でも角を真っ正面から掴んで受け止めたことを思い出す。
「はいよっ! 願いましてはっ!!」
3戦目は綺麗にカウンターを顔面に叩き込んだ。
そこから流れるような連打で角ウサギを返り討ちにする。
ふむ、コツを掴んだ。調子に乗った。
「いいっ!?」
4戦目、カウンターこそ決めたものの、力の逃がし方を完全にミスってしまい大バールを弾き飛ばされ、ついでに秋水も思わず衝撃で蹈鞴を踏んでしまう。
空足踏んで出遅れた。
だが、カウンターで弾かれた角ウサギの方が体勢を大きく崩して盛大に時間をロスしている。
とは言えども大バールを拾いに行っている暇もない。
サブウェポンとして持っていたマイナスドライバーを引き抜いて、バールで殴り、マイナスドライバーを口にぶっ差し、バールで殴り、ハンマーを引き抜いて、バールで殴り、ハンマーで殴り、バールで殴り。
一応は無傷のまま角ウサギをブチ殺させたが、反省が多い一戦になった。
「またかいっ!?」
5戦目も力の逃がし方をミスった。
だが、咄嗟に大バールの方をぎっちり握りしめ、腕を弾かれこそしたものの大バールからは手を離さずに済んだ。
肩は多少痛んだが、ポーションで直せる範疇、のハズだ。
一気呵成に押し込んで、角ウサギを光に還した。
本日初のドロップアイテムを落とした。
「完で璧っ!」
6戦目。
文句なくカウンターを決め、速攻で殴り殺す。
殴った回数、合計で6発。
「いやこれ、もしかして筋力以外も強化されてる感じ?」
更に2戦を危なげなく終了させてから、ポーション休憩をしつつ、秋水はようやくその疑問に辿り着いた。
全体的なタイミングのズレはすぐに修正出来た。
角ウサギの初動に対して、秋水の動きが僅かに早い。それを念頭に置いてみると、何ともかっちりとタイミングがハマった。
ポーション飲みながらの筋トレ効果がもう出ているのかとも思ったが、数戦すると、それも違うな、と直感で分かる。
間違いなく、秋水の動きが僅かに早い、のだ。
筋力の問題ではない。
判断速度や反射速度の問題だ。
咄嗟の動きで角を掴んだり、大バールを離さないように握りしめたり、そんな反射的な動作が素早くなっている。
やはりそれは妙な力とか筋力が増えたとかでは、とも思ったが、何と言うか、そもそも違う。
判断や反射から、体が動くまでの時間が短くなっている。
そんな気が、しなくもない、ような気がする、ような気がしないような。
ふわっとした感覚ではあるが、そう考えると最初にタイミングがズレたのも納得できる。
「まあ確かに、筋肉だけ強化されて次第に強くなっても、それ最終的に骨とか皮とか内臓とか血管とか未強化だったら死ぬもんな。んで、諸々体を強化するとなると、頭の方もなんかされててもおかしくないか……」
筋力の3%強化、ではない。
肉体の能力全部を丸ごと全部3%強化、といった感じだ。
「あれ、これ、普通にヤバい力じゃないか?」
ポーション、睡眠時間短縮、それに並ぶくらいヤバいのでは、この妙な力。
正直、僅かな筋力強化だなと舐めていたかもしれない。
だがコレ、皮膚やら反射速度やら思考の速度まで、身体全部ひっくるめて強化をすると言うのなら、妙な力に対しての認識があまりにも甘過ぎたかもしれない。
もし仮に、この妙な力の上乗せが、3%より上に上げられるとしたらどうだろうか。
4%になるだろうか。
5%の強化はあるだろうか。
その度に反射速度なども比例して強化されるのだろうか。
「あー、なるほど、身体強化、身体強化ね、ヤベェな、はは」
呟いて、思わず乾いた笑いも一緒に漏れた。
いや、まあ、まだそうだと決まったわけではない。それに3%くらいの強化で頭打ちになってしまう可能性は十分にある。
ぬか喜びになるかもしれない。
だが、夢があるじゃないか。
問題はどうやって妙な力、いや、身体強化の強化率を上げていくのか、である。
そもそも、いつ、どうやって身体強化の力を得たのかも分からない。
なんとなくいつの間にか使えていた力を、今日初めて意識して使っているような状態だ。
使いながら色々試すしかない、か。
バールを拾い上げ、秋水はゆっくりと立ち上がった。
9戦目。
パワー以外も強化されている、という認識で動いてみると、なんとなく体の動きがスムーズになったような気がする。
何と表現するべきなのか、意識と体の動きが一致している、そんな感じだ。
強化率が上がってはいないようだが、体の動きのタイミングが掴めるというのは大切だ。
そう考えながら角ウサギを殴り殺した。
10戦目、11戦目。
タイミングさえ狂わなければ、正面からでは負ける要素はない。
問題は身体強化だ。
もっと強く、もっと速く。
そう考えても強化率は上がった感じがしない。
妙な力の流れを速くするとか、その妙な力そのものを増やすとか、もっと違うアプローチが必要だろうか。
角ウサギが消滅するのをまじまじ見ながら、溜息を1つ吐き出した。
12戦目。
カウンターはばっちり、その後の流れもばっちり。
本日2度目のドロップアイテムが出現した。
そろそろ1匹だとなぁ、と頭の片隅で考える。
13戦目。
現状進んでいるエリアの最終地点。
怪我らしい怪我もしていないので、ポーションの残りはたっぷりある。携帯食やプロテインや栄養剤も残ってる。
突っ込んでくる角ウサギの顔面へカウンターでバールをぶち込み、倒れた所にたたみ掛けてきっちり殺す。
油断しなければ楽勝か。
正確には、パターンにさえ持ち込めれば楽勝か。
だったら、そろそろその必勝パターン以外を試さないと。
1つ進んで出てきた角ウサギを危なげなく殴り殺し、本日3度目のドロップアイテムを拾い上げながら、ふと気がついた。
「そうだ、一回は斬撃も試してみないとな」
最初に壁に叩きつけたイメージが強過ぎたせいか、打撃、と言うよりも撲殺に偏った蛮族みたいな攻撃パターンであったのだが、ここがゲームのようなダンジョンであるならば、攻撃の華はやはり斬撃だろう。
ソード&マジック。剣と魔法の世界、と言うくらいだ。ファンタジーなRPGは、何故か武器のメインが剣である。
剣を振り回してモンスターを叩き切る。
絵にはなるだろう。
「うーん、でもそれ、現実的なのかねぇ」
降ろしていたリュックを背負い上げながら、秋水は色んな意味で渋い顔をした。
結局の所、刀剣なんていざという時のためのサブウェポンか儀礼的な意味しかない。
普通の狩りや近代兵器のない戦場なら、石や鈍器による殴打、槍や弓による刺突の方が主流である。その方が効率が良いからだ。
斬れば刃は欠け、斬れない鈍刀は鉄で出来た棒でしかない。それに、刃以外の部分では斬れる訳ではなく、中途半端な重量の、しかも力の掛け具合によっては折れ易い打点がいくつもある微妙な鈍器に成り下がる。
だったら最初から普通の鈍器で良くない? となってしまう。
更に言えば、刀剣は大部分が金属で出来ているため、同じ質量の金属なら、槍の穂先なら10倍は、弓矢の鏃ならそれ以上は作れてしまう。結果として刀剣は値段がお高いのだ。
値段の割りには微妙な性能。
刀剣の現実とはそんな物である。
それを前提とすると、斬撃を試す、とは言ったもののなぁ、という感じになってしまう。
「包丁とかだと簡単に折れそうだし、鉈とか斧とか? いや、でもなぁ……」
ぶつぶつ呟きながらも、秋水はダンジョンを進むことにした。
スマホを持ち、歩きながらマップを作成する。
最初こそ手間取りはしたものの、20分も繰り返せば感覚はすぐに掴めるくらいの作業である。
これが方眼紙とかに手書きで描き込むとか言うならば話は別だっただろうが、スマホで絵を描くように作成するならば修正も楽に出来て簡単なものである。スマホ様々と言ったところか。
少し歩き、スマホでマップを追加して、更に少し歩き、それを繰り返しながらも、秋水はやはり武器のことを考えてしまう。
刀剣はともかくとして、攻撃のパターンを色々試して追求していくことは悪いことでは無いはずだ。
今はたまたまバールによるカウンターとフルボッコが上手くいっているが、それが通用しなくなる場合もあるだろう。例えば2体とか3体とか複数で襲いかかってくる場合とか、単純に角ウサギが強くなって出てくる場合とか。
刺突ならばマイナスドライバーで既に試している。
突き刺すのはそれなりに有効だ。
槍のような物ならば、黙っていても角突きタックルで突っ込んでくる角ウサギの攻撃パターン上、安全に距離をとりながらもカウンターでぶっ刺して致命傷を与えることも可能だろう。
問題はぶっ刺した後か。
引き抜くのが上手く行くかどうか。
それ以前として、カウンターがズレた場合はどうするのか。両手で構える以上は咄嗟の行動は取りにくくなってしまう。
それに、槍のような長物を振り回すとしたって、ダンジョンは言わば洞窟という閉所だ。壁やら天井やらに当たって振れませんでした、では致命傷を負うのはこちらである。
そう考えると、槍はなしだろう。却下だ。
なら弓矢は、まず命中させられる自信が無い。却下だ。
剣や刀はロマン武器。却下だ。
となると、やはり鉈や斧だろうか。
薪を割るような鉈や斧、それを買うこと自体はそう難しくはない。
特に、秋水の住む地域ならば。
片手で扱える。
ある程度のリーチはあるが長過ぎない。
それなりに頑丈。
動物相手なら十分過ぎる殺傷能力がある。
おや、これはありなのでは。
次の武器について考えがまとまりそうになっていると、丁度新しい部屋に辿り着いた。
通路と部屋。
今のところダンジョン内部はこの2つで構成されている。
通路は部屋と部屋をつなぐ部分で、部屋は通路より広い空間。
そして部屋には角ウサギが待ち構えている。
これが今のところのパターンだ。
となると、次の相手か。
そう思い、秋水は背負っていたリュックサックを床に下ろし、思考を切り替える。
1匹ならば全く問題なく相手出来るようになった。
だがそれは、油断せず、突っ込んでくる角ウサギにちゃんとカウンターを合わせられたらの話だ。
角ウサギの角は相変わらず鋭い凶器であることには変わりがないし、その脚力から繰り出される蹴りも当たり所が悪ければ致命の一撃になる。
一方的に殺せているのは、しっかり身構えているからである。
それをしっかり理解して、秋水は気を引き締める。
スマホをリュックの上に乗せ、腰ベルトから大バールを引き抜く。
「……よし」
口元に笑みを浮かべ、秋水は通路からそろりと部屋を覗いた。
角ウサギの位置はどこか。
距離はどれくらいか。
どっちを向いているか。
戦いとは戦う前から始まっている。相手の状況を知ることは勝つための必須条件とも言える。
いきなり部屋に飛び込むことなく、油断せず角ウサギを探す。
……いや、本当に、いきなり部屋に飛び込まなくて、良かった。
「……おおぅ」
状況を確認して、思わず変な声が漏れた。
角ウサギが、3体いた。
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